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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
20/90

密かな展望

 結局私たちの過ごす日々に変わりはない。すぐにお父様から返事が来るわけでもなし、新たに女の人が訪ねて来るわけでもなし。

 何者かの悪意は感じ取れたものの、じゃあそれに対して私たちが何かできるかと言われるとできないのが現状で。

 そう、私の日常にあれから大きく変わったことはない……ただ一つ、兄様と魔道具へ漢字のもたらす影響について考える時間が増えただけで。




「この点は取れないんですか?」


 あれから熱心に漢字に質問を繰り返す兄様は、飽きもせず先日の私が書いた字を指でなぞっている。

 ちなみにあの日魔道具に書いた字は「速達」と「不壊」だ。早さについては何も言うまい。でも「不壊」は……頑丈じゃないとと思って書き加えたのが仇となった。壁に勝つ紙ってなんなの……。

 そして、兄様。点ってしんにょうのですか? 漢字として成り立たなくなるので駄目です。バランスも取れなくなるじゃないですか。


「やっぱり僕には真似できそうにないです」


 しょんぼり眉を下げた兄様の前には、何度も練習したと見える線が広がっている。


「他の文字はどんなものがあるんですか?」

「そうですね……」


 漢字についてはもちろん追求されたけれど、なんとなく、強く願いを込めて書いてみたらこんな形になった、ということにしておいた。押し通した。


 書き散らした魔法陣に文字を書くこと数十回。単に大きさを示す漢字や曖昧な表記は発動しないことはわかっている。「小」って書いてもどのくらいだとか個人感覚だもんね。

 漢字単体では効果は何もなかった。字のチョイスがまずかったのかもしれないけど、よくわからない。

 魔法陣に複数の漢字を書きすぎても駄目だった。最高でも熟語三つまで。「文字の力に魔法陣が耐えきれない」とかなんとか兄様が言っていた。

 幾つか試してみたけれど、「不濡」と「防水」もやっぱり威力は違った。水は弾くけれどどこか湿った感触があるのに対して、バケツの水をぶちまけても浸けても何でコーティングされているのかってくらい無事。不の文字最強。

 それにしても……辞書が欲しい。切実に。国語辞書が今ほど手元にほしいと思ったことはない。


「疲れましたか?」


 知っている漢字を組み合わせるのにも頭が疲れてきてため息をつく。それがどうやら重く聞こえたらしい。

 慌てたように兄様が「少し休みましょう」と言ってきた。


 魔道具を作るためには、陣を組む際に魔力を消費する。

 魔石を組み込まない簡易版ともいえる魔道具の場合は、あらかじめ魔力を流し込んでおかないと発動しないのだ。

 あの日動いてくれた魔道具は、兄様が陣を書きながら魔力を流し込んでいたところへ、更に私が兄様曰く力が宿っている「漢字」を書き入れたからあのスピードになった可能性があるとかないとか。


「すみません、ちょっと夢中になりすぎていましたね。休まないと魔力も回復しませんし、今日はここまでにしましょうか」

「は?」


 何か信じられない言葉を聞いた気がして、思わず聞き返す。休まないとって言いました? ……魔力って休まないと回復しないの?

 なんだかいやーな予感がするんだけど。

 恐る恐る聞くと、怪訝そうに見られた。


「ロゼスタの魔力はかなり多い方ですが、それでも今は結構消費していると思いますよ。クローディア様の魔力枯渇の話を覚えていますか? ロゼスタはまだ小さいんですからそんなにギリギリまで魔力を使うことはなくていいと思います」

「いえ、そのお話は覚えていますが……他に方法はないんですか? 例えば何か、ほら、魔力を回復させるものを飲むとか……」


 アイテムはあるけど高くてなかなか手に入らないとかそんな理由なら可愛かった。

 言葉が尻すぼみになっていったのは、私の台詞を聞いた兄様の表情が怪訝そうなものからだんだんと、まるで可哀想な子を見るような目に変わっていったからだ。

 すっごく傷ついた。主にプライド的な意味で。


「ちょっと疲れたみたいですね。やっぱり休みましょう」

「そんな残念な子を見る目で見ないで下さい!」


 首を振りながらいかにも心配そうな顔で見てくるけど、目は明らかに「この子大丈夫かな」って言っている!

 え、何かおかしなこと言ってる? ゲームでも小説でもMP回復の為のアイテムがよくあったよね? 


「大丈夫ですか? よほど疲れているようですね。すみません、もっと早くに休憩を入れるべきでした」

「いやいや、大丈夫ですってば。私は元気です。額に手を当てないで下さいってば! 本当にないんですか? 飲み物じゃないなら食べ物でも……」

「何かを口にしてそれで魔力が回復するわけないでしょう。自分の持つ魔力は、自然回復しかできないのが基本です。休むしかないんですよ」


 極めつけは気遣うように「やっぱり疲れているんですよ」と頭を撫でられたこと。

 なんでだー! 魔力回復とか、よくゲームでアイテムあったじゃん! ここにはないの? というか兄様女の子苦手なはずなのに私に触れて大丈夫なの……いやいや、それどころじゃない、休むしかないってそんなの、そんなの……。


「もし魔物と戦っている時に魔力がなくなったらどうするんですか?」

「……そもそも一人で魔物と戦うという事態にならないように、数人で組んでですね、」

「それでも魔力が足りなくなってしまったら?」

「ええと、そもそもそうならないようにあらかじめ準備をしてですね……」

「対処法ないんですね……」


 びっくりだ。

 目も口も大きく開いた私に、居心地悪そうに兄様は「偶発的に発生する魔物以外には最果ての森にしかいませんし……」と理由になっているんだかなっていないんだか付け加えてくる。


「最果ての森からは不定期に魔物が現れるそうですし。なので、どの国も随所に砦を多数置いていて、そこには国中から騎士や兵士たちが集められているんです。一人で戦うことにならないように、ですね」

「……そう言えば、領地内に滅多に魔物は入り込まないって聞いたと思うんですが、どうしてですか?」

「もちろん。まあ、目に見える形あるものではなくて、クローディア様と契約している精獣の魔力の薫りのことです。時々遠乗りをしていらっしゃるでしょう? あれは領地内に薫りをまいていると聞きました」

 

 遠乗りにそんな意味があったなんて初耳だよ……。

 魔物にも上位の魔物や危険を察知する本能があるらしく、上手い餌(この場合は人間)と精獣を天秤にかけると逃げる確率が上がるそうな。

 もちろんそれは精獣と契約している領主がいる領地の話で、他領では砦の戦闘力、防御力の強化に専念しているとか。


「やはり砦に集められる者たちは魔力がある者が多いと聞いています。王立魔法院からの卒業生が行く場合が大半ですね」

「そのまま就職先が決まっているわけですか……」


 魔法での仕事となると戦う道か、王城に就職するか他領や他国へ向かう商隊の用心棒が多いらしい。あとはお母様みたいに強い精獣と契約してどこかの領主となるか、か。


「ロゼスタはそんなに心配しなくても、有力な貴族相手との婚姻があると思っていていいと思いますよ」

「へ?」

「王立魔法院に入学がほぼ決まっているといっても、貴族の子女にとって、あそこは三年後の成人までに将来の相手を見つける場でもあるそうですし。ましてや精獣と契約しているクローディア様の実子ということで注目度は高いでしょうね」

「──っ、いやー!」


 思わず悲鳴を上げてしまった。

 兄様はきょとんとしているけど、ちょっとそれは冗談じゃない。

 好き合って付き合った結果の結婚ならまだしも、血を継がせる意味で魔力目当てに複数人の候補を立てられるのはごめんだ。

 今の私にはどうしようもないから、と多夫多妻について考えるのを放棄していたけれど、具体的に明確にその悪夢が近づいてきているとなると話は別。

 王立魔法院に行くかもとは聞いていたけど、そこで結婚相手が決まるなんて聞いてない!


 まだあと十年あると思っていたけど、やっぱりそんな悠長なこと言っていられなかった。


 ため息をついて、決意を新たに拳を握る。

 魔力はもちろん磨くし、体力もつけてついでに魔道具も作れるようになる。

 それから結婚するにしろ、しないにしろ相手からどうこう言われたから承諾しなきゃいけない、なんてことにならないように実力をつける。これしかない。


 将来の夢というより、自分にとって嫌な結婚しない為にあると言ってもいいよね私のチート。

 ……お母様もこう思って結果的にディーと契約したのかも。欲しいものがあったからって言っていたし。自分の未来は自分で切り開かないと。


 この間偶然会ったダールズさんを思い出してしまう。いや、別に私が迫られたわけじゃないんだけど、お母様でもああして迫られると無下にできないんだと思うと複雑で……。

 ともかく結婚するにしろ、就職するにしろ色んな選択肢を作らなきゃダメだ。すぐに結婚は却下だ、却下却下!


 それにしても魔力回復のアイテムがないとは知らなかった。

 攻撃魔法、防御魔法は豊富でも、いくら精霊精獣と契約しても、元の魔力がなくなったら動けなくなるんじゃない……? 元の身体能力が頼みの綱になるってこと?

 休憩でしか魔力を回復できないとなると総量を増やすしかない。


 そりゃ最果ての森にあんまり行かないようになる。

 こっちに向かってきた魔物だけ退治するようになる。


 ただでさえ攻撃魔法に重きを置いている傾向が強いこの国で、魔力なしの人たちだけで魔物討伐に行くとは考えにくい。魔力枯渇しないように気を付けなきゃ。お母様本当に体張ったんだね。

 ──異世界怖い!


「だからあの時も冷や汗が出たら、と言っていたんですね……」


 しみじみと遠い目で振り返ると「説明してませんでしたっけ?」と兄様。

 してませんよー。今考えるとバンバン魔法使っていて怖いくらいだった。


「……でも、今のところ体に不調はないですよ?」


 胸の前で手をグーパーしてみたけど、特に体が重かったり目眩がするということもない、

 ほっとしたように兄様が笑って、でも少し心配そうに続きをしても大丈夫か聞いてきたけど問題ありません。

 色んな知識を学んでおいて損はないですからね。まだいけますよ、私。




「体力の回復……の方法は、ありますか?」


 確か魔力枯渇する一歩手前までなら動けるはず。お母様も枯渇一歩手前で体がだるくなると言っていたし。魔法だけをずっとぶっ放してにもいかないだろう。

 恐る恐るの質問に兄様は頷いた。


「ですが、光属性である回復魔法は王族に連なる者が使うことになっています。フローツェア国の創世神話にあるように光の精霊と現れた巫女は王家に入りましたから。同様に闇魔法も王家の管理下に入っていて我々の目に入らないようになっています」

「そう言えば書庫のどの本にも、光魔法については一切記述がありませんでしたね」

「言い方を変えれば、光魔法の使い手は王家の血を引いていなければ使えないというのが通説です。術式を公開していないのでなんとも言えませんが……あ、これは僕の独り言なのでお構いなく」


 ……なるほどねー。王家が術式を独り占めしているとも考えられるってことなのね。優位性を保つ為、なのかな。


「もし魔物が侵入をしてきたら、王家から回復魔法の持ち主は来るんですか?」

「ええ、軍を率いて来る王子殿下が使い手だったり、確か五十年ほど前に大規模な魔物の大群が押し寄せてきたときには、当時の国王の御妹君が癒し手として同行されたそうです」

「結構頻繁に侵入しに来るんですね……」

「不定期ですからね。群れで来ることは少ないですが。ただ、そうして来る魔物から魔石が取れることを考えると、一概に悪いとも言えませんね」

「……それで殺される人もいるのにですか?」


 魔物を倒した証となる魔石。追い払えるだけが全てじゃないだろう。実際に食われた人もいるはずだ。遠いどこかで起こっていて私には関係の薄いことだと思っていたことが、実際はものすごく身近だった。

 困ったように笑う兄様。

 別に兄様は魔物に来てほしいと言っているわけじゃない。押し寄せてきた魔物を倒して、残された魔石を利用して魔道具が作られる。

 ランティス国のように、魔道具を作り他国へ輸出をすることで国益をあげている国もある。良い悪いじゃない。

 頭ではわかってはいるけど──。


「怖いんですか?」


 俯いた顔を覗き込まれる。

 相変わらずアイスブルーの瞳は澄んでいて、私は首を振る。怖いわけじゃない、ただなんとなく、


「後ろめたいような気が、して……」


 甘いことを言っている自覚はある。石は石でしかなくて、この感傷めいたものは私が勝手に思っていることだとはわかっている。


「誰か他の人の魔力を吸ってできたかもしれない魔石を、たまたま手にした自分が魔道具に利用するって……単なる感傷なんですけど、亡くなった方に申し訳ないような、後ろめたいような、そんな気持ちです」

「……すみません、その気持ちは僕にはよく理解できないです。売られている魔石を宿していた魔物が誰を殺したか、殺されたかなんてわかりませんし、そもそも魔素のみを浴びていたかもしれない。そこまで考えていたら身動き取れませんよ?」

「わ、わかっています、考えていただけです!」

「そんなに気になるのなら、ロゼスタ本人が魔物を倒すということも考えられますよ」

「は?」

「いや、この頃魔石が高騰していますしね、自分で魔物を倒して魔石を仕入れてそれで魔道具作れば、ロゼスタの問題は解決するのでは?」


 安上がりだし何もしがらみないですね、と珍しく満面の笑みの兄様。

 そう言えば魔道具と漢字の関連について調べるようになってから、兄様は私が魔道具を作るのに反対しなくなっている。

 漢字の一件から私が本気で作っていきたいと思っているのを悟ってくれたのかもしれない。……だとすると余計に今後魔石の入手手段を考えないといけないよね。


「自分で……」

「あ、今の冗談ですから。まさか伯爵令嬢のロゼスタにそんなことさせないですし、許可も……え、ロゼスタ? 僕の声、聞こえてます?」


 なんだか慌てたような兄様が何か言っているけど、今は新たに見えた将来を考えるのにいっぱいいっぱいだ。


 自分で魔物を倒して魔石を手に入れる。

 魔物を倒すことが目的じゃないから、砦で働くのは厳しいかも。商隊はどうだろう? 魔物から隊を守ることが重要で、戦う相手は盗賊とかもありうる。

 むしろ魔道具を作るため、と銘打って他の人たちと組んで定期的に魔物を倒しに行くのは? そのためには魔道具を普及させないといけないけど、一番効率的だ。

 何より、自己簡潔できて余分な経費も削減できる。


「いいかも……」

「よくない! ちっともよくないです!」


 よくよく考えて言ったのに、反対された。

 どーしてよ? 言い出しっぺは兄様でしょ。






読了ありがとうございます。


ロゼスタはようやく将来の見通しがついてきました。

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