偏見と打破
本日連続投稿しております。二話目ですので、一話目まだの方はbackで。
「僕はダレン・ロードリッシュです! 初めまして、ロゼスタ様! 僕の贈り物は気に入っていただけましたか?」
「贈り物?」
はて、一体どれだろう。
「小鳥です!」
あのどうしたらいいか困った贈り物の最たるもの。
目を輝かせて感想を求められても、当たり障りのない言葉しか返せない。流石に本音を小さい子に言うなんてことはしないけど。
「とても澄んだ声で毎日囀ずってくれています。色も華やかでそれぞれ違っていますし、見ていて飽きないです」
「ではまた違った色の小鳥を」
「いえ、今いる小鳥で十分です。お気持ちだけでとても嬉しいのです」
頼むからそれ以上贈ってくれるな。
表面はにこやかによそゆきの笑顔で遮ると、ダレン少年は顔を赤らめぱっと下を向くと、次いで唇を尖らせた。
「僕の気持ちは、これ以上受け取っては下さらないということですか……?」
「いえ、そういうことではなくて」
いや、そういうことかな? 物込みの気持ち云々は受け取る気はない。ないが、それをどう伝えたらよいのやら。
三人に見つかった時とは別の意味で冷や汗が出てきた。……こういう時断れない日本人気質が仇となる。
「なら受け取れよ。俺たちで不満でないのなら、クローディア様にもお話を通してほしい。まだ他に顔を会わせた男はいないんだろう? ならここにいる三人に……」
「ルーク、性急すぎ。そんなに慌てて婚約は成らないよ」
「何、悠長なこと言ってるんだよ、これだけの薫りをさせている子を放っとく奴がいるか!」
……もう皆本音駄々もれすぎ。そして言い合う二人が従兄弟同士だということを内容から知る。うん、どうでもいい。
それにしても、三人いてもこの薫りの強さ……しかない? 誰がどの薫りかわからないけれど、兄様の方がよっぽど強い。それとも制御して表に出ないようにしているのか。
そして結構ヤバい場面になってきていることに気がついた。確か魔力が強い者に限っては相手は三人までの、この場合私だと仮定して一妻多夫となっていて……ここにいる子たちで解決してしまう。
ダレン少年の言い方も引っ掛かる。要は贈り物を受け取る=気持ちを受け取る、結果婚約?
いや、結果は当然そうとしてそこに行く着くまでが早すぎない? 私たち顔を合わせて数分ですが。
「──お話し中申し訳ないのですが」
ぱんぱんと手を叩いて注意を向けてもらう。
従兄弟同士仲が良いのはわかったけど、ここでじゃれあわなくていいから。
私は退散するし、貴方たちもお家に帰って報告して下さい。ロゼスタ嬢は脈なしです、って。
「今後の贈り物は一切不用です。お気持ちだけで光栄ですので」
片手をあげてルーカス少年が何か言いかけたのを一旦止める。フレッド少年は微笑みは絶やさないまま、観察するようにこちらを見つめている。
「まだ私はどなたとも将来をお約束する気はありません。まだまだ未熟なこの身、どなたかの手を取るのかもはっきりと言えないのです。今後贈り物を送られても心苦しいばかりですので、どうぞお止め下さい……私の為に」
「それはもう誰の手を取るか決まっているということですか?」
オブラートに包んで言いきった、と内心額の汗を拭っていたところへフレッド少年が柔和な口調で、切り込んできた。
相手ははっきりと言えない……今の段階では誰かはわからないって言ってるのに──あ。
曖昧にして相手は君たちとも言えない、ということをどう表現するか言葉を選んでいたから、今の言い方だとまるで誰か別な候補者がいるけど教えられない、っていう風にも取れると気がついた。
「いえ、そういう意味ではなくて」
「はあ? まさかランティス国のあいつじゃないだろうな、親子二代揃ってそんなところまで似たら物笑いの種だぞ!」
「ルーク!」
フレッド少年が制止するように声をあげたけれど、もう遅い。言い切ってからあ、という表情でルーカス少年が口に手をやった。
ダレン少年はおろおろして双方見ているだけ。言葉が出てこない時点で同意見と見なす。
……魔力の強さだけで判断されるというのはこういうこと。精霊、精獣と契約する者の多いとされるこの国は上で、道具に頼らざるを得ないランティスは下と。
精獣と契約しているお母様でも、ふとした時にこうして陰口を叩かれていたんだろう。
こんな思いを、お母様は何度してきたんだろう。
このまま曖昧にして彼らを帰せば、今の話が決定内容として相手の親や親戚に伝わってしまう。それはダメだ。
一瞬ぎゅっと目を瞑って、余計な思考を削ぎ落とす。兄様が婚約者になるかもしれないというはた迷惑な勘違いを、もう口にしないように、叩き潰す。
でも、それ以外は……。
「物笑いの種、ですか」
ふう、とため息をついてルーカス少年を流し見る。気の毒な者を見るような、哀れみを目一杯込めた視線に居心地悪そうに首を竦めた少年は、口ごもった。
「いや、別に俺がそう言っているわけじゃなくて……ただランティス国は、魔法をあんまり使える人間が少ないし、それを道具でしか補えないから、国としてまだフローツェアに劣っているし……」
「国として劣っている云々は個人の捉え方なので省きます。が、劣っている国の人間を何も考えずに母が伴侶に迎えたと、そう仰りたいのですね?」
「そうじゃない! でも、ランティス国は精霊の加護が」
「ないのと、母の結婚と、何か関係がありますかしら?」
言いかけた言葉を遮る。勿体ぶった言い回しは貴族の武器でもあるけど、女の子の嫌みな口調も舐めないでよね。
「つまりガイスラー様は、国王陛下直々にお声をかけられ、王都へ魔道具の普及に出向いているであろう我が父と、同じ出身国の人間を伴侶に選ぶと、物笑いの種になると。そう仰りたいのですね? 種になさるのはガイスラー様? それともあなた方のお父様?」
顔色が悪くなっていく少年に容赦なく質問して逃げ道を塞ぐ。流石に笑みを浮かべていられなくなったのか、真顔になっているけど、発端の馬鹿げた質問をしてきたフレッド君、君も同罪だから。
「いや、父、は……無関係だ」
「まあ、ではお母様? 困りましたわね、陛下のなさることにケチをつけるようなことを広められて」
言い返せるものなら言い返してくればいい。
王都で魔道具の研究をしているお父様を選んだお母様を──まあ実は順番は逆だけど──物笑いの種にするのなら、お声をかけて下さった陛下をも笑うのと同意義だと懇切丁寧に慇懃無礼に教えてやると、ようやくわかったらしい。
可哀想なくらいガタガタと震え出した少年に、最後の爆弾を投げてやった。
「それにしても魔道具は本当に興味深いものなんですよ。私もまだアーヴェンス兄様に教わっているところですが、色々と発見も多くて」
「は?」
ポカンと間の抜けた表情に笑い出しそうになった。この場が台なしになるから堪えたけど。
「まさか、ロゼスタ様が魔道具……を作ったりなんか、は」
続きは「してないですよね?」なのね。これだけ言っても。恐る恐る尋ねてきたダレン少年にこれ以上なく華やかに微笑んで見せる。
「もちろん作っていますわ! まだ試作品の段階ですけれど、なかなかアイデアや着眼点がいいとアーヴェンス兄様にも誉められていますの」
「それは、余りにも……」
言葉に詰まったようにフレッド少年が言いかける。言いかけて、自分で言葉を続けるのを止めてしまう。
ちなみに着眼点云々は私の願望だ。兄様に本当にそう言ってもらえるようになりたい。
「余りにも……なんでしょう? 気になりますわ。フローツェア国民として、誉められないと仰りたいのですか?」
亜麻色の髪の少年は頷きかけて、そこで慌てて曖昧に首を振りかけ、結局唇を噛んで黙ってしまう。
「でもそれもおかしな話です。私のこの身にはランティス国の血も流れていますのに。陛下のお考えを推察するのも畏れ多いことですが、この血のおかげで魔道具へ興味を持ち、その過程で陛下のなさることに添うことができて嬉しく思っています」
そこであっ、という顔をしていますが、今更だよね、私がランティス国の血を引いているってことに気がつくの。都合のいいところだけ見ているからそうなるんだよ。
……そろそろ止めかな。
「私は伴侶となる方には、もちろん魔道具への理解をして下さる方がいいと思っています。……偏見の目を持つ方は視野も狭くなりがちですし」
「それは、やはり……」
アーヴェンス殿がロゼスタ様のお相手だということでは、と性懲りもなく食いついてきたのはフレッド少年。いい加減人の話を聞こうよ。
「アーヴェンス兄様は私の先生です。それ以上でもそれ以下でもありません。右も左もわからない私がお願いをしてようやく先生役を引き受けて下さったんです。一から魔法の在り方、制御の仕方を教わっています。魔道具についても私がどうしても作り方を教わりたいとねだってようやく教えて下さっています。……流石陛下に呼ばれたお父様の一番弟子なだけありますね」
私が相手じゃ兄様が可哀想だ。ただでさえ、先生役をやるつもりなんてなくて、ただ研究がしたかった兄様の時間を取っているのに。
ようやく飲み込めたのか、顔色は悪いまま、少年たちがぎこちなく謝罪を口々に言い始める。
「いえいえ、それはそれで皆様の意見ですもの。謝罪は結構です」
受け入れたら形だけでも許さなくちゃいけなくなるから突っぱねる。
大好きなお母様を馬鹿にされて、尊敬している兄様を下に見られてそれで簡単に許してあげられるほど心は広くないし、優しくもないんです私。
「心配なさらないで下さいな。母には皆様のお名前と仰っていたことを一言一句漏らさず伝えますので」
私嘘つくの苦手なので、そのままあったように伝えますね。
親切に伝えてあげたら抑えきれない悲鳴が聞こえた。おかしいなー、なんの音だろう。ロゼスタよくわかんない。
「ぼ、僕は何も言っていません!」
叫ぶように蒼白な顔で言ったダレン少年には頷きを一つ返してあげた。ほっとしたように息をついたところで、小首を傾げて見せる。
「大丈夫ですよ? ロードリッシュ様がガイスラー様の仰っていたことを否定もせず聞いていたと伝えるだけですので。ガイスラー様も仰っていましたものね、母に話を通してほしいと。あるがままに伝えておきますのでご心配なく」
再度上がった悲鳴と「そういう意味じゃないっ!」とかなんとか言っているけど全く心は痛まない。じゃあどういう意味だったんだろう。
もちろんこんなこと、わざわざお母様に聞かせるわけがない。伝えるにしても表面的なことだけだ。あー、魔道具云々のことは自分からばらしちゃったっていうのは言わないと。
……そろそろオルガが来る頃かな。その前に戻っておかないと。怒られちゃう。
「それでは皆様ご機嫌よう」
微笑みは絶やさないまま、来た道を戻りかけて──言い忘れたことが一つあったことを思い出した。首だけで振り返ると、目に見えて震えたけどなんなの。失礼な。
「そうそう、贈り物はもちろん、お詫びの品と称する物も今後一切気を回していただかなくて結構です。どうぞお構い無く。もし何か送られてきてもまさか皆様からではないでしょうし、どなたかわからない物が来ても困りますので、送り返すことにしますわ」
最後は独り言で呟くように。これで万が一お詫びの品等が来ても送り返す口実ができた。もう小鳥はいらない。
勝手に家族で不興を買わないか戦々恐々としているといい。
年下相手に大人げなかったかな、とちらと思ったけど一番年下なのは私。
子供同士の言い争いだと考えると手も出ず友好的に終わったんじゃないかな。よくある子供の喧嘩と同じだよね。言いたいことも言えてすっきり。
ここ数日で一番気が晴れた気分でテラスに戻ったら──仁王立ちしていたオルガさんと遭遇。
紅茶、焼き菓子をお預けされ延々と諭されたのだった。
読了ありがとうございます。
ロゼスタ激おこ。
彼女は怒るとき理路整然と相手の言い訳を一つずつ潰して逃げ道をなくした上で止めを刺す派です、きっと。