表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

≪ヒ~ヨ ヒ~ヨ ヒ~ヨ≫

≪ウキョキョキョキョキョ≫

≪ギャー ギャー ギャー≫


小鳥たちがかまびすしく鳴き交わしながら鬱蒼とした雑木林の中を飛びぬけて行った。

落ち葉が幾重にも積み重なり、しっとり湿り気を帯びた地面には春の柔らかな日差しが降り注いでいる。一歩一歩踏みしめるたびに春の息吹が匂い立つようだ。

木漏れ日を浴びてボクは再びあの不知藪やぶしらずの中にいる。あの、というのはボクがこんな姿にされてしまった神隠し事件の舞台だからだ。


太陽系外の惑星ハテロマから地球に帰還して2年。この春、麗慶れいけい高校を無事卒業したボクは推薦入学で麗慶大学理工学部に進学した。そして1年生ながらすぐに学園長である桜庭さくらば教授の量子物理学研究室のゼミ生となることを許された。そういう訳でこうして教授に連れられて懐かしい星間ゲートの前に立っているのだ。


「諸君。この古代遺跡は一見すると単に石材を組み合わせて作られた盤のようだが、実は地中深くに打ち込まれた巨大な釘の頭なのだよ」


桜庭教授はゼミ生を見回しながら言うと、ボクのところで目を止めた。


「そして、キリュウ君はここを通って宇宙旅行をしてきたのだ」


ボクを見つめたまま石でできた丸座布団みたいな「星間ゲート」を指さす。他のゼミ生たちは“紅一点”のボクをまぶしそうに見ている。

今日のボクは理工学部生お揃いの白衣をまとっているだけで、べつに着飾っているわけではない。ちなみに下はストレッチジーンズにお尻がすっぽり隠れるニットのチュニックワンピース。いずれも世界的デザイナー井上沙知絵さんの“アイウエサチエ”のセカンドライン。ボクをイメージしてデザインした“princess ran”ブランドのものだ。


「教授。見た目は普通の岩石みたいですが何か人工素材が使われているんでしょうか?」


新米ゼミ生なのに一身に注目されているのがこそばゆくなって尋ねる。


「まだ組成解析は終わっていないのだが、実は隕石に近い成分みたいなのだよ」

「・・・ということはやっぱり地球外物質」


ボクは、考えるように口元に指先を当てた。白くて細い指先に淡い桜色にマニキュアした小さなネイルが光る。この身体になってから爪も薄く柔らかくなってしまったので、母さんが念入りに手入れしてくれているのだ。


「そうだ、キリュウ君。キミはなかなか理解が早いね」


そんなボクを、教授はまた眩しそうに見やりながら言う。


「まあ、キミはここから銀河系の彼方の惑星世界に旅立ち、そして再び地球に帰ってきたわけだから、この遺跡が地球外文明によってもたらされたものだと聞いてもまったく不思議ではないのだろうね」

「いえ、ボクにとってはいまだに夢を見ているような不思議な出来事なんです」

「と、言っても男子高校生だったキミが女の子になって帰って来た以上は信じないわけにもいかないのだろ?」

「それはそうなんですが・・・あちらの世界では、女になって果たさなければならないことがあって、それさえ済めば元の身体に戻してもらえる約束だったんです・・・」

「だけど男の身体には戻してもらえなかった、いったいそれはどうしてだったのかね?」

「この星間ゲートが故障していたせいです・・・」


ボクにとっては、ほろ苦い思い出だ。


「だけど、そのお陰でオレたちは今のキリュウといっしょにいられる!」

≪そうだ!≫

「ただでさえムサ苦しい、野郎ばかりの理工学部に咲いた一輪の花!」

≪そうだ!≫

「オレたちの希望の星!」

≪そうだ! その通り!≫

「掃き溜めに鶴!」

≪それは違う! 鶴はいいが掃き溜めは違う!≫

「先輩たち。お楽しみ中すみませんが、ボクの中身は男なんですからね! そこのところお忘れなく!」


そんなゼミ生たちのやり取りを微笑ましく見ていた教授が咳ばらいをした。


「オホン、諸君。屋外演習とはいえ今は講義時間中であるぞ」

≪す、すみません≫

「まあ、正直いえば私としてもキリュウ君がわが桜庭ゼミに加わってくれたことは嬉しいのだよ。なんと言っても他の先生方から大いに羨ましがられているからね。わははは」

≪あはははは≫

「それはともかく、キリュウ君がうちのゼミに入ってくれたのはこの地球ゲートの謎を解明したいという一念からだ。その気持ち、科学を志す諸君であれば分かるだろ? これに応えなければ男じゃない。全員で取り組んでいくぞ!」

≪おう!≫


桜庭教授もゼミの先輩たちも、ただ一人の1年生で“紅一点”ということで何かとボクに絡んでくるけれど、根はいい人たちだった。


不知藪でのフィールドワークを終えて研究室に戻ったボクは、昼下がりのキャンパスを購買部に向かっていた。本館前の広場をサヤカが横切って来るのが見える。


「あ! ランちゃん」


ボクに気がつくと手を振りながら駆け寄って来た。


「おっ サヤカか。元気してたか?」

「余裕発言だねえ。そうして白衣なんか着ちゃってると、入ったばかりの1年生には見えないよ。つい先月高校を卒業したばかりなのに」

「っていうよりオマエ・・・少し化粧濃いんじゃね?」


女子大生になりたての時期って、たいがいの子は化粧が濃いものだ。


「え? そ、そうかな」

「化けるの慣れてないからな。それにしても唇が・・・いま人食ってきたばかりって感じだぞ」

「むむっ失礼ね! ランちゃんはスッピンでも可愛いからいいだろうけど、私はそうはいかないの!」

「サヤカだって、つい先月までスッピンだったじゃないか」

「プンプン! いいでしょ、これから4年間バッチリ女子大生ライフを満喫するんだから放っといてよ。誰だって最初は化粧がヘタなんですよ~だ」


そう、今から1ヵ月前は卒業式だったのだ。2007年3月7日、ボクたちは高校生活最後の日を迎えていた。


「答辞、卒業生代表キリュウアラシ君」

「はい」


ボクは、やっぱり答辞を読まされることになってしまった。卒業生代表というからには成績トップか元生徒会長とかが相応ふさわしいのに、誰にやらせるかでまたまた投票があったのだ。その結果は言うまでもない・・・。


「・・・今この講堂の窓からも鮮やかな萌黄もえぎ色に芽吹いたケヤキの梢が見えます。思えばボクたちはいつもこのケヤキ並木に見守られて高校生活を過ごしてきました。卒業の日を迎え、ボクたちといっしょにこの3年間で少し大きくなったケヤキたちもお祝いしてくれているようです。

校長先生、教頭先生はじめ先生方、ご来賓の皆様方、そして在校生の諸君。皆様から頂いたご祝辞は忘れません。ボクたち卒業生はひとりひとりその言葉を胸に刻んで、これからの進路をしっかり歩んで行きたいと思います。3年間、ありがとうございました。卒業生代表、霧生嵐」


≪パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ≫


割れんばかりの拍手の中、ボクは深々とお辞儀をすると、セーラー服の裾と襟元を整えながら壇上から席へと下がった。


「ランちゃん、お疲れ様。いよいよ卒業ね」

「とってもよかったよ。答辞を聞いてていよいよ最後になったんだなって思ったわ」

「あああ~ランちゃんともついにお別れなのねぇ」


ボクの隣に座る3人娘が潤んだ眼をして言う。


「なに言ってるんだか。サヤカは法学部、ユカリは経済学部、クルミだって文学部、3人とも麗慶大学に行くんだからキャンパスでいつでも会えるだろうに?」

「そんなことないって。ランちゃんは理工学部。文系の私たちからすれば別世界に行ってしまうんだもん」

「じゃあ、学部編入試験受ければいいじゃん。待ってるよ」

「ランちゃんって冷た~い。私たちにそんな理数系の頭があるなら苦労していないわよ!」


などと愁嘆場はあったが、ボクたち3年は卒業証書を手に在校生に送られながら講堂を後にした。


≪カシャッ≫

≪カシャッ カシャカシャッ≫

≪カシャッ≫

≪カシャ カシャカシャカシャッ≫


父さん母さんたちと校門から外に出た途端、ストロボとシャッター音の嵐に包まれた。平日だから来なくていいと言ったのだが「愛娘の晴れ姿は絶対に見逃せません」「老後の楽しみにしっかり目に焼き付けなきゃ」っと二人ともノリノリで来てしまったのだ。


「“キリュウ君卒業おめでとう! セーラー服に白いリボン徽章がとっても映えているね”」

「“セーラー服を着て卒業する気分はどう? やっぱり8つボタンの詰襟で卒業したかったのかな?”」

「“キミのセーラー服姿もこれで見納めか。女子大生になったらアメカジ? イタカジ? やっぱり清楚にコンサバかな? それともまさかのマニッシュ?”」


次々マイクを突き付けられる。


「危ないから押さないでください。質問にはお答えしますから。少し場所を移しましょう。ここだと通行の邪魔になるので」

「じゃあ、父さんたちは先に行ってるよ。車で待っているから」

「“あ、ご両親からもひと言いただけますか?”」


と言うことで、ボクたちは親子でインタビューされることになってしまった。




「“『ええ、やはりアラシには清楚な恰好をしてもらいたいですね』”」

「“とご両親も言ってました。キリュウ君の大ファンのモグラさんはいかがですか?”」

「“わたしだってそう思うよ~。ほらご覧なさいよ、セーラー服を着た神隠し少年の清楚なこと! そんじょそこらの娘には絶対真似できませんって。ぜひ女子大生になっても憧れのお嬢様でいてもらいたい!”」


翌朝のワイドショーでボクのファンクラブ会長を自認している男性キャスターが叫んでいる。


「ほら、父さんたちがあんなこと言うもんだからモグラさんまで。ボクは理工学部に行くんだよ? どうせ毎日着るのは白衣なんだから何だっていいわけでしょ?」

「そうはいきませんよ。アラシは学園のアイドルなんですからね!」

「藪の中に入ったりフィールドワークだってあるんだけど」

「その話もちゃんとしてあります。井上沙知絵さんったら『白衣の下に見え隠れするオシャレっていままでにないコンセプトだわ! こりゃあリケジョだけじゃなく女医さんもターゲットね』って大喜びしてましたもの」

「ううっ」

「アラシはな~んにも心配しなくていいの。井上沙知絵さんと相談して母さんが毎日着ていくものは準備するし身繕いもちゃんとしてあげます。“女の子”の部分は母さんに任せるって約束したわよね? ハイは? ほら、お返事は?」

「・・・はい」


こうして大学に入ってからも、自分でファッションを選択する自由はなくなってしまった。





「失礼します」


大学の入学式が済んでオリエンテーションを終えたボクは、講堂から出るとその足で早速ゴルフ部の部室を訪ねた。


「はい? あっあっあっあっあ~~~~~ッ!!」


ドアを開けて顔を覗かせるなりいきなり女子学生が叫んだ。


「あ、あの、大丈夫ですか?」

「ああ驚いた~あ。まさか、神隠し少年がいきなり目の前に現れるとは思わなかったよ」

「ボク、現れちゃダメなんですか?」

「いや、そんなことはないけど。どうしてここに?」

「そりゃあ入部したいから、ですよ」

「え? だったら本館前で各サークルが勧誘してるじゃない。うちもオリエンテーション帰りの1年を捉まえようと総出であっちに行ってるよ」

「ええ、知ってます。でも、各サークルの先輩たち、だいぶ気合い入っちゃってるみたいで本館出ようとして身の危険を感じたんです。だから裏口からこっそり抜け出して真っ直ぐここに来たんですがダメでしょうか?」

「キミが入学するというので各部大騒ぎだもんね。そっか、やっぱりキリュウ君は体育会ゴルフ部が希望なんだ」

「はい。小さいときからプロになってオーガスタに行くのが夢ですから」


そうボクが言ったのを聞いて、女子学生はキョトンとしてしまった。


「え? オーガスタ・・・マスターズは男子ツアーだけど」

「それがなにか?」

「え? だってキミは・・・女の子になったんだよね?」


爪先から頭のてっぺんまでボクの姿の中でなにか見逃してることがないかを確認するように見る。


「登録は男子ジュニアです」

「でも高3のシーズンにJ-LPGAの試合に出ていなかったっけ?」

「・・・出ましたよ。日本女子ゴルフ連盟の井口緋紗子いぐちひさこ会長からお話をいただいて、連盟の出場許可も出たのでアマチュア枠で参加したんです。でも日本ゴルフ連盟の登録は、あくまで男子ジュニアですから」

「ま、いいけど。それにしてもキミ、実物はテレビや写真なんかで見るよりずっと綺麗だね! むちゃくちゃ可愛いぞ! そんなコンサバ女子大生の恰好をしているところを見ると、心の中まで完全に女の子になっているんじゃないの?」


痛いところを突かれた。


「ううっ、これは母さんに着せられたんです! ボク、中身は男ですから!」

「中身が男の子なのに、そんなフェミニンな恰好するなんておかしくない?」

「ううっ、母さんとの約束だから仕方ないんですよ。約束を破って悲しませたくないし・・・」

「ふ~ん、事情は分からないけどキミは親思いの良い子なんだね。あ、挨拶が遅れたけど、私は椿原瑠美つばきはらるみ。ゴルフ部のマネージャーよ」


瑠美先輩は法学部の3年生。体育会ゴルフ部のマネージャーとして男女ともに部員の面倒を見ている。今日は全員新入部員勧誘で出払ってしまったから部室でひとり留守番をしているのだ。


「それで、入部の件はどうなんですか?」

「もちろんOKに決まってるじゃない! 麗慶高校ゴルフ部出身の部員たちも、キミが入学するのを首を長くして待っていたわよ。じゃあ、この入部届に記入してもらおうかしら。ふふふ、今頃キミの姿を探し求めて各サークル必死になっているわけね」


と言うことで、ボクは大学でも無事ゴルフ部に所属することが決まった。ただボクの場合、既にプロトーナメントそれも男女両方にアマチュアとして出場していることから、他の部員たちとは別の年間スケジュールで学生競技との両立を目指すことになったのだ。






そして8月。ボクは前期試験を終えて夏休みに入っていた。


≪Boooーーーーーーm≫


低く響いてくるエンジン音の方を見上げると、抜けるような青空の中を清涼飲料のアルファベットのロゴを際立たせた飛行船が横切って行く。きっと上空からは、光り輝く緑の絨緞じゅうたんと絶妙に配置された大きな池がパッチワークのように巨大な模様を描いているのが見えていることだろう。


ハナミズキの巨木が聳えるはるか向こうの丘にはコロニアル風の純白のクラブハウス。周囲から聞こえてくるギャラリーの歓声はすべて英語かスペイン語。プレーヤーを見れば金髪碧眼で背の高い女子ゴルファーばかり。ここがフロリダの歴史あるゴルフ場であることを実感させる。


グリーンでは前の組がパットをやっている。まだセカンドショットを打つまで時間がかかりそうなのでボクはキャディに話しかけた。


「この後なんだけどさ、少しつき合ってもらえるかな? 美咲」

「ん? クラブの手入れさえ終われば特に用はないからいいぜ。でも珍しいな、アラシが誘うなんて」


そう言ったのは、いちばん最初にキャディをしてもらって以来、ボクの試合で毎回キャディバッグを担いでくれている桜田美咲さくらだみさきだ。今回も大学が夏休みの期間中に出場することになったアメリカでの2試合に付いてくれているのだ。


「ボクひとりだと・・・ちょっと行きにくい所なんだよね」

「へ~え。ひょっとして、女性専用の店とかか?」

「な、なんで分かるの?」

「オマエなあ・・・様子を見てりゃ分かるってえの。アラシは見た目はパーフェクトな美少女だけど中身が男なもんだから、女ならどうでもいいようなシチュエーションにいつもドギマギしてるだろ?」

「うっ・・・見られてたんだ」

「そんなこと知らないのはチーム・アラシの中でもアラシ、オマエだけだ」


チーム・アラシは日本でも屈指の企業集団あきつしまグループのCEOの津島さんが、ボクをマネージメントする為に組んでくれた専属部隊だ。まだ学生アマチュアの身でありながら、世界中のスポーツイベントや有名アスリートをマネージメントする会社、最大手の広告代理店、そしてあきつしまグループで構成されたメンバーがいろいろ面倒を見てくれている。桜田美咲もボクのキャディとしてすべての試合に帯同するようになってから、チームメンバーと見なされていた。


「OK。グリーンが空いたぞ」

「じゃあホールアウトしたら頼むね。で、距離は?」

「ピンまで148ヤード。少しアゲてるから風の分を入れて153ヤードというところかな」

「了解。カップは二段グリーンの下の段に切ってあるから傾斜にぶつけて戻す感じだね」

「だな。アラシのスピンなら寄るさ」


ボクは、方向を見定めるとアドレスに入った。






というわけでボクたちは2日目の競技が終わった後、美咲の運転するレンタカーで郊外の巨大なショッピングモールに向かった。


「しかし大した奴だぜ、アラシは。招待枠とはいえ、いきなり全米のトッププロが出ているLPGAのトーナメントに出場して予選通過だもんなあ」


ボクはまだ学生ゴルフのアマチュアなのだが、応援してくれている初田社長が「せっかく夏休みを利用してアメリカの学生競技会に行くんだったら、ついでにうちの試合にも出てみないかい?」と軽く誘ってくれたのだ。それは公式トーナメント“Hatsuda Moters LPGA Classic”のことだった。主催者推薦ということだったのでアメリカの女子プロゴルフ連盟も男子登録のボクでも参加を認めてくれたみたいだ。3日間トーナメントの予選2日間のスコアは4アンダー。トップと5打差、58位タイで無事予選を通過していた。


「だってプロトーナメントとはいっても女子の試合でしょ? 男子競技で戦う学生アマチュアとしては予選落ちするわけにいかないじゃない」

「オマエなあ・・・ファッション雑誌のトップモデルみたいな容姿してアニメのヒロインそのものの可愛い声でしゃべってるくせによく言うぜ」

「そんなこと関係ないって。中身は健全な男子大学生なんだから」

「そうか? ガタイはオマエよりこっちの女子プロの方が圧倒的にでかいだろ? それに顔はオマエが一番綺麗で可愛いってもっぱらの評判なんだぞ?」


そうなのだ。プロトーナメントだけあってカメラマンがいっぱい撮影に来ていたが、ボクが動くたびに林立する大きな望遠レンズが一斉に追いかけてくるのだ。


「ううっ・・・でも、ボクは男だから女しかいないところに混じっているとほんと居たたまれないんだから。女子ロッカーの中なんてドキドキしっぱなしなんだよ?」

「女子ロッカーにオマエが入って行ってもなんも違和感ねえぞ、っていうか一番女っぽいぞ?」

「ええっ? すごく緊張してるんだよ?」

「よく言うよ。今日だって楽しげに女子プロたちと英語で喋ってたじゃん」

「あれは空気を読んで、だよ。付けているアクセサリーのことをいろいろ尋ねられたから答えてただけで」

「そうだったな。オマエのパトロンがこの大会用にプレゼントしてくれたんだもんな」


普段のボクは試合でアクセサリーをすることはないのだが、今回は例外的にプラチナのネックレスとイヤリングを着けていた。


「津嶋さんからのだから断るわけにはいかないんだよ。母さんとの約束で女の子の恰好するときにはなるべく綺麗にしなくちゃならないもんだから、どうしても女装用のものになるんだよね。初めての海外ということで気持ちの引き立つアクセサリーをプレゼントしてくれたんだと思う。津嶋さんはボクの心の中が男だということは理解してくれているんだけどね」

「それはともかく、すっげえ似合ってたぜ。あんな見事な細工のを身に着けても位負けしないなんて、やっぱお姫さんやってただけのことはあるぜ」

「うっ・・・と、ともかくボクの本音は違うの」

「ま、いいけど。オマエが試合中にリラックスしてプレーできているなら何でも構わないよ。で、何を買おうっていうんだ?」

「うん・・・来週は男子の試合じゃない?」

「ああ。そっちがアラシにとっちゃ今回の海外遠征の本チャンだもんな」


ボクは来週開催される“World University Open Golf 2007”に日本選手のひとりとして参加することになっていた。

毎年アメリカで行われている大会なのだが、全米各地で行われる予選会で何千人もの腕自慢の中を勝ち抜いてきた猛者が出場する大会だ。でもボクの場合、昨年の春高優勝と出場したプロトーナメント3試合すべてでベストアマチュアを獲ったことを評価した日本ゴルフ連盟が推薦してくれて、入学して日も浅い大学1年生ながら本戦招待選手となっていた。多分、女子強化委員長の河原さんの強いプッシュがあったのだと思う。


「うん。でさ、試合で着るゴルフウェアを買おうと思って」

「え? チーム・アラシの貨物カーゴに死ぬほどゴルフウェアはあるだろうが?」

「見たんだけど、コンピタンスポーツの今年流行りのレディスばかり。ミニスカートかキュロットばかりなんだもん」

「それじゃあだめなのか?」

「みんなはボクにそういう足が露出するのを着せたがるけど、ボクとしてはチャラチャラした女の恰好で本気の男子ゴルフには出たくないんだよね」

「・・・そうか。だよな、オマエは男だもんな」

「うん! 美咲ならわかってくれると思った」

「ああ、アラシは可愛い弟分だからな。ん? だったらなんで女の子のショップだ?」

「それは・・・仕方ないじゃない。ボクだって自分の体型のことくらいは分かっているんだよ・・・」

「そうだよな、そんなモデル体型に合うメンズなんかあるわけないわ。んじゃ、レディスの中でオレたち好みの渋いヤツを探せばいいんだな?」

「うん!」






「アラシ!」


巨大なショッピングモールの中を何店もはしごして、ようやく “男らしい”ゴルフウェアを買いそろえることができたボクたちは、吹き抜けになった広場ガレリアで休んでいた。するとどこからかボクの名前を呼ぶ声がした。

“Ara-shi”でも“à la ci”でもなく日本人の発音で呼ばれたものだから、ボクは思わず声のした方を振り返った。


「アラシ。俺だよ」

「カッちゃん!?」


あれから1年半、ボクは親友と再会した。


「やあ! 久しぶり」

「どうしてここに?」

「俺、“World University Open Golf 2007”の予選会を勝ち抜いたんだ。来週の会場はここからも近くだろ? アラシがハツダレディースの予選を突破したってスポーツニュースを見たら、居ても立ってもいられなくなってサンフランシスコから飛んできた。どうせ練習ラウンドするんだし先乗りということさ」

「え? じゃあ、カッちゃんも来週の大会に出るんだね? すごいよ!」

「凄いのはアラシの方さ。アマチュアのままこうして本場アメリカのプロの試合に出て決勝ラウンドを戦うんだからな。前にも増していい球を打ってるみたいじゃないか」

「うん。ありがとう」

「来週は久しぶりにアラシと同じ試合だな」

「うん。お互い頑張ろうね」


と、カッちゃんはじっと見つめている視線に気がついた。


「アラシ。そっちの女性は?」

「あ、紹介するよ。ボクのキャディの桜田美咲。こっちはボクの高校時代からの友だちで今はアメリカで学生ゴルフしている佐久間克彦」

「よろしく」


カッちゃんが握手の手を差し伸べる。その手を軽く握りながら美咲が言った。


「こちらこそ、っていうかお前らつきあってたんじゃねえの?」

「え?」

「う?」

「どう見たって好きだったもの同士が、はるか遠く外国で奇跡的に巡り合ったっていう雰囲気だぜ。アラシが、懐かしそうに嬉しそうに恥じらうんだもんな。恋する乙女みたいに頬を赤く染めているのって初めて見たぜ・・・」

「そ、そんなことないよ! ぼ、ボクとカッちゃんは単に部活が一緒だったっていうだけなんだから」

「あはは。あわててやんの。分かってるって、アラシは中身が男なんだもんな」

「桜田さんか。アラシといいコンビみたいだな」

「うん。美咲兄貴はボクのことをよく理解してくれているんだ」

「兄貴か。そうみたいだな」


カッちゃんはボクたち二人を見つめながらしみじみとした口調で言った。


「佐久間君。キミが突然転校してからのアラシの落ち込みようってなかったんだぜ」

「え? そうなのか、アラシ?」


思わぬ言葉だったのか大きな衝撃を受けている様子だ。


「ま、まね。うちの親を含めて皆ボクのこと女として見るでしょ? なんだか息抜きできるところがなくなっちゃってさ・・・でも、こうして今は美咲もそばに付いていてくれるから大丈夫」

「そうだったのか・・・アラシにきつい思いさせてしまったな」

「そのことはもういいよ。ところで、カッチャんはどうしてこのモールに?」

「ああ、明日の決勝ラウンドを観戦する前に、フロリダで流行はやりのパターがあるって聞いたから見ておこうと思って」

「へえ・・・クラブなんかどれも同じだって言っていたカッチャんが、新しい道具ギアを研究するようになったんだ」

「そ、そりゃあ俺だってアメリカでしっかり競技ゴルフやるようになったからな」

「ま、それはともかく明日の決勝ラウンドはアラシの組についてしっかり応援させてもらうよ」

「カッちゃんが見ていてくれるんだったら、いいとこ見せないとね」






ところがどっこい翌日は快晴の素晴らしいゴルフ日和となったが、ボクのショットは思うように決まらずパットでどうにか拾いまくる我慢のゴルフになってしまった。そしてスタートしたときのスコアの4アンダーのまま上がり3ホールを迎えた。


「しっかし参っちゃうよなあ。女のくせにあんなにパワーがあるなんて」


と言いながらボクは、同伴競技者のビッグドライブを目で追いつつ口を尖がらせる。


「アラシ。この際性別は関係ない、問題はあの大きさの方だ。身長185センチはあるだろ? それに腕の太さときたらオマエの倍はあるぞ。はじめから張り合おうっていうのが無理なんだよ。アラシにはアラシの武器があるんじゃないのか? オマエ、リケジョなんだろ?」


ボクがあおられっ放しでナーバスになっているのを見て、美咲が穏やかに言った。


「リケ女違う! でも・・・ボク、力んじゃっていた?」

「ああ。ずっとな」

「ふっ」


ボクはひとつ小さく息を吐くと、ティーペグの上に低めにボールを置いた。


「ゴルフは力じゃないんだった。飛距離はスイングスピードじゃなくって、ヘッドスピード次第なんだから。忘れていたけどボク、理系なんだ! ゴルフは科学だ!」


と、呟きボクは目いっぱい体をひねりながらトップポジションまでクラブを引き上げて、次の瞬間一気に振り下ろした。力まず溜めのあるコンパクトなスイングになった。


≪スパーーーーーーーーーーーーンッ≫


低めに打ち出された球は途中からホップしてぐんぐん伸びていく。


≪Wow!≫

≪Big drive!≫

≪Super Shot!≫


ギャラリーからいっせいに歓声が上がった。そして、先に打ったふたりの女子プロの球の先で停止した。


「いいショットだ! アラシ。どうやら吹っ切れたようだな! グッドアドバイス、桜田さん!」


ギャラリーから日本語が聞こえた。振り返るとカッちゃんが日焼けした顔に真っ白な歯を見せて笑っていた。


「カッちゃんが観ていると思うと力んじゃってさ。残り3ホール、ここからいい所見せるよ!」

「ああ、期待している!」


ボクは宣言通りセカンドショットをピンそば1メートルに寄せて16番は楽々バーディー、17番ショートはパー、18番ロングホールは第2打でグリーンを捉えてイーグルチャンスにつけた。


「アラシ、これを入れれば7アンダーで一気に8位タイだ」


旗竿を小脇に抱えた美咲が、ボクの後ろでいっしょにラインを読みながら小さく呟く。


「美咲。わざとだろ?」


ボクは、振り返らずラインを見ながら尋ねる。


「ん? なにが」

「そうやって、わざとプレッシャーかけたりして」


ラインを見つめるふたりの口元がゆるむ。


「ふふふ」

「あはは」

「先に力んどけば本番には力が抜けるって言うからな。さっきからオマエ、集中し過ぎだぞ」

「ありがとう。やっぱ美咲がキャディやってくれていてよかったよ」

「オレもアラシに付いていてよかったぜ」

「さてと残り5メートル・・・上りのスライスライン・・・見えた」


ボクは慎重にスタンスをとると、パターのヘッドで方向を出してイーグルパットを打った。


≪カッコーン♪≫

≪Wow!≫


小気味いい音とともにギャラリーから歓声があがった。ボクは満面の笑みを浮かべながら手を上げてそれに応える。

ボクは、アメリカの女子ゴルフトーナメント初参戦で8位に入り、見事ベストアマチュアを獲得した。






「アラシ君。上がり3ホールで3つ縮めたことから、こっちのゴルフ専門家たちの評価が上がっているよ」

「スポーツチャンネル以外のテレビでも取り上げているみたい」

「そりゃあそうだろ。アラシ君はただでさえ目立つんだ。放送局が中継に力を入れる16番に入ったところからガンガン攻めだして、トーナメントNo.1ビューティーがスコアを伸ばしてきたとなれば目が離せないさ」

「それまで鳴かず飛ばずのパープレーだったのが嘘のようだったもんな、アラシ」


その晩、今回の海外遠征2試合の基地として借りているヴィラの中庭で“チーム・アラシ”のメンバーが祝勝会をやってくれている。8位だからいいって言ったのだけど「ベストアマチュアはプロ以外では1位のことなのだから」と祝ってくれている。チームのメンバーはボクの世界デビュー戦が上手くいったので祝杯をあげたかったみたいだ。ボクはまだ未成年だから飲めないけれど、陰になり日向になりいつもボクをサポートしてくれている人たちがこんなに喜んでくれているのかと思うと、こちらまで嬉しくなる。


「ところでさ、ずっとついて歩いていた日本人の男の子は知り合いなのかい?」

「あ、え、えっと」

「アラシ、照れてやんの。彼はアラシの高校時代の親友で、現在はこっちの大学に居るんだそうです」

「ふうん。精悍せいかんでいい体つきしていたけど、何かスポーツやっているのかな?」

「あ、え、えっと」

「いいって。オレが答えてやるから。ゴルフですよ」

「あはは。いつもながら美咲君とアラシ君はいいコンビだな」

「そうそう、来週の“World University Open Golf 2007”にも出場するって言ってました」

「ほう、それは凄い。全米予選を勝ち抜いてきたのか。それはなかなかのゴルファーだよ」

「で、アラシ君はその彼のことが好きなのかい?」

「うっ ゲホッ」

「もちろんそうですよ。いつもボクは男だあ男だあ、って突っ張っているアラシの瞳がハートになってましたもん」

「それはそれは!」

「ごちそうさま!」

≪あははははは≫


こうして楽しい夜は更けていった。






翌朝、ボクたちのヴィラの車寄せに車が1台乗りつけた。


≪ゴクッ・・・≫


ボクが玄関ホールに入っていくと生唾を呑みこむ音が響く。


「おはよう、カッちゃん」

「あ、おは・・・おはよう」

「ボク、なにか変・・・かな?」

「と、とんでもない! アラシ・・・とっても綺麗だ」

「ありがとう。あの、夕べはパーティーだったんだけど、カッちゃんが車で案内してくれるって話をしたらそれは絶対ドライブデートだからって盛り上がっちゃって、こんなことに・・・」

「オレから説明するよ」


そこに美咲が出てきた。


「佐久間君。実はこれってパーティーの罰ゲームなんだ。アラシには負けたからぜんぜん選択権がなくって、オレたちチーム・アラシのメンバーで着ていくものからバッグやアクセサリーまで選んだってわけ。どうだい似合っているだろ?」

「ええ、とっても」


カッちゃんは、ボクの抜けるように白い肌が眩しいのか目をパチパチやっている。

衣装カーゴの中にあった中からチームが頭をひねって選んでくれたのは、胸元が大きく開いたノースリーブのサマードレスに編み上げのハイヒールサンダル、つば広の帽子とお揃いの麦わらポシェット。胸元と耳を飾るのはターコイズブルーのアクセサリー。夏らしく白基調で揃えられている。いずれも“princess ran”のラインナップだ。


「アラシはキミの前ではすっかり魔法がかかって乙女になるみたいだから、無理矢理こういう恰好をさせといたってわけ。しっかりエスコートしてあげてな」

「はい。では晩までお預かりします。ええ、危ないことは決してさせませんので」

「さあ、行っといで。アラシ」


と言うと、美咲はボクの背中をポンとカッちゃんの腕の中に押し出した。




「さあて、見えてきた。ここだよ」


ヴィラを出てから高速道路インターステイツを走ること小1時間で目的地に着いた。

車窓からは大きなヨーロッパの城が見え、広大な敷地には様々に趣向をこらした建造物が楽しげに点在している。


「あれって・・・カッちゃん。あの約束、まだ覚えていてくれたんだね」

「そりゃあな」


ボクは高校2年最後の春休みに、サンフランシスコに転校する前のカッちゃんと最後にデートしたときのことを思い出していた。

あの時、カッちゃんはボクを浦安のテーマパークに連れて行こうと思ったのだが、ボクがマスコミに追いまわされていたため駄目だった。その代りボクがアメリカに訪ねていく機会があったら本場のテーマパークに連れて行くと約束してくれたのだ。


「じゃあ、今日はあの続きだね。ボク、今日は一日女の子モードになる」

「・・・迎えに行ってアラシの姿を見た時からそのつもりだった」

「そっか。カッちゃんは切り替える必要ないんだ。それじゃあボクがモード変更。テクマクマヤコン♪テクマクマヤコン♪ はい、できた。ここからは女の子。よろしくね」

「ああ、任せてくれ」


それからボクたちは、フロリダ半島中央部の大湿原地帯に作られた巨大なテーマパークの中を日が落ちるまで遊びまわった。

浦安のテーマパークとコンセプトやテーマはいっしょだけど、さすが本家だけあって規模が違った。1日かけてもひとつのテーマパークしか回りきれなかった。こんなのがこの系列だけでも4つあるのだ。さらには映画会社のテーマパークが2つ、水族館テーマパークが3つに水遊びできるウォーターパークが多数。何日も滞在しないと絶対全ては体験できないことだけは実感した。


そうそうサプライズがあったのだ。カッちゃんが予め予約しておいてくれたパーク内にあるイタリアンレストランのテラス席で夕食を食べていると、腕時計を見て急にカッちゃんがソワソワしはじめた。


「俺にはまだアラシを迎えに行く資格はない。でも、気持ちはあの時からまったく揺らいでいない。俺からのプレゼントだ、受け取ってくれアラシ」


カッちゃんがそう言った瞬間、目の前の城を背景に花火がパッと花を咲かせた。夜空と城を囲む池の水面と二重に咲いた大輪の花。


≪Hew~trrrrrrrrr Boom! Boom! Boom!≫


少し遅れて破裂音が響く。あまりの美しさにボクは言葉も忘れていたが、急に今日一日やると決めていたことを思い出した。


「ありがとう、カッちゃん! あのときの誓いの言葉、いまだって忘れていないよ」

≪smack♪≫


ボクがテーブル越しに寄せた顔を放してカッちゃんを覗き込むと、両目を大きく見開いたまま真っ赤になっている。これがボクとカッちゃんのセカンドキッスだった。






「アラシ、昨日はしっかり乙女やってきたか?」


翌朝着替えを終えて寝室からリビングに出ていくと、いきなり声をかけられた。じっと探るように美咲がボクを見ている。


「う、うん」

「ふふん、その様子じゃまだキスどまりだな」

「ば、バカなこと言わないでよ! ボクとカッちゃんはそういう関係じゃないんだから・・・」

「バレバレだぞ。真っ赤になっちゃって。オマエ、ほんと可愛いな」


こんな感じでボクは朝からチーム・アラシ全員にひやかされっ放しだった。

午前中の軽いジョギングと基礎トレを終えると、ランチを兼ねて今週の試合に向けたミーティングが行われた。チーム・ディレクターの菅井さんが進行していく。


「優勝候補はラリー・レイノルズ・ジュニアだ。全米でも10年にひとりの逸材と言われている。それがアラシ君と予選ラウンドでは同組に決まったんだ」

「え?」

「まあ、大会としては話題のふたりを組ませて注目させたいんだろうね。アラシ君の気持ちはともかくとしてチーム・アラシとしては大歓迎だよ」


広告代理店で長年スポーツマーケティングを担当しているだけに、菅井さんは話題性には敏感だ。


ラリー・レイノルズJr.は、往年の名選手ラリー・レイノルズの息子でボクと同じ18歳の大学1年だ。ジュニア時代からメキメキ頭角をあらわし、既にいくつか世界タイトルも手にしている逸材だが、そんなことよりハリウッド映画の女優である母親ゆずりの甘いマスクで女性たちから騒がれている。言うなればサラブレット。ゴルフ界きってのエスタブリッシュメントなのだそうだ。ま、ボクには関係ないけど。


「予選はスリーサムでしたよね、もうひとりは?」

「アレックス・ヴァンダイク。オランダ系アメリカ人。ほほう、出場選手中一番の飛ばし屋みたいだ。身長195センチで体重は100キロあるぞ」

「アラシの倍以上だな。ゴルフは体重別で階級分けしてないからなあ。オマエ大丈夫か?」

「べつに取っ組み合いをするわけじゃないんだから。それにそこまで体格に差があると、はじめっから張り合っても無駄だと思えてくるよ、美咲」

「そりゃそうだ。アラシにはアラシの武器があるもんな」

「うん」


と言うことで、予選2日間同伴するプレーヤーの様子が分かった。明日からのコース下見に備えてボクたちは、コースレイアウトと近辺の詳細な地形図も確認する。大会期間中に着るウェアについても議題にあがった。


「男子大会だけにアラシ君が注目されるのは間違いないし、やっぱり可愛い系がいいんじゃない?」


ヘアメイクと衣装係をやってくれているコンピタンスポーツ社員の島野彩さんが言う。


「いやあ、それはどうだろうか。ただ一人の女性キャラなんだから孤高の美、そばに寄せ付けない高嶺の花路線で行くべきじゃないか?」

「とは言ってもアラシ君はキャラクターがキュートですし」

「あ、あの・・・」

「ん?」

「アラシ、言いにくいんだろ? 代わりに言ってやるよ」

「美咲君、なにかな?」

「アラシはこの試合、どうしても男の気持ちで戦いたいんですって」

「え?」

「だから見た目も男の恰好をしたいんですよ、だろ? アラシ」

「うん」

「男の恰好って言われてもな。何か日本から持ってきているかい、彩ちゃん?」

「いいえ。見た限りはなかったですよ・・・あるとしたらキュロットくらいかな」

「だもんで、アラシは自分で探してきたんですよ。見てもらえよ、アラシ」


ボクは、部屋から4日分4着のゴルフウェアを出してきた。


「なるほど、すべてスラックスってわけだ。レディスだけど黒ベースで装飾なしか」

「はい・・・ボクの体型に合うのってこれくらいしかなくって」

「おや? ブランドロゴがどれにも付いてないね?」

「・・・自分で外しました」

「あはは、アラシ君は私たちのチェックするポイントをよくご存知だ。だったらいいよね?」


ボクのゴルフウェアはすべてコンピタンスポーツが提供してくれているのだ。だからその社員である島野さんに尋ねた。


「なかなかいいセンスですよ、これ。グレースケールですべてコーディネートするなんてマイフェアレディのロイヤルアスコット競馬場のシーンみたい。アラシ君が着たら相当評判になるんじゃないかな。よし東京に連絡してこのコンセプトのウェアも企画してもらおっと」

「じゃあ構わないね? ならばこれでいくことにしよう。うちのチームが優先すべきはアラシ君が戦いやすいかどうかですよ」


と言うことで競技するときのウェアも無事ボクの希望がかなった。






そして大会当日を迎えた。

7215ヤード、パー72。TPCイーグルピークは難攻不落のスタジアムコースだ。距離も長いが、絶妙に配置された池と小川によって球の落としどころの難しさが際立っている。すでにボクも下見の段階で嫌と言うほど思い知らされていた。


『“それでは第5組の選手をご紹介します。ラリー・レイノルズJr.君! スタンフォード大学1年”』

≪パチパチパチパチ≫


『“アレックス・ヴァンダイク君! ネバダ州立大学3年”』

≪パチパチパチパチ≫


『“そして日本から参加のキリュウアラシ君! 麗慶大学1年”』

≪パチパチパチパチ≫

≪ヒュ~ヒュ~♪≫


ボクは陽気な歓声に、帽子のひさしをちょっと摘まんで会釈する。


『君は英語が話せるのかい?』

「えっと・・・『少しなら』」


レイノルズJr.に尋ねられたのでボクは英語で答える。


『そいつは助かる。英語ができない東洋人が多いからね』

『移民でも旅行でも、東洋系の連中は仲間内でひと塊りになってツルんでやがるから英語なんか必要ねえのさ』


とヴァンダイクが鼻で笑うように言った。


『それにしても、君のような子とフルバックでいっしょにプレーすることになるとは思わなかったよ』


レイノルズJr.がじっとボクを見つめながら言う。


『何か問題ですか?』

『いや。ただ・・・』

『体つきといい、その肌といい長い髪といい、どうみたって女じゃねえか』


ヴァンダイクがボクを見下ろしながら言った。


『入国審査で通過したパスポートは男性でしたけどね』

『はははは! 自由の国アメリカへようこそ! 合衆国政府も公認というわけだ。ヴァンダイク君一本とられたな』


レイノルズJr.が思いっきり高笑いをしてみせたのでヴァンダイクは不快そうな顔をして言った。


『ま、せいぜい俺たちの邪魔にならないようにな』


こうして最初から波乱含みでボクの海外遠征第2試合は始まったのだった。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ