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店の外に出たアッシュはルチアからこの街について説明を受ける。
この地方都市グレイヴルは商業国家と呼ばれる君主主義とは違う金がものをいう国――マネーブに属する都市だ。
そしてこの地方都市グレイヴルは大まかに四つの街に分かれている。一つはアッシュとルチアがいる商業街。商業街は都市の南側にあり、ここではルチアの店のような食事処や日用雑貨品、武具などといった店の他に冒険者ギルドや商業ギルドなどが商業施設が設置されている。
次に都市の東側にあるのが職人街。大きな川が中心に流れており鍛冶職人や家具職人など様々な職人がこの職人街で生活を送っている。
ちなみに商業街で素材を仕入れ職人街に卸すため職人街と商業街の繋がりは強く、互いの街の行き来が多い。その際にほとんどの職人は商業街にある食事処で食事を済ませる。これは職人街に住む職人の住居に竈など調理器具を設置するスペースがないうえに、料理のレシピなどは基本的に母から子へと受け継がれるものなので独り身の多い職人に料理を作る手段がないのだ。それに付け加えて職人なら料理をする時間を作業に当てたいという理由もある。
次に都市の西側にある住宅街。ここには職人街や商業街以外に属する人達が住んでいる。もちろん職人街や商業街の住民も住むことは可能で結婚してから住宅街に移り住む人達もいる。
最後に北にある高級住宅街。ここは街の特権階級の人々が住む場所で、商人ギルドの幹部や大きな商会を持つ店主などが生活をしている。それ以外にもこの街の最高権力者である都市長の屋敷がありこの都市の政治はこの高級住宅街で決められる。
「だいたいこの街の説明はこんな感じかなー」
「なるほど。助かった」
ルチアから街の説明を受けて礼を述べるアッシュ。
「いいよいいよー。この程度のことならこの都市に住む人なら誰でも知っていることだから」
「それにしても人口数千の片田舎の地方都市なのにえらくきちっと区分けしてあるんだな。普通こういった辺境にある地方都市の街作りなんておざなりなんだけどな」
アッシュは辺境にある地方都市が思っていたよりもきっちりと区分けされていたことに驚く。辺境の地方都市でなくても無計画な街作りをして街が大きくなるにつれて色々と不都合が出てきて後で困ったと言う話はよく聞く話だ。
「それは初代の都市長がすごくハッキリ分けたがる人だったかららしいよ。何でも自分の髪の毛もきっちり七三分けにしないと気が済まなかったとかで髪型のセットに一日費やしたって逸話もあるくらいだもん」
「なんだそのくだらない逸話は……」
出来る人間なのか出来ない人間なのか判断の難しい人物だなと思うアッシュ。
「それで食料品はこの商業街のどこで買うんだ?」
「あー、食料品は商業街じゃなくて街の真ん中。中央広場の朝市で買うの」
「朝市? 店では取り扱っていないんだな」
「食料品とかその日に使うものは大抵朝市で買う感じだね。もっと大きい都市だと専門のお店とかがあるみたいだけどうちみたいなところじゃ朝市でまかなえちゃうからね。それになんか利権とかいっぱい関係しているらしくて……ほら、あそこ」
説明を途中で投げ出したルチアの指の先には中央に噴水が設けられた広場。そこでは様々な商人が露店を開いて朝から仕入れに来た料理人や主婦を相手に食材を売りさばいていた。
「朝から賑やかだな」
「この都市に住む人達が朝市で食材を買いに来るからね。それに朝を逃すと買えなくなっちゃうからみんな必死なんだよ」
「買えなくなる?」
「うん、ここにいる商人の人達は朝市で商品を売って、昼前に商品を仕入れに行ってまた朝に売るって感じだから」
「なるほど。いつでも買えないのは不便だな」
「まあ都市と言っても田舎だからね。都会にある大都市と比べると不便なことは多いかもしれないね」
「そうだな。じゃあ売切れる前に仕入れをするか」
「だね」
「ピー」
ということで二人と一匹は朝市を見て回る。田舎の地方都市とはいえ近くに山と海があるため様々な食材がこのグレイヴルには集まって来ていた。
「アッシュアッシュ! みてみてこれフグだって! 確か珍味なんだよね? 買ってみる?」
「やめろ。それは猛毒を持っている。素人が手を出したら間違いなく死人を出すぞ」
「ピーピー」
「ほう、卵か。色々と使い道もあるし買っといて損はないな」
「アッシュアッシュ! みてみて! この葉っぱを料理に添えたら美味しそうじゃない?」
「やめろ。それは下剤に使われる薬の元でそのまま食ったら腹を下すだけじゃすまない」
「ピーピー」
「ほう、牛乳か。そういえばなかったな。買っておくか」
「アッシュアッシュ!」
「やめろ」
何故か危険な食材ばかり買おうとするルチアを止めながらアッシュはスーと一緒に順調に仕入れを行っていく。
そんな中、アッシュはルチアと買い物をしながら少し妙だなと思う。
「どうかしたのアッシュ?」
「いや、何でもない」
朝市ではしゃぐルチアの姿にアッシュは少し違和感を感じたが聞くほどのことでもないと思いそれを頭の片隅に追いやる。
「これでだいたい買い終えた感じかな?」
あらかた朝市を見て回ったルチアは食材の入った駕籠を持つアッシュに確認する。
「そうだな。少し足りないかもしれないけどどの程度出るかわからないからこんなもんでいいだろう。……そういえば朝市ではパンを見かけなかったけどパンはどこで買えるんだ?」
「パンはねぇ。商業街にパン屋があるから今度案内するね」
「そうか。助かる」
「いいよいいよー」
「ピー」
そんなやり取りをしながら二人と一匹は店へと帰るのだったが……。
「ん?」
アッシュ達が店の前までやってくると店の前にはガラの悪そうなチンピラがたむろしていた。チンピラ達は帰ってきたアッシュ達を見ると下卑た笑いを浮かべる。
「……」
チンピラの姿を見たルチアはさっきまでの明るかった表情はなりをひそめ借りてきた猫のように黙りうつむく。彼女の猫耳もペタリとへたり込んでいる。
そしてそんなルチアの反応を見てチンピラの一人がアッシュ達の元へ威嚇しながら歩み寄ってくる。
「おうおうおう! 買い物とはいい御身分だなぁ! ああ!」
男の全長は二〇〇以上はあるだろうか、巨漢なその男が近づいてくるだけでもかなりの迫力があり普通の者ならばすくみ上がってもおかしくはなかった。その上大声で叫びながら近づいてきたとなると恐怖はそれ以上だろう。
そんな状態だがルチアは精一杯の勇気を出して言う。
「ど、どうしてあなた達がここにいるんですか」
「何でだぁ? んなもん借金の返済が残っているからに決まってんだろーがよ」
「そんな! 借金はこの前返済したはずじゃ……」
「ああそうだ。あんたに薬代として貸した分の返済は終わった。だけどなぁ、あんたの親父さんが残した借金が残ってんだよ」
「父ちゃんの……嘘……だって父ちゃんはそんなこと一言も言ってなかったもん」
「嘘じゃねーぜ。ここに借金の証文もある」
反論するルチアを黙らせるために巨漢は懐から一枚の紙切れを取り出す。
「ほら良く見やがれトーアク商会から三〇〇万オーラム借りてんだろうが。都市長の朱印まで押してあるんだ。言い逃れはできないぜ。期限はあと三カ月。ちゃんと返せんのか?」
巨漢が見せつけた証文には確かにルチアの父の名前で三〇〇万オーラムを借りたことになっていた。返済期限は六ヶ月。今から三カ月前に父が生きていた頃に借りたと言うことだ。
「そんな……」
ルチアは突きつけられた金額の大きさに絶望する。
この都市の職人が一日働いてもらえる給金は六〇〇〇オーラム。ルチアのような酒場の場合の一日の売上はだいたい一〇万オーラム前後。そこから材料費などの必要経費を引いて利益を計上すると一日約二万オーラムになる。それが三カ月続いたとしても一八〇万オーラムで三〇〇万オーラムには程遠い。
「そんな大金あと三カ月で用意するなんて無理です……薬代の返済でかつかつなのに……」
「ムリだと! だったら娼館で働くかぁ? てめぇみたいな獣人を抱きたがるような客がいればだけどな! ああそう言えばてめぇの親父がそうだったか」
巨漢の言葉に後ろにいたチンピラ達がどっと笑う。
ルチアの父は人間で母は獣人だ。そのことを馬鹿にされて悔しくてたまらないのだがそのことを言い返せば連中はそれをネタに両親を貶してくるに違いない。
「……っ」
ルチアは言い返すことのできない惨めさと悔しさでうつむいてしまう。
「おい、そこまでにしておけよ」
「ああん? 何だてめぇ」
さっとルチアをかばうように立ったアッシュに巨漢が怪訝な眼差しを向ける。
「昨日から雇われた料理人だ」
「はっ! こんな潰れかけの店に料理人だと? てめぇの頭はおかしいのか?」
「少なくともあんたよりはまともなつもりだけどな」
「んだとこらっ!」
アッシュの言葉にブチ切れた巨漢は拳を振り上げ殴りかかろうとする。それを見ていたルチアが慌てて間に割って入り声を張り上げる。
「待ってください! お金なら払いますからどうか今日のところは!」
「ちっ! 女に助けてもらうなんて情けねえ野郎だな」
割って助けに入って来たルチアを見て巨漢はアッシュを鼻で笑う。
「今回は見逃してやるが次はただじゃおかねーぞ。それと、三カ月以内に返済できなかったら店を明け渡してもらうからな。今のうちに身の振り方を考えておくんだな」
巨漢はそう言い残すとチンピラを連れて立ち去って行った。
お金の単位はいいのが思いつかなかったので自分が好きなゲームの単位を使わせてもらいました。
貨幣価値についてはわかりやすいように現代日本ベースにしてあります。