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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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嬉しくない訪問者

 目の前には花束花束、花、花、手紙の束、小鳥……小鳥? 鉢植え、お菓子、綺羅綺羅しいドレス、可愛らしい装飾品……い、ら、ん、わあ!


「なんですかこれ、いったいどなたからですか困ります部屋に入りませんし!」

「いえ、お部屋には入りますけど……」


 突然の手紙と贈り物の山に思わず叫んだ私に、おっとりとオルガが口を挟む。いやいやいやいや、オルガさん、入ろうが入らまいが困るっていうところが本音なんですよ。


「いきなりなんなんですか?」

「ロゼスタ様へのご機嫌伺い、といったところでしょうね。先日ダールズ卿にお会いしたとか」

「会ったというか顔を合わせただけというか」

「十分です。ロゼスタ様の情報が漏れたと考えるのが普通でしょうね。今まで一切姿を見せなかった当主の嫡子に皆興味津々なんですわ」

「嫡子にっていうか、私が魔力を持っているからでしょうよ……」


 げんなり呟くと苦笑するオルガ。

 それってあれですよね、私が魔力の薫りを漂わせていなかったら一切接触なかったかもってことですよね。


「ちなみに何名かの方からお会いしたいとお茶会への招待状、わざわざこちらでお話をできればとお越しの方もいます……六歳から十二歳の方まで選り取りみどりですね」


 ぼそりと付け加えられた最後の言葉に震え上がる。もしかしなくてももうお見合いの状態!


「体調不良なのでお断りして下さい。ええ、頭も痛いし体も怠いしとてもじゃないですけど、皆様の前に顔を出せる状態じゃないので」


 送りつけられた品で頭が痛いし、そのせいでなんだか体も重い。嘘じゃない、うん。

 贈り物、というか勝手に送りつけられた品々に目をやる。ため息しか出ない。


「これを送り返す、のは……」

「失礼に当たりますし、流石に難しいかと。……それにしてもすごいですね」

「本当になんでこんな急に……」


 あの胡散臭げなおじさんを思い浮かべる。実際おじさんと言うほどの年齢じゃなかったとは思うけど、べらべらと乙女のことを話す男なんておじさんで十分。


「それだけクローディア様が干渉を阻止していたということです。全くなかったですものね。まあ、探ってくる者はいましたけど」


 手首の辺りを擦りながら首を振るオルガ。あの時もうちょっと書斎に入るのが遅かったら、会わずに済んだんじゃなかろうか。

 ……いや、あの様子だと遅かれ早かれ言葉を交わすことにはなっていた。つまり、今と同じことが繰り返されるわけで。


「……早く皆様が諦めることを祈りましょう」


 あと今後こういう物は後始末に困るのでいらないです。花、鉢植えはどうにかなるとして、ドレスもまあいいとして……小鳥……飼えと?

 とても困っているのと、心苦しい云々を混ぜて上手く皆様に伝えてねと伝言を頼めば、有能な侍女は力強く頷いてくれた。ありがたや。


 まあ、それくらいで引き下がるなら可愛いものだった。

 表向きはただのご機嫌伺い、実は婚約者としての品定めとして贈り物攻撃まで仕掛けてくる人たちが、数日で諦めるわけがなかった。

 物はいらんと何重にも包んだはずのオブラートがぶ厚すぎたのか、最初から聞く気がないのかどっちでも腹立つが毎日毎日飽きもせず、保管に気も使う品々が届く届く。

 小鳥は仲間が増えて既に三羽だ。どうしろと。もう一度言う。い、ら、ん、わあ!!


 更にあともう一つ私のフラストレーションがたまっていることがあって。


「まだダメ?」


 小首を傾げて上目使いでオルガを見る。そう言えばこれやるの久しぶりだ。初対面の兄様以来かな。

 そんな黒髪緑目の美少女──自分で言うと寒い──のおねだりは、有能な侍女によって却下された。


「でもせっかく魔道具の魔法陣を書くのを、兄様が嫌な顔をしなくなったところなのに。まだまだ考えたいことがたくさんあるのよ!」

「魔道具魔道具とすっかりランティス国の影響をお受けになって……。いいですか、万が一どこかで他の方々とお会いになってもくれぐれもその言葉は口にしませんように」


 ため息と共にオルガが首を振る。


「ねえ、せめて書庫には行っても良いでしょう? 作れないのなら別の分野の本を読みたいの」

「ロゼスタ様に会いたいといらしている方々と、お屋敷内で鉢合わせしても良いと覚悟がおありなのでしたら」

「うぐぅっ」

「クローディア様もロゼスタ様への妙な求婚、婚約は望まれていません。落ち着くまでもう少しかかるでしょうが今しばらく辛抱なさって下さい」

「でもでも、兄様にも会えていない! どうなさっているのか気になるし……」

「……今はアーヴェンス殿にお会いにならない方が彼の方の為になるかと思います。色々とやっかみを受けやすいお立場ですから」

「……何それ」


 私が兄様に勉強を教わっていて、それが彼らになんの関係があるの? 言っときますけど、今更教師志望者は受け付けませんよ。

 しばらく迷う素振りを見せたオルガは、声を潜めた。


「フローツェア国出身で、魔力をそこそこ持っている貴族の方々からすれば、あちらの国の生まれでクローディア様の実質的な養子扱いとなっている彼がどういう存在か……わかりますでしょう?」


 兄様はあくまでお父様の養子でお母様の養子ではない、ということか。ややこしいが、国をまたいでいる分そういう線引きは厳しいのかもしれない。

 でもお母様は少なくとも私が見る限り、私と同じように接しているように見える。

 これを他の人が見たらどう思うか。自分たちが優位だと信じている中、劣っていると考えていた存在がラシェル家当主に優遇されていると感じたら……。

 眉間にしわが寄っていくのがわかる。


「今ロゼスタ様が表立って会いに行かれたら、それだけであの方の立場を悪くしてしまいます。人の口に戸は立てられませんから」


 ダールズ卿から向けられたあの言動が、悪意がそれ以上に兄様に向かってしまうことになる。

 ただ魔力の有無だけで人を判断するような人間に、家族以外で初めて「私」を見てくれた人が、傷つけられてしまう。


「私は、動かない方がいいのね……」


 何もできない。

 返って事態を悪化させてしまうかもしれないから。

 悔しくて、腹立たしくて、目の前の贈り物を睨み付ける。こんな上辺だけの物なんかより、飾らず真剣に私に向き合ってくれた兄様の気持ちの方がよっぽど嬉しいものなのに。


◇ ◇


 今考えるとタイミングが悪かった。

 外に出られず部屋からも出られず、鬱憤が溜まっていたのがわかったのだろう、その日オルガはテラスのある部屋に案内してくれた。

 久しぶりにゆったり飲むオルガの紅茶、焼き菓子にほっとして気が緩んだのもあると思う。

 茶葉の追加に一旦部屋を出たオルガを待っていればよかったのに、外の空気に気が緩んで、テラスから庭へ出てしまったのだ。


 暖かな日差しとどこかで囀ずる小鳥、そして色とりどりの花。

 そう言えば最近水魔法の術式を発動させていない。

 噴水のように下から上へ水を巻き上げてミストを散らしてみたらどうだろう。きっと今なら虹ができる。

 ずっと地下で練習をしたあと、魔道具の方にシフトしていたから正直魔法の練習は疎かになってしまっていた。また練習しないと。

 そう考えたら、うずうずしてきた。

 誰にも見られていないし、練習がてら水を撒いてもいいんじゃない? ……一回だけ、いいよね。


 両手を掲げる。

 日の光をきらきら反射する葉に目を細めつつ、魔力を注ぎ慣れた魔法陣を思い描く。掲げた両手の先にイメージ通りに現れた魔法陣が優しく揺らめいた。

 過不足なく、正しく力の満ちた魔法陣はほんの一刹那しか見えないけれど、滞ることなくゆったりと流れる河のように巡って見える。

 噴水とシャワー、そしてミスト。三種類に水の形を変えるようにイメージし、指先一つで水を四方に振り撒いた。

 地下で練習したのと同じように、優雅に空中に広がった水は弧を描いて花に降り注ぐ。霧雨のように細かい水の粒子がふわりふわりと広がっていくのを見てイメージ通りに制御できているのを確信する。

 兄様、外でも初めて成功しましたよ。


「うわっ!」

「なんだ雨か?」


 高い悲鳴に、微笑んだまま心臓が跳ねた。

 あっぶな、魔法陣に注いだ魔力分の水はほぼ撒き終わっていたからいいけど、宙を漂うミストが途端に目に見えて大きくなる。

 どうやら庭に招かれざる者たちがいたらしい。

 その頭上に私は、見て見てと言わんばかりに水をかけたわけだ。あの贈り物攻撃をしてきたはた迷惑な奴らかもしくはその息子か。どちらにしろ会いたくない。

 が、彼らが見逃してくれるわけもなく。


「貴女がロゼスタ様ですか?」

「話に聞いていた通り、物凄い薫りですね。今日は体調はいいんですか? 一目会いたいと思って」

「草木に水でも撒いたのか? あれで攻撃のつもりか? 防御にもなっていない……まぁ、制御は中々だったが」


 ほっといてよ、特に最後の奴! ムッとして睨むと面白そうに見返された。しかも名乗ってもいないし肯定もしていないのに本人だと断定されている。

 ……頭に乗せている形まではばれていないでしょうね……。思わず上を確かめるところだった。危ない。自分で墓穴を掘ることはない。

 わらわらと寄ってきたのが三人。私と同い年か少し上か、黒髪の小さいのと、十台前半に見える茶髪と亜麻色の髪の男の子。オルガが言っていた六歳から十二歳までと言っていたのはこの子たちか。ちなみに失礼なことをほざいたのは茶髪だ。


「皆様がこちらにいるとは知らず……失礼しました」


 とは言うものの、水をかけてしまったのは事実。おっとりと、優雅に頭を下げ目線を伏せる。

 薫りは……誤魔化せない。ここにあの魔道具があれば「人違いですよ」って華麗に逃げ出せるのに。

 過去に戻れるのならば自分に注意してやりたい、油断大敵、すぐに気を緩めるなって。


「ずっと体調不良で臥せっていると聞きました。外に出ても大丈夫なんですか? でもそのお陰で僕は貴女に会えたので光栄です」


 亜麻色の髪を揺らしてにこりと微笑んだ男の子が礼儀正しく声をかけてきたから、受けないわけにはいかない。


「ご心配をおかけしました。大分よくなってきたので久しぶりに外の空気を吸いたいと思って出ていたんです。でもまだ本調子ではないのでそろそろ中に戻らないと……」

「おい、フレッドだけ話していてずるいぞ。俺はルーカス・ガイスラー。なあ、さっきの魔法はいつもやっているのか? あれだけ制御できてるんなら攻撃魔法に変じた方がいいと思うぞ」

「ルーカス、いきなり失礼だよ」

「なんだよ、勿体ないだろ、あんな子供騙しに魔力を使って」

「──お言葉ですが、勿体ないとは? 暴発の恐ろしさをご存じではない? あくまであれは制御のためです。今日初めて外で使ってみたもので……」


 花に水をあげるためではなく、今後の為の練習だと言い切る。生活に魔法を使うことは相手に下に見られることだ、と以前兄様は話してくれた。ここでこの子たちに舐められるのはまずい。


「あれで初めて……?」

「それはそれは……」


 奇妙な顔をして口をつぐんだ年長者二人の間を縫って、最年少の子が一歩進み出てきた。……あ、最年少は私か。



読了ありがとうございます。



連続投稿しております。次話一時間後にupします。

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