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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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切実な願い

「魔力の有無の調べ方……ですか」


 きょとんとしながらも優雅に茶器を扱い、紅茶を注いでくれたのは侍女のオルガだ。


「ロゼスタ様は向上心がおありですね」


 ふわりと微笑んで差し出されるカップに口をつける。美味しい……じゃない、違う、そういう言葉が聞きたかったわけじゃないのよ。

 ……それにしてもいい香りだ。

 前世でもそうだったが、今世でも引き続き甘党の私は、テーブルの上の蜂蜜を手に取った。少し垂らすとこれがまたとっても美味しいのだ。

 その時若干オルガが困ったように眉を寄せたのがわかった。

 有能な侍女は、最近こうした微妙な表情をすることが増えた。特に私が蜂蜜を使うと。

 なんで?


「お母様に尋ねてみたけれど、教えてくれないのよ。魔力があるかないかもわからないし、もしなかったことを考えると……」


 語尾の部分が尻すぼみになってしまうのは許してほしい。

 だってもう五歳なんだよ。前世ではあと一年もしたら学校に通っていた年齢だ。それが勉強どころか基本の情報すらほとんど教えてくれないってどういうこと?

 勉強が好きか嫌いかと聞かれたらどちらかといえば嫌いだったし、漫画やゲームで遊ぶ方が好きだったけど流石にそろそろまずいと思うの。

 このままでは前世の二の舞になってしまう。

 他でもない自分のことだ。自分に甘いことは私自身がよーくわかっている。追い込まれないとなかなか動かないし動く気になれないのだ。


 でも最近、自分を追い込もうとすればするほど、周囲からストップがかかるのは気のせい……?

 突撃リポーターのようにお母様に今後の私に必要なものを聞けば「今は私とティータイムにしましょう」と微笑みでかわされ。魔力はあるのか、そもそも魔法ってどんなものなのか聞けばにこやかにオルガが焼き菓子を差し出してきて──私食べ物でつられるチョロい子だと思われてる?

 見くびってもらっちゃ困ります。これでも二十数年生きて、就職氷河期を乗り切ろうと踏ん張りきれなかったけど潜り抜けようと努力はしてきた成人女性ですよ。


「ロゼスタ様、お代わりはいかがですか?」

「食べます」


 あああ、ホロホロと口の中で崩れるこの食感が美味しい……。

 二杯の目の紅茶も注いでくれて、それがまた香りがいい。

 えーっと、なんの話だっけ。

 ──そう、私に故意に情報を渡さないようにしているんじゃないかってこと!


 むう、と口を尖らせた私の前でオルガが軽く前屈みになった。

 そのままの姿勢で、笑って……え、笑ってる?


「失礼致しました」


 軽い咳払いをして背筋を正したその顔に、もう笑みの欠片は残っていない。いないけど、さっき笑っていましたよね?


 ……だから、なんでだ。

 これはあれなの? ないの? 魔力ない子があるかないか気にしているのがおかしいの?

 思考がぐるぐるする。

 自分が焦っている理由はわかっている。不安だから。

 先が見えない将来にこれからどう向かい合っていくか、その手助けになる知識が目の前にあるとわかっているのに、手を伸ばせないからだ。


 なのに本気で頼めば頼むほど、相手のガードが高くなっていくと思うのは絶対に勘違いじゃない。

 違うんだよ、私本気で魔法学びたいと思っているよー。茶化してないよー。

 せめて私に魔力があるのか、どうかだけでも教えて下さい……!


 このまま何も目標も目的もなく、その日その日を楽しく過ごして、遊んで、美味しいものお腹一杯食べて、寝て暮らす──なんてうわあ楽しそう。本当はなんの変哲もない普通の日常が一番幸せなんだよね。


 ってあれ、そう考えてみると食べることが好きだった私の前世の最期は、あれはあれで本望だったのか……?

 ──よそう、考えるの。なんか切なくなってきちゃった。

 しかも今思い浮かべた生活、「引きこもって」の一言を加えるだけで今度こそ絶対に避けたいと思っているニートそのものだ……!


 内心項垂れた私を怪訝そうに見ながら、オルガは顎に手をやった。小首を傾げた拍子に亜麻色の後れ毛が首の後ろでキラキラと日の光を反射する。

 仕草の一つ一つがおっとりしつつも品の良さが見えて、焦げ茶の瞳は生き生きと輝いていた。

 今日も今日とてオルガさん、とても素敵な美少女ぶりです。


「──そんなに慌てることはないのでは? ロゼスタ様でしたら、きっと王立魔法院に行かれるでしょうし」


 聞き覚えのない単語に今度は私が首を傾げる番だった。


「王立……?」

「王立魔法院。魔力の制御をより深く学んだり、魔法や精霊について様々なことを学べる我が国随一の学舎です」


 そんな立派な学校があるとは知らなかった。誰も教えてくれませんでしたからね。


 オルガ曰く、優秀な魔導師を講師に招いたり、他国から留学生を受け入れたりと幅広く生徒を集めているらしい。


「十五歳からって……その前に通える他の学校、えーっと、学舎はないの?」

「個人で学ぶ以外には、なかったと記憶しています」


 つまり、魔法はそこでしか学べないってこと?

 私の質問には答えてくれずにオルガは「最近魔物が活発化しているそうですし、もしかすると入学の時期が早まるかもしれませんね」と言葉を続けた。


 解禁された情報を胸の中で転がしてみるも、言葉以上のものは何も推測できない。

 私が通えるかも、としか言ってくれないし……。

 

 魔法院に通えるということは、私にはそれだけの魔力があるってことかしら? あるって思っていいの?

 期待を込めて見上げるも無言で笑顔のみが返ってきた。

 今日教えてくれるのはここまでですかーそうですかー。



 この世界には魔物が存在する。まあ、魔法があるからいるのかなとは思っていたけど、こんな日常会話に含まれるほど近いとは思っていなかった。

 領地から一歩外に出ると、いつ魔物と出会うかわからないのだという。

 そんな魔物たちが領地に入ってこないのは、領主であるお母様のおかげだと力説された。


「クローディア様は風の精獣様と契約された方です。ラシェル家が起こって以来初めての女性の当主でもありますし、ロゼスタ様もその血を引いておられますもの。きっと素晴らしい才をお持ちです」


 お母様と全く同じ保証をされてしまった。

 それに聞き慣れない単語があった。

 精獣様って?


「精霊の意識の集合体と言いますか、精霊の上位で実体があってその属性の魔法を放てる力ある存在、でしょうか」

「……なんだかとってもややこしいのは理解したわ」


 お母様に直接聞いた方が良さそうだ。

 珍しく色々と話してくれたオルガは、魔力はほんの少ししかないのだそうだ。「魔力のある方の薫りを僅かに感じ取れるくらいです」と本人談。……薫りってなんなの。

 案の定答えは返ってこない。


 魔物から領地や人々を守るためにも、魔物と戦うためにも既定以上魔力のある者は魔法院に入学するのが基本だという。

 色々就職先が別れていそうな予感がひしひしとする。魔法を学ぶところだから、目指すのは魔導師が一般的なような気もするが。

 国にとっても才能ある者や精霊と契約を交わした者が増えるのか望ましいから、後ろ楯になるのを厭わないんだろう。


 それにしても十五歳での入学は遅いと思うんだけど、どうなんですか。


「早い遅いは個人差がありますからね。一概に遅いとは言えないのでは。学院もあまり事故は増やしたくはないでしょうし……」


 ある程度年がいっていないと事故が増えるってこと?

 肝心なことを避けて話すオルガは、ここでもはっきりとなんの事故か口にしない。

 魔力の使いすぎで? それとも上手く魔法が展開しなかった時だろうか。事故の内容を想像してみたけど、答え合わせをしてくれる人がいないのでやめた。


 魔物と精霊と魔法と……他にも色々関連のあることがたくさんあるんだろうな。


 ──というか今までの話から判断すると、あと十年待てってことですか? 嘘ですよね? 遠回しの冗談ですよねオルガさん。




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