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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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創世神話

「ロゼスタは魔法に関してどこまで知っていますか?」


 様をつけないで呼び捨てにもようやく慣れて、スムーズに言えるようになったアーヴェンス兄様。

 もちろん、二人きりの時だけね。それ以外はやっぱり様をつけて呼ばれる。使い分けできて器用だなーとは思うものの、迂闊な面もある兄様がいつボロを出すのか、少し楽しみにもしている。


 まずは座学ということで、今いるところは二階書庫だ。兄様曰くここには専門書が多数置いてあるらしく、調べものには困らないと嬉しそうだった。

 ところで兄様、早速聞いてきたところ水を差すようですが、脇に抱えている分厚い本がまさかまさかの教科書代わりじゃないでしょうね。

 わかっているとは思いますが、読めませんからね。


「えっと……魔力を血に宿している人は、薫りがする? とか」


 言葉を選ぼうが出てくる知識はそれくらいだ。しかも知ったのは数日前のオルガ情報だし。

 うんうんと頷いていたアーヴェンス兄様の「それと?」と、次を促すような視線ににっこり笑顔で対抗する。もうロゼスタの知識は出し切りました。


「あとは……あ、自分の魔力と引き換えに精霊や精獣と契約できる、でしょうか」


 そうだ、もう一つあった知っていること。ぽんと手を打ち、急いで付け加える。

 ディー、だっけ。お母様と契約している精獣は。

 あれからあの姿は見ていないけど、うっすら緑がかっていた姿は今思うととても格好よかった。


 再度次の言葉を辛抱強く待っているアーヴェンス兄様に微笑むと、次第になんかこう……微笑ましいものを見るような、どこかほっとしたような表情になった。

「真っ白ってこういうことか……」なんて呟いているけど、それは私が思っていたよりも物を知らなかったからですか。失礼な!


「では、神話は? 特にこの国に伝わっている創世神話はどうですか?」

「創世神話?」


 聞いたことないな。

 きょとんと首を傾げる。私が読めるのはこの絵本くらいだ。

 兄様に「これはどうですか?」と差し出すと。


「これですよ、フローツェア国の創世神話。建国神話とも言いますね。ちゃんと読んでいるんじゃないですか」


 ……これ、神話だったんだ。子供向けの絵本にしては、やけに抽象的な表現が多いなぁとは思っていた。

 それにしても、見た目美少女にしか見えない子を「兄様」と呼ぶこの違和感。二人きりのときには、呼び捨てはもちろん、前髪も上げてもらっている。初めは渋っていたけど、ぱっちりしたアイスブルーの瞳が隠れているのは勿体ないと思って。目も悪くなるしね。

 もう慣れたのか、紐で縛ったりはしないで顔の横にまとめて額を出している。そうするとますます……年上のお姉さんにしか見えない。もう少し年相応の格好をすればいいと思うけど、ぶかぶかのローブだけは着替えることはしなかったから、体の線が見えなくて余計に少女に見える。眼福だわー。


「少し安心しました」


 ほっとしたような顔でアーヴェンス兄様が言った。


「安心? 何故ですか?」


 私が知らなすぎると教え甲斐があるからか。──と思いきや、


「先日ここでお話したとき、正直とてもロゼスタが大人びていたので、魔法についても専門的なことを聞かれたらどうしようかと思っていたんです」

「……私何も知らないから教えてほしいって、先に言いましたよね」

「そうでしたね」


 困ったように微笑んだ兄様に、表面上は何食わぬ顔をしていたけど、内心は冷や汗を流していた。

 あれ、あのときのやり取りってやっぱり五歳児にしては変だったのか。もしや怪しまれてる?

 なるべく子供っぽく振る舞うようにはするけど、この間の書庫の時はそんな余裕はなかったし、そうしていたらきっと今の隙を見せてくれてなかったと思う。


 まだどこか警戒するような、少し距離を感じるときもあるけど、私が欲しいのは仲良しこよしのお友達じゃない、魔法やその他の常識や勉強を教えてくれる先生だから、このくらいの距離で充分だ。

 ただ「この子変だ」と思われるのは困るから、年齢にしては大人びている。そう思ってもらえるよう気を付けよう。


 心中でそう改めて決心した私を尻目に、兄様は絵本を手に取りゆっくりとめくった。初めのページには真っ暗な背景に白い女の人がふわふわした布を纏って降り立つ場面が描かれている。


「どこから話しましょうか……この二つの精霊が全ての始まりだというのは知っていますか?」


 初耳だ。

 私の表情で答えを悟ったのだろう。静かに、この国に伝わる建国神話をゆっくりとした口調で話し出した。


 昔、世界は闇に包まれていて荒廃して、混沌だけがあった。これは一人きりだった闇の精霊のことだと兄様が説明をしてくれた。

 そこへどこからか、光の精霊である一筋の光が差した。

 一人の巫女が光の精霊を連れ闇の精霊と引き合わせ、闇の精霊は世界が暗いだけでないことを知る。そこから、他の世界へ興味を覚えた精霊は、相反する質を持った光の精霊と昼と夜と交互に世界を見ることにしたのだ。

 まず光の眷属でもある、闇を照らし払う火の精霊が誕生。次に対となるたゆたう水の精霊が生まれた。自由に世界を駆ける風の精霊が生まれ、どっしりと世界に根を張る土の精霊など、次々に精霊たちが産声を上げた。

 光と闇の精霊が互いの存在を感じるのは、夕と夜が混じり合い入れ替わるほんの短い一時だけ。

 その後さまざまな精霊から多くの祝福を受けたフローツェア国は、荒廃していた大地から実り豊かな国へと生まれ変わった。

 巫女はそのまま国王と結ばれ、創世の王家の礎となった。特に複数の精霊に愛される子が生まれる可能性が高いのは、その為だとされているらしい。


 初めのページの女の人を加護を受けた巫女と見る説と、光の精霊そのものだとしたりその他緒説あるらしいけど、世界が闇に包まれていて云々は変わらないと兄様は話した。


「この闇の精霊と光の精霊が全てを作ったという考え方なんですね」


 世界が違えば神話も違うんだと頷けば、今度はアーヴェンス兄様が首を傾げた。何その仕草可愛い。


「僕の生まれ育ったランティス国でも始まりは同じですよ。……ああ、違うのは精霊へ声をかけたのは魔道具職人だったという部分ですね。別の国ではそもそも闇の精霊と交わったのが国の始祖としていて、未だに精霊と交わることを続けているらしいですから」


 巫女と職人。大分違う。そして精霊って文字通り霊で無機物だと思うんだけど、交わるって……?

 そんな彼らがいる国は獣人が多いらしいと兄様談。らしいというのは、兄様も今まで会ったことがないから。……やっぱり猫耳なの? 獣耳なの?

 ウズウズと気になる素振りを見せた私に「王都に行けば会える可能性が高くなりますよ」とちょっぴり身を乗り出して兄様が微笑んだ。

 王都か。行ってみたいと思うような、あまり近づきたくないような……まだその気持ちに名前をつけたくなくて、私は考えるのをやめた。



 魔力は血に宿る。そして大なり小なり薫りを放つらしい。これは自分には感じ取れず、他人が感じるものでその人によって薫りの印象も異なるとか。これもこの間オルガが教えてくれたことだ。

 そしてこれは人間だけではなく、魔物も同様らしい。


「いつから魔物が人を襲うようになったのかわかりませんが、彼らがそうするのは、本能の他に魔力狙いとする見方が強いです。弱肉強食の彼らの世界では、弱者を食らって同時に魔力を奪っていることが確認されていますし、高い魔力を持つ人間を食らえばそのまま自分の力が増しますからね」


 相手の魔力を自分の物にするには、倒した相手を文字通り食べることが必要らしい。倒した魔物……うん、姿形も想像できないけど食べるの無理。だからこれは魔物限定だろう。


 魔物にあったら一目散に逃げろということですね。……あ、当主目指すなら逃げちゃだめだね。当主になりたいわけじゃないけど、それも一つの道と数えて置いた方がいいのか。


「クローディア様が風の精獣とで領地を見ているそうですから、そうそうここに魔物が入り込むこともないでしょう」

「領地内には入ってこないと聞きました」

「ええ。その代わり街道や他領の端の村には現れることもあるようですよ」


 魔物は『最果ての森』からやってくる。森自体が濃い魔素と呼ばれる魔力の素を排出していて、それが森に住む生き物を魔物にしているんだとか。

 あまり近づきすぎると体調をおかしくしてしまう為手が出せず、どの国も今のところ森の外に出てきた魔物を倒すのみにとどめているらしい。


「要するに『最果ての森』は魔素の溜まり場となっていて、私たちが生活しているところはそうでない、ということですね」


 わざわざ兄様が濃い魔素と表現したなら、きっとここは濃くもなく薄くもないちょうどいい濃度の魔素があるんだろう。そもそもきっと魔力の素がなければ魔力も使えないんだろうし。


「ええ。精霊たちにとってもあまりに濃い魔素は居心地があまりいいものではないようです。魔素自体はなくてはならないものなんですよ」


 それにしても、精霊とさっきから聞くけど、実際私はどういうものが精霊なのかわからない。意思はあるの? 姿形はどんなものなんだろう。……一番気になるのは、私が時々目にするあの子たちが精霊なのかってこと。

 それについて、兄様の答えはあまり芳しくないものだった。


「そもそも精霊というものの説明ですか……人によっては加護を受けたり、反対に災厄を運んできたりする存在、でしょうか。魔法を行使する上で、必ずしも精霊と契約をしなければならない、ということもありません。相性もあるようで、一度契約を結んだ人間はまた再度契約できることがあるようですよ。ひどく気紛れで、契約を結んだ人間の魔力を過度に糧にしたりする質の良くないのもいるとよく聞きますね」


 ……怖っ!

 周囲を飛び回る精霊のようなものと、なんとか契約できないものかとあれこれしてみたのはまだ記憶に残っている。

 あの時ついうっかり契約を結ぶことがなくて、心底良かった。

 いい精霊なのかそうじゃないのか、見る目も必要ってこと? 契約できても安心できないってやだな……あ、だからその都度の契約なのか。

 

「どんな姿をしているんですか? 羽があるとか、子供の姿だとか、その精霊によって違うんでしょうか?」

「文献を見る限り、絵師たちが表現する上での姿は幾つかありますが、基本的に姿形はないとされています。何かの精、ですし」


 そうですよね……じゃあ、あの子たちはなんなんだろう?

 首を捻ったところで、どこかの国の説明で同じことを考えたような気がすると記憶を辿る。


「ええっと兄様、さっきどこかの国は始祖が精霊と交わったとかなんとか……って言ってました、よね?」


 姿形がないのにどうやって? と投げ掛けた質問に、初めて兄様の表情が曇った。


「あー、そう、ですね。精霊ですから、きっと他の生命体に憑依して、とか?」

「いえ、私に聞かれても」

「……すみません、ちょっとあの国は排他的で、あまり国の内情というか、情報が出てこないんです」


 眉を寄せて「僕にもわかりません」と悔しそうに言うアーヴェンス兄様の顔は……初めて見たけどこれまた可愛らしかった。気を取り直したように本を抱え直して頁をめくる姿もいい。


 精霊との契約は、こちらの魔力を糧に力を振るってもらい、同時に契約者も精霊の力を借りて魔法を行使する、一時的な相互関係を結ぶようだ。自分のみの力を使うよりも、効率が良いらしい。

 ただ、効率がいいからといって気紛れな彼らと都合よく契約できるわけではなく、しかもその契約方法も人によって違うと聞けば、もう自分の魔力を磨こうと決意するしかない。


 結論、ふとしたときに見えるふわふわしたもののことはもう考えない。

 ここに今黄色っぽい子が浮かんでいるんですが、この子は精霊ですか? なんて聞こうものなら「やっぱり変な子だ」と思われかねない。表情まで想像できる。止めとくに限る。


「精霊の上位でもある精獣と契約したクローディア様の場合、その関係は契約者が死ぬまで続きます。精霊のときとは比べ物にならないくらい力を振るう効率がいいと聞きますね。その反対も言えて、精獣も契約していない精獣よりも力が強いとか……。僕も、精獣と契約している方とお会いするのは初めてです」


 そんなに少ないのかと驚いたけど、そもそも精霊と契約できる人間も少なかったわ。

 ……やっぱりお母様すごい。





次話実践です。

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