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 ダイモス達がうちの嫁は世界一可愛い亭に乗り込んで来た一件の後から妨害は一切なくなりアッシュ達は順調に売上を伸ばしていった。


 おまけに乱暴狼藉を働くダイモスを追い払ったことで有名になりさらに客足も大きく伸びた。トーアク商会の権力を恐れて大っぴらには言えないがこの都市に住む住人はダイモスを始めとした冒険者やトーアク商会に快い感情はない。もちろんトーアク商会の報復がある可能性を恐れて店に近づかない者も少なからずいたがそれでも店にやって来る者の数の方が多かった。


 そしてその結果ルチアは借金返済日の前日に返済額である三〇〇万オーラムを稼ぐことが出来た。


「二九七、二九八、二九九……三〇〇万。 やったねアッシュ! 三〇〇万オーラム揃えることができたよ!」


 ルチアは金庫からこれまでの利益分を取り出しちゃんと三〇〇万オーラムがあることを確認すると、これまでの苦労が報いたことに喜びアッシュに抱き着く。


「わかったわかった。わかったからあんまり抱き着くな」


 あまりにも無防備なルチアの態度にアッシュがやや困惑するように引きはがす。


「ああごめんごめん。嬉しくてつい」


 アッシュから離れるとあははと笑いながら謝罪するルチア。


「分かればいい。じゃあさっそく返済に行くぞ。少しでも遅れて変にいちゃもんをつけられると厄介だからな」


「うん、わかった。じゃあさっそく返しに行ってくるね」


「待て」


 一人でトーアク商会の商館へ借金の返済に行こうとするルチアをアッシュが止める。


「俺も一緒に行こう。そんな大金を持って出歩いていたら物騒だからな」


 三〇〇万オーラム分の硬貨だ。持って歩くだけで目立つ。そんなに目立っていけばゴロツキが金目当てでルチアを攫う危険だってある。


「ピー!」


 アッシュが同行すると言うとスーも一緒に行くと言い出す。


「もう二人とも心配性だな」


 いくら危ないと言っても街中でそんな襲われることなんてないと思うルチア。


「いいから甘えておけ。何かあってからじゃ遅いんだからな」


「そこまで言うのなら甘えておこうかな」


 ということでルチアはアッシュとスーに守られながら借金の返済をするべくトーアク商会の商館へとやってきた。


 この辺りで一番の商会とだけあって商館も立派で冒険者ギルドや商業ギルドに負けないだけの作りをしていた。


「はい、確かに三〇〇万オーラムぴったしですね」


 トーアク商会に着くと意外とあっさり返済の受け入れが完了する。何か因縁をつけられるかと思っていたがそんなこともなくスムーズに終わった。


「こちらが借金返済の証明書です」


「どうもありがとうございます」


 ルチアは責任者と思しき人物から証明書を受け取る。


 これで借金の返済が完了した。


 ルチアはにこやかな顔で商館を出る。


「うーん!」


 商館の外に出るなり肩の荷が下りたルチアは思いっきり背伸びする。


「これで明日からは借金のことを気にせずお店を開けるね」


「そうだな」


「ピー!」


 スーも嬉しいようで身体をクネクネとさせて喜びをあらわにする。


 ルチアは背伸びを終えるとアッシュの正面に立つ。


「どうかしたのか?」


「あのね、アッシュ」


「何だ?」


 改まった態度のルチアにアッシュは怪訝そうな顔をしながら先を促す。


「アッシュのおかげで父ちゃんと母ちゃんが大切にしていた店を守ることが出来たよ。ありがとう!」


 ルチアはこれまでのことの感謝を込めてお礼を言う。


「……おう」


 満天の笑顔を浮かべてお礼を言うルチアにアッシュは少しだけ気恥ずかしそうに頬を掻きながら答える。


 この笑顔を守れたのならよかったかもな。


 アッシュは心の中で密かにそう思った。


「あっ、そうだ。バッカスおじちゃんにもこのことを報告しないとだね。ちょっとあたしひとっ走りして伝えて来るね」


「そんなに急がなくてもあの爺さんのことだから店に顔を出しに来るだろうよ」


「ダメだよアッシュ。こういうことはすぐに伝えてあげないと。バッカスおじちゃんだって色々手伝ってくれたわけだし」


 バッカスは孤児を引率してチャノキから茶葉を取ってきたりルチアのために動いてくれた。それならば借金が返済出来たことをすぐに伝えるべきだとルチアは思う。


「そうか。それなら俺は先に店に戻ってるぞ。あの爺さんは俺のことが嫌いみたいだしな」


「そうかなぁ? バッカスおじちゃんもアッシュのこと認めてくれてると思うけど」


「少なくとも俺はそう思うけどな。そういうわけだ先に戻るぞ」


「わかった」


 無理強いさせるのもよくないと思いルチアはアッシュを連れて行くのを諦める。


「じゃあ行こっかスーちゃん」


「ピー!」


 ルチアはスーを肩に乗せてバッカスがいる職人街へと駆けていく。


「さてと。急いで店に戻るか」


 ルチアが走り去って行くのを見てアッシュも駆け足で店へと戻る。


 そしてアッシュが店に戻ると店の前に物騒なものを下げた連中がいた。そんな連中にアッシュが声をかける。


「おい、お前ら何をしている」


「げっ! お前は料理人野郎」


「お前らはダイモスの子分どもだな」


 店の前にいたのはダイモスの子分達だった。


「くそっ! 何でテメェがもうここにいやがるんだ。戻って来るのが早すぎだろうが!」


「返済の受け渡しがスムーズだったからな。妙だと思って急いで帰ってみたらやっぱりお前らがいたか。大方権利書でも奪いに来ってところか」


「ちっ! バレたんなら仕方がねえ! こうなったら力づくで奪ってやる」


 子分達はそう言って武器を構えアッシュに襲い掛かる。


 迫りくる刃がアッシュに差し迫る。


 だがアッシュはそんな子分達の攻撃を楽々ひょいっとかわし、それどころかすれ違いざまに足を払って転ばせる。


 地面に尻餅をついた子分どもは何故自分達が地面に尻餅をついているのかわからずキョトンとした顔をしている。


「お前らはせいぜいEかF級の腕前だろ。そんなんで俺を倒せると思ったか?」


「っんだとコラッ!」


 コケにされたと思った子分達はアッシュに喰ってかかろうとするが……


「やるってなら次は手加減してやらないぞ」


「「「ひっ!」」」


 アッシュから突如放たれる殺気に怖気づく子分達。兄貴分であるダイモスにですら殺気を向けられてもこうはならない。息が詰まるとはこういうことなのだろうか。


 明らかに自分達とは違う格上の存在だ。なぜそんな男が今まで自分達に何もしてこなかったのか不思議なくらいだ。


 アッシュは怯える子分達に質問をする。


「おい」


「は、はい!」


「ダイモスのやつはどこにいる」


 子分達の姿はあったがダイモスの姿がないのが少しアッシュには気にかかった。


「あ、兄貴ならあそこに!」


 アッシュの殺気に気後れしながら子分達は壁によりかかっている生気のないひょろひょろののっぽの男を指差す。


「あいつがダイモスだと?」


 どっからどう見ても病人の用に衰弱している男を見てアッシュが怪訝そうな表情をする。


「本当でやす! ダイモスの兄貴はあんたのところのメシを食ってからこの店に近づくだけで腹を壊すようになっていって今じゃすっかりあのざまっすよ!」


「そうなのか」


 子分達の表情を見るからにあながち嘘でもなさそうだった。そう言われればそう思えなくもない。


 まさかルチアの料理が一人の男にトラウマを植え付けるほどだったとは。


 だがそれならばそうなる前に店に近づかなければいいものの、向こうには向こうで何かしらの事情があったのだろうか。


「まあいい。今すぐこの都市から出ていくのなら見逃すが次に見かけたらただじゃおかないぞ」


「へ、へい!」


 子分達はあっさりと承諾するとダイモスを担いで逃げ出していく。


 アッシュはそれを確認するとルチアが戻って来るのを店の中で待つことにする。


 ……。


 …………。


 ………………。


 それからしばらく経つがルチアが帰って来る気配がなかった。


 おかしいと思いアッシュはルチアを探しに行こうとする。


 すると同時に店の扉が開く。


「ルチア……ってあんたか」


 入って来た人物を見てアッシュは明らかに落胆する。


「なんじゃその物言いは。相変わらず生意気なやつじゃ」


 アッシュの失礼な態度にバッカスがあきれる。


「それはこっちのセリフだ。それよりもルチアを見なかったか?」


「ルチア? いや、今日はまだみとらんぞ。だからわざわざこの店に足を運んだわけじゃし」


 アッシュの問いにバッカスは何を聞いてきてるんだと言わんばかりの顔をする。


「なんだと……? それは本当か?」


「ああ、本当じゃとも。それがどうかしたのか?」


「ルチアはあんたのところにいったはずだ。見てないとなると入れ違いになったか、それとも……」


「ピ、ピー」


 弱々しい声をあげて店にやってきたのはボロボロになったスーだ。そこにはルチアの姿はなかった。

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