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「大丈夫かルチア?」


「あっ、うん……」


 アッシュの呼びかけに気のない返事をするルチア。チンピラに絡まれたこともそうだが何より父親が借金を残していたことが思いのほか堪えたようだ。


「とりあえずこのまま外にいるのもあれだからいったん店に入るぞ」


 周囲を見ればさっきの騒ぎを聞いて遠巻きながらこちらの様子を窺っている視線がいくつかあった。だがその視線は同情する視線というよりも面白がるような好奇の視線だ。


 アッシュはルチアを店の中に連れて行くと適当な椅子に座らせる。


「ピー」


 スライムのスーがテーブルの上で心配そうにルチアを見ていた。


 一方のアッシュはスーを残して一人厨房へ向かう。


「ピー」


 落ち込んでいるルチアを見てスーがアッシュになんとかしないのかと声をかけてくる。


「親父さんの借金があったことがショックだったんだろ。今は何を言っても耳に入らないだろうよ」


「ピー」


 スーはルチアを心配そうに眺める。


 その間にアッシュは厨房に入ると買ってきた食材で食事を作ることにする。アッシュは朝から何も口にしておらず、すでに陽は高々と登り昼食を食べてもおかしくない時間になっていた。


 とはいえホールに残してきたルチアのこともある。あまり調理に時間をかけずすぐに出来そうなものを作る。


 アッシュは買ってきた食材の入った駕籠から卵を取り出す。


 アッシュが作るのは卵と牛乳、それを熱したフライパンにバターを引いて焼くだけのシンプルな料理――オムレツだ。


 こなれた手付きとまではいかないがそれなりに慣れた手付きで調理をするアッシュ。この料理はシンプルだがそれゆえに火加減の調整が難しい料理であったがそれは火加減のできるコンロの魔導具のおかげで難なくこなす。


 そしてアッシュはオムレツを三人前作ると完成したオムレツの乗った皿を持ってホールへと戻ってきて一つをルチアの前に置く。


「あっ、ごめんアッシュ」


 アッシュの皿を置いた音に気が付いてルチアは俯いていた顔をあげると謝罪をする。それが何についての謝罪かわからないがアッシュはこともなげに返す。


「謝る必要はない。それよりもメシを食え。冷める」


「うん……」


 力なく返事をしたルチアは木のスプーンでオムレツを切り分けそれを口の中へ運ぶ。


「……っ!」


 口の中に入れた瞬間熱々のオムレツがルチアの舌の上でとろける。じゅわっと口の中で広がる卵の味わい。


「美味しい! 美味しいよアッシュ!」


 さっきまでの落ち込みようが嘘のように目を見開いて驚くルチア。


「これなに!」


「エッグアイランドの料理の一つでオムレツってやつだ。っつてもそんな珍しいもんじゃないだろ」


 アッシュの言う通りオムレツは卵の名産であるエッグアイランドの名物料理だが作り方がシンプルなため世界中で知られる料理だ。


「オムレツ! そういえば父ちゃんがあたしにも作れる料理だって言って作り方を教えてくれた料理だ。あの時は爆発して食べられなかったけどこんな味だったんだ」


「そ、そうか」


 なにをどうやったらオムレツが爆発するのかわからないアッシュだったがルチアの表情がさっきよりもましになったことに安堵する。


「少しは元気が出たか?」


「あっ!」


 ルチアも言われて気が付く。さっきまであれほど落ち込んでいたのに今じゃそんな気持ちが吹き飛んでいた。


「ありがとうアッシュ」


「別に礼を言われることはしてない。材料も設備もお前のもんだ。俺はただ料理人としての小くじを作っただけだ」


 アッシュは淡々と答えるとオムレツを食べる。シンプルな味付けゆえに味の差が出やすくアッシュはまだまだこの程度じゃ前に店で食べた味とは程遠いなと思う。ケチャップやデミグラスソースなどつければそれなりに大丈夫だろうか。


 などと自分の舌で味を確認しているとルチアが首を横に振って改めて礼を述べる。


「うんん。それでもありがとう。それにほら、アッシュはあたしの前に立って守ろうとしてくれたじゃん」


 先ほどのチンピラとのやりとりのことを思い返してお礼を言うルチア。


「結局お前に守られたけどな」


「そうだけど。そうじゃないような。なんかアッシュならあたしが助けに入らなくても問題なかったっぽいけど」


「どうだかな。俺はただの雇われ料理人だ。それ以上のことを期待してもらっても困る」


 アッシュはとぼけるように肩をすくめておどける。


「それよりもお前はどうするつもりなんだ?」


 アッシュはそう言うなり眼光をやや凄めてルチアを見る。


「えっ? どうするって?」


「このまま店をたたむのか続けるのかってことだ」


「……わかんないよ。お金だって返せるあてがないし」


「じゃあたたむのか? 店を売り払えばそれなりの金は用意できるだろう」


 今から店を売りに出せば三カ月以内に買い手が見つかるかもしれない。街を歩いた限り立地も悪くないし建物もしっかりとした作りをしているから買い手が見つかれば三〇〇万オーラムぐらい返済できるだろう。


 だがルチアにはそんな選択肢は端からない。


「それはダメ! ここは父ちゃんと母ちゃんが苦労して建てたお店なの。それを手離すなんてできないよ」


 この店は両親が冒険者をやって苦労してお金を貯めて建てた二人の大切なお店でもあり、自分が生まれた頃からの思い出が詰まった大切なお店だ。


 夕暮れ時になると店内に溢れる喧騒や父親の作る料理の数々。目を閉じれば今でもその光景が浮かび上がる大切な思い出。幼い頃母親を手本に給仕をしてお酒を床にこぼした時に出来たしみも、背を計るためにつけた柱の傷も全てルチアにとってかけがいのない思い出だ。


 それを手離すなんて彼女には考えられない。もし手放すことになったとしたら自分は果たして生きていけるだろうか……。


「じゃあ続けるんだな?」


「……それは」


 返答に窮するルチア。


「続けたくても三〇〇万オーラムなんて大金たった三カ月じゃ稼ぐなんて無理だし……前に借りていた父ちゃんの薬代の代金を返済してうちにはもうそれだけの大金を返済する手段なんてないんだよ。うちがどう頑張っても三カ月で一五〇万オーラムが限界なんだもん。それに最近はお酒の値段だって上がって来てるし……」


 ルチアが続けたいといくら願っても借金を返す当てがない。両親は故郷を飛び出し冒険者になったためこの街には金を貸してくれる身内がいない。だからといって借金を返すために借金をしては本末転倒だ。


 そんなルチアを見てアッシュはため息をはく。


「……はぁ。ムリかどうかなんてやってみないとわからないだろ?」


「けど……」


 どうしていいのかわからない。


 ルチアにはどうやったら三カ月三〇〇万オーラムを稼ぐなんて考えもつかない。


「それなら両親の思い出の詰まったこの店を諦めるのか?」


「嫌だよ!」


 そう、それだけは絶対に譲れないルチアの本心だ。そしてそんなルチアの本心を聞いたアッシュは不敵な笑みを浮かべる。


「そうか。なら最後の最後まで意地汚く足掻いてみせてやろうじゃないか」


 不敵に笑うアッシュを見ていると昨日までゴミ捨て場で朽ち果てていたのが嘘みたいに頼もしく見えてきた。


 その姿を見たルチアは根拠も何もないのだが、なんだか本当になんとかなるじゃないかと不思議と思えてきた。


「アッシュには何か算段があるの?」


 ルチアは意味ありげに言葉を放つアッシュに不安げに訊ねる。


「絶対というわけじゃないがいくつかな」


「本当に!? あっ……でもアッシュはいいの?」


 借金の返済ができる可能性が出てきたことで喜びあがるルチアだったがすぐに冷静になり落ち込む。


「何がだ?」


「うちでまだ働いてくれるの? 言っておくけどお給金だって出せないんだよ」


 借金の返済を手伝ってくれるのはありがたいが今の店の状態ではアッシュにまともな報酬すら支払えない。それがルチアには心苦しかった。


「……構わない。最初からそう言う条件だろ」


「でも――」


「いいんだ。元々俺は死人だ。死人には金なんて無用な長物だ」


「アッシュ……」


 どうしてアッシュはそこまで悲しそうな顔をするのだろうか。


 ルチアはそのことが気にはなったが、聞いたらアッシュがいなくなってしまいそうで恐くてそれ以上深くは聞けなかった。


「だが俺もこの街について情報が少ない。だから実際に行動するのは二三日後になるけどいいか?」


「……うん。あたしは別にかまわないけど……情報って何を集めるの?」


「まあ俺も専門分野じゃないから詳しくは知らないが知り合いの商人が言うにはまーけてぃんぐとやらが大事らしい」


「まーけてぃんぐ?」


 耳慣れない単語に首をかしげながらスーと顔を見合わせるルチア。


「ぴーぴぴ?」


 スーも同じようにうねうねと身体をうねらせる。


「俺もこれは口じゃ上手く説明できないからな。とりあえず俺はこの街について知らないから情報収集をしようと思う。とはいっても今日はこれから仕込みもあるしな。情報収集は明日から昼間の空いた時間にするつもりだ」


「わかったよ」


「ピー」


 一人と一匹がアッシュの意見に同意する。


 それからアッシュは仕込みのために厨房へ入り、ルチアとスーは店の開店準備をする。


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