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 翌日、アッシュは久しぶりにベッドの上で目を覚ます。日はまだ出ておらず夜が明けるには少し早い時間である。久しぶりのベッドは心地よ過ぎてあまり落ち着かなかったが身体は十分に休めることはできた。


「昨日まで死のうとしていた俺が働くなんてな……」


 ベッドから起き上がったアッシュは昨夜のことを思い返し自嘲をこぼしながら着替えをする。


 アッシュが着替えた服は自分の服ではなくルチアの父親の服だ。昨日まで着ていた服はボロボロで臭いがきつく洗い物に出しており、アッシュの荷物には予備の服がなかったためルチアの父親が着ていた服を前日に借りたのだ。ルチアの父も冒険者をやっていたせいか体格がよかったため、比較的背が高いアッシュでも問題なく着ることができた。


 着替えを終えるとアッシュは部屋を出る。アッシュが寝ていた部屋はルチアの店の二階だ。一階は酒場であるが二階は旅人に部屋を貸すための宿泊施設となっていたのだ。その割には宿泊客がいないことにアッシュは疑問に思うが今はそのことについて考えるのは後回しにする。


 アッシュは一階に降りてくると事前に聞いていた場所から掃除道具を取り出し掃除を開始する。


 箒で大きなゴミをとり、その後にモップをかける。経験豊富というわけではないが昔こういうことをやった経験があるので要領よく仕事をこなすアッシュ。とはいっても元々ここの店主がしっかりしているようなので特に手間がかかることはなかった。料理は壊滅的だが掃除はそれなりのようだ。


 それでも店内は広く一階と二階の掃除をするだけでも一苦労だ。それを両親が死んでから一人でやっていながらも店内が綺麗なのはそれだけ店主がこの店を大事にしているのということなのだろう。


「だけどこの店の名前はなんとかならないのだろうか……」


 アッシュは店の外に出た時に目に入った看板に書かれた名前を見て少しあきれる。


 そこに書かれていたのは『うちの嫁は世界一可愛い亭』という文字。


 ルチアの父親はそれほどルチアの母親のことが好きだったのだろうけどここまで自己主張しなくてもいいだろうとアッシュ思った。ましてやここは文字が読めない人が多い村ではなく辺境になる田舎だが一応地方都市だ。文字を読めない人間の方が少ない。


「まあいいか」


 自分はどうせ死人同然なのだからそのことを気にしてもしょうがないと割り切るアッシュ。


 そして店の清掃を終えるとアッシュは厨房へ入る。今日からここがアッシュの仕事場だ。


「俺が料理人か。あいつならどんな顔をするんだろうか」


 ふと知り合いのことを思い返すがすぐに頭を振って忘れると厨房の中を確認するアッシュ。


 アッシュはまずコンロを確認する。アッシュがコンロのつまみを握り魔力を込めるとポッと火が点く。そのままつまみを回すと火力調整もできる。


 この店のコンロは魔導石を利用したもので最高級まではいかないが火力調整ができるということは中の上くらいの高性能なコンロだ。こんな片田舎には少し過ぎた設備かもしれないが、それだけこの店をたてた人物は料理にこだわりを持っていたのだろうと感じさせた。


 その後もアッシュは調理器具等を見て回るがどれもそれなりにいいものを使っているのがわかるし、手入れもキチンとされていた。


 次に食材を確認しようと冷蔵庫を開けるアッシュだったが冷蔵庫を開けた瞬間眉をしかめる。


「……」


 そんなアッシュの元にルチアが快活そうな声を出し挨拶をする。


「おはよー。まだ陽が明けたばかりなのにアッシュは朝が早いねー。おまけに掃除もしてあったしアッシュはいつ起きたの?」


「……」


「んっ? 冷蔵庫をまじまじと見てどうしたのアッシュ?」


「どうしたじゃないだろ。何だこの冷蔵庫の中身は?」


「えーどれどれー」


 のんきなルチアにアッシュは冷蔵庫の中身を見せると中には放置しすぎてカピカピになった野菜、変色してどす黒い紫になった肉、カタカタと不自然に動く謎の箱、カチコチになったスライムが陳列されていた。


「あっ、スーちゃんだ。こんなところにいたんだ」


 ルチアは冷蔵庫から冷えて固まったスライムを抱きしめる。


「昨日から見てないなーと思ったらこんなところにいたんね」


 ルチアの体温で少しだけ解凍されたスライムがピーピーと弱々しく鳴く。


「スーちゃんを見つけてくれたありがとうアッシュ」


「おう……って違う」


 マイペースなルチアに流されそうになるアッシュだがすぐに思いとどまる。


「よく見ろこの冷蔵庫の中身を。何で野菜がカピカピになっているんだ。肉なんて放置しすぎて変色しているだろうが。そしてカタカタと動くこの不気味な箱はなんだ」


「ほら、まだ使えるかなーって思って。確か腐りかけって美味しいって聞くし」


「腐りかけじゃなくて腐ってんだよ。だから昨日食ったクリームシチューが酸っぱかったんだな」


「えっ? そうなの」


「素人の浅知恵で考えるな。明らかに臭いがおかしいだろ」


「でもでも、西の方には臭いけど美味しい果物があるってきいたけど。……えっと確かドドリアだっけ?」


「ドリアンだ。ドドリアって何だ。そういう生半可な知識で料理をするのはやめろ。料理が出来ないやつの典型的なパターンだ」


「なるほどなるほど。じゃあ次からは人が食べても大丈夫な料理ができるかもしれないってことだね」


「……前向きだなお前」


 どこからそのポジティブシンキングが出てくるのか不思議に思うアッシュ。


「とりあえずこの中の食材は全部捨てるぞ。こんなのを使った日には食あたりが量産されるだけだ」


「わかったよー。じゃあさっそく仕入れに行かないとだねー」


「そうだな。ここら辺で食材を買うとしたらどこなんだ?」


「そっか。アッシュはこの街の外から来たから知らないんだね。じゃあついでに街の案内もしてあげるよ」


「すまないな」


「いいよいいよー。アッシュが掃除をやってくれたおかげで開店まで余裕があるしね」


「ピーピー」


「あっ、スーちゃん元気になったみたいだね。一緒に仕入れに行く?」


「ピー!」


 さっきまで凍りついていたスライムのスーが行く行くと言わんばかりに元気よく返事をする。


「そっかそっか。じゃあちょっと支度してくるから待っててね」


 よくみればルチアの格好は寝間着にカーディガンを羽織った格好だ。別に彼女が寝坊をしたわけではなく今がちょうど陽が昇りだした時間で、アッシュが早く起き過ぎたのだ。


 ルチアは着替えをするためにスーを連れて二階にある自室へと向かう。


 アッシュはそれを見送るとその間に冷蔵庫のゴミをゴミ袋に突っ込んでいく。ゴミ袋にゴミを突っ込むとアッシュは厨房の裏口から出て昨日自身が倒れていたゴミ捨て場へと向かう。


「……ん?」


 アッシュがゴミ捨て場に行くとゴミ捨て場にゴミが散らかっていた。いやゴミ捨て場ならゴミが散らかっているのは当たり前だが、何者かがゴミを漁ったかのように散らかっていた。


 昨日いたときはここまで散らかっていはなかったはずだ。昨夜のうちにカラスか何かがやったのだろうか?


 それにしては気になる点がいくつかあったがとりあえず今はルチアが降りてくる前にゴミの片づけをするアッシュ。


 散らかっていると言ってもひどく散乱しているわけでもないので作業はすぐに終わった。


「お待たせアッシュ」


「ピー」


 アッシュが作業を終えて厨房に戻るとタイミングよく準備を終えたルチアが降りて来た。


「じゃあ行こっか」


 ルチアはそう言ってアッシュの手を引っ張りながら店の外へと向かう。


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