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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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覚悟と疑問

「現象を大きくするのはあとでいくらでもできます。今は基本の陣の魔法を一つずつ覚えていきましょう」


 そう言われてから、ひたすら初級魔法を繰り返す毎日だ。魔法陣に多少の違いはあるけど、そこに注ぎ込む魔力の量はほぼ同じだ。

 魔法のクラスは初級、中級、上級、神級の順に難しくなり、それに比例して魔力の消費も制御の難易度も上がっていく。まだ見せてもらったことはないけど、魔法陣の複雑さもけた違いらしい。


 魔力を注ぐ量の調節にも大分慣れた。私の場合イメージで魔法陣が浮かんできて、満タンになった頃合いが見てわかるからやりやすい。

 兄様は暴発を予想して練習場を地下にしたけど、予想以上に私が魔力の調整ができるようになって「これなら外でしてもよかったですね」と呟いていたくらいだ。

 いや、でも私くらいの子供は他にもいると思う。慢心しちゃいけない。油断大敵。コツコツと努力を積み重ねて将来に備えなきゃいけないんだから。


 そんな私にも苦手な属性があって。


「相変わらずロゼスタは炎形の魔法が苦手ですね」

「はい……」

「もう少しイメージを固めないことには発動しませんよ。さっき僕がやって見せた炎の球に、もう一度挑戦してみますか?」


 どうも炎の魔法が目立って出来が悪い。前世で料理以外に使ったことがないから、火に対してマイナスなイメージしか湧かないのだ。

 結果発動しなかったり、申し訳程度の火の玉がふわふわするに止まっている。明確に相手を攻撃する、傷つけるってわかっているからかも。いや、他の魔法も使いようによってはそうなんだけどね。

 どうしますか? と聞いてくれた兄様には悪いけど、今日はここで一旦炎系の練習はやめておこう。

 首を振って頭を切り替える。


 今のところ平均で魔法陣十個の魔法を発動させるのが授業になっている。

 気分が悪くなったり冷や汗が出てきたらすぐに言うように言われたけど、そんなこともなく快調だ。魔力は血に宿るというから、魔力を消費しすぎると貧血症状が起きるとかそんな理由かもしれない。

 水、風、土に関しては色々とイメージを膨らませて幾つか得意な形が出来てきた。特に制御が難しいのが風だ。

 かまいたちのようなものを想像して離れたところに設置した的へ放つけど……何故切り口がウェーブ? ちゃんとイメージしているつもりなんだけど、なかなか上手くいかない。お母様が風の精獣と契約しているってことは、一番得意なのが風魔法ってことでしょう? 現象が具現化しない魔法をイメージできるってすごい。


 今挑戦しているのは水魔法で、自分を中心に噴水のように水を上から振り撒くようにしている。庭の植物への水やりにちょうどいいかなと思って。

 そう口にしたら、兄様はなんともいえない表情で「これだけ制御できていて目指すものが水やりですか……」と呟いていた。なぜ。

 ホースから出たような水の形と、霧吹きのような細かい水の粒を組み合わせてスプリンクラーのように円を描きながら降り注ぐもので、制御がなかなか難しい。──と言っている側からついさっきまで心地いいミストのようだった水が、ボタボタと大粒の雫となって垂れてきた。いかんいかん、これは美しくない。

 ──と。


「大分制御に慣れてきましたね」


 パチパチと手を叩いてアーヴェンス兄様が誉めてくれる。


「ロゼスタの年でそこまでできたら大したものですよ。魔法陣に魔力を注ぎ終えるのも早くなりましたね」

「兄様の教え方がわかりやすいからです。あとは火が上手くイメージ出来ればいいんですけど……」

「確かにそうですが、あまり気にしすぎなくていいですよ。これだけ他の三属性が出来てきていますしね」


 初めから意識を高くもつのはいいことですが、と兄様は笑ってくれた。

 そう言えば、基本的な属性だという四つは練習しているけど、光と闇の魔法はまだ教わっていない。ようやく読めるようになってきた魔法に関して書かれている本にも載ってはいなかった。



◇ ◇


「順調に進んでいる?」


 そんなある日、疲れた表情をしていたけれど、お母様が様子を見に来た。

 人が来る気配を感じるや否や、上げていた前髪を素早く下ろす兄様。……どんだけ知られたくないんですか。むしろ最近ナチュラルに顔を出してくれるから、もう慣れたかと思っていたよ。

 嬉しくなってしまうのはこういうときだ。言葉でなく態度で「私だけ」と知らされるとき。少しの特別扱いにちょっぴり頬が緩んだ。


 兄様に勉強の進み具合を聞いて何度か頷いているお母様。目が充血して赤い。

 顔色もあまりよくないようで、また領地内で問題が起きたのかと思ったけどそうじゃないと首を振られた。あまり寝ていないらしい。


「お母様、睡眠はとても大事なんですよ。眠れなくても体は休めるようにして下さい」

「書類作業がなかなかはかどらないのよ。でも朝はディーに毎朝同じ時間に起こされるし」


 眠たげに欠伸を噛み殺すお母様の姿はかなりレアだ。いつもは軽く結い上げている髪も下ろされていて、気だるい雰囲気を漂わせている。とろんとした菫色の瞳を擦って瞬きを繰り返す美女って誰得? 間違いなく私だ。

 毎朝ディーに起こされるそのシチュエーションは想像できないけど、口振りから二人の関係は契約というより相棒のような、どこか温かいものを感じさせる。

 一生は長い。ギブアンドテイクだけじゃなくて、お互いを思いあえる間柄はいいな。


「ロゼスタ様はとても覚えが早くて、僕が教えることなんてもうほとんどないくらいです」

「そうなの? 頑張っているのね、ロゼスタ。でも、あまり無茶はダメよ」


 ふわりと微笑まれて、頬が緩んでしまう。久しぶりに抱きついたお母様からはやっぱり花の良い匂いがした。


「貴方にもお礼をちゃんとしていなかったわね。……引き受けてくれてありがとう」


 そう言ってお母様は兄様に微笑んだ。そう言えばお母様も後押しをしてくれたんだった。「いえ、僕は別に」と首を振った兄様をこっそり見ると、苦笑は浮かべていたけど嫌そうな素振りはなくてほっとした。


 因みに、お母様の視線はやっぱり私の頭──正確に言うと頭の上にあるモノに釘付けだ。


「ところでロゼスタ……それは」

「私なりのまとめた結果なんです」


 先手を打って肩を竦めて言う。

 形変えてとか言われても今更できないから。

 この方がしっくり来て、尚且つ薫りをそんなに振り撒いていないってわかったから余計に。格好は気にしちゃいけない。気にしたら負けだ。


「そうなの……ええと、まぁいいのかしら……?」


 反応が兄様と同じだ。きっと理想形があったんだろう。ご希望に添えず申し訳ない。見えるわけではないので、どうか勘弁して下さい。


「それにしても、ここは変わらないわね。懐かしいわ」

「そう言えばお母様もここで魔法の練習をしたと聞きました」

「ええ。どうしても、なりたいものがあって、必死だったの。魔力枯渇一歩手前まで練習繰り返してよく怒られたわ。……ロゼスタも気を付けるのよ? あれ、すっごく気分悪くなるし、数日間寝込むからその分時間が勿体無いわ」


 なんだか本末転倒のような……そしてなんですか、その熱血教師のような魔法漬けの日々は。

 というか、


「魔力枯渇? ってなんですか?」


 簡単に言うと自分の魔力を使い切ってしまうことだと説明された。

 魔力総量は年齢と共にゆっくりと増える傾向があって、成人である十八を前後に一気に増えることが多い。尚且つ、魔力枯渇寸前まで魔力を使うことを繰り返していると、その分増える魔力が増すと言われているらしい。

 けれど、自分の魔力を大体でも把握するのは難しくて、それを枯渇寸前まで繰り返すとなると、どうしても使い切ってしまう人が現れてしまう。一回枯渇を経験すると自力で魔力がいつか回復するのを待つしかなくて、そのまま魔力が戻らなかった人もいたとかなんとか。


 今は危険な修行方法だと国から禁止されているとお母様談。困ったような顔してるけど当たり前ですよ!? 何そのハイリスクハイリターン。

 驚愕した私の視線に気がついたのか、お母様がこほんと咳払いをする。


「どうしても当主になりたかったの」

「無謀にも程がありますけど……」

「ただ、欲しいモノがあって。当主はその足掛かりだったのよ」


 必死だったのよ。

 そう二回目の台詞を呟いたお母様。

 当主が足掛かりだなんて、目標高過ぎジャナイデスカ? そこまでして欲しいものってなんだったんだろう。


「その欲しかったものは……」

「うん?」

「お母様はそれは手に入れられたんですか?」


 なんだか無性に気になって、そっと尋ねてみた。儚げな笑みが返って来ただけだったけど、きっと手に入れられたんだと思いたい。



「そう言えば、ロゼスタに魔道具の話はしたのかしら」


 たった今思い付いたような顔でお母様が聞いてくる。少し表情が硬い気もしたけど、きっと疲れているからだろう。


「簡単に聞きました。種類とか……話を聞いてもっとあるかと思いましたけど、そんなにないみたいですね」

「ふふ、あらあら、そんなこと言って、どんな魔道具があるか全部は知らないでしょう?」

「ロゼスタ──様、今存在する魔道具だけでもそれなりに重宝されているものばかりですよ? 一つのアイデアを魔法陣の中にまとめるのは、考えているよりずっと高度で大変なことなんです」

「それはわかるけど……もっと種類があってもいいと思うんです」


 生活面を滲ませた魔道具はNGで、攻撃魔法や防御魔法を織り混ぜたものは受け入れられる、と。

 そう思っていたけど、どうも自分のみの魔力、もしくは精霊や精獣と契約しての魔法を使えることがこの国では当たり前というか、一種の選民思想としてあるみたい。

 要するに、魔道具を使わなければ攻撃できないのだとバカにされるらしい。なんじゃそら。


 相手を退けることができれば自前だろうが道具使おうが変わらない、というのをオブラートに包んで可愛らしく言えば、兄様は何故か口をぱくぱくさせて目を赤くしてるし、お母様は心底嬉しそうに抱き締めてくるしで余計に訳がわからない。でも、とても羨ましいくらいの柔らかさと大きさで包まれれば文句はない。むしろ自分から抱きつきに行く。

 ちら、と視線を上げると真っ赤になった兄様と目があった。……ああ、そうですよね、羨ましいですよね。でもここは今は私の場所ですから!


「魔道具にどんな種類があればいいと思ったの?」


 今日のお母様はやけに食いついてくる。私のアイデアが使い物になるかはわからなかったけど、聞かれるのは嬉しかったから素直に答えた。

 例えば魔物に囲まれた時、自分の薫りを相手にわからなくさせるもの、咄嗟の攻撃を受けた時そのまま相手の攻撃を反射するもの、あるいは別の魔法で攻撃するもの、そもそも防御魔法を張って攻撃を防ぐものなど、なんとなくのイメージをそのまま伝えた。


 私のとりとめもないアイデアを聞くたびに、お母様は嬉しそうにころころ笑って、反対に兄様の表情はどんどん固くなっていった。でも、お母様が笑ってくれるのが嬉しくて──だから、ちょっと油断していた。


「すごいわ。たくさん考えついたのね。──わからないことがあれば質問すればいいのではなくて? すぐに答えてくれるでしょうに」


 ねぇ? と同意を求めるように最後の台詞は兄様に向けてだった。……そう言われてしまうと口をつぐむしかない。誰になんて明確すぎて余計に聞けない。やっぱりその一言を口にするにはまだ、私に覚悟が足りないみたいだ。


 お母様の微笑みが凍ったのは、何気ないアーヴェンス兄様の一言でだった。


「いえ、特に師匠には連絡はしませんよ。あまりしないようにしています」

「!」

「僕から頻繁にするとなるとロゼスタ──様のことを書くしかなくなってしまいますし。そうすると後が怖いからなぁ……」


 ぶつぶつと兄様がぼやいている。

 でもそれよりもお母様の反応の方が気になった。明らかに顔色が悪い。


「お母様……?」


 そっと袖を引いたらはっとしたように口を押さえて、身を引かれてしまった。私何か、した……?

 どうしたんですかと問いかける暇もなく、「そろそろ仕事に戻らなくちゃ」と立ち上がってしまう。兄様の台詞に反応してのそれだとわかるけど、どうしてそんなにショックを受けたような顔をしているの?


「……貴方たちも、あまり根を詰めちゃだめよ」


 辛うじて微笑もうとしたんだろう表情は、お母様が思うように出来なかったんだと思う。唇が震えていてよく見たらけぶる睫毛についているのは……もしかして、涙?


「僕、何か変なこと言いましたか?」


 兄様も青ざめて聞いてきたけど、そんなの私の方が知りたい。兄様が王都にいるお父様に連絡を取っていないことにショックを受けたような感じがしたけど……それがなんで?


 顔を見合わせても答えなんて出ない。出るわけがない。あんなお母様見るのは初めてだ。

 当然そのまま練習の続きをする雰囲気どころではなくて、どこか気まずい雰囲気の中、お開きとなった。




読了ありがとうございました。

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