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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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会いたくない人

 ひたすら魔法の練習を続ける日々が続く。

 私も兄様も、あの日のお母様の様子がおかしくなったことについて、話すことはなかった。……二人で話しても答え出ないしね。それに、私が聞いてもいいものなのかまだ迷っているのもある。

 お仕事が忙しい中、時々様子を見に来てくれるけど、あの日の話題を出さないよう避けているようですぐに戻ってしまう。


 兄様になら魔法を教わっていいと言われた日、思ったことがある。彼になら、お父様のことを聞けるって。

 会ったこともない、記憶にもないお父様の側にいた兄様。私たちよりずっと身近でお父様を見てきた人。

 ……どうしてお父様の側にいるのが私たちじゃなくて、兄様なんだろうと考えたことがなかったわけじゃない。ただ、会ったこともない人に対しての関心よりも、自分の将来への不安の方が強かっただけ。

 その天秤が少し傾いてきただけだ。

 

 そんな私情はともかく、気になることがあるのも確かで。

 ここ数日の私は魔道具に関しての質問ばかりを繰り返していた。



 ◇ ◇


「私にも魔道具作れますか?」

「えっ!?」


 しまっと思ったのも一瞬、兄様がぎょっとした顔で振り返った。……誤魔化しようがない。

 ここ数日ずっと頭の中で考えていことを、思わず口にしてしまっていたらしい。

 ちなみに魔力の制御もある程度のコツを掴めて、今はまた書庫に来ている。文字の勉強も進み、魔法関係の本を自力で完読できるようになる日も近い。

 ところで兄様、そんな顔をするくらい意外なの。まだ目を見開いたまま、こっちを見てるけど。


「そんなに、驚くことですか?」

「っ、いえ、でもですね、ロゼスタ──様、あ、いや、ロゼスタが魔道具に興味があるのはわかっていましたけど、もう知識としては充分じゃないか、と」

「……兄様は反対なんですね」


 声に出してしまったことを撤回はできない。元々、気になっていたし、少し兄様に話をするのが早くなっただけ。

 正直に言えば、もう少し外堀を埋めて情報を集めてから切り出したかった。

 まあ、しょうがない。頭の中でぺちぺち頬を叩いてから、深呼吸を一つ。しゅん、とした風を装って肩を落とすと、たちまち慌てたように兄様がわたわた始めた。


「反対というか、僕は嬉しいですよ! 可能性を秘めていてこれからどんどん種類を増やしていけば僕の夢も叶うんじゃないかと思っていますし、そういう話もロゼスタとできるようになると楽しいかと思いますが、色々ロゼスタが関わるには厄介なことが」

「厄介なことってなんですか?」

「……そもそもこの国の魔道具への軽視はもう知っているかと思いますけど、そう考えると色々と口を出してくる人たちが増えると思うんです」

「口を出してくる人を警戒するのと、魔道具に興味をもつのは問題が違うと思いますが」

「それはそうですが……」

「私は、魔道具に興味があります。もっと知りたいです。試しに作ってみたいと……思うのは変ですか?」


 無言。

 埒が明かない。質問を変えよう。


「今さらだとは思いますが確認です。……お父様は、王都で魔道具の研究をしている……んですよね?」

「は?」


 いまだに私はお父様が王都に行っている理由がわからない。しかも連絡もないしね。

 物心、というか前世の記憶を取り戻してから手紙というものを受け取ったことはないし、それ以前にもらった記憶もない。

 私のなかで他人もいいところだ。

 加えて今お父様の株は下落中(現在進行形)だ。将来に向けての勉強に一生懸命になっていたけど、忘れてないから! 私に愛妾希望の人が何故か会いに来たのを。もう何夫人だか忘れたけど、あの時の衝撃と自分の中の倫理観が揺らいだ瞬間を越えるものは今だにないよ。


 そう考えると変に会っていなくてよかったと思うくらいだ。この場合、客観的に考えられる方が好都合。


 私に魔法を教えてくれる兄様が師匠と呼んでいるなら、きっと魔力もあってすごい人なんだろうと想像している。

 あくまで、魔法の先生として、だけど。

 お父様なんかに教わりたくない、とは言いたいところだけど言えない。知識を与えてくれるのが兄様のみと限られている以上、それを増やすチャンスがあるなら自分から投げちゃダメだ。


「兄様がお父様のことを師匠と呼ぶからには、色々教わっているからですよね。きっと魔道具のことも教えてもらっているんじゃないですか?」


 そのついでに私にも教えてもらえないかと期待している。かなり。専門が魔道具の研究と言っていたから、お父様もそうだろうと踏んでの質問だ。


 もっとはっきり言えば、魔道具の研究者、兄様の師匠としてのお父様に会いたい。

 娘としての個人的な思いはひとまず置いておいて。

 想像したよりもずっと種類が少ない魔道具の話を聞いてから、ずっと考えていたことがある。ここは私の知識というか、アイデアが役に立つんじゃないかって。

 実はお母様の修行方法聞いて、ちょっと尻込みしてるなんてことはナイ。

 ただ、将来の私の夢や仕事の選択肢の一つとして考えてみようとは思っている。


「ええ、そうです。研究といっても僕はまだまだイメージを形にするまではいかなくて。その点、師匠は王都に呼ばれただけあって無駄のない洗練された陣を組むのが得意でしたよ」

「そのお父様が魔道具に関わっていて、どうしてその娘である私が魔道具のことを学んではいけないんですか?」

「……そりゃ師匠はランティス国出身ですし、でもロゼスタはここ、フローツェアの貴族として過ごしています。僕の一存ではなんとも……そもそも魔道具のことを教えてやってほしいとは言われたけど、作るのは別問題だろうし……」


 後半ぶつぶつ呟いていた言葉は聞き取れなかったけど、それよりも重要なことが聞こえた。


「誰が、ランティス国出身、ですか?」

「師匠、ですけど……」


 初耳です。

 口をポカーンと開けたら、兄様が目をぱちくりさせたあと……顔色を失った。


「知らなかった、んですか……?」

「ええ、まあ……」


 私が聞いたのは、兄様が隣国から来たということだけ。てっきり兄様だけランティス国出身なのかと思ってたよ……。

 そう考えると私の立ち位置って、ここの貴族からすると微妙? 魔力至上主義の印象が強いフローツェア国に対して、魔道具を産出している国だとすると魔力のある人が少ない、のかな……。その国出身のお父様とお母様が結ばれるって……これ、実はかなり大変だったんじゃ。

 その娘である私が魔道具に興味を示して作成に手を出す──うん、陰で色々言われる可能性大だな。


「それはそうと……私のアイデアは魔道具にできそうですか? 魔力がなくても使えるってとても便利だと思うのですけど。精霊との契約で魔法が使えても、使い勝手がいいと言えないですよね? そこを魔道具が補えるのではないですか?」


 兄様の口が開いているのをいいことに続けて言う。反対されている理由はなんとなくわかった。でもそれだけで私を止められると思ったら大間違いですよ、兄様。

 何せ将来がかかってますから!


「えーっと、ロゼスタ? 師匠がなぜ王都にいるかは……」

「知りません」


 あ、固まった。


「正確に言うと、お母様に聞きましたが教えてもらえませんでした。単身ふ……ええと、王都に仕事で行っていると認識していましたが、間違っていましたか?」

「……いえ、あってはいますが」


 なら、どうしてそんなに顔色が悪いの?


「今まで不思議に思わなかったんですか? 師匠──父親が側にいないことを」

「……思いましたけど。お母様に聞いた時とても悲しそうな表情をされたので……聞くのやめました。話すのも嫌なんだろうなって思って」

「話すのも嫌……」


 フォローをいれるつもりで話すのにどんどん兄様の顔色が悪くなる。何故だ。


「あとは、そうですね。色々学びたいことが先で……あ、忘れていた訳じゃないですよ? ただ他にも考えることがいっぱいあって、あまり考えないようにしていたというか」

「いや、僕も伝えるタイミングを失ってというか、ちょっと色々想定外のことが重なってですね……っ」


 ああ、私の魔法の先生役ですね。ちょっとそれは申し訳なかったことをしたというか、こっちも事情があったから必死だったんだよ。


「なんと言うか……知らなかったにしては驚いていないようですが、クローディア様から本当に何も知らされてなかったんですか?」

「いえ、充分驚きましたよ。お母様たち、結婚するの大変だったろうなとは思いました」


 ……そこでどうして残念な子を見るような目で見てくるかな。変なことは言ってないぞ。


「いえ、そういうことじゃなくて……ロゼスタにはランティス国の血が流れているんですよ?」

「? それはもう聞きましたけど」

「いやじゃ、ないんですか?」


 質問の意図がわからないけど……あれか、フローツェア国の貴族の考えからすると屈辱的、とか絶望とか感じるところなのかもしれない。

 私? かえって好都合と思いましたが何か?

 氏より育ちって言うし、ますます魔道具へのハードルが下がっていいと思うんだけど。

 それよりも、短期間とはいえ一緒に過ごしてきたのに、そんな風に思われたなんて、そっちの方がショックです。


「兄様が言いたいことはなんとなくわかりますが……ロゼスタは悲しいです」


 ちょっと唇を震わせ久しぶりに上目使い。狼狽えたように視線をさ迷わせる兄様に構わず、心持ち声も震わせて訴える。


「えっ? えっと」

「確かに驚きました。ずっとお父様もお母様もフローツェア国の人間だとばかり思っていましたから。でも考えてみればお父様はずっと王都に行っていていないし、ランティス国出身だろうがフローツェア国出身だろうがあまり興味はないです。他の人はどう思うか知りませんが、少なくとも今の私には関係ないです。……でも、兄様は私がそんなことを考えるような人間だと思っていたんですね」

「あ、一般論で! そう感じる人が多いんです本当に」

「その一般論の人たちと私は、兄様にとって同じ、ですか?」


 力なく視線を床に落としてみると、一層慌てたような空気が伝わってくる。……そろそろ止め時かな。


 そっと窺い見ると口をモゴモゴさせた兄様が困ったようにもつれた金髪の中に手を突っ込んで乱暴にかき回していた。

 少し意外だった。こうして見ると、女の子としてだけじゃなくて、男の子にも見えることが。


「ロゼスタ」


 しょんぼりしたように、眉を下げた兄様が恐る恐る声をかけてくる。


「気を悪くさせてしまったのなら、すみません。謝ります。僕の周りにいた人たちは大抵ランティス国を下に見ることが多くて……僕もそう思われるのが当たり前のように思っていました。でもロゼスタが……僕の妹はそんな風に思う子じゃないってことを、僕は忘れていたようです」

「もう忘れないで下さい。そういう風に思われていると思うと悲しいです」

「……善処します」


 だから、機嫌を直して下さいと言われて、少し微笑んでみせた。


「約束ですよ」と言って小指を出すとキョトンとされた。……あー、この習慣はなかったよね。うっかりしていた。

 でも今さら引っ込めなくて、怪訝そうな兄様の小指も出してもらいそっと絡める。一瞬触れた指先にびくりと肩が泳いで、次いで緊張しているように固くなった。

 細い印象が強い兄様だったけど、こうして触れてみると手は硬くてしっかりしている。大丈夫、すぐ終わるし、変なことしないから。


「約束を守るときのおまじないなんです。指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます」


 さっと言い終えて指を離す。不思議そうに、兄様が今まで触れていた指を擦った。


「今のは? 針を千本も飲むなんて大変ですね」

「痛いのは嫌でしょう? 私は嫌です。だから、そうならないように、約束を守ろう、守ってという意味があるんですよ」


 確かそんな意味だった。あ、兄様。私痛いの嫌って言ってますけど、この場合約束破ったら針飲むのは兄様ですから。

 解説に納得してくれたのか、兄様は指切りをした指をずっと触れて何か考え込んでいた。


「──ずっと気になっていたんですが、この間言っていたアイデアはロゼスタが考えたものですか?」

「え、そう、ですけど……何かおかしかったですか?」

「そうではないんですが……やけに具体的だったのでびっくりしただねです。そうですか、あれはロゼスタが……」


 口元に手をやり何やら考え込んでいる兄様。ちょっと魔道具の話で横道にそれたような気がするけど、まだ話の本題の通過点ですよ?

 思考の海に繰り出してしまった兄様の袖を引いて話を元に戻すと、はっとした顔で振り返ってきた。


「そう、師匠が王都に行っている理由ですね、僕が聞いたのは、国王陛下から王都見物に誘っていただいたのがきっかけで、魔道具の試作品を作っているとだけ……」

「試作品、ですか……って国王陛下!?」


 いきなりスケールが大きくなってぎょっとしたが、兄様は誇らしげに「はい」と頷いた。


「わざわざ王城に研究室までいただいて、昼夜研究に明け暮れていまし──いるみたいですよ。一旦研究に入ると外の声が聞こえなくなっちゃいますからね、師匠。でもその分新しい魔道具の作成に成功しています──していると聞きました」


 言いながら妙に言い直す変な様子の兄様だけど、私の頭の中は今得た新しい情報でフル回転していた。

 隣国出身の伯爵家の婿を王都に招いた上、お城に研究室まで? ……これ相当破格の待遇じゃないんだろうか。

 私が考えていたよりも、お父様は優秀だった模様。

 優秀だけじゃなくて、国王陛下が魔道具に強い関心を示しているのも窺える。この国の貴族たちの思考に真っ向から反している。

 国王陛下から直接声をかけられるってよっぽどだよね? 引き抜きってこと? すごいのね。家庭では存在感ゼロですけどね。

 でも、これであまり帰ってこられなかったのは納得かも。連絡なしなのは……いや、私にはなくてもお母様にはあったかもしれないし。

 ……それにきっと兄様も。


「お父様とは……どう連絡を取っているんですか?」


 兄様の言動から連絡はしていると確信を持ちつつ、ちょっぴり緊張しながら聞くと何故かキョロキョロと辺りを見渡した兄様が「魔道具を使ってます」と小声で返してきた。

 てっきり早馬を使ってのやり取りだとばかり想像していたから、驚いた。残念、私が提案しようと思ったのに。


「──と言っても、お互いに一方通行の魔道具を使っていたんです。返事はある時とない時がありますし、そもそも師匠読んでいるのか……。まだまだ試作段階といっていいもので……それもあってクローディア様には連絡していないと言ってしまったんですよ」

「そうだったんですか、どのくらいで届くようになっているんですか? 早く相手に届くとそれだけでも便利ですね」


 一方通行は手紙も同じですけど。ちょっと呆れた表情で兄様を見ると、返すのは簡単なんだから返事はできるだろうと思ってしまうんだとモゴモゴ言っていた。メールの返事を待つ感覚に似ているのかな。


 というか兄様、それは連絡を取り合っていると言います。

 この世界では手紙を書いても相手に届くのが早くて数日、遅くて数ヵ月かかるのが普通だ。届かないこともあることを考えると、兄様たちの言う試作品は画期的な魔道具だと思うけど、それが出回っていない口ぶりで──すごく勿体ない。

 そう思って告げたら……兄様のアイスブルーの瞳が見開かれた。


「わかりますか! そうなんです。その点だけは、確実に手紙を読んでほしい相手に届くように、どう設定すればいいかだけは、陣の組み方で師匠と何度もぶつかりました。師匠の組む陣は洗練されていますが、いつでも想定外の出来事がありますし、そう考えるとやはり本人だと魔道具に認識させる何かが必要で、ただ単純に届くようにするだけでは足りないと思うんですが……」


 ものすごい勢いで兄様の熱意が爆発した。何これ地雷? 興奮度が半端ないんですけど。

 後半陣の組み方の説明になって、もはや何を言っているのかわからない。そして私が勿体ないと言ったのは、魔道具の利便性を知らずに不便な手紙のやり取りを続けていることに対してであって、魔法陣の洗練度ではない。

 思わず遠い目をしたとき、嬉しそうな表情をした兄様から「他の魔道具を見に行ってみますか?」という台詞が飛び出した。


「街にあるんですか?」

「あまり大っぴらに知られていないようですが、小さな店を構えているところを見つけたんですよ」

「行きたいです! ちょっとお母様にお願いしてきます!」


 話の切れ目が狙い目。

 研究は渋られたけど、魔道具自体に興味を向けるのは嬉しいのかな。でも本物が見られるなら行きたい!

 お母様に頼んできますと踵を返して──聞きそびれていたことを思い出した。


「あ、ところで兄様、兄様の夢って魔道具が関係しているんですか?」

「……内緒です」


 さっきの会話を蒸し返すと、今までの興奮は一瞬で冷めてそっぽを向かれてしまった。





読了ありがとうございます。

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