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 ランチを始めてから二週間が経った。


「す、すごいよアッシュ! お客さんがいっぱいだよー!」


 時刻はお昼が過ぎ。巷ではティータイムと呼ばれ出した時間。うちの嫁は世界一可愛い亭の席は満席になり、ルチアは嬉しさのあまり興奮していた。


「ピーピーピピ!」


 スーも興奮しているのか身体をウネウネさせながら喜びをあらわにする。


 アッシュはそんな一人と一匹を見ながら冷静に言う。


「落ち着け。まだ借金を返済したわけじゃない。はしゃぐにはまだ早いぞ」


「あっ! そうだったね」


 アッシュに言われてルチアも事前に言われていたことを思い出し少しだけ落ち着きをみせるが、二週間前は閑古鳥が鳴いていた店内がここまで賑やかになったことにルチアは嬉しさが隠せない。


「でもやっぱ満席になったのは嬉しいよ。父ちゃんがやっていた頃だって満席になるなんて中々なかったわけだし」


 ルチアが感慨に浸っているとちょうどそこにバッカスがやってきたようで店を見ると目を見開いて驚いていた。


「バッカスおじちゃん!」


 ルチアもバッカスを見つけ駆け寄る。


「おう、嬢ちゃん。話には聞いていたが本当に賑わっているとわな」


 バッカスは朝は孤児を引き連れて街の外に煎茶の元になるチャノキの葉を取りに行き、昼間は仕事でこの時間にやってくることはなかったのでこんなに賑わっているとは思ってもみなかった。


 バッカスもルチアからここ最近人気が出てきているようで客足も増えていると言う話は聞いていたが、満席になるほど賑わいを見せているとは予想だにしていなかった。むしろルチアが大袈裟に言っていると考えせいぜい数組の客が来ているだけだと思っていた。それを確認するために今日は仕事を途中で切り上げて様子を見に来たバッカスだが予想外の満席に驚きを隠せなかった。


「もー、だから言ったでしょ。大盛況だって」


 ルチアは自分の言葉を信じてもらえなかったことに不機嫌になり腰に手を当てながらふて腐れる。


「すまんすまん。じゃがこれなら借金の返済にも目途が立ちそうじゃのう」


「それはどうだろうな」


 賑わう店内を見ながらバッカスが借金が返済出来る目途が立ち満足げに言うとアッシュがそれを否定する。


「どういうことじゃ? これだけ客が来ておれば借金などあっという間であろう」


 店の状況を見ながらバッカスは怪訝そうにアッシュに問う。するとアッシュは周囲に聞こえないような声で言う。


「確かに俺の予想に反して予定よりも早く賑わっている」


 当初のアッシュの目論見としては健康を売りにしていくつもりで美容効果はそのおまけ程度だった。だがルチア達の食いつきから健康から美容を前面に押し出して売りにしていった。その結果がこの状態なわけだが、アッシュとしてもまさかここまで早く成果が出るとは思わなかった。


「けどこれだけ満席でも一日の利益はたったの一万オーラムだからな」


「なんじゃと?」


 一日の利益がたったの一万オーラムだと聞いてバッカスは信じられないと言わんばかりに仰天する。


「こんなに満席なのにたったの一万オーラムだというのか? 普通の酒場ならこれだけ満席ならばその五倍……いやヘタをしたら一〇倍をいってもおかしくはないのだぞ」


「酒場ならな。うちは酒場じゃなくてそうだな……茶を飲む店だから喫茶店といったところだろうか。喫茶店だから酒場のようにそう何杯もおかわりする連中もいないからな」


「う、うむ」


 大酒飲みのバッカスはそうだなと納得する。酒ならば何杯でも飲みたいと思うがあの茶を何杯も飲みたいとは思わない。確かに茶は美味いがそれでも一杯か二杯飲めば満足するだろう。


「それにうちは最初の一杯はタダにしているからな。最初の一杯を飲んで帰るお客がほとんどだ。二杯目からは一杯一〇〇〇オーラムだからお代りする人も少ない」


「なにっ! 一〇〇〇オーラムじゃと?」


 煎茶の値段を聞いてバッカスは再び驚き眉をあげる。


「それはぼり過ぎではないのか? それならばもっと安くした方が売れるのではないのか?」


 普通の酒だって一杯三〇〇から五〇〇オーラム程度だ。それの倍以上の値段をつける意味がバッカスにはわからない。


「確かにな。安くすればもっと売れるだろうな。だけど何杯でも飲まれたありがたみがなくなるから店に通わなくなるだろうよ。一〇〇〇オーラムもする高いものをタダで飲めるからうちの店に来てくれるわけだしな」


「ん? お主のその口ぶりだと始めから茶とやらで売上を伸ばすのではないのか?」


「当たり前だ。煎茶が美容にいいと言っても流行り廃りがある。一か月後も同じように満席になっている保証なんてない。この煎茶は客を呼び寄せるための手段に過ぎないからな」


「ほう、なるほどのう」


 興味深そうに顎をさすりながら納得するバッカス。


 アッシュの言う通りブームというのは一過性の物に過ぎない。いくら美容効果がるといっても飽きられてしまえばそれまでだ。安く売りだせばみんなこぞって飛びつくだろうがそれではあっという間に飽きられる可能性が高い。


 それならば値段を高く設定して煎茶自体に稀少性を持たせることでタダで飲める一杯目のありがたみを高め頻繁に足を運ぶようにさせるという考えは悪くはない。なによりこのお茶は王侯貴族も飲むものなのだ。多少値段が高くても文句を言うまい。いやむしろ王侯貴族が飲むようなものをたったの一〇〇〇オーラムで飲めるのなら安いと感じるのかもしれない。


 そしてそれをお金を払って飲む連中はそれを一種のステータスのように思うのだろう。周りはタダで一杯しか飲めないけど、自分はそれをお金を払って飲むだけの財力があるのだと言う自尊心を満足させるだけの効果があるのだと。


 おまけに店内を見渡せば端の方席に自警団の面々が茶を飲んでいる。最近は住宅街の方でも素行の悪い冒険者のせいで治安が悪化しているという話はバッカスも知っている。


 自警団が店にいれば店内で冒険者が悪さをしにくいはずだ。客としても安心して店で過ごせるはずだ。それに自警団のローテーションに合わせて客も入れ替わっている。おそらく店から住宅街まで自警団が送迎をしているのだろう。そのため一時間ごとに客の顔ぶれが入れ替わっている。


 これならば住宅街に住む多くの人達が利用することが出来る。よく考えられているなと感心するバッカス。


「で、それならばどうするんじゃ? このままじゃ借金の返済期限までに三〇〇万オーラムなんてとういて無理じゃぞ。もしかして茶葉を王侯貴族に売りつけるのか?」


「どうやって?」


「どうやってって王都に持ち込んで売り込めばいいのではないのか?」


「……はぁ」


 さも当然のように言うバッカスにアッシュはあきれるように言う。


「こっからアベイル王国までどれくらいの距離があると思ってんだ? 仮に近くの国に売るとしても茶葉を運ぶ移送費はどうするつもりだ? そんな金なんてないだろう」


「むっ! それもそうじゃが……」


 バッカスにとっては妙案だったとようで否定されてもイマイチ納得できないといった表情を浮かべる。元々この茶葉の元手などタダ同然なのだから移送費用を加えても利益は十分とれるような気がするのだ。


 そんなバッカスにアッシュは警告するように言う。


「何よりこの茶葉を個人で売買するのは危険が大きすぎる。そんなことをしたら唯一茶葉を取り扱っているラシュフォード商会を敵に回すことになるぞ」


「ラシュフォード商会だと……それはまずいのう」


 バッカスもラシュフォード商会の名を聞いて顔をしかめる。


 ラシュフォード商会と言えば大陸一と言われる大商会だ。ラシュフォード商会の支部はこの都市にはないがラシュフォード商会がその気になればトーアク商会ですらあっという間に潰せるだけの権力を持った商会だ。一個人がそんなところと競合したら万が一勝ち目があっても命はない。


 人の命など大金の前には軽いのだ。大商会なら既得損益を守るためならばそれぐらいやりかねない。


 逆にラシュフォード商会に茶葉を売ったとしても同じように危険だ。利益を独占するために消されかねない。


 アッシュの言うとおり個人で取引するには危険だ。


「ならお主はどうするつもりなのじゃ?」


「どうするもこうするもうちが最初から狙っているのはこの商業街で働く女性だ。そのためにこうしてランチを始めたのだから」


「そうは言ってもお昼時の時間には客が来てないという話じゃろうが」


 バッカスはルチアから昼過ぎの時間からはお客が来るようになったという話を聞いていたが昼時の時間には客が来たという話は一切聞いていない。それになにより……。


「商業街で働く者がこの店に来てくれるのかのう? 住宅街に住む者はトーアク商会との関わりが薄いが、商業街で働く者は少なからず何らかの形でトーアク商会と関わりがあるんじゃぞ。足を運びたくてもトーアク商会の力を恐れて店にやってこないのではないのか?」


「普通ならそうだろうな。だけど今のこの店は連日満席になるような状況だ。それならば商業街に住む人間が気にならないわけがないだろう。向こうには敵情視察という名目で店に足を運ぶ大義名分がある。それを掲げればトーアク商会も強くは言ってこれまい。だがあいにく昼過ぎの時間は住宅街の住人に場所を貸し出しているからな。来るとしたら必然的にランチとディナーの時間になるだろうよ」


「まさかお主はそれを見越してこの状態を作り出したというのか」


「当然だ。前のままじゃいくら何かをやろうともトーアク商会が障害になって店に商業街の人間はやってこないからな。まずは商業街の人間が来れる状態にする必要があった」


「なんと……」


 アッシュの策略にバッカスは驚愕する。


 アッシュの言うとおり二週間前の状態ならば何をやっても商業街の住人は店に寄り付かなかっただろう。だがトーアク商会の影響が薄い住宅街の住人を取り込み連日満席状態になった場合なら話は別だ。


 一体全体何をどうしたら連日満席になるのだろうか? 商業街に住む人間なら気になるのは当然だ。そしてそれを知るために足を運ぶしかない。同時にトーアク商会としてもその理由を知りたいから来店するのを止めることはできない。


 商いをするものならば儲ける方法があるのならぜひ知りたいと思うのは当然だから。


「つまりお前さんはノコノコとやってきた連中からぼったくるつもりなのじゃな」


「そんなことするか。あくまでもそれは客として接するに決まっているだろう。そんなことをしても借金は返済できてもその先がないだろう。ルチアはこの先も店を続けるつもりなんだから」


「そう……じゃのう」


 目先のことにとらわれていたバッカスは反省する。当然借金を返済してからもルチアの生活は続く。ぼったくりのような真似を続けていけるほど世の中は甘くない。ルチアのことを考えるのならこの先もやっていける商売をしなければならないのだ。


 バッカスはアッシュの認識を改めると同時に今後どうやって借金を返済しつつ商売をやっていくつもりなのか興味が湧いた。

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