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「おいっ」


「なんだよ。今おれは――げっ! あんたは……」


 アッシュが声をかけたのは十歳ぐらいの少年。少年はアッシュの顔を見た瞬間逃げ出そうとしたのでアッシュは首根っこを掴み逃げられないようにする。


「離しやがれ」


 少年は首根っこを掴まれながらも逃げ出そうと必死にもがく。


「逃げないと約束するなら離そう」


「わかった。逃げないから離しやがれ」


 アッシュは少年の言うことを聞き掴んでいた首根っこを離してやる。すると少年は水を得た魚のように逃げ出す。


「へへーん。バーカ! ……んげっ!」


「逃がすと思ったのか」


 逃げようとする少年の前に立ちはだかるアッシュ。


「そんなバカな。あんたさっきまで後ろにいたはずじゃ……」


 まるで狐に化かされたかのような表情を浮かべる少年。アッシュはそんな少年の心中に気を配ることなく質問する。


「お前今朝ゴミ捨て場にいたガキだな」


 アッシュが少年に声をかけたのは今朝少年の姿をゴミ捨て場で見かけたからだ。


「……そ、それがどうしたんだよ」


 少年は正直に告白するか逡巡しゅんじゅんするがさっきのアッシュの身のこなしを見て観念したかのように容疑を認める。


「何であんなことをした? 見たところ浮浪児のようだが食料に手を出さずにゴミだけを散らかした理由はなんだ?」


 少年の身なりは小汚く服もボロボロで少し臭う。いかにも浮浪児という身なりだ。そんな少年がゴミを漁っても食料には手を出さずに散らかしたことにアッシュは疑問を感じていた。


「……依頼だよ」


 バツの悪そうに答える少年。


「依頼だと?」


「そうだ。おれはただギルドの出した依頼をこなしただけだ。だから怒られる謂われはないからな」


「それは本当なのか」


 アッシュにはそんな依頼が出されているのか疑わしそうに訊ねる。


「本当だよ。今もまだクエストボードに貼ってあるから見ればわかる。こっちだ」


 アッシュは少年に連れられて依頼の貼ってあるクエストボードのところへ向かう。そしてそこでクエストボードの片隅に貼ってある依頼を見つける。


『獣人のやっている酒場に嫌がらせを行う。 一〇オーラム』


「なんだこれは?」


 あまりにもバカバカしい依頼にアッシュは呆気にとられる。依頼の内容が陳腐な上に報酬もスズメの涙ほどしかない。


「こんな依頼を受けるやつがいるのか……あっ、お前か」


「……」


 アッシュの遠慮のない一言に少年がジト目で返す。アッシュとしても悪気があって言ったわけではない。あまりにもひどい依頼内容に思わずそうコメントしたまでだ。


「しょうがねーだろ。おれらみたいなG級が受けられるような仕事と言えばこんなものしかなかったんだから。おれだってこんな仕事したくなんかないよ」


 少年は憮然としながら言う。


 冒険者ランクのG級と言えば冒険者として実力がないもの――一般人が登録した時に与えられるランクだ。昇級試験に合格すればもっと上のランクの依頼も受けることが出来る。


 アッシュも言われてクエストボードを見渡すが少年の言う通りGランクの受けられる依頼はほぼ皆無といってもよかった。唯一あったのが薬の人体実験と女性用下着(着用済み)の提供。人体実験が一〇〇オーラムで女性用下着の提供が時価と書かれていた。


「……」


 これはひどいと思うアッシュ。


 普通のギルドならGランクの依頼は山ほどあり毎日のように職を持たない者がその依頼を受けてその日の稼ぎを得ている。


 だが当然Gランクの依頼は危険性のない街の清掃といった雑用的なものが多く一日頑張っても一〇〇〇オーラムいくかいかないかといった稼ぎにしかならない。


 それでも一〇オーラムはひどいなと思うアッシュ。一〇オーラムではパン一つ買えない。それに嫌がらせという達成条件が曖昧過ぎる。


「依頼が貼ってあるってことは依頼を受けたのにお前は達成してないのか?」


 依頼が達成したり誰かが受けたらクエストボートから依頼書が外されているはずなのにあるということは達成できなかったということなのだろう。


「ああそうだよ」


 少年はブスッと答える。


「ギルドのやつが嫌がらせをした証拠を出さないと報酬を支払わないって言ってきたんだ。んなもんどうやって証明しろっていうんだよ」


 達成条件が明確でない以上ギルド側にはいくらでも言い逃れはできてしまう。冒険者ならちゃんとそこを確認すべきなのだ。


 しかし依頼が失敗でもやられる方はたまったものではない。


「こんなことをするくらいなら何か手に職でもつけた方がいいんじゃないのか?」


「無茶言うな。おれみたいな浮浪児を雇ってくれるようなところなんてあるわけないだろ」


 少年の言う通り得体の知れない浮浪児などを雇う者はいない。金を盗み出されたり商品を盗み出したりするかもしれないからだ。だからGランクの依頼もそういった者達にやらせても構わない依頼しかないのだ。


「それもそうだな。お前みたいな浮浪児は結構いるのか?」

「……ああ。この街のあちこちにいるだろうよ」


「ふーん。そうか」


 何か考えを巡らせるアッシュ。そこへ少年がアッシュへ質問をする。


「ところであんたは何者なんだよ」


「俺か? 料理人だ」


「料理人……?」


 少年は疑わしそうにアッシュを見る。


 そんな視線を受けてアッシュは話題を変えるように次の質問をする。


「それよりもお前はトーアク商会を知ってるか?」


「トーアク商会? んなもんこの都市にいる人間なら誰でも知ってるに決まってるだろ」


「そうなのか?」


「当たり前だ。この都市一番の商会でトーアク商会の会長はこの都市の都市長でもあるんだからよ」


「なるほど」


「何でトーアク商会のことを聞くか知らねえけどトーアク商会には関わらないほうがいいぜ。あんまりいい噂は聞かないし、変に嗅ぎまわって行方不明になったやつもいるって話だ」


「へー」


 少年の警告にアッシュは興味深そうに少年を見る。


「な、なんだよ」


「案外いいやつだなお前」


「バ、バカちげえよ! 店のことで迷惑をかけちまったからその詫びだよ。おれだって悪いとは思ってたからよ」


「そういうやつのことをいいやつって言うんだよ」


「……っ!」


 あまり褒められ慣れていないのか怒っていいのやら喜んでいいのやらわからず複雑な表情を浮かべる。


「ほら、受け取れ」


 そんな少年にアッシュは親指で何かを弾いて少年に渡す。少年は自分に向かって弾かれた何かを慌てて両手でキャッチをすると、手の中におさまったそれを見て驚く。


 アッシュが少年にあげたのは一〇〇〇オーラム銀貨だ。これだけでG級一日分の稼ぎになる。


「な、なんだよこれ」


 少年はわけがわからず銀貨の真意を問う。


「トーアク商会についての情報料だ。受け取っておけ」


「何言ってるんだあんた。情報つってもあんなの誰でも知ってるような情報だぞ」


「だろうな。だが今後お前に手伝ってもらうことがあるかもしれないからその迷惑料も含んである」


「迷惑かける気満々かよ」


「手伝うのならその分の報酬も支払う。嫌なら銀貨を返してもらっても俺は構わないぞ」


「誰が返すかよ。飢え死にするよりましだ」


「じゃあ交渉成立だな」


「ああ。おれはミシェル。スラム街でおれの名前を出せば通じるはずだ」


「スラム街?」


「商業街と職人街のとの間にあるところだ」


「そうか。俺はアッシュだ。俺に用があったらお前が嫌がらせをした店に来るといい」


「……うぐっ。あんた性格悪いな」


「知ってるよ。じゃあ俺はギルド職員に用があるからまたなミシェル」


「ああ」


 アッシュはミシェルに別れを告げるとクエストボードに貼ってある嫌がらせの依頼書を剥がしてギルドカウンターへ向かう。ギルドカウンターはガラガラのようで特に並ぶことなくギルド職員と話ができそうだった。


「すまないがちょっといいか」


「あっ、はい」


 アッシュがギルドカウンターで声をかけると近くにいた眼鏡をかけた女性職員がアッシュの元へとやってきた。


「ええと……ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどういった御用でしょうか?」


 少しだけ声をどもらせながら用件を窺うギルド職員。


「この依頼を出したのは誰か教えてもらいたいんだが」


 そう言ってアッシュは依頼書をカウンターに置く。


「これは……」


 差し出された依頼書を見てギルド職員は申し訳なさそうな顔をする。


「もしかしてそのお店の関係者の方ですか」


「まあそんなもんだ」


「そうですか……」


 ギルド職員はキョロキョロと周囲を見回して周りの視線が自分達に向いていないのを確認してから小声で話す。


「すいません。詳しいことはここでは話せないのでお昼頃に中央広場まで来てもらえますか」


 ギルド職員の突然の申し出にアッシュはやや驚いたものの黙って頷く。


 その後周囲に怪しまれないように適当に会話をしてからアッシュは冒険者ギルドを後にした。



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