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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
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飲み会の翌日

 翌日、いつものようにオレは正人を連れて公園へ行く。玄関脇には段ボール箱にお砂場用おもちゃの袋が置いてある。それを忘れずに手にした。

 最近、正人はまず公園につくと空いているブランコへ突進する。そして英語で五十回数えたら滑り台へ、そして気がすむまで滑ったら、砂場へ直行というコースを辿っている。

 

 英語のカウントは、オレが数える後について正人が言う。毎日だから、いつのまにか覚えていて、他にも一緒にカウントをする子供も現れた。

 子供は本当に覚えが早い。特に興味を持つと乾いたスポンジに水を含むように、どんどん吸収していく。さらに正人は目についたものを次から次へと英語でなんていうのか質問してきた。オレはその度にスマホで調べ、その発音を聞いて、忠実にそれを伝えてやった。カタカナ英語に慣れてしまうと後で苦労するってこと、聞いたことがあったからだ。


 将来、英語が身についた正人は外国へいくかもしれない。そして美女を連れて帰ってくるかもしれないのだ。オレとしてはさらに楽しみが増える。

 オレがニヤニヤしながらそんなことを考えている間、正人は順調に滑り台へ。そして砂場へと行った。


「今日はなんだろう」

 そういうと、正人がにっこり笑った。

「ヘビ、おっきなヘビだよ」

 オレにはすぐにわかった。夕べ見たアニメに大蛇が出てくるんだ。その大蛇を作るんだと思う。正人は真剣な顔で砂を掘り、盛り上げて固めている。大体の基本はもう教えてあるから、後は正人の想像力。

 オレはそんな正人の表情や様子をスマホで写真を撮った。後で涼子の見せるから。こういうことで正人の成長を共有できる。


「お砂場キングさんはもうご隠居さんなんですね」

 そのかわいらしいのんびりとした声に振り向いた。

 中野の奥さん、翔子ちゃんだ。

「夕べはうちのがお世話になりました。とっても楽しかったみたいですよ。あんなにリラックスした顔、久しぶりに見ました。それに私もお邪魔しちゃって、ありがとうございました」

「ああ、いえ。こちらこそ。涼子も楽しかったって言ってました」


 翔子ちゃんがそのニコニコ顔を少し曇らせる。

「聞いてます? うちのこと」

「へっ」

 オレはすぐにいろいろと頭に浮かぶが、知らないことにしておいた方がいいだろう。

「なんでしょうか」


「私、あの人が何を考えているのか全然わからないんです」

「まあ、そりゃあ、お互いさまでしょう。人の考えが手に取るようにわかっても気味が悪いし、ましては男と女は考えかたが違いますから」

 一般論だ。

 翔子ちゃんがオレを意味ありげに見た。

「あのこと、私と主人が入れ替わったこと、ご存じなんでしょう。そして主人があれから私のことを避けていることも」

「あ、はい」

 ここで嘘はつけないから、ついそう返事していた。


「井上さんがうらやましい。奥さん、入れ替わって旦那さんのこと、すごくよく分かったって言ってました。荒療治だけど、旦那さんも少しづつわかってくれているって。私もそうなりたくてみがわり地蔵を借りたんです。でも普通の生活の中で、私と主人が入れ替わることは無理なんです。デザインとか仕事のこと、全然わからないし。だから思い切って・・・・・・」


 そうか。だからハワイだった。

 誰も二人のことを知らない土地なら入れ替われる。けど、うまくいかなかったんだ。ただ、入れ替わるだけなら意味はない。お互いの苦労を知るならば、いつも生活をしている場にいないと無理なんだとわかる。

 そんなことなら、初めから入れ替わる必要はない。お互い腹をわって考えていることをぶちまければいいだけのこと。けど、それが簡単にできないから、みんな悩んでいるんだろう。


「井上さん。お願いします。主人の力になってやってください。この子のことはすごくかわいがってくれるんです。けど、私のことは完全に避けてる。もう嫌いになったのかもしれない。けど、私は主人と別れたくない。あんな人、初めてだったんです。あの人と別れたら・・・・・・」


 別れる? そんなことまで考えていたのか。そこまで追い詰められていたんだ。

 けど、今のオレには何って言っていいかわからない。中野が翔子ちゃんを避けていることは明白だったからだ。中野を変えさせればいいのか、それとも翔子ちゃんを?


「思い切って、またあの地蔵を使おうと思ったんです。けど、あの易者さん、どこにもいないんです。私、何度も行ったんですけど見つけられなかった。お引越しでもしたんでしょうか。なにか聞いてます?」

「え、いや。さあ、わかりません」


 翔子ちゃんは、まあいいんですけど、とつぶやいて寂しそうに笑う。

「私、たぶん、井上さんの奥さんにだったらいろいろな私の本音、話せると思います。いつか聞いていただきたいな。そうお伝えください」

 意味ありげな言葉だった。まるで男の身でいるオレには話せないけど、オレが涼子と入れ替われば話せるっていう感じにもとれた。

「じゃあ、また。奥さんによろしくお伝えください。またお邪魔させていただきたいって」

「はい、伝えておきます」


 公園で遊んだあと、オレは正人と一緒にスーパーへ行って買い物をしていた。

 そこで再び翔子ちゃんと会った。向こうも公園の後は買い物コースだったらしい。オレがキュウリを物色していると目を見開いた翔子ちゃんがいた。

 翔子ちゃんの買い物を見ると見事に温めればいいお惣菜数種、レトルト食品、冷凍食品が多い。

 向こうもオレの買い物かごを覗く。レタス、キュウリ、トマト、大根、ごぼうなどが入っている。


「へえ、すごい。ちゃんとお料理しているんですね。それとも奥さんに頼まれた買い物でしょうか」

「それもあります。でも今日はオレが作ろうと思っています。野菜サラダにカブの漬物にしようと思って」


「私、料理とか下手なんです。ちゃんと考えて買い物をすればお金も浮くし、健康にもいいって思うんですけど、そういうところが欠けてるんでしょうね。目につくものを買う衝動が抑えられないんです」

 しっかりしている女性に見えるけど、そういうところがあるんだな。


「カブはどう調理されるんですか」

「調理はしません。薄くスライスして、寿司酢に漬けこむだけですよ。それで翌日にはあっさりした漬物になります」

「それだけで?」


「はい、葉っぱもおいしいです。でも今日は油いためにして濃いめの甘辛にするつもりです。それを卵かけごはんのタレがわりに混ぜると最高っす」

「うん、最高っす」

 正人がオレの真似をした。翔子がにっこり笑う。

「そう、いいこと聞いた。私も早速やってみます。それならできそう」


 翔子もカブの入った袋を手にしていた。そして正人を見ていう。

「正人君、いいわね。毎日、お父さんと一緒で楽しいでしょ」

「うんっ」

 正人のいい返事。これはオレもうれしかった。


 家へ帰り、涼子に中野の奥さんのことを話した。

「涼子に相談したいみたいな口調だったぞ」

 寝室で、涼子が清乃におっぱいをあげていた。


「ねえ、それって本当に私に相談したいって言ったの?」

「えっ」

 どういう意味だ。


「私達は、子供のことは話すけど、旦那さんのことはあまり話したこと、ないの。どうして私なのかな」

「そうなのか」


「うん、旦那さんが何を考えているかわからない。あの人の身になって考えたいけどそんなことできないし、そもそも公園なんかで相談なんてできない」

 よく考えるとごもっともな意見。子供を遊ばせながら、周りにも誰がいるかわからないところでそんな家庭の事情を誰かに打ち明けて相談するなんてこと、無理。それはオレがよく知っている。



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