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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
19/90

これからについて

「師匠はその代わり、国での研究内容も、愛用していた道具一つも持ち出すことはできませんでした。ランティス国が、全て没収したんです。文字通り、身一つでクローディア様の元へ来たんですよ」

「……そう言えば、私がプロポーズした時言っていたわ。魔道具の研究する場所はあるのかって」

「え、お母様がプロポーズしたんですか」

「ええ……だから貴方の為に作るって答えたの」

「それで返事は」

「わかった。こちらも雑務を済ませてからフローツェア国に行くって……」


 雑務……魔道具と引き換えに、国との交渉が雑務。

 そしてお母様、頬染めているところ悪いんですが、もしかしてそれでプロポーズ完了ですか。

 ……甘さがあんまりないとは思っていたけど、まさかここまでだったとは。

 そこでお母様がしゅんとした。曰く、王都へお父様を送り出すときちょっとした言い争いをしてしまったと。


「……悪いことをしてしまったわ。陛下からお声がかかった時は、もちろん誇らしかったし、嬉しかったけれど、それと同じくらい不安だったの。私の用意した研究室では不満だったのかもって。だってあの人即答だったのよ!?」


 半泣きでこちらを見てくるお母様には申し訳ないけど、頭が痛い。どんな夫婦仲だったの。

 鈍い私でもわかる。あちらの国に何もかも置いてこざるを得なかったお父様が、これからの為に王都へ向かうことを決意したって──え、この解釈で合ってるよね? 

 うん、無職嫌だよね。しかも他国への婿に入って妻以外に知る人がいないなんて……。

 お父様……今までなんで連絡してくれないんだとか、愛人希望の人が来るなんてどういうことだと思っていたけど、今後の家族の為に一生懸命足場を作っていたんだよね。

 ……肝心のお母様はどうもわかっていないようですけどね。


「やっぱり研究施設があるなら、夢中になっちゃいますからね。王都となると設備も整っているでしょうし。師匠は閉じこもって昼夜問わず陣を組むのは日常茶飯事でしたから」

「……そうよね。あの人研究が生き甲斐だったもの」

「お、に、い、さ、ま!」


 これ以上ややこしくしないで!

 ぶつぶつと呟き合う二人を引き離す。まだ話さなければならないことが残っているでしょ。


「……そうね、アーヴェンスが話してくれた通り、あの人に連絡が行っていないと考えるのが普通ね。とにかく、確実に連絡を取らなければ」


 私が生まれてしばらくしてお父様が王都へ発った後、彼女たちは来るようになったという。

 私が生まれてから。五年間も。


「僕はこちらの事情に詳しくないので……自称愛妾希望の女性がランティス国出国ではないというのは、あくまでも僕の想像です。万が一、ランティス国の誰かが関わっていないとも言い切れません。そうすると師匠から探りを入れてもらわないと。確認してもらいたいこともありますし」

「確認?」

「まだ詳しいことはなんとも……僕の杞憂であればいいんですが」


 結局手がかりが何もない以上、ここで三人が話せることはそんなにない。全部仮定と想像頼りになってしまって確定事項がないのだ。……ん、確定?


「お母様、ちょっといいですか?」


 仮定と想像の話でも幾つか可能性を絞ることはできる、と思う。そこに思い当たってお母様に話しかける。


「もし、私たちがアーヴェンス兄様にお父様の事情を教えてもらわず、ずっと誤解をしたままだったらどういうことになっていましたか?」

「あのままだったら、と言う意味ね?」

「はい」


 私の質問にお母様は口元に手をやって微かに眉を寄せた。


「まずは、私はあの人に不信感を募らせたでしょうね。それから一族からの風当たりが強くなってくる一方。次の夫を迎えざるをえなくなった……かも。世間体はあまりよくないけれど、離縁もあったかもしれないわ」

「離縁」

「今のラシェル家は私が当主だから……言い渡すのは私からね。男性の場合はまた逆よ」


 生々しい言葉に心臓の辺りがきゅっとする。危ない危ない。本当にそうなるかもしれなかったのだ。

 どうでもいいけど、ここは本当にほぼ男女同権というか……力がある者へ集まる権力が強いな。


「それから、ランティス国への感情が悪化していたかもしれないわね」

「どういう意味ですか?」

「あまり口には出したくないけれど……フローツェア国はあまり魔道具を評価していないの。魔力のある者が自力で解決することにプライドを持っているから、道具に頼るのをよしとしないのね。その国出国のあの人へ、一夫一妻が基本の国から愛妾希望の女性が訪ねてきたということは、それだけでフローツェア国からすると……その、あまりいい印象を与えないわね」

「面白くない、又は馬鹿にされていると受け取られるということですね」

「悪いように取る人は幾らでもいるから」


 お母様は肩を竦めて見せたけど、私はぞっとして体の中から冷える思いをした。

 あのとき町で見た馬車は何故か遠巻きにされていた。……ランティス国出国の人が乗っているとわかったからじゃない? その中であの女の人は、堂々と姿を見せていた。……自分がどんな視線を向けられていたか、きっとわかっていただろうに。


 あの感情が、同じ国出国のお父様にそのまま向かうことになるんだ。

 思わず震えたらぎゅっと抱きしめられた。


「それにしても……何が目的なのかもよくわからないわね。私とあの人の連絡を不便にすることで何か利益を得る者がいたかしら……」

「あの、お母様、私が何かお手伝いをできることは……」

「ないわねぇ」

「ですよね」


 どう見ても子供が出る場面はない。むしろ私が動いたことで相手が用心をしてしまったらそれこそ尻尾を掴めなくなる。それを見越してか「お願いだから普段通りに過ごしてね」と釘を刺されてしまった。


「あの人以外と結婚をする気はありませんからね。あの男には色々と聞かなきゃいけないこともあるけど、もう結婚の話はさせないわ。転移陣の件もあるから、顔は会わせなきゃだけど」

「転移陣」

「ええ。王都に近い村へ繋がる陣なの。今は破損してしまって使えないけれど」

「便利ですね」


 それってワープじゃないか。

 思わず目が丸くなったが、誰でも使えるものではないと教えられた。領地のどこかに魔物が発生した時や有事の際に、物資の補給等に使われることを想定しているとか。

 魔物って発生するものなんだ。


「一番多く魔物が発生するのは最果ての森だけど、フローツェア国内でも発生がないわけじゃないの。常に使うものではないけれど、いざという時は他領や王都からも物資を移動させるのよ。陣自体も精巧で、多くの魔石を使っているからとても貴重なの。その管理を任せていたのに……未だに破損した原因が不明だなんて言っているから……」

「王都に……」


 ポツリと言った言葉の裏に滲ませた思いに、やはりお母様は気がついたらしい。苦笑して首を振った。


「ダメよロゼスタ。私たちは使えないの。あれは物資を送る為のものだから。使うのにも魔力を食うし、今回の件はまだ公にする段階ではないわ」

「……残念です」


 お父様の近くに行けると思うと余計に。でも、一番強く願っていたのはお母様だと思うから、それ以上は聞かなかった。


「それにしても連絡は……どうやって取ったらいいかしら」


 思案げにお母様が眉を寄せる。何者かに手紙を盗み読みされていると仮定すると、今までの通常ルートは使えなくなる。お父様からの手紙が来たり来なかったりするのも、こちらからの手紙同様、何者かに中身を確認されていたと考えておいた方がいい。


「いえ、手紙はいつも通りのやり方で出してください。怪しまれますから。その代わり、クローディア様にはそちらの魔道具に師匠宛に手紙を書いてほしいんです」


 兄様がお母様が机に置いた紙を指差した。瞬きをしたお母様はゆっくり紙を手に取り、首を傾げた。


「これは……」

「師匠のみに届く魔道具です。……まぁ、書いていただく代わりに今書いてある内容は消えてしまいますが」


 途端に、泣きそうな顔でお母様が小さく紙を握りしめた。戦慄く唇が「いやよ」と動くのが見えて、今度は兄様も困った顔をする。


「えー、その魔道具対になってましてね、使い捨てというか、その都度内容を消してから新しい文面を書いて送るようになっているんです。なので」

「駄目、だってこの内容が消えちゃうんでしょう? そんなのいや」

「で、でも僕の手元にあるのはその魔道具だけでしてね? 他に師匠と直接連絡は──」

「いいえ、駄目」


 潤んだ瞳で駄々をこねるように首を振って手紙を抱き締めるお母様。そこで兄様が「魔法陣がっ」と慌てた声を出したら……ため息も出る。 


「兄様」

「……なんですか、ロゼスタ」

「いいお手本があるじゃないですか。その手紙の陣を別の紙に書き写せば手紙の魔道具として機能しませんか?」


 途端にお母様が弾かれたように顔を上げた。

 わかる。わかるよお母様。ずっと裏切っているかもって思っていた人が、実は何も悪くなかったって知った時。まして、同時に自分に対する想いを知った時。


 今までその想いを知らなかったのなら我慢できる。でも一度知ってしまったら、しかもそれが目の前に文字で残っているなら……手放したくなんかない。何度でも読み直したいよね。

 しかもそれを普段言葉で伝えてくれない人が相手だったら──、前世好きな人がいなかった私でもわかるよ! ここで引いたら娘が廃る。

 ここは大大大好きなお母様の為、一肌脱ごう。


「私もお手伝いしますから!」

「ロゼスタは魔道具作ったことないでしょう」

「教えてもらえたら喜んでなんでもしますよ!」

「いやいや、単に魔道具作りたいだけじゃないんですか」

「そんなことないですよ。私はお母様のことも考えて、もう一枚予備があってもいいんじゃないかな、と思ってですね」

「……仮に作らなくても、別の紙に手紙の内容書き写して差し上げたらその魔道具使っていただけますか?」

「それ意味ないですから!」


 本当にわかってない。愛する人の筆跡で想いが告げられているのがいいんだ。例えそれが自分宛てでなくても──そこがちょっと切ないけど──見返せばそこに愛する人の面影を見つけることができるんだから。


「いいからここに書いてください!」


 お母様が差し出した別の紙を手渡すと、渋々といった風に兄様が椅子に座り直した。


「僕が描いても美しくないんです」

「この際美しくなくても届けばいいんです。細部に拘って結局機能しないのが困るんですから」

「細部まできちんと再現できなかったら、それは同じ魔道具とは言えませんよ!?」

「いいから手を動かして!」



 …………。

 出来上がった魔法陣は、どちらが本物でどちらが真似たものか一目でわかる仕上がりだった。何がどう違うかは兄様の名誉の為に口をつぐもう。

 前言撤回。細部も大事。


「だからまだ僕は見習いもいいところなんですってば!」


 私たち二人の無言の圧力に、やけくそ気味にペンを走らせた兄様が噛みつく。


「もっとこの線は細くしたほうがいいし、第一まだまだバランスが取れていないし。ここの箇所は歪だし……」


 懸命に弁解する兄様には悪いが、多分そういう問題じゃない。大まかの形というか、そもそもの円がへたっている。

 でも陣に几帳面に書かれた古語のようなものは流石兄様というか、緻密に書かれていた。

 けれど、試しにお母様が手紙を書いてもうんともすんとも言わない魔道具もどき、というかただの紙を三人で見下ろした空気といったらなかった。いたたまれない。


「ええ、と……」


 ペンを握ったのは偶然。

 どうしたらこの空気がマシになるか、冷や汗をかきつつ紙にペンで触れた。

 確かこういうチートあったよね。漢字を使ったらすごい効果があったとかなかったとか……。

 試しに書いてみてもいいだろう。動けば良し、動かなかったら兄様に何度でも書いてもらったら良いんだ。


 早く届くように……何て言ったっけあの言葉。それに、紙だし、雨とかに濡れて破れても困る。強度がないと手紙を書いた意味がないしね。

 頭の中でぐるぐると考えながら、私がその言葉を書いた時だった。


 ひらりと紙が、風もないのに動いた。動いたと思ったら──あれよあれよと言ううちに、ぱたりぱたりと折られ開かれ畳まれて……私の見慣れた形に収まった。


「な、な、な、なななんですかこれ!?」

「見たことのない形ね」

「ええと、ええと……」


 興味深そうに出来上がった折り鶴をよく見ようと背を屈めるお母様、想定外の変形に髪を振り乱して口をぱくぱくさせる兄様。そんな中私は固まり、ついでに思考も止まっている。何がどうしてこうなった!

 ちなみにまだ終わっていなかった。

 当然のように、ふわりと浮いた「折り鶴」を三人の目が追いかける。


 目で確認できたのはここまでだった。


「え?」

「は?」

「あらあら」

 

 面白がるような口調でお母様が口に手を当てて身を起こす。言いようのない音が段々と静かになっていく中、呆然とした兄様が頭を抱えて、私はまばたきを繰り返して──そっと目を逸らした。

 きれいに折り鶴の形にぶち抜かれた壁から。


「なんっですかこれ!」


 立ち直ったのは兄様が先だった。どうしよう、冷や汗が止まらないんだけど。


「な、なんでしょうねえええと、私にも何がなんだか」

「何この形面白い。可愛い」

「手紙を届ける魔道具でなんで壁に穴が開くんですか?!」

「これやっぱり穴なんでしょうか」

「むしろそれ以外の何に見えるか知りたいです……」


 塞がないと風が入って寒そうですねなんて冗談を言える雰囲気でもなく。目をキラキラさせているお母様可愛い……じゃなくて。


「説明してもらえますね」


 もはや疑問形ですらない。

 仁王立ちで私を見据え、すっ飛んで行った魔道具の原因を追求しようと兄様の目が爛々としている。


「さっきは何を書いたんですか? 見たことのない紋様でしたが、なんの意味が? 魔道具があんな形になるのも初めて見ましたし、妙に力を感じました。線で書いてましたけど、法則性はありませんでしたね。どこであんな形を見たんですか? もう一回書けますか? 僕にも教えて下さい!」

「何って──」


 単なる熟語というか漢字というか造語です。とは言えず。やけに兄様が饒舌だ。どうしよう、なんて言えばいいのか。

 ええと、こういう時はあれだ、落ち着くんだ。慌ててもいいことは何もないし。あ、いいことと言えばそうだ、


「あの、えと。そうだ、これお土産です」


 市で買った苺を手渡した。……この場の雰囲気が少しでも軽くなってくれることを祈って。


「ありがとう」

「どういたしまして……あの穴ですけど、埋めたら目立たなくなりますか?」

「そうねぇ、埋めてもいいけど、あの形を取っておきたい気もするわ。こうして見るとなんだかおしゃれに見えない?」


 わざとではないにしろ、壁に穴をぶち開けた当人に向かっておしゃれかどうか聞くなんて、お母様くらいじゃないだろうか。


 何故か折り鶴の形になったあの魔道具……、目にも止まらぬ早さですっ飛んで行ったけど──これちゃんと王都に行ったよね?


 チート欲しいと思っていた時もありました。ええ。

 でもこれ方向違わない? ……あれか、あの文字のせいか。

 どうしよう王都の建物もああやって貫通していたら。弁償できない!


 内心頭を抱えたけどそれを口には出せない。怖い。

 目の前でお父様の魔法陣を必死に見返している兄様が。相変わらずお母様は楽しそうに目を輝かせていて、私は分かりやすい逃げ道の方へ舵を切った。


「だったら防水加工のある紙を貼ってみたらどうでしょう? こうして見ると何もわかりませんが、日の光が透けると形がわかりますし」

「まぁ素敵! ──とは言っても隙間風があるしね。残念だけど……」

「お母様、それこそディーの出番では? 風が入ってこないように風を誘導してもらうとか」

「それはいい考えね! でもロゼスタ、もう壁に穴を開けるのはなしよ? これっきりにしてね。模様にしても斬新すぎるから」

「はい……ごめんなさい」

「ロ、ゼ、ス、タ!」


 ううう、さっきと立場が逆だ。


「え、ええとですね、さっきの魔道具は無事にお父様のところへ行ったと思いますか?」

「……対になっていますからね。動いたなら向かう先は師匠の持つ魔道具が目的地となるはずです」

「あのスピードで……行ったんでしょうか?」

「でしょうね。さ、何を書いたんですか?」

「いえ、何をというか、あれは私の願いを書いたというか」

「その願いが具現化したと? ──非常に興味深いです。魔道具があんな形になったのも初めてです」

「いつもはどんな風に作動するんですか?」

「鳥の姿になります。色は白ですけど、小鳥の姿に似ていますよ」

「え、本物のような形になるんですか?」

「ええ。まぁ別に届けば鳥の姿でなくてもいいんですけど、師匠が鳥の形がいいと譲らなくて。早いからかな? さっきのロゼスタが作り替えた魔道具も鳥の形でしたよね」

「そうですね……」


 何がどうしてあんな風になったかなんて想像もつかない。そして無事にお父様のところへ手紙が届いたとしても、そこからどうなるかもわからない。

 でもお母様がにこにこと笑っているから、いいかと思えた。



「ロゼスタ」


 仁王立ちをしている兄様から声が飛んでくる。

 やっぱりあんまりよくないかも……。



読了ありがとうございます。


さて、ロゼスタが書いた文字はなんでしょう?

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