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「いらっしゃいま――」


 ダイモスが店内に入るとルチアが出迎えのあいさつをするがダイモス達の顔を見て硬直する。


「ど、どうしてあなた方が来てるんですか? 借金の返済はまだ一ヶ月も先の話だったはずです!」


「おいおい、何を勘違いしてんだ? 俺たちゃ客だぜ。客に対してそんな態度はねーんじゃないか」


 だんだんと語気を荒げるルチアにダイモスは小バカにしたように言う。


「お客……さんですか?」


 ルチアは疑わしそうにダイモスを見る。


 店内にいた自警団の面々も突如やってきた冒険者の一団を見て明らかに警戒した様子を見せるが客で来ていると言っている以上ヘタに動くことはできない。あくまでも自警団は住宅街の住民を守るのが目的で住宅街の住民に被害がなければ動くことはできない。


 店内にいた客もダイモス達の行動に注目している。


 そんな視線を浴びるダイモスは自警団の面々が動かないのを確認してから空いている席に勝手に座る。それに続いて子分達も席に着く。


「おい、早く何か持って来いよ。こっちは客だぞ」


 席に座るなりテーブルに足を乗せ横柄な態度を取るダイモス。


「それとも何か? 俺らは客じゃないっていいたいのか! ああん!」


「……っ」


 正直なところルチアからしたら今すぐ出ていってもらいたかった。


 トーアク商会に属する冒険者ダイモスの悪評はこの都市に住む人間なら誰でも知っている。冒険者としての力とトーアク商会の後ろ盾を使い都市で乱暴狼藉を働く男の筆頭だ。そんな男が来るだけでも店内にいるお客は怯え雰囲気は悪くなる。


 だが追い返せば何をするかわかったものじゃない。自分だけが痛い目にあうのならいいが他のお客に被害が及ぶのはさけないといけない。そんなことが起きたら客足が遠のくのは必須だ。せっかくお客が集まるようになってきたのにこれまでの苦労が水の泡になるのはなんとしてもさけたかった。


「なんだその顔は! それが客に対する態度かぁ!」


 嫌悪の気持ちが顔に出ていたようでそれを見たダイモスが啖呵をまき散らす。


「そいつは悪かったな」


 そこへ騒ぎを聞きつけたアッシュが厨房から出てやってきた。


「アッシュ」


「後は俺に任せておけ」


 アッシュはルチアをダイモスから隠すように立つ。


「……うん」


「おいおい! 何イチャついてんだ! あん! 悪いって思うんだったら誠意ってもんを見せてみろよ」


「……そうだな。それなら今回はいくら食べてもタダで提供しよう。それなら構わないか?」


「アッシュ!」


 アッシュの提案にルチアが驚く。食材はあまり在庫がないのだ。そんな中大飯ぐらいな冒険者相手に食事をタダで提供なんてしたらすぐに在庫を切らしてしまう。


「ほお、話がわかるじゃねーか。」


 タダでメシが食えるとわかるとダイモスは怒りの矛先を収める。


「ほら、料理を作りに行くぞルチア」


 アッシュはルチアを連れて厨房に下がる。


「なんだか拍子抜けっすね」


 厨房へと下がるアッシュ達を見ながら子分の一人が言う。


「はっ、しょせんはこんなもんだ」


 もう少しなんらかの抵抗があると思っていたが予想よりも素直に向こうが折れたことにいい気になる一同。


「あの生意気な料理人の野郎も口だけのヘタレ野郎ってことだな」


 あげくアッシュのことを馬鹿にして大笑いをする。もちろん料理をタダで頂いたとしてもクレームはつける気は満々だ。少しでも不味ければ文句を言い、こんなものを美味そうに食ってるやつの気がしれないと騒ぎ立て、仮に美味しくてもどこかしらにイチャモンをつけるつもりだ。


 それからしばらくするとアッシュが厨房から出てくる。


「待たせたな」


 そう言ってアッシュがダイモス達が居座るテーブルに置いたのはオムレツ。


「なんだこの黄色いのは? 随分しけたもんだな」


 差し出されたオムレツを見て机をトントンと叩き明らかに苛立ちを見せるダイモス。


「もっとガッツリした肉とはねえのかよ! こんな食い応えのないもんを食わせるつもりかぁ?」


「とりあえずそれはうちの看板メニューだ。それを食ったら次を持ってくる」


「はっ! チマチマしたことをやりやがって。持ってくるなら最初から全部もってこいってのに。気が気かねー店だな」


 ダイモスはグチグチと周り聞こえるように大声で文句を言うとアッシュが持ってきたオムレツを口に運ぶ。


「……うぐっ!」


 オムレツを食べたダイモスはいきなり胸を押さえて苦しみだすと口から泡を吹き出し倒れる。


「兄貴!」


 突如泡を吹いて倒れだしたダイモスに子分が席を立ち慌てて駆け寄る。


「駄目だ。完全に気を失っている」


「おいテメェ! まさか料理に毒でも入れたんじゃないだろうな」


「変な言いがかりはよせ。こっちは毒なんて盛っちゃいない。たまたまそっちの調子が悪かったんじゃないのか?」


「んなわけあるか! 兄貴はこれまで風邪どころか病気にすらかかったことがないほどのバーー丈夫なんだぞ。毒以外にこんな風になるかよ」


「やれやれ。言いがかりをつけるってんなら俺がそのオムレツを食べてやる。それで何ともなかったらどうする。もう二度とこの店に近づかないとこの場で誓うか?」


「はっ! 食えるもんなら食ってみやがれ。もし何ともなかったならこの店に来ないって誓ってやるよ。だがもし食えなかったらそっちこそどうなるかわかってんだろうな」


「この場にいる全員が証言人だ。後でなかったとは言わせないからな」


「上等だ! さっさと食ってみやがれ」


「わかった」


 そう言いアッシュはスプーンでオムレツをすくう。その様子を店にいる全員が固唾を飲んで見守る。


 そしてアッシュはオムレツを一口食べる。


 ……。


 …………。


 ………………。


 食べてからしばらく経つがアッシュは泡を吹いて倒れるどころか体調に変化はない。


「どうだ? 何ともないだろ」


「う、嘘だろ!」


「そんなに疑うのならお前も食べてみるか」


 アッシュはずいっとオムレツを子分に見せつける。


「……」


 子分には確信があった。絶対にあのオムレツが怪しいと。どういうわけか知らないがあの男は食べても何にもなかったが何か仕掛けがあるはずだ。


 だがあのオムレツが怪しいと証明するには自分が食べないといけない。


 子分はオムレツと泡を吹いて倒れるダイモスを見る。ダイモスは相変わらず泡を吹き続けており顔色が真っ青になって震えている。あれだけ頑丈なダイモスでこれなのだから自分が食べたら死ぬのではないか。そんな不安がよぎる。


 他の子分に視線を送るが他の連中も思っていることは同じようで首をもげるんじゃないかというくらい横にブンブンと振っている。


「どうした? 食わないのか?」


「……くっ! 覚えてやがれ!」


 子分達はそう言葉を残してダイモスを抱えて店から逃げていく。


 その様子を見ていた客からうおおおと歓声が上がる。客もダイモス達の態度には嫌気がさしていたしトーアク商会のやり方に異を唱える人間も少なからずいたのでスカッとしたようだ。


 しかし店内が騒がしくなる中、一人だけどこか腑に落ちない顔をした人物が一人。


「嬉しいけどなんか複雑だなぁ。あたしの料理ってそんなにまずいのかな……」


 オムレツを作った張本人のルチアだけはいまいち釈然としなかった。


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