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「おかえりー」
「ピー」
アッシュが自警団の屯所で用件を済ませるといつものようにルチアとスーが出迎えてくれる。
「どうだったアッシュ?」
アッシュを出迎えたルチアは猫耳をピコピコさせながらアッシュの結果を尋ねる。
「こっちは上々だ。そっちはどうだ」
「もちろんオッケーだったよ。ね、バッカスおじちゃん」
ルチアは手で小さな丸を作ると店の隅の椅子に腰かけていたバッカスに笑顔を向ける。一方ルチアの笑顔を向けられたバッカスはアッシュを見て不機嫌そうに鼻息を荒くして嫌味を言う。
「この儂にガキどもの守りをしろだなんて図々しいにもほどがあるわい。儂はこれでも忙しいのじゃぞ」
「と言っているが」
嫌味を向けられたアッシュはそのまま話をルチアに振る。
「え? バッカスおじちゃん嫌だったの? もしかして迷惑だったのかな」
「ち、違うぞ。迷惑なわけじゃないぞ。むしろ大歓迎じゃ」
しょんぼりと項垂れるルチアを見てバッカスはオロオロしながら慌てて言い繕う。
「本当に!?」
パアーッと瞳を輝かせ猫耳をピコピコさせるルチアにバッカスはドンッと胸を叩いて頷く。
「ああ本当だとも。儂は子供が大好きじゃからな。一〇人だろうが一〇〇人だろうがどんとこいじゃ」
「よかった。こんなこと頼めるのバッカスおじちゃんしかいないから助かったよ。ありがとうバッカスおじちゃん」
「なあに儂は暇じゃからな。この程度の頼みなんの問題もないわ。ガハハハ」
安堵するように胸を撫で下ろすルチアを見てバッカスは厳つい顔を緩め笑い出す。
「さっきと言ってることが違うぞおっさん」
孫を猫可愛がりする祖父のようなバッカスの態度にアッシュがあきれる様に突っ込む。
「ほっとけ」
アッシュの突っ込みにバッカスは緩んだ顔を戻し、しかめっ面で返答すると懐から以前アッシュの前で噛んでいた臭い消し用の葉っぱを取り出す。
「それよりもお前さんは孤児のガキどもを引き連れて街の外でこの葉っぱをとってこいというのは何を考えとるのだ。こいつには臭い消しとして儂が使っておるが薬草のような効果なんてないただの葉っぱじゃぞ。集めたところで大した価値はないぞ」
「価値がないものに価値を与えるのが商売ってものだろう」
「はっ! 偉そうなこと言いおってからに」
真意を話そうとしないアッシュにバッカスはふて腐れる。
「ねえアッシュ。バッカスおじちゃんには理由を説明してもいいんじゃないかな」
そんなバッカスの姿にルチアがアッシュに伺いを立てる。
「……勝手にしろ」
アッシュもバッカスになら話ても問題ないと考えていたようで逡巡する素振りを見せるがあっさりと許可をだす。
「あのねバッカスおじちゃん。実は……」
ルチアはバッカスの耳元でゴニョゴニョとアッシュの企みを説明する。
「うーむ。そういうことか。この葉っぱがそんなものになるのか。だがそれだけのものになったとしてもこの都市の住人達が受け入れるものなのか?」
「その点はぬかりない。下準備はさっきしてきた」
「随分と手際がいいのう。お前さんはこの都市に来る前は商人でもやっとったのか?」
ここまで手際よく動くアッシュにバッカスはこの都市に来る前は商人をやっていたのではないかとあたりをつける。それもただの商人ではなく相当切れ者の商人だ。持っている知識からもしかしたら大商会で働いていたのではないかと勘繰るがそれにしては貫録がない。バッカスも冒険者時代に大商会で働く商人を見たことがあるがどれもこれも一癖も二癖もあるような連中ばかりで狡猾さがにじみ出ているようなものだがアッシュにはそれが感じられない。
「別に何でもいいだろ」
アッシュも自分のことについては喋る気はないようだ。
「ふんっ。まあいい」
謎の多い男だが話す気がない以上バッカスも深くは突っ込まない。話を聞く限りアッシュはルチアのために動いていることには違いがないのだからルチアのために動いている間は協力ぐらいしてやろうと思った。なによりアッシュの思惑が上手くいけば忌々しいトーアク商会に一泡吹かせることができるのだから。
☆
高級住宅街の都市長が住まう邸宅。そこの書斎にて都市長でありトーアク商会の会長であるルギメデス・トーアクが目の前に跪く巨漢のダイモスに荒々しい口調で問いかける。
「おい、首尾はどうなっていやがる?」
ルギメデスはB級冒険者とあって巨漢のダイモスよりも一回り大きく強面で禿頭に髭面と相まって山賊の親分といった風体をしている。とてもじゃないが商会の会長と都市長をやっているような顔立ちではない。
そんな強面のルギメデスに睨み付けられながら問われたD級冒険者のダイモスはその視線にたじたじになりながら答える。
「へ、へい。ルキメデス様の思惑通りことが運んでいるそうです。冒険者ギルドにも働きかけが成功しているようで孤児や浮浪者は仕事がないようで盗みに走るものが出てきているそうです。そういったやつらは罪人として捕らえてあります。この調子でいけば奴隷売買も滞りなく始められるそうです」
「ふんっ、そうか」
ダイモスの報告を受けてルギメデスは満足そうに口角をあげる。
「じゃああの獣人の娘の方はどうなってやがる。あそこは新たに奴隷売買の店を建てるには立地がちょうどいいからな」
「それについてはルギメデス様からいただいた借用書のおかげで問題はないです。今のあの小娘に三〇〇万オーラムなんて大金用意できるはずがないですから」
「本当か? 薬代の借金はすぐに返済されたぞ。報告では薬代すら返せず権利書を譲り渡す流れじゃなかったのか」
ギロリとルギメデスに睨み付けられるとダイモスはあふれ出る冷や汗を堪えながら弁明する。以前ルチアの店の前で威張り散らしていた姿が嘘のようだ。
「は、はい。あの時はまさか薬代を払うだけの金があったとは思わなかったので。それに今回は念には念を入れて職人達や冒険者もあの店には立ち入らないように御触れを出してもらいましたのでどう足掻こうと三か月後には……いやもっと早くにあそこの権利書はこっちのものになるはずです。問題ありません」
「俺様はな、無能なやつが大嫌いだ。この意味がわかるか」
「へ、へい!」
ルキメデスの鋭い眼光で射すくめられるとダイモスは背筋が凍る。恐怖のあまり冷や汗すら出ない。まるで獰猛な肉食獣の前に立たされた小動物の気分だ。
冒険者のランクは完全な実力によって分けられる。そしてランクが一つ違うだけで別次元の強さとも言われる。ましてや相手はBランクで自分はDランク。Cに近いDとも言われるダイモスだが二つもランクが違えば赤子と大人ほどの実力の差がある。ダイモスを殺すなど文字通り赤子の手を捻るようなものだ。
とてもじゃないが逆らう気など起きない。もっとも、元より逆らう気もないが。
目の前の男のおかげでダイモスは甘い汁をすすえている以上逆らう必要もない。あの規則に口やかましい冒険者ギルドですらルギメデスには逆らえないのだから逆らう必要も不満もない。
ただ、自身が無価値と認めた相手には容赦のない死が待っている。
「絶対にあの店の権利書は手に入れてみせます」
「当然だ。万が一に備えて万全を期して万が一が起きたときはどうなるかわかっているな」
「……は、はひ」
向けられた殺気に怯みながらダイモスは返事をする。




