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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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初めの一歩

 他にも色々と質問をしてアーヴェンス兄様を言葉に詰まらせたり、眉を寄せられたりを繰り返してようやく魔法、それも精霊魔法の全体が掴めてきた。


 端的に言えば、攻撃、防御魔法特化。この一言に尽きると思う。

 精霊の力を借りるとなるとどうしても力が大きくなり、それを受ける相手は魔物相手を想定するのが普通だ。というか、そういう時でないと、そう簡単に契約を結ばないらしい。

 因みに兄様は過去に一回だけ精霊と契約したことがあるとか。


「すごいです兄様! どんな精霊と契約したんですか?」

「水の、精霊ですね。ちょっと研究に必要で……」


 後半ごにょごにょと言っていて聞こえなかったが、その後精霊とは契約できていないと肩を落とした。


「どうやって契約したんですか? 目の前に精霊が見えたんですか? こういうところに浮かんでいたんですか?」

「ちょ、落ち着いて、下さい。僕の場合は、水がどうしても必要で、色々悩んでいたところだったんです」


 わたわたと手を振ってあっちこっちになぜか涌いてきたふよふよ──もういいや、精霊もどきを意図せず指差しながら口早に言う。これか、やっぱりこれが精霊なのか!?


「汚水をきれいにする魔道具を作ろうと色々試行錯誤していたところへふ、と頭に声がしたんです」


 興奮した私に苦笑しながら話してくれた。

 その名前を口にした途端、大量の水が降ってきたという。……それどう考えてもいたずらレベルじゃ……とは思ったものの、当時を思い出してか目を輝かせているアーヴェンス兄様には何も言えなかった。

 名前が浮かぶのか……浮かんだこと、ないなあ。思わずまだそこらを漂っている精霊もどきを流し見てため息をついた。


「兄様はいっぱい知っているんですね。ほとんど本を見ていないし、全部他の本でもう勉強されていたんでしょう?」

「……僕、本当は魔道具の研究に進みたかったんです。でも師匠が、もっと勉強してからだって言って……ようやく幾つかの魔道具の設計をさせてもらえるようになったんですよ」


 嬉しそうに頬を緩めてから、今度は少し表情を暗くして下を向く兄様。

 ……その研究に本当はどっぷり浸かりたいだろうに、こんなちんまいのに時間取らせてしまって申し訳ない。このご恩は必ず……!


 魔道具とは、魔石や魔法陣を刻んだ道具のこと。魔力がない人でも扱える為、アーヴェンス兄様の故郷では重宝されたとか。それでも私が想像したよりもずっとその種類は少なかった。


「食材が悪くならないよう物を冷やしておく冷やし箱と、暖を取るため熱を発し続ける熱球。これが一番ランティス国で生産され、知名度もある魔道具でしょうか……どちらも貴族が買い上げて庶民の手には届かないんですけどね」


 どちらも師匠が改良の手を加えているんですよ、と誇らしげに胸を張る。ふーん、すごいデスネ。そんなすごいお父様はきっと王都でも忙しくしているんでしょう。

 こっちには何故か愛人希望者が突撃してきていますけど。


 ふと気になって、他の魔道具で洗濯物を乾かしたり、料理に使う火を熾す時には使わないのかと聞けば、奇妙なものを見る目で反対に聞き返された。


「ロゼスタはおかしなことを聞きますね。洗濯も料理も、下働きがすることで貴女は一切関わっていないと思いますが……?」

「……っ、け、見学をっ! したことがあるので」


 声が裏返ったような気がするが、それどころじゃない。見学は事実だから、嘘じゃない。

 自分の衣食住に関することだから、屋敷中を一通り見ておいたんだけど、しておいてよかった。過去の自分、万歳!

 美少女に怪訝そうに見られ、首を捻られたが、なんとか誤魔化せたみたいだ。


「……その理由も変ですが、魔力を生活に生かしてはどうかと聞こえるようなことはあまり外では口にしない方がいいですよ。確実に変人扱いか、下に見られますから」


 まだ不審げだったが、こくこくと頷くとアーヴェンス兄様は追求の手を緩めてくれた。

 そうだよね、貴族の令嬢ってあまりそういう生活に関わる部分には関わらないものね。

 ……それにしても下に見られるってなんだ。生活するのって大変なんだよ……っ!

 いや、私一人暮らしの経験ないけど。

 する前どころか家から旅立つ前に別の世界に旅立っちゃったけど。

 その日その日を仕事して、自炊して洗濯掃除する人は素直に尊敬してしまう。自分ができなかった分余計に。


 ──と、一人でむしゃくしゃして考えていたけど、兄様の言っていたことを反芻してみて、なんとなくこの世界の考え方がわかった気がした。

 誰もが持っているわけではない魔力。それはきっといつ来るかわからない魔物と戦うために必要なもので、しかも精霊、精獣と契約できる人も限られていたら……きっと高い魔力を持っている人はどこにいても重宝されるんだろう。

 しかも持っている人が貴族に多かったら、当然意識は高いだろうし、プライドも高くなるはず。そりゃ普段の生活、というか、生活を支えている使用人の助けの為に魔力使おうなんて考えが出るわけないわ。

 使おうにも攻撃魔法メインなら威力がありすぎて微調整も難しいだろうし。


 国が建てたなんちゃら院も、出来るだけ多くの人に戦う為の魔力を持たせるように作られたんだろうし。

 というか、その冷やし箱も熱球も生活に関連するのでは、と聞いたら生活は生活でも貴族のある意味贅沢品なんだそう。

 違いがよくわからなかったけど、使用人が主に使うか使わないかで分けているんだろう。

 ……そういえばちょっと待って、兄様兄様、さっき言っていた汚水をどうたらってそれも生活に関する魔道具では……?


 指摘すると、美少女が百面相した。主に泣きそうな顔で。

 ふるふる振っている首に合わせて淡い金髪が揺れる。長い儚げな睫毛に縁取られたアイスブルーが瞬く。


「ぼ、僕はいいんですっ。だって貴族じゃないし、」

「いえいえ、兄様立派な貴族ですから。私のお兄様ですし」


 ──そこでそうだったって初めて気がついたような顔しないで下さい。


「こ、ここまでにしましょう座学は! ロゼスタ様には色々と覚えてもらいたいことがありますし」

「兄様、名前」

「う……はい」



「とりあえず、ロゼスタには、魔力の薫りを抑えることを覚えてもらいたいです」


 私の初・魔法は、そんな一言から始まった。


「オルガもそんなことを言っていましたけど……そんなことできるんですか?」


 魔力の薫りと聞いて思い付くのがまず体臭だ。それだったらある程度は消せるんだろうけど、自分には感じ取れない薫りを抑えるって……。


「意識すればできます」


 きっぱりと言い切られた。


「まずは想像してみましょう。今、ロゼスタの回りは濃い薫りが充満しています。それを自分の体に沿わせるように、体の内側に押し込めるように意識して下さい」

「……」


 いきなり難易度高いのが来た。


「えっと……意識も何も自分では何も感じられないんですが……」

「想像して下さい」


 スパルタ。

 とにかく、やってみないことには始まらない。聞けば今の私はこの間オルガが言っていたように、魔力の薫りを大放出もいいところらしい。


「大分慣れましたけど、ロゼスタのはかなり強いです。きちんと自分で調節できるようにならないと僕がこま──ロゼスタが困りますよ」


 本音が駄々漏れ。

 でも、二人が言うんだから本当なんだ、きっと。

 ええと、自分の魔力の流れを体に沿わせる……だっけ?

 想像、想像。どのくらい薫りを振り撒いているのか知らないけど、この伸ばした手にうっすら沿わせるように、なんとなく蜂蜜から黄色をイメージしたオーラを思い浮かべて頭の中でそれを体内に押し込める。

 その内、本当に黄色が見えるような気がしてきた。


 ──が。


「左側は良い調子です。でも右から大きくバランスが崩れて流れが片寄ってますよ」

「ああ、大きく歪んでます。もう少し体に近づけるように」

「上半身はきれいに薄くなっています。でもその分下半身に溜まってます。均等になるよう心がけて下さい」


 ……兄様の嗅覚が半端ない。

 正に、こっちが立てばあっちが立たず状態。

 もう何度目だ、数えたくない。目に力を入れすぎて痛くなってきたし。

 要は、あれだ。イメージが大事だってことがよくわかった。少しでも気を抜けば手から砂が滑り落ちるように、制御を失った魔力の薫りがふわふわと空中にさ迷い出してしまう。

 ……イメージが大事なんでしょう? じゃあもうこうしよう。


 私は体全体に纏わせようとした黄色を制御するのを一旦止めた。視界の端で兄様が口を開いたのを片手で制し、胸の前で手をかざした。

 イメージしたのは、球体。どのくらい放出されているのか、どの程度薫っているのかなんて関係ない。ここに、この手の平に外に出ている私の魔力の残滓を、集める。

 次いでに掃除機をイメージして、ふわふわ漂っているものを吸い取ってその球体に加えるところまで思い浮かべる。


「……出来ました……か?」


 サッカーボールほどの大きさでぽよんぽよん不規則にゆったりと跳ねている。

 ふ、こうすれば放出されていた薫りはここに圧縮されていて、尚且つ体に取りこぼしたものが纏わりついていてもそんなに薫らないだろう。どのくらい薄く纏わせればいいのかわからないし、この方が手っ取り早いわ。

 球体が跳ねている、と表現したのは……本当に手の平に着いては浮いてを不規則に繰り返しているから。

 私のイメージより少し歪な丸っこいものに、どこに潜んでいたんだか、ふわふわと精霊もどきが群がっている。

 それも一人や二人じゃなくて、……ああもう、ひっきりなしに動いているから人数がわからない。とにかく、今までに見たことのないくらい大勢で私の手の平に寄ってきているのだ。彼らの動きのおかげでイメージした球体ができていることがわかる。

 ……もしかして、今までの精霊もどきたちも私の薫りに寄ってきていたのかもね。


「……」


 ところでどうしたんだろう。

 兄様の反応がない。

 そっと様子を窺うと、ポカンと口を開けて私の顔と手を交互に見ている。


「ロ、ロゼスタ、それは一体」

「出来ました」

「……僕の鼻がおかしくなってなければ、手の上で圧縮されているようなんですが」

「しました」

「体に纏わせるのは……?」

「これ、どうしても体内には戻せないんですもの。纏わせるのもバランスが悪くて。なので、発想の転換で集めてみました。体全体に纏わせなくても、外に出ている分を一ヶ所にまとめるのは同じですよね?」


 本人から薫りが漂うのはしょうがない。それをどう料理するかは本人次第だと思う。あっちは薄く、こっちは四方に広がっているなんてカッコ悪い。──と思ったからまとめて集めて圧縮してみたんだけど。


 駄目だった?

 困ったような、途方に暮れたような顔をした兄様に、困った時の日本人の処世術でにこりと微笑んで見せる。すると赤く染まった顔が逸らされてしまった。


 ……それはそうと、この球体どうしよう。

 まさか尻尾のようにはお尻にはつけられないし。頭に乗せておくしかないか。そっと頭の上に押しやるように手を動かす。ちゃんとついてきているか、少し動いてみると私の動きに合わせて遅れてふわふわしているのが見えたから大丈夫そうだ。

 相変わらず精霊もどきたちがついているみたいだけど、他の人には見えないからいいや。

 でもこれもし他の人から見えたら変だな、と改めて気がついた。

 サーカスでの見せ物のようだと、自分で想像してみてちょっと後悔。




ア(なんか違う、なんか違うけどこれで良いのか? あんな良い笑顔しているところに水を差すのは悪いような…そもそも薫りを振り撒きすぎているのが不味いんだから、それがまとまっているならどんな形でも良い、のか…?)


考えすぎてアーヴェンスもわからなくなっている模様。

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