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「さてと、これからどうするか」
商業ギルドから出たアッシュはこれからどうしようか思案する。
冒険者ギルドの職員に会う時間までまだ余裕がある。だからといって他のことをするには時間が足りない。
「……とりあえず一度店に戻るか」
思えば今朝ルチアの作る料理を食べると約束をしていた。それならば今頃料理を作っているに違いない。少し昼食には早いが昼頃に冒険者ギルドの職員と会うことを考えればちょうどいい。
そう考えアッシュは店に戻ることにする。
「あっ! お帰りアッシュ」
アッシュが店に帰るとルチアが満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「ちょうどよかったよ。さっき料理が出来たから早く食べて食べて」
ルチアはアッシュの手を引っ張って席へと案内する。途中床に水色の液体らしきものがぶちまけられていたがあれはスライムのスーだろうか。
なぜああなっているかはなんとなく察するアッシュ。
しかし何でも捕食して溶かすスライムですらあんな状態になってしまうルチアの料理と言うのも考えもである。
ともあれアッシュを席に案内したルチアは厨房へ戻りしばらくして料理を持ってやってくる。
「じゃじゃーん! 見て見て。昨日アッシュに作ってもらったオムレツだよ。今回は爆発せずに無事に作れたんだ」
自慢げに語るルチア。そもそもオムレツは爆発するものではない。
「これが……オムレツだと……」
一方のアッシュは差し出されたルチアがオムレツと呼ぶ一品を見て目を疑う。
「色が青いぞ……」
そう、ルチアがオムレツだと言い張る料理の色は青かった。いったいどんな材料を使えばこんな色になるというのだか。
「そうなんだよね。アッシュが昨日作ってくれたオムレツは黄色かったのに何でだろうねー。やっぱりや焼き加減とかかな?」
ルチアも心底わからないといった顔で答える。どうやらわざとではないようだ。
そう言えばアッシュは聞いたことがある。料理が壊滅的にひどくなる呪いのようなものがあると。本人の意思とは関わらず素材の味を殺し食べる人を殺すそんな呪いがあると。
もしかしたらルチアにもそう言った呪いのようなものがかかっているのかもしれない。それとも単に料理のセンスが致命的にないだけなのかもしれない。
「もしあれだったら捨てるけど……」
オムレツを前にして考え事をしていたアッシュを見てルチアは不安そうな表情を浮かべながら訊ねてくる。
「いや、もったいないから食う」
アッシュも食べると言った以上責任もってそれを処理することにする。
スライムの体色よりも濃い青。群青色のそれをアッシュは口に運ぶ。
「……」
不味い。
口では言い表せないほど不味かった。そう考えれば味を言い表せたクリームシチューはまだまともな部類だったとも思えなくもない。
しかし食べれないわけではない。
アッシュはそれ――オムレツと呼ぶにはおこがましい一品を無事に平らげる。
「おおー! どうだったアッシュ? 美味しい?」
食べてもらって嬉しいのだろう。ルチアは目をキラキラさせながら問いかける。
「美味しいわけあるか。不味いに決まってるだろ」
「えー、全部平らげたのに?」
「責任もって処理すると言った以上は完食するのは当然だ」
「全部食べてもらったのは嬉しいけどなんか釈然としないなー」
少し不服そうな顔をするがやはり完食してもらえたことが嬉しいのかニヤニヤが止まらないルチア。
ルチアが食器を下げようとするとアッシュが席を立つ。
「もう行っちゃうの?」
「ああ、この後もやることがあるからな」
今から広場に向かえばちょうどいい時間だ。
「ふーんそっか」
ルチアは少しだけさみしげな表情をするがすぐに笑顔に切り替えてアッシュを見送る。
「いってらっしゃい」
「ああ、いってくる」
アッシュはルチアに見送られながら店を出ると中央広場へと向かう。
中央広場は朝市の時と違って人通りはまばらで朝ほどの賑わいはなかった。だがそのおかげでアッシュはすぐに目的の人物を見つけることができた。
ベンチにちょこんと座りながらパンをリスのように食べる緑髪を三つ編みに編み込んだおさげの女性。
その女性はギルド職員の格好をしており出会った時と同じように眼鏡をかけているので一目で彼女が探し人だとわかった。
「待たせたな」
「あっ……いえ、こちらこそお呼び出ししてすません」
アッシュが声をかけるとギルド職員の女性はパッと立ち上がり頭をペコペコと下げる。別に頭を下げる必要はないのだがそれが彼女の性格なのだろう。
「私は冒険者ギルド職員のレオーネです」
「俺はアッシュだ」
「アッシュ……?」
レオーネはアッシュの名前を聞いて首を傾げるとアッシュは本題に入る。
「それよりも話というのはなんだ?」
「は、はい……。実はあの依頼を依頼してきた方なのですが……あっ、その前にどうぞ座ってください。立ち話もなんなので」
話の腰を折ってベンチに座るように促すギルド職員。アッシュはその言葉に従ってベンチに座る。
「実はあの依頼を依頼してきたのはトーアク商会なんです」
「またトーアク商会か」
今日何度も聞かされた名前にアッシュはうんざりしたように呟く。
「また?」
「いやこっちの話だ。それでそのトーアク商会が何でそんなことをやってきたんだ? この都市で一番の商会が何でわざわざ獣人の店に嫌がらせをさせるんだ?」
「ごめんなさい。それについては私も理由を知らないんです。私はただ上の方からの言われた通りにしただけで……本当にごめんなさい……」
申し訳なさそうに視線を下げるレオーネ。アッシュはその返答を不可解に思う。
「それなら依頼を出さなければいいだろ。普通の冒険者ギルドならそんな依頼を断ることぐらいの権限があるだろ?」
アッシュの言う通り冒険者ギルドは公共機関であるため、こういったあからさまな嫌がらせの依頼などが来た場合は依頼を受け付けず断ることができるのだ。それが例え皇帝や国王であろうとも断ることができるのだ。
「本来ならそうすることもできるのですが、この都市ではそれも出来ないんです」
「どういうことだ?」
「うちの冒険者ギルドの権限はトーアク商会が握っているからです」
「そんなバカな話があるのか」
アッシュは眉根を寄せて怪訝な表情を浮かべる。
ただの商会がそこまでの権限を掌握することなどアッシュの知る限りそんな事例は聞いたことはない。
「信じられないかもしれませんが本当の話なんです。詳しいことは話せませんが冒険者ギルドはトーアク商会には逆らえないんです」
「だから掲示板にはトーアク商会に逆らうなって書いてあったのか」
「……はい」
「もしかして商業ギルドも同じか」
「……そうです。商業ギルドもトーアク商会の命令には逆らえません」
「……なるほど。メルの言っていたことはこのことか」
アッシュは半眼の眠そうな商業ギルド職員がさっき別れ際にギルドはダメといったメッセージの意味を理解する。
「とりあえず冒険者ギルドの置かれている状況はわかった。わざわざ貴重なお昼の食事時に話をしてくれてすまないな」
「いえ、こんな話を冒険者ギルドではできませんから。それに食事と言ってもいつもパンばかりですから」
レオーネは恥ずかしそうにわきに置いていたパンに視線を向ける。
「いつもパンなのか? それはちょっと物足りなくないのか?」
「そうですね。物足りないですけどここらへんのお店は職人さんや冒険者の方が利用するお店ばかりで量が多くて全部食べきれませんし」
冒険者や職人という人種はよく食う。そんな連中を相手に商売をするとなると自然と量が多くなるのは当然の結果だろう。しかし細身のレオーネにはその量が多すぎるようだ。
「そうか」
「はい。それであの依頼については私の方でなんとかしておきますので今後はああいった嫌がらせは減るかと思いますが……」
「わかっている。トーアク商会が出てきたらどうしようもないんだろ。あんたにも苦労をかけてすまないな」
「いえ、本来なら冒険者ギルドがしっかりしないといけないのですからアッシュさんは気にしないでください」
「そうだな。冒険者ギルドがもう少ししっかりしてくれれば楽なのにな」
「……あう。申し訳ございません」
レオーネはシュンと項垂れるとアッシュは肩をすくめて苦笑する。
「なに、冗談だ。あんたはよくやっていると思う。今後とも頼むよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ食事の邪魔をしちゃ悪いから俺はこれで失礼させてもらうよ。じゃあまたな」
「ええ、また」
レオーネと別れたアッシュはそのまま職人街へと足を運ぶ。