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黄昏の愛し子  作者: 蛍火花
第一章
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前世の振り返り

 就職活動って、とんでもなく精神を削るものだと思う。

 内定をもらえない場合は特に。

 何社受けたかなんて覚えてもいないし、数えたくもない。八十社を超えた辺りから数えるのを放棄したのは遥か遠い記憶だ。

 数日後に届く「不採用」の書類とメールに何度心を折られ、胃を痛くしたことか。圧迫面接もキツかったが、目に見える形で残るダメ出しもしんどかった。


 前言訂正、就職活動とは、精神と体力と気力とあと何かこう、自分の中の大切な何かがすさまじい勢いで目減りするものだ。


 でもでもでも!

 まさか、まさか自分が呆気なく死んじゃうとは思ってもなかったよおおおお!!


 忘れもしない、というか最後の記憶のあの日。あれは確か正月の三が日を過ぎた頃だ。

 もう数えるのすら恐ろしい不採用通知に絶望して、同情的だった家族の視線が徐々に生温かくなり、後半「また?」という氷点下の眼差しに変わった矢先のことだ。


 正月と言えばひたすら餅が主食。

 家族が寝静まった中テレビをつける気にもなれず、一人寂しく頬張っていた時。

 もそもそと食べていたのが悪かったのか、ぼんやりとしていたのがいけなかったのか。


 結果、喉に詰まらせて現在に至る、と。


 もう自分が馬鹿すぎて嫌になる。

 なんでよりによって詰まらせるかなぁ……!

 もしかしたら他の死因があったかもと嫌な記憶を探ってみたけど、宙を舞った履歴書によく似た紙とか、視界の端からぼやけていく天井とか、いくらシミュレーションしても詰まったとするのが自然だという結論にしかたどり着かなかった。無念。


 もちろんその後の記憶はありません。


 いやいや、ないわー。

 走馬灯で書き損じた履歴書の束が浮かぶなんてないわー。

 あんな事故起こしといてなんだけど、新聞ニュースで取り上げられていたらどうしよう。恥ずかしすぎてどこでもいいから穴掘って入りたい。そして埋まっていたい。

 思い出す度にしくしく痛む胃を抱えて、何度目かもわからないため息をついた。

 最後の記憶が強烈すぎて、良い思い出とか出来事が何一つ浮かんでこないこの不思議。

 私の人生なんだったんだろう……。


 記憶の中の自分とは異なる、鏡に映った新緑の瞳の少女の右頬を惰性でつまんでみる。

 ふお、柔らかい。

 何度触ってもいい。すべすべだー。


 前世と同じで髪の色は黒。ただし、お手入れが行き届いているのか、前の私の努力が足りなかったのか、ストレートの腰までの髪は、天使の輪っかができていて毛先まで櫛いてもどこかで指を引っ掻かることもない。

 初めは瞳の色に違和感を覚えていたが、五年も見続けていたら嫌でも慣れる。

 むしろ五年近くもこれは夢だ、まだ覚めないなと考えていた自分にびっくりするべきか、呆れるべきか。

 あれ、もしかしてこれ現実? と感じてからは度々ほっぺをつねっていたけど、一向に目が覚めることはなかった。

 元々そんなにのんびりじゃなかったはずなのに、生まれ変わって少し変わったのかもしれない。


 なんの因果か、ともかく私は生きている。というか、転生していた。

 この私の自我は前世の私のままなのか。所謂生まれ変わりで、憑依とはどう違うのか。

 自問自答を繰り返すも答えは出ないし、便利なグーグルな先生もない。


 もしかしたら本当の私の体は生きていて、幽体離脱をしているんじゃないかと思ったこともあったけど、結局目が覚めないことにはどうしようもないのよね……。


 ……これからどうしよう。

 遠い目をして頬杖をつく。

 五歳なんてまだまだ子供。広がる未来への期待と夢に胸を膨らませる時だというのに、私と来たら今後来るであろう将来に不安でおろおろしている。流石にこの年で胃痛持ちにはなりたくないんだけど。


 ロゼスタ・ラシェル。

 それが私の今世での名前だった。

 ちなみに母はラシェル伯爵家の女当主である。

 家を継ぐのは男性が多いと思っていたけれど、この伯爵家に限らず、私が生まれたフローツェア国では能力が高い者が跡を継ぐらしい──要するに長女で現在一人っ子の私でもこのまま当主を継ぐことにはならないそうだ。

 能力とはなんぞやと問えば、精霊を使役できたり、威力の強い魔法を操れたりと自らの魔力を行使できる者だとか。特にフローツェアでは精霊が多く、魔力を持って生まれる子が大半らしい。


 ……この、宙を飛んでいる空気に透けている黄色っぽい子が精霊なのかな。

 下半身を空気に溶け込ませた手のひらサイズの小さな女の子が、頭上から降りてくる。思わず手を差し伸べると人差し指に掴まり、軽く唇を当ててきた。勿論感触はない。

 そのまま微笑んだ彼女は、瞬いた次の瞬間には姿を消していた。


 転生した世界は、魔法のあるファンタジーな世界……自分の未来が全く想像できない。

 これ、当主にならなかったらどうなるの? 

 ぶるり、と思わず体が震える。

 いや、別に当主になりたいわけではないが。


 ただ、ニートは嫌。絶対。


 ため息とともに頬杖をついた手はふくふくとした子供特有の柔らかさで、記憶にある私の成人した大きさとは似ても似つかない。

 こんな姿、誰にも見せられない。

 鏡から見返される新緑の瞳は情けなく潤み、眉も力なく垂れていた。

 ……でも、もしあのままだったらと考えてしまうのは今更だ。

 最後の面接まで残ったところもあったし、結果待ちをしていたところもあった。

 どうだったのかと考えても仕方ないことばかりが浮かんでくる。


 もっと家族との時間を大事にすればよかった。

 豊食の国に生まれたんだから、もっと美味しいものをたくさん食べておけばよかった。

 いつでも会えるからと人数だけ溜まっていったアドレス帳で、結局実際に連絡をしたのは半分にも満たなかった。

 行きたいところも数えきれないくらいあったのに、結局行かずじまいのまま。


 挙げ句上手くいかない就活に、気まずいから家での時間は自然と減っていく。予定がない日は部屋に籠りきりだったけど、それでも何かと声をかけてくれた母さん。

 ……もう顔がぼんやりとしか思い出せない。

 小言が多かったけど、そんなの当たり前だ。いっぱい心配をかけてしまった。


 知らずに滲んできた涙を拭う。こんな泣き方、五歳児はしない。

 もう考えても仕方がない。あの時には戻れないんだから。

 私はここでやっていくしかないんだ。


 もう一度、小さな手を見下ろす。まだ何も掴めない、小さな小さな手。

 ……きっとこれはやり直しのチャンスだ。

 全く先の読めない世界。

 でも、私は今生きている。これが一番大切で、見失っちゃいけないことだ。

 できたことも、できなかったことももう一度チャレンジできる。


 そこまで考えて、不安要素がむくむくと頭をもたげてきた。

 魔法のあるこの世界。魔力の有無で将来がある程度決まりそうなんだけど……。

 全く感知できない私に、果たして魔力はあるんだろうか。


 お母様に聞いてみたが、返ってきたのは『私の子ですもの』という嬉しいような嬉しくないような言葉だった。

 結局どっちなのか不明。


 いや、悲観しすぎはよくない。

 何せ私はまだ五歳。伸びしろはまだまだ、いやきっとある。ないと困る。

 万が一魔力がなくても──あるに越したことはないが──、できることは他にも幾つかあるはずだ。

 やりたいことだって、夢だってこれから幾らだって願えることがある。


 ……夢。

 前世での就活の時の不採用の嵐に擦りきれて、もう欠片も残っていないんですが何か。


 すぐにマイナス思考に陥りそうな自分を叱りつける。

 人生これからなんだから、簡単には諦めない。今見つけられないから無理に見つけなくてもいいじゃない。

 取りあえず興味のあることを見つけたら、それに向かって一直線に進めばいい。

 時間は有限。自己分析なんて後!


 人間いつか死ぬのだ。そのいつかは明日くるかもしれないし、予想できない。

 そのいつか来る時に、悔いだけが残る人生は送りたくない。

 あんな履歴書が舞う走馬灯なんてまっぴらだ。情けないことこの上ない。年頃の乙女として、せめて好きな人とか憧れの人を思い浮かべとこうよ私。

 ……そういえばそんな人もいなかったわ。


 今更ながらに今までの人生で華がなさすぎて泣ける。


 恋人は……今は想像できないしハードルが高いから、憧れの人ができるといいな。信頼できる友達も欲しい。勉強は前世では苦手だったけど、きっとここでは学んだことはきっと将来にダイレクトに直結するだろうから頑張ろう。

 自分の居場所は自分で掴むんだ。

 できなかったこと、やりたいことに向かって行けるよう、努力しなきゃ。手始めにまずは、自分の能力を把握して伸ばそう。


 目標は決まった。



 これから精一杯生きていこう。もう、家族に心配かけない為にも。




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