20
「……」
ルチアは突然パチリとベッドの上で目を覚ます。
外はまだ暗く陽は昇っていない。
このまま朝まで起きていたら昼間が辛くなると思いルチアはもう一度寝ようと試みるが……。
「……眠れない」
ベッドの上で何度も姿勢を変えながら再び眠ろうとするが眠気はやってこない。それどころかますます目が冴えていくような気さえしてくる。
前のように夜に営業する酒場ならともかく昼間に営業する喫茶店では寝過ごすこともできない。アッシュなら気にするなと言うかもしれないがそれはそれでルチアの精神的によくない。
ただでさえアッシュに助けられてばかりなのだからこれ以上は甘えられない。
「少し夜風でもあたってこようかな」
焦った気持ちを落ち着けようとルチアは上着を羽織り外に出る。外は夜更けということもあってどこの店も営業を終えているようで酔っ払いたちの喧騒もなく静かで暗かった。そのせいか夜空の星の輝きが余計に増しているような気がした。
「あれっ……?」
ルチアが店の外に出るとそこで満点の星空を見上げる一人の人物の姿があった。
「どうしたんだろうアッシュ?」
星空を佇むように見上げるアッシュを見かけてルチアは声をかけようか迷う。星空を見上げるアッシュの瞳はとても寂し気で声をかけられる雰囲気ではなかった。
やっぱり邪魔をしたらまずいかと思ったルチアは店の中に戻ろうとするが……。
「何か用か?」
アッシュはルチアの気配に気が付いたようで視線を星空からルチアへと向ける。
「あっ、気が付いていたんだ」
声をかけられたルチアは気まずそうに答える。
「ごめん、覗き見するつもりはなかったの。ちょっと眠れなくて夜風にあたろうとしたらたまたまアッシュがいて……」
「別に謝る必要はない」
「そうだよね。ごめん」
「だから謝る必要はない」
「……うん」
「……」
「……」
流れる沈黙。
なぜか気まずい雰囲気が流れる中アッシュが口を開く。
「少し……昔を思い出していた」
「昔?」
「俺は昔冒険者だった。と言ってもそんな昔じゃないな。つい半年前の話だ。俺は冒険者として色んな国を渡り歩いて様々な街を見てきた俺が一月も同じ場所にいるのが不思議でな」
「そうなの? 冒険者って言っても一ヶ月以上同じところにいてもおかしくはないんじゃないの? うちの父ちゃんの話を聞いても一年以上いた街もあるって話だけど」
ルチアは両親から冒険者時代の話を寝物語として聞いていたが場合によっては長期で街に滞在することもあったと聞いていた。
「そうだな。普通の冒険者ならそうかもしれない。俺もあいつがいなかったらそんな慌ただしい生き方をしていなかったかもな」
冒険者だった頃のことを思い出しているのかアッシュは懐かしさをにじませながら苦笑する。
「あいつ?」
「……」
ルチアに聞かれアッシュは正直に答えようか迷うがルチアになら話してもいいかと思い話す。
「俺の親友だったやつだ」
「そう……なんだ。アッシュに親友がいたんだ。それでその人は今何をしてるの?」
「死んだよ。俺を助けようとして命を落とした」
「あっ、ごめん」
聞いてはならないことを聞いたと思いルチアは申し訳なさそうに謝る。
「いや、気にするな。お前のおかげで少しだけ吹っ切れてきた」
「あたし? あたしは何もしてないけど?」
身に覚えのないルチアはやや困惑する。
「俺は親友を死なせてしまったことを後悔して生きる意味を失って自暴自棄になっていた。だがお前に拾われてお前が両親の残した店のために必死になっている姿を見ていて俺は少しだけ前を見れるようになった。お前は大切な家族を失ったというのにそれとちゃんと向き合って前を向いて生きている。それはすごいことだと思う」
「そんなことないよ。あたしはただ両親が残してくれたこの店を守ることがいっぱいいっぱいで何も向き合っていないと思う」
「そういうところがすごいんだよ」
「え?」
「俺にはそれが出来なかった。あいつが残してくれたものなんかも無視して死のうとしていたんだ。それどころか周りの言葉すら聞かず無視していたんだからな。だから両親が残してくれたこの店を守ろうとしたお前はすごいと思う」
「うーん。そうなのかな。ただ単に目の前の状況に追われていただけってのもあるからアッシュの言うすごいって言うのがよくわかんないかな。あたしからしてみればアッシュの方がすごいと思うよ。煎茶の作り方とか客を取り込む力とか色んな国の料理とかあたしの知らないことや出来ないことをアッシュは出来るんだもん」
「それは単に俺が親友だったあいつに振り回されたせいで身に着いたことだ。あいつが色んな国を巡っていたからその土地の料理を知ることができたし、煎茶や紅茶の原料や製造方法だってあいつが検証して解明したんだ。俺だったら製造方法なんか知る手段も思いつかない。だから今までやっていたことは俺自身の手柄じゃなくてあいつがすごかったってだけだ。俺は何もすごくはない」
「じゃあそれならアッシュもあたしと同じなんじゃない?」
「同じ?」
いったい何が同じなのかアッシュにはわからない。
「あたしがこの店を守ったようにアッシュはその親友って人が得てきた知識を守ってるってことでしょ? アッシュが煎茶や紅茶の作り方を教えなかったらその親友だった人の知識も無駄になるわけだしさ」
「……そういう解釈も出来るな」
「でしょでしょ」
ルチアは自論を認められたことに鼻高々に満足そうな表情を浮かべる。
「それでその親友ってどんな人だったの?」
「あいつか……。あいつは落ち着きがないやつだったな。さっきも言ったが一つの場所にジッとしてられないし。気になることがあったら周りのことなんておかまいなしに調べる。身の危険なんて顧みずな。自分のことを探究者なんて言っていたがただの変人だ」
「それでアッシュの親友でもあったんだね」
「そうだな。迷惑ばかりかけられていたが嫌いではなかった」
アッシュはその親友の顔を思い返し鼻で笑う。
「あいつとは同じ孤児仲間ってのもあったんだけどなんだかんだと腐れ縁だったな」
そう言ってアッシュは親友との思い出を語る。
初めて出会った時の話。孤児から冒険者になったときの話。冒険者になってから色んな国を巡った話。その行く先々で親友が起こすトラブルの話。
そんな話をルチアは嫌な顔せず聞いていた。そして最後に親友が自分を庇って死んだ時の話をし終えるとアッシュはルチアに礼を言う。
「こんな下らない話を最後まで聞いてくれてありがとうな」
その横顔はさっきまでの憂いを感じさせていた顔と比べるとどこかすっきりしているようだった。
「ううん、くだらなくなんてないよ。アッシュとその親友との話はすごく面白かったよ。あー、面白いって言うと不謹慎かもしれないけどアッシュとその親友の人がすごく充実していたんだなーっていうのがすごく伝わってきたよ。正直うらやましいなーって思う」
「羨ましい?」
「あたしね、小っちゃい頃からずっと家の手伝いをしてきたからそういった外の世界で冒険をしたことがないの。誰かと一緒にそう言った知らない世界を旅するのってすごい憧れるんだよね」
「それなら今度一緒に旅に出てみるか?」
「気を遣ってくれてありがとうアッシュ。でもやっぱ憧れは憧れのままでいいかな。あたしにはこの店があるからどっか行く気にはなれないかな」
「そうか。じゃあそのためにも借金を返済しないとな」
「だね」
満点に輝く星空の下で二人は笑い合うと昼の営業に備えて店の中へと戻って行った。




