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 太陽がちょうど昇りきる昼前の時刻。


 ルチアの店の裏口に複数の影があった。その影の中で一際大きな人物はルチアの店の裏口にやってくると背負っていた籠を下し、裏口の戸を叩く。


「あっ! バッカスおじちゃん。いつもありがとう」


 戸から現れたルチアはバッカスの姿を見てお礼を述べる。


「なーに、構わんよ」


 そう言ってバッカスはルチアに籠を渡す。


「ふー、疲れたわい」


 ルチアに籠を渡すとバッカスはコリを取るために首を回す。そしてそんなバッカスの姿を見て近くにいた影の一つであるミシェルがやれやれと肩をすくめる。


「なんだよ。バッカスのおっさんはもう疲れたのかよ。歳だなぁ」


「ほっとけ。お前さんと違って儂はこの後仕事があるんじゃわい。ったく生意気なガキじゃな。どっかの誰かによう似てるわ」


 ミシェルの生意気そうな顔を見ながらバッカスはアッシュの顔が浮かぶ。だがバッカスの表情に不快な感情はなかった。


「悪かったって。けどありがとうよ。あんたが冒険者に必要な知識を教えてもらって助かってる」


 ミシェルは顔を逸らしながら気恥ずかしげに感謝を述べる。


 ここ数日バッカスは孤児達に魔物との戦い方や狩りの仕方、採取の仕方など冒険者をやって行くうえで必要な知識を教えていた。


 バッカスは毎日のように都市の外に出て孤児達を引き連れていくことを頼まれている。だが煎茶の原料であるチャノキから葉を取ってくるのは週に一回だけだ。それ以外は適当に魔物と戦ったりそこら辺で採取でもしてくれと頼まれていた。


 アッシュ曰く煎茶の原料が何かをわからなくするためのカモフラージュだと言っていたが本当のところは孤児達に冒険者として生きていくだけの知識を与えようとしているのではないかとバッカスは勘繰っている。


「これならすぐにでも冒険者になって金を稼げるぜ」


 魔物との戦闘の経験を経て自身に自信がついたミシェルはニカリと笑って見せる。


「ふんっ、ぬかせ。お前のようなひよっこが冒険者になるなんてまだ数年早いわい。それよりもお前さんらはさっさと取って来た獲物をあの小僧に調理してもらってこい」


 バッカスがしっしと手を払うと孤児達は食事にありつこうと各々が手にした獲物を手に店内へと入って行く。


 孤児達が全員店の中に入って行くのを見送ってルチアがバッカスに労いの言葉をかける。


「ご苦労様、バッカスおじちゃん」


「やれやれガキの子守りは疲れるわい」


「あー、もしかして迷惑だった?」


 首をコキコキと鳴らすバッカスにルチアが不安げに問いかける。


「いや、そんなことはないぞ。ガキの子守りは確かに疲れるが、あやつらに冒険者として生きていく知識を教えるのは存外楽しいからな」


 不安げな表情で問いかけてきたルチアにバッカスは嘘偽りなく答える。


 若い頃ならば冒険者として生きていくための知識など他の者に教えてやろうなんて思わなかった。だが今はこうやって孤児達に自分の得てきたものを伝えていくのは存外悪くないと思っていた。むしろ孤児達の成長する姿を見て嬉しいとすら思えてきていた。


 だが嬉しい反面つくづく自分が歳を取ったのだと認識されられた気がして少し落ち込むバッカス。


「そう。ならよかった」


「それにあいつらにとっても今から冒険者として必要な知識を得るのは悪くないやもしれないしのう」


「そうなの?」


 両親は冒険者だがルチアには冒険者の経験など一切ないので冒険者の知識が必要なのかと疑問に思った。


「冒険者になる連中ってのは生活が安定してない者だったり無鉄砲なやつが多いからのう。孤児が冒険者になるなんて珍しくもないことじゃ。その際に冒険者としての知識もろくになくて早死にする連中も多いと聞く。今こうして知識を身につけておけばおいおい役に立つだろうし将来命を落とす者が減らせるかもしれない」


「そうなんだ。じゃあアッシュはそういう子が出ないようにバッカスおじちゃんに教えを請う様にしたんだね」


「いやそれはさすがに前向きに捉えすぎじゃろう」


 アッシュが孤児達にそういった技能を教える様に仕向けたのは事実だがその狙いがバッカスにはわからなかった。


「そんなことをしてもあの男には一切メリットがないじゃろうし」


 孤児達に恩を売ったところで見返りなんてない。あったとしてもそれはもっと大きくなってからだ。そんな者達にわざわざ恩を売ったりするのだろうか?


 そもそも恩義を感じるとしたら直接教えているバッカス自身に恩義を感じるだろう。


 それならばいったいアッシュは何のためにそんなことをしたのだろうか意味がわからない。


「うーん? アッシュはそういった見返りを求めていないんじゃないかな? 自分のことを死人だって言ってたし」


「死人?」


「うん。あたしと会った時のアッシュは自分のことを死人って言っていたの。あの時は本当に今にも死んじゃうんじゃないかなってぐらい目が虚ろで生気がなくてね、あーこの人このままほっといたら本当に死んじゃうかもしれないって思ったの」


「……はぁ。だからあの小僧の面倒を見ようとしたのか。そういうところは母親譲りじゃのう」


「ううん。そんなことないよ。あたしももしかしたら寂しかっただけなのかも」


 いつもの子供っぽさのないどこか大人な雰囲気を感じさせる憂いの満ちた表情で語るルチア。


 ルチアもほんの数カ月前に父親を病気で亡くしている。気丈に振る舞ってはいるが寂しさがないと言えば嘘になる。


「嬢ちゃん……」


 バッカスも何と言っていいのかわからず言葉を彷徨わせる。ルチアは父親の死の後はすぐに立ち直りいつも通り笑顔を振りまいていた。だから父親の死を重く受け取ってないのだろうと思っていたが違ったのかもしれない。


 そんなバッカスに気が付きルチアはすぐにいつも明るい表情を浮かべる。


「まあそれにほら、今じゃあたしの方が面倒を見られてる感じだしね」


 アハハと笑って見せるルチアだったが少し寂しそうにアッシュがいるであろう厨房の方に視線を送る。


「でもね、人前じゃ見せないけど一人になると思いつめたり悲しそうな顔をするんだよねアッシュは」


「……まあやつが死人と名乗っていたからにはそれ相応の理由があるのだろうよ」


 自分のことを死人などと名乗る人間というのは得てして何かを失った人間なのだろう。それが自信なのか地位なのかそれとも友か家族、あるいは恋人か。


「うん、そうだよね。ともかくそんなわけだからアッシュには損得で動いているわけじゃないんじゃないかな。もしかしたらアッシュも孤児だったから同じ孤児達に同情してるかもね。アッシュが孤児を見る目はどこか懐かしそうだもの」


「まさか」


 孤児だった者が煎茶の原料やその製造方法知っているはずもないのでバッカスは話半分に聞き流す。


「じゃがそうなると何故あの小僧は嬢ちゃんに力を貸してくれるのじゃろうな」


「うーん」


 ルチアも何でだろうと顎に手を当てて考える。そして何か思い当たったようで手をポンっと叩く。


「あっ! たぶんそれはやっぱアッシュがあたしの作った料理に心が打たれたからじゃないかな。初めてあたしの料理を食べた後のアッシュはすごい饒舌だったし」


「ガハハハ! それは絶対にありえぬな。あんなクソマズイメシに心を打たれるどころか死んでもおかしくはないのじゃからな。いや、でも死人ですら甦るほどの不味さということも……」


「むー!」


 盛大に笑いこけるバッカスにルチアはふくれっ面になる。


「ひどいなバッカスおじちゃんは。こう見えても前よりは上達してるんだからね。最近は色だってそれなりになってきたんだから」


「色はって。判断基準がおかしいじゃろう。しかしあの小僧も嬢ちゃんに料理をさせるなんて何を考えているのやら」


 またアッシュが何か企んでいるのではないかとつい神妙な顔で勘繰るバッカス。


「真面目な顔してひどいこと言ってるよねバッカスおじちゃん」


 ルチアのジト目を受けてバッカスはわざとらしく咳払いをすると逃げ出す。


「んっん! おっと、儂はこれから仕事があるんでこれで失礼させてもらおうか。昼の営業も頑張るのじゃな」


「もう、バッカスおじちゃん!」


 立ち去るバッカスをルチアは頬を膨らませて見送った。


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