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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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初めての魔法

「次は何をするんですか?」


 わくわくしながらアーヴェンス兄様を見上げる。

 さっきまで「あれで良いのか? 発想はあれだけど、あの形はあれはあれで合っているのか……?」なーんてブツブツ呟いていた兄様だけど、今は真剣な表情で本をめくっている。

 いいんですよ兄様、あんまり深く考えないで。私も考えないから。特に今この瞬間も、頭に丸い固まり乗せているなんて。


 私まだまだ頑張りますよ! どんとこい、ですよ兄様!

 というか、まだ魔法教えてもらっていなかった。魔力の薫りを抑えるなんて、初歩の初歩もいいところ。始まるのはこれからだ。



「次は魔法の発動の過程を学んでいきましょうか」


 兄様は順序だてて説明をする性格らしい。その方が助かる。

 やっぱり基礎は大事だ。未だに魔法そのものを見たことがない私にとって、一つ一つ説明してもらえるのはとてもありがたい。

 くるりと本を私に向けて開いてくれた兄様は、一つの図を指差した。

 幾つもの円が重なりあい、随所に複雑な文字が書かれている。……これが魔法陣。


「基本の術式です。ここに様々な属性や範囲、条件付けを付与します。ロゼスタは自分の中に力を感じ取れますか?」


 首を傾げたが、まずは自分の中を探ってみる。初めはよくわからなかったけど、しばらくするとなんとなく指先から胸にかけて、そしてお腹から足先に向けて体全体に温かなものが感じ取れた。

 これ、なのかな?

 どうですか? と聞いてくる兄様に「なんだか体を温かなものが広がっています」と言うとそれですよと笑顔が返ってきた。


 魔力とはイメージしたものを具現化するのに必要なもので、構築した魔法陣に注ぎ込むことで発動する。

 イメージ、想像力のセンスも問われるし、構築した陣に見合った魔力の量を注がなければ魔法は発動しない。多すぎても少なすぎても失敗になって、下手をすると暴発することもあるらしい。

 同じ魔法陣でもイメージの違いで威力も、形態も違うというから面白いというか奇妙だというか。

 魔素があるとより少ない魔力で事象を発生しやすくなる。そこへ、精霊や精獣が力を貸してくれると更に膨大な力を使えるらしい。

 元々の魔法を増幅させてくれると考えてよさそうだけど、使いようによっては破壊力がありすぎて使い勝手が悪そうだ。力を貸してくれているのに言い方が悪いが。……あ、精霊とはギブアンドテイクだった。


「実際に練習してみましょうか?」


 澄んだ青空の瞳で兄様が覗き込んでくる。……ちょっと距離近くない? これ他の人にしたら気があるんじゃないかって勘違いされちゃうよ。

 そんなことを考えながら、私は力一杯頷いていた。



◇ ◇



 場所を移したのは屋敷内の一室。トレーニング室みたいなものらしい。

 間取りを大きくとった地下室で、石の肌がむき出しのままだ。天井も大分高くて、圧迫感はない。ランプも灯っていて暗くはないし、地下にしては暖かい。室温調整の魔法陣が刻まれているらしい。

 でもどうして地下? こういう時って青空教室よろしく外で練習するものじゃないの?


 首を捻った私に「ロゼスタは初心者ですし、実際の魔法を外で練習するのはあまりよくありません」と兄様。

 どうやらこの世界では、木や地面を傷つけた後を修復することは難しいというのだ。

 膨大な力を使う割には効率が悪く、しかも以前の形に戻すことはできないらしい。

 どんな影響が出るかわからない、被害の大きさも魔法の実践者のイメージと腕にかかっているとなると、練習はなるべく被害の少ないところで──と考えられた場所が地下らしい。

 まあ、ここならよほどのことがなければ問題なく魔法を使えるしね。


「クローディア様もここで魔法の精度を上げる練習をしたと聞いています。……本当はここはもう少し大きくなった子供が使うように考えられていたそうですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。魔法は具体的に想像すればするほど精度が上がります。それを年端もいかない子供に要求するのは危険ですから」

「危険……ですか」


 できるかできないかは練習あるのみだと思っていたけど、危険だからさせられない?

 と考えたところで思い当たった。


「暴発を危惧して、とか……」


 なんとなくだけど、限りなく正解に近いと思う。私の呟きに果たして兄様は頷いた。


「時々ロゼスタが本当に僕より年下の女の子なのか、わからなくなります。察しがいいと喜ぶところなのか……まあ、その通りです。小さな子供には具体的に事象を思い描くのは難しいでしょうし、さっきもロゼスタが言ったように何より暴発が怖いんです」


 言葉の初めの部分で思わず首を竦めたが、ただ単に兄様は疑問として口にしただけだったらしい。

 ……そこは是非とも察しがいいと喜んでいただきたいところです、ええ。というか、中身二十歳越えとして、ある程度会話を先読みしてしまうのは許して下さい。

 女の子が苦手と話してくれたアーヴェンス兄様。異性の何が苦手なのかよくわからないけど、子供らしく無邪気そうな態度でいれば特に変な反応はない。


「前に誰かが暴発させたことがあるんですか?」

「まぁ、時々小さな子がさせてしまうことがあるみたいですよ」


 私の顔色を見て兄様がフォローをしてくる。魔法に興味を示す子はやっぱり小さいうちからやりたがるらしい。そして自分の魔力の制御がうまくできず、終いには暴発させるパターンが多いと聞くと、なんだかちょっと自分を思い出してしまう。

 ……もしかして、もしかしなくても私もそれが原因だったんじゃないだろうか。


「暴発ってどういったものなんですか」

「これも人によって違いますからね。魔力を注ぎすぎて陣そのものが耐えきれなくて爆発したり、気を失ったり、何故か全く別系統の魔法が発生したりというのが報告されています」


 ……怖いわ。

 これは周囲も警戒するわけだ。きっと私があんまりにも必死だったからかえって危ないと思われたんだろう。

 それに対する態度が一切を知らせない、教えないって徹底してますねお母様。

 途中からアーヴェンス兄様に教わりなさいに変わったけど、あのままだったらきっと今も知識を与えられなかったに違いない。


「では、実際に一通りの魔法を練習してみましょうか」


 本を何ページかめくり、兄様がまた別の魔法陣を見せてくる。因みに個々の魔法に名前はない。これも各々のイメージに頼る部分が大きいから、敢えてつけていないんだろう。

 大きく分けて火と水、地と風、そして光と闇の属性の魔法があって、どの魔法も基本の陣に範囲や形態、速度を都度付け加える形らしい。

 わくわくしてきたのと同時に、ちょっぴり怖い。武者震いというか。


「一番ロゼスタのイメージを邪魔しない魔法を見せますね」


 初めだけ僕の真似をして下さい。

 そう言って兄様はすう、と息を軽く吸って吐き両手を前にさしだした。

 ふわっと嗅ぎ慣れた兄様の薫りが広がって──、部屋の奥へ向かって無数の水弾が一直線に飛んで散った。目にも止まらぬ速さだ。弾き出されたそれらはあっという間に石畳へ落ちていって地面に吸い込まれ、立て続けにパシャパシャと軽い音を立てた。

 あと、薫りが広がったほんの一瞬、空中に兄様が広げた本のページと同じ陣が浮かんでいたように見えた、ような気がする。


「魔法陣に触れて下さい。まずは形を覚えましょう。それからなぞった陣をなるべく正確に思い浮かべて、均等に魔力を注いで下さい。」


 本を広げたまま、兄様が待っている。今度は私の番だ。イメージは、掴んだ。あとは魔力を込めすぎないように、でも足りるように……爆発だけは避けたい。

 少し震える手を本の魔法陣に重ねた。ゆらりと視界の魔法陣が揺らいだ気がした。

 目を閉じると、自分の中で魔法が練られていくのがわかる。注ぐと言うより、吸い込まれていく感じ。指先から流れ出る魔力の流れに注意していると、イメージした魔法陣がぐぐっと震えた。


 いけない。


 慌てて指先から魔力が流れ出すのにストップをかける。

 見なくてもわかる。きっと私の目の前にも、さっきの兄様と同じように魔法陣が浮かんでいるはず。滞りなく揺らめく魔力が過不足なく魔法陣を巡って力を蓄えている。


 ──と思った瞬間。


 ばっと私の腰くらいの高さで、水平に水が走った。いや、走ったというのは私の想像で、目を開けたらもう魔法は発動していた。きれいに私たちを中心に、石畳がぐるりと円の形に濡れている。


「……水の量は僕の魔法とほぼ同じですね」

「他の感想ないんですか?」


 冷静に足元を見て兄様が言う。

 違う、これをイメージしたんじゃない。魔法陣に魔力を注ぎすぎないように、一生懸命調節をして──何もイメージしてなかっただけデス。

 水の量が同じなのは、多分兄様と同じ魔法陣だったから。そのあと私が形をイメージするのを忘れたから、魔法陣が魔力を溜めておけなくて水だけが現れた……といったところか。

 初めて魔法ができたと喜ぶべきか、この締まりのない魔法はなんだと自己嫌悪に浸るべきか。……後者かな。


「初めてできちんと同じ量を出せるなんてすごいですよ。魔力の調整が上手ですね」


 にこにこと兄様が誉めてくれる。きちんとイメージするタイミングを間違えなければ次で成功するだろうとも言ってもらえた。


 ただ、このまま授業を続けるには一つ問題があって。


「冷えますね」

「……すみません」


 私が出した水は私たち二人の服も均等に濡らしてくれていた。それも線を書いたように濡れている部分と乾いている部分が分かれている。

 私の着ているワンピースはぱっと見た感じではわからないけど、兄様の着ていた灰色のローブはなんだかとても変なことになってしまっている。それに重そう。


「少し早いですが……今日はここまでにしますか」


 ちょっと困ったようにアーヴェンス兄様が言うのを聞いて、しょぼんと肩を落とした。もっと色々試してみたかったのに。……それにしても寒い。


 明日から、また頑張ろう。




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