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「もー、バッカスおじちゃんったら!」


 ぷんすかと怒るルチアが裏口から厨房に戻るとそれを見かけたアッシュが声をかける。


「どうかしたのか?」


「聞いてよアッシュ! バッカスおじちゃんったらひどいんだよ。あたしの料理は死人も甦るほどの不味さだって言うんだよ。ひどくない?」


「確かにひどいな。お前の料理を死人に食わせるなんて死人に鞭打つとはこのことだ」


「アッシュのその言葉があたしに鞭打ってるんだけど!?」


 アッシュの首元の衿を掴みながら抗議するルチア。


「悪かった悪かった」


 アッシュはまったく悪びれず謝罪する。


「それよりもさっさと昼食を食っておけ。ガキどもに取られてなくなっても知らないぞ」


「えっ? ご飯!? もう出来たんだ」


「ああ。あまり食い過ぎるなよ」


「わかってるよ」


 そう言ってルチアはさっきまでのことなどケロッと忘れて猫耳をピコピコと嬉しそうに揺らしながら食事を取りに行った。


 そして食事を終え孤児達が帰ると店を開けるためにランチの準備をする。


「今日こそはお客さん来てくれるかな」


 準備の傍らルチアは客が来てくれるのか心配でそわそわしていた。ランチが終わった昼過ぎに客が来てくれるのはありがたいが今のままじゃどうしても借金返済のためにはお金が足りない。だからこのランチの時間に客が来るかどうかで今後の店の未来が決まってくるのだ。


「そろそろこの店のことも話題にはなっているだろうから足を運んでくる人が出てきてもおかしくはないだろうな」


「そうだといいけどなー」


 そして開店準備を終えて店を開店させると、そんなルチアの心配を裏切るかのように店を開けてしばらくするとお客がやってきた。


「あのー、すいません」


「はい! いらっしゃいませ」


 予想外の来客にルチアは声を弾ませて出迎える。


「んっ? あんたは……」


 一方のアッシュは来客の顔に見覚えがあった。


 見覚えのある緑髪の三つ編み、少し自信なさ気なオドオドとした表情、そして眼鏡。


「確か冒険者ギルドのレオーネだったか?」


「はい。覚えていただいて光栄です。冒険者ギルドの職員を務めていますレオーネです」


「えっ? 冒険者ギルドの人? アッシュの知り合い?」


 冒険者ギルドの職員と言えば厳しい適性試験を突破したエリートだ。そんな人物とどうやって知り合ったのだろうか。


「……まあそんなところだ」


 知り合いと言うほど知り合いではないがここで否定するのも相手に悪いし、じゃあなんなのと聞かれたらレオーネアと知り合った経緯を話さないといけないのでアッシュはそう答えておく。


 結局アッシュはルチアにはこの店がトーアク商会のせいで客が来なくなったことを知らせてはいない。薄々ルチアも気がついてはいるかもしれないがアッシュの口から伝えることはなかった。


「ふーん」


 この前のストルルカといいアッシュの知り合いに女性の人が多いなぁとジト目でアッシュを見るルチア。


 アッシュはそんな視線に気づかずレオーネに訊ねる。


「それであんたがこの店に何の用で来たんだ?」


「実は冒険者ギルドの方でこの店を調査する必要があったので来ました」


「調査?」


 ルチアは冒険者ギルドが一体何を調査するのだろうかわからず不思議そうな顔をする。


「……そうきたか」


 アッシュはレオーネの言った言葉の意味を察したようで顎に手を当てて納得する。


「どう来たの? アッシュ?」


「まあ簡単に言えばうちで食事をしに来たってことだ」


「へっ?」


 どうして調査に来たのにそういう結論になるのかわからずルチアは不思議そうに首を傾げる。


「まあそういう大義名分がないと来れないってことだ」


「うーん、よくわからないけど。とにかくお客さんってこと?」


「そうだな」


「そっか。じゃあ席に案内するね」


「はい」


 レオーネはルチアに案内されて席に着く。


「……んっ?」


 席に案内するルチアと案内されるレオーネを見ていたアッシュだったが、ふいに服の袖を引っ張られて視線を向けると、眠たげな眼でアッシュを見上げる青い髪の少女。


「お前は……メルか」


 いつの間にいたのかアッシュの視線の先にいたのは商業ギルドの職員のメルクリア・ストルガー・アイゼンシュタット・ボルティーク・ヌボレーヌ・ヒポポタスだ。


「お前も調査に来たのか?」


 アッシュが婉曲な言い回しで訊ねるとメルはコクリと頷いて肯定する。


「そうか。じゃあ席に案内するからついてこい」


 そう言って案内しようとするアッシュだったがクイクイと服の袖をメルに引っ張られる。


「何だよ?」


 アッシュが問いかけるとメルはルチアにメニューの説明を受けているレオーネを指差す。


「あっちに案内しろっていうのか?」


「……」


 そうだと首を縦に振る。


「もしかしてレオーネと知り合いなのか?」


「……」


 首肯。


「ふーん。それなら一緒の席の方がいいか」


 知り合いと聞いてアッシュはメルをレオーネのいる席へ連れて行く。


「あっ! メルクリア・ストルガー・アイゼンシュタット・ボルティーク・ヌボレーヌ・ヒポポタスちゃん。お久しぶりです」


 席に近づくとレオーネも気が付いたようでメルに軽く会釈する。


 メルも首をちょこんと下げてあいさつする。


「よかったらお昼一緒にどうですか?」


「……」


 レオーネの呼びかけにメルは承諾し一緒のテーブルにつく。


「メルクリア・ストルガー・アイゼンシュタット・ボルティーク・ヌボレーヌ・ヒポポタスちゃんはどうします? 何でも五〇〇オーラムで飲み物がセットのランチがあるらしいですよ」


 レオーネはさっきルチアに説明を受けたことをメルに説明する。


「これは煎茶がつかないけど代わりに紅茶っていう飲み物がつくみたいです。煎茶のセットの方は一〇〇〇オーラムみたいですよ」


「……」


「えっ? 安すぎる?」


「……」


「へー、煎茶って王都じゃそんな高い値段がするんですね。さすが商業ギルドの職員だけあって相場に詳しいですね」


「……」


「紅茶って何かですか? うーん、メルクリア・ストルガー・アイゼンシュタット・ボルティーク・ヌボレーヌ・ヒポポタスちゃんが知らないってことは世の中にあまり出回っていないんですかね」


「……」


「うーん。確かにメルクリア・ストルガー・アイゼンシュタット・ボルティーク・ヌボレーヌ・ヒポポタスちゃんの言う通り値段で言うなら紅茶セットがお得ですかね」


 レオーネとメルの会話を傍から聞いていたルチアはアッシュの耳元で話しかける。


「ねえ、アッシュ」


「何だ」


「あの青い髪の子さっきから一言も喋ってないけど何で会話が成立してるのかな?」


「知るか」


「あの眼鏡に秘密があるのかな?」


「どんな眼鏡だよ」


 アッシュがあきれながら答えるとテーブルの方から声がかかる。


「すいません」


「はい」


「この紅茶ってどういう飲み物なんですか? 名前からして煎茶と似ていますけど」


「そうですね。紅茶も煎茶も同じお茶の一種でこの紅茶は煎茶とは違う香りと味で食事に合いますよ。煎茶と同じように美容にもいいのでオススメですよ」


「そうなんですか」


 美容効果があるとわかってレオーネはホッと胸を撫で下ろす。値段的に一〇〇〇オーラムもする煎茶のセットは厳しい。


「……」


 ルチアの説明を聞いてレオーネが納得しているとメルがレオーネに何か言っているようだ。


「えっ? 何で煎茶と紅茶も同じお茶なのにこんなに値段が違うのか? さすがそういうことは普通教えてくれませんよ」


 どうやらメルは煎茶と紅茶の値段の差が疑問に思ったようでレオーネに訊ねる様に言ったようだ。正確には何も言ってはいないが。


 商業ギルドに属しているだけあってそういう値段の違いが気になるようだ。しかしそんなことを義務もないのだから普通は教えない。


「……」


 それもそうかと思うメル。そこにアッシュが説明を加える。


「この紅茶は煎茶と違って知名度も低いからな。だからその分値段を下げてあるんだ」


「……」


 メルはアッシュの説明を聞いて納得すると同時にそんなことを教えてくれたことに若干驚いたような表反応をする。と言ってもほんの少し目尻が上がった程度だが。


 知名度の低い物に高い値段を出す人は少ない。煎茶のように王侯貴族御用達ならば高い値段を出しても飲もうとも思うが名前も知られていない紅茶に高い値段を出す人間はいない。それならば値段を下げて大勢の人に頼みやすくする方がいい。


 実際のところ煎茶の茶葉を作るよりも紅茶の茶葉を作る方が手間がかかる。


 だから普通なら手間のかかる紅茶の方を高く設定するか、同じ値段にするべきなのだがランチに一〇〇〇オーラムも出して食べたいと思う人も少ない。


 たまにならいいが常連客を作ると考えればお手頃な価格帯が必要になってくる。だからといって煎茶をお手頃な価格にすればそれを一〇〇〇オーラム出して飲んでいる住宅街の客から不満が出る。


 そのため紅茶のセットは値段をリーズナブルにしてある。


 それにさっき二人が会話していたように紅茶の名前はあまり知られていない。


 原料は同じ茶葉なのに紅茶はチャノキの葉を移送する際に途中で葉の色が黒くなり偶然生まれた茶葉だ。そのため紅茶はチャノキが劣化したものとして見られて世の中に出回らずに処分されるのがほとんどだ。味や香りは悪くないのだがどうしてもイメージが悪いのだ。せいぜい飲むとしたらもったいないと思った生産者ぐらいだ。


 そういった経緯があるから新鮮な煎茶の価値が高まったということもある。


「それじゃあこの紅茶セットを二つお願いします」


 レオーネ達は考えた末、お手頃なランチセットを頼む。


 アッシュは注文を受けて厨房に引っ込み料理を作る。アッシュが作る料理はパンタジア王国で一般的に食されるフレンチトーストと呼ばれる物に、マヨラー帝国のマヨネーズを使ったポテトサラダ、そして小さめに焼いたエッグアイランド名物のオムレツだ。


「美味しそうですね。他のお店と違ってやたらと量も多くなくてちょうどいいのも嬉しいです」


 ルチアの手によってテーブルに運び込まれたランチセットを見てレオーネはそんな感想をこぼす。


「……」


 メルの方は相変わらず眠たそうな眼をしているせいで喜んでいるのかはわからないが嫌という雰囲気もない。


 それから二人はランチを食べ始める。


 ちょうど二人がランチを食べ始める頃になると他にも客がまばらだがやってくるようになりルチアはその対応に追われていた。


 そして二人が食事を終える頃になるとルチアは二人の席にやってきて紅茶を持ってくる。


「どうぞ。苦いと感じたらお好みでミルクを使ってください」


 紅茶の苦味が苦手な人用にミルクもセットで出す。


「どうも」


「……」


 レオーネが礼を言いメルが頭を少しだけ下げる。ルチアは紅茶を置くとそのまま別の席へ料理を運んでいく。


「これが紅茶ですか。香りはいいですけど少し苦味が強いですね」


 紅茶をストレートで飲んでみたレオーネは紅茶の苦味に微妙な表情をするが、ミルクを入れてみるとちょうどよくなったようで満足そうな顔をする。


「……」


 メルの方はストレートでも問題ないのかそのまま飲んでいた。


「これで五〇〇オーラムなら悪くないですね」


「……」


「えっ? どうしてそんなことを聞くんですか?」


「……」


「別に単純な調査ですよ。女性冒険者が来た時にオススメのお店を紹介するための下調べです。不純な動機なんてないですから。そういうメルクリア・ストルガー・アイゼンシュタット・ボルティーク・ヌボレーヌ・ヒポポタスちゃんはどうしてこの店に来たんですか?」


「……」


「本当ですか?」


「……」


「あっ! そうやってしらばっくれるなんてズルいですよ」


 メルが何かをいったのかそれにレオーネが不服そうに突っ込む。


「……ねえアッシュ?」


 レオーネとメルが何やら話している様子を見てルチアがアッシュに問いかける。


「なんだ?」


「何でやっぱ何であの二人は会話成立してるんだろうね? やっぱ眼鏡の力かな」


「知るか。そんなことよりも早く料理をもってけ」


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