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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
18/90

お父様の事情

 お母様は大事そうに紙を胸元に抱き込んで離そうとしない。時々見下ろしてその存在を確かめては、また顔を赤らめるといったことを繰り返している……完璧に乙女や。


「……私宛てではない、ここに書いてあるのがあの人の本心だとして……どうして私には言ってくれなったのかしら?」

「それは師匠本人に確認を……僕がこれをお見せしたのは、師匠と話さないで結論を出さないでほしかったからです。──あ、僕がこれを見せたって師匠にはどうか内密に!」

「何故?」

「クローディア様に直に言えないから僕宛てに書き殴ってあるってことですし」

「思いの丈を込めたってことね」

「だから見せたのが知られると大変なことになるんです!」


 真っ青な顔でわたわたし始めた兄様に、くすくす笑うお母様。

 お母様が嬉しそうな顔をしているのは、いい。今まですれ違っていたとしたらその誤解が解けるのは喜んでいいことだ。

 でも私に対しては何もないんだなー。

 そこが複雑だと思ったのが顔に出ていたんだろう、兄様が躊躇いがちに口を開いた。


「あの、師匠についてもう一つお話があるんですけど……これ、僕が言ったって言わないで下さいね。師匠がというか、男として言いたくないことだと思うことなので……」

「聞かれなければ、言いません」

「そうね、嘘はつけないもの」

「じゃ、じゃあ知らないフリをお願いしますよ……! ロゼスタ、冷やし箱と熱球のことを覚えていますか?」


 尋ねられて、記憶を探る。確か──、


「お父様が作るのに関わったという魔道具、でしたよね? ランティス国で一番知られているものだと記憶していますが」

「ええ、そうです。僕の国は乾季と寒季の差が激しいことでも有名でしてね、その間の食糧の保管と人々の効率のいい暖の取り方にずっと国は頭を悩ませていたそうです」

「?」


 突然始まった兄様の故郷の話に首を傾げる。

 この世界、春夏秋冬という表現はなくて、代わりに乾季や雨季、寒季、涼季といったように表現されるのだ。兄様の言う乾季は乾いてという意味だから、多分前世での昼の砂漠のようなイメージでいいはず。ちなみに日本の梅雨のようなじめじめした季節はない。ひゃっほう。……じゃなくて。


「そこにお父様が関わった魔道具ができた、ということですか?」


 それがどうしたんだろう。いや、画期的な道具だとは思う。国の季節は変えられないけど、どう対応するかはいくらでも変えられるからね。

 今日垣間見た魔道具らしきものと比べたら、兄様の言うお父様が作るのに関わったという魔道具は、きっとものすごく歓迎されたんだろう。

 それこそたくさんお金も手に入っただろうし、今後の生活に困ることもよほどじゃない限りないだろうし……しかも伯爵家に婿に入ってるし。逆玉もいいところだ。

 ──とそこまで考えて気がついた。私自身にも永久就職の道もあったということに。

 ……いや、ないな。あんな風に値踏みされるなんて真っ平。だったら自分で相手見つけるし、例えそれで見つからなくてもいい。


「そうです。もっと言えば、ランティス国では魔道具に刻んだ陣は個人の財産として認められています。だから、冷やし箱と熱球の二つの魔道具は本来であれば、師匠のオリジナルなんです」

「?」


 言い回しが回りくどくなってきた。魔道具を産出しているといっても質のいいものは少ないらしい。各々の魔道具職人の腕にかかっているのか。……あれ、二つの魔道具ってお父様が一人で作ったんだっけ?


「今は違うんですか?」

「違いますね。今は国が認めた魔道具職人のみが作るようになっているはずです」


 元々お父様のものとして登録されるはずだったものが、国の管理下に入っているということかな、……ランティス国では早急に数が欲しいとかそういう理由?


「一人の職人が自分の財産として抱え込むと数が出回らない……からですか?」

「……それもきっとあるかと思いますが、師匠が全ての権利を放棄したからです。冷やし箱と熱球の陣の使用権に一切口を出さない、と。その代わりに師匠が要求したことは……クローディア様との結婚、そしてそれに関して、今後一切の口出しを受けないということでした」

「…………」


 降りた沈黙の中、お母様はぴくりとも動かない。

 えーっと、お母様と結婚するために自分が作った魔道具を引き換えにした、と。

 ……真顔の兄様には申し訳ないけど、それがどうすごいのかがよくわからない。飲み込みの悪い妹ですみません。


「結婚を許してもらうために自国の王に研究成果を差し出した、ということですか……」


 それってすごいんですかとは聞けなかった。


「師匠は魔力もありましたからね。あの国は本当に魔力のある人間が少なくて……そうでもしなかったら、師匠のような人間を出してくれるわけがないですよ。僕みたいに──ええと、色々お相手の候補の方もいたそうですし、研究内容を師匠が全て国に開示すると言わなければ出国は許されず、あのままランティスでずっと魔道具の研究をしていたはずです」

「え、今出てきてますけど──それは兄様も同じなのでは?」

「本来であれば。師匠はその時既に僕のことを養子にしてくれていて、クローディア様との婚姻に僕も関係するとのことで、出国を認めてもらったんです」

「それって……」


 こじつけもいいとこなのでは、と口元がひくついたが、兄様は珍しく「交渉した結果です」と言ってにっこり笑った。惜しい! 前髪が下りてなければちゃんと笑顔が見れたのに!

 ……というか、婚姻を認めてもらう条件としてそれはイーブンなのか。魔道具を産出している国とは聞いたけど、そこまで自国の人間を隣国に出すのを嫌がるもの? と思っていたら、何故か納得したようにお母様が頷いていた。


「そうだったのね……魔力のある者が少ないと聞いていたから、今考えるとよくあの人をこちらに出したなとは思ったのよ。あの人が魔道具も作れるから余計にね」

「ですからここで師匠が出した条件が生きてくるんです。魔道具の陣を公開するのと引き換えに、師匠が要求したのは自分たちへ『今後』一切の口出し手出しをしないことでした」


 何度も表現を変えてもらって説明してもらっているのに、頭に入ってこない不思議。じっと見つめ返してくる兄様が何を言いたいのかわからない。

 眉を下げた時、お母様の顔色が変わった。


「それって──」


 形のいい唇を戦慄かせたお母様から言葉は出てこない。重々しく兄様が頷く。


「そうです。だからランティス国から、師匠目当てに愛妾なんて来るはずがないんです。おまけに、干渉を確認した時点で師匠は冷やし箱と熱球を越える魔道具をここ、フローツェア国から発表すると言っているんですから」




 気が抜けたように椅子に座り込んでしまったお母様には悪いが、こんなに突っ込んで聞けるタイミングは他にない。質問を繰り返す私に、ボンヤリしたお母様を気にしつつ兄様は丁寧に答えてくれた。


「お父様の出した条件に難色は示さなかったんですか? お父様を出さなくても冷やし箱と熱球は広められると国が判断すれば」

「初めはそれこそありとあらゆる手で引き止められましたよ。師匠と僕二人揃って魔力持ちでしょう? 師匠の実家は子爵家でそちらにも圧力がかかったみたいですが、あちらもへんじ──気丈な方々が対応して事なきを得ています。ロゼスタの言うように師匠がこの国に来ることができなければ、冷やし箱と熱球はおそらく師匠自身の手で破棄されていたでしょうね」

「破棄!? 乾季と寒季の救世主にもなる魔道具を破棄!? そのまま手元に置いておけば一攫千金も夢じゃないのに!」

「まあ、そこが師匠の潔いというか、変というか……クローディア様との結婚を認めさせ、尚且つこちらへの干渉をなくす為に考え出されたと言っても過言じゃないですから。ああ、でも勿体なかったですよ! あの美しい陣が見られなくなってしまって」

「……美しいか美しくないかは置いておいて。ランティスで今も作られているんですよね? いずれこの国にも広がってきたらいつでも眺められますよ」


 そこで兄様がふう、と息をついて首を振った。


「見られるといっても劣化版ですから」

「劣化版?」

「ただ書き写せばいいわけじゃないってことです。少しでも陣が依れていたり、魔石の力が滞ったりする部分ができただけで道具として機能しなくりますし……それに何か違うんですよ。師匠の陣を他の人が描いても同じにはならないというか」


 あ、私にも魔道具作れるんじゃないかって思っていた、淡い期待にヒビが入った。

 やっぱり難しそうだ。将来の仕事の案としてはいいと思ったんだけどな。描いた人によって違うというのは、筆跡と同じことなんだろうか。


「元々師匠のものでしたが、国が管理することになってまぁ色々と要求もされましたね。それこそ交渉決裂一歩手前の時は、魔道具は二つとも国に手放した上で出国も認めないと脅されもしましたし」

「……よく認めてもらえましたね」

「それこそさっき話した陣の破棄ですよ。試作品も残されてなく、あるのは現品のみ。こちらの要求が一つでも認められないのであれば、この魔道具は研究者としては実に惜しいが破棄するしかない。そして今後自分は一切魔道具を作らないとまで言い切りましたから」

「ランティス国王の反応は」

「結局天秤にかけていたってところでしょうね。今目の前にある魔道具を国中に広めるチャンスを取るか、それとも今後他の職人が生み出すかもわからない可能性に賭けるか──結論は今ある通りです。あちらから条件もつけられましたけどね。二つの魔道具の発案は国ということにしろ、とか」


 なんだなんだ。お父様、格好いいじゃないか。ここまで聞いて、お父様が生半可な気持ちでお母様と結婚したわけじゃないってことがわかった。だからこそ余計に不思議で──、


「どうしてお父様は話してはくれなかったんでしょう?」

「……格好悪いじゃないですか、こんなに必死になっているなんて知られるの……いえ、僕の想像ですけど」


 決まり悪げに肩を竦めた兄様。いやいや、むしろ話してくれた方が女としては嬉しかったと思うけど。お母様目をうるうるさせてるし。


「ロゼスタも見たでしょう? 町で売られていた魔道具を。自国の名誉の為に言っておきますけど、ランティスの魔道具とは比べ物にならないですから。ただ、冷やし箱と熱球を越える魔道具はまだ現れないでしょうね……言ったでしょう? 僕の師匠は凄い人なんです」


 胸を張って兄様が言う。いや、凄いけど……。

 前もきっと結婚のときは苦労したんだろうなーって思っていた。

 いたが、まさか国を巻き込んでまでの結婚とは思わなかった。しかも巻き込まれているのが国だし。


「その要求をランティス国王は呑んだから、お父様はこの国に来たんですね……」

「そうです。当代ランティス国王は師匠にあった縁組みの申し出を全て破棄した上で、今後一切フローツェア国へ向かう師匠への縁組みの横やりを入れることを禁じました」


 ……ん? また新しい情報が。縁組みの横やり?


「横やりって」

「ああ、この場合はクローディア様との婚姻です。主だった貴族たちには既に魔道具の一件である程度話は通っていましたし、陛下に認めていただいたあとは早かったんですが……クローディア様やロゼスタが見たという女性たちはその後に現れたんですよね?」

「……そうよ」


 やっとお母様が口を開いた。


「ランティス国から来たということばかりに目が行っていたわ。彼女たち……何が目的だったのかしら」

「師匠は僕たちの出国後の不干渉も条件に入れています。冷やし箱と熱球がまだ国中に広められていないこの状況下で、師匠を挑発することをするとは思えないんですよね……。干渉をされた時点で別の魔道具をフローツェア国で発表すると明言してますし」

「広まるかどうかは別の話ですよね? この国で魔道具を広めるのは少し難しいんじゃないですか?」

「ただちに、は無理でしょうね。国中も難しいかと。ただ、国の上層部のみといった一部への波及は可能だと思います。なんだかんだ言ってランティスは自分たちの魔道具が一番だと考えていますから、結局他国が魔道具を作ること自体が気にくわないんです」

「……そう考えると私の出した手紙をあの人は……」

「読んでいない、もしくは届いてすらいないと考えるのが自然です。自分の研究と引き換えに国を出た師匠です。ランティス国からの干渉を許すわけがないんです」

「今後一切、ということでしたものね」

「だからロゼスタのこともちゃんと考えていたんですよ?」


 え? と振り返ったら、優しそうに口角を上げた兄様がいた。


「師匠の血を引いた子ができたら、きっとランティス国は何かしら言い訳をつけてこの国に来ていたでしょうね。もしくは、子爵家を通じて早い段階からお相手の候補を送り込んできていたかも。それを防ぐための、不干渉の条件だったんです」

「…………」


 本当に今日は色々ある日だ。

 今までの連絡のなさをチャラにはできないけれど、ただ会いに来ただけの自称愛妾希望の女性や出会い頭で失礼なことを言ってきた男の言葉よりも、理路整然と説明してくれた兄様の言うことを信じたい。

 ……もちろん兄様だけの言葉を鵜呑みにはできないけど。お父様の言い分も聞いてみないことには、ね。




読了ありがとうございます。

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