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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
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女子会と男子会3

 再び、厳しい中野の言葉がすぐさま一刀両断の裁きを下していた。

「一番やっちゃいけないのが、自分が好きだから奥さんも好きだろうという憶測で、物を買い、プレゼントすることです」

「え、まじで?」

 今度はオレが中野の厳しいお言葉を頂戴していた。


「つきあっている頃、二人でよく行った映画とか、場所なんかありますよね。それが奥さんのお勧めの映画や場所ならいいんです。けれど、こっちが一方的に誘い、楽しんだことは、奥さんも同じように楽しんでいたかというと必ずしもそうではないことが多いんです」


「えっ、だって、すごく面白かったって言ったし、山へ連れて行ったときも一度こういうところに来てみたかったって・・・・ええっ」

 松田にはビシバシと思い当たることがあるようだ。

 オレの場合、アウトドアは涼子に合せて出かけていたから、問題はないだろう。けれど、映画は殆どがオレの好みだったと言える。いやだと言わなかった、イコール、好みだったと解釈していた。違ったのか。

「ほとんどの結婚前の女性は、男性の好みに合わせてくれていたんです。そう思っていていいでしょう。つきあっていた頃は一緒に見たけれど、結婚した途端、一緒に見に行かなくなったジャンル、ありませんか?」


 ある。ばかばかしいほどのコメディ映画には行かなくなった。それまでは一緒に行ってくれたのに、その上映時間と同じ他の映画を別々に見ることもあった。オレは自分の見たい物が見られた満足感に浸っていたから、隣に涼子がいようといまいとそれ程気にすることはなかった。そうか。あれは興味がなかったのか。今やっとそれがわかった。


 オレも松田のことを笑ってはいられない立場だった。危ない。

「昔一緒に見て大笑いした映画を買おうとしたんです。やめておいた方がよさそうですね」

「はい。夫が簡単に考える、好きだろうとか、喜ぶだろうというという予想はたぶん、外れていると考えた方がいいと思います。奥さんに贈るなら、今、ネット上で売り出されている品物を見て、勉強した方がいい」


「それを見れば、わかるんですか」

「そうですね、大体は、一般的な女性が贈られてうれしい物がずらりと並んでいますから。その中から奥さんの好みに合わせて選べばいいでしょう。もし、わからなかったら、値段があまり高くない物を複数贈ります。花とスイーツ系、そしてちょっとおしゃれな店でのランチか、ディナーへ行くっていうのもいいと思います」


「へえ、なるほど」

「でも、その時の奥さんの表情をよく見ているんですよ。花に満足しているかどうか。そして、言葉を添えます。もう少し大きいブーケもあったけど、こっちの方が君らしくてかわいかったんだとか言ったら百点でしょう」


「ええ、そんな甘い言葉つき?」

 いや、オレには無理だ。いきなりそんなことを言ったら、誰の受け売り?と大笑いされるだろう。

「そうです。贈って贈りっぱなしじゃだめです。アフターフォローをしないといけません。スイーツも苺とチョコレート、どっちにしようか迷ったけど、大人の味のビターチョコレートの方が君が喜んでくれるかって思ったとか」


「もし、妻がイチゴの方がよかったって言ったら?」

「それは次回、それを選べばいいんです。重要なのは奥さんのことをちゃんと考えて、品物を選んだっていうことにある。好みからすればいろいろ言いたいことはあるでしょうが、イチゴ味でもビターでもどっちでも構わないと思いませんか?」


 確かにそうだ。そういう選択はどっちでもいい。

「そして日頃の感謝を込めて、評判のいいレストランを予約しておきます。母の日の当日は絶対に予約が取れないようなところに入れておくと奥さんの感動がひろがります」

 ああ、もう今週末だ。そのレストランの予約はもう無理だろうと思った。


「でも、もう夫婦を何年もやっている家庭でしたら、直接奥さんにどうしたいか、何が欲しいか、訊ねればいいだけのことです。奥さんは、こっちの懐もよくわかっていますから、とんでもないことは言ってきません。大体がちょっとは遠慮して、これが欲しいって言ってくるので、それプラス、花なんかを添えればいいでしょう」


 今回の男子会では、圧倒的に中野が主導権を握り、典型的な夫を代表するオレと松田の敗北に終わった。しかし、中野がこんなに女性の心をわかっているとは知らなかった。それなのに、なんで奥さんの心が読めないんだろう。不思議でしょうがない。

 ふと気づく。男ってものは、案外単純で、その殆どの人が平均的な行動をするのだろう。けれど、女性は、その育った環境などで考えや行動が変わるのかもしれない。それだけ繊細で、敏感なんだろうと。


「あ、明日、早く家を出なきゃ、もうそろそろ、いいですか?」

 松田が時計を気にし始めた。もう十一時になる。


 居酒屋を出た。そのままオレの部屋へくる。それぞれの奥さんと子供を迎えにきていた。


 オレ達の三十代って、なんて多忙なんだろうと実感していた。

 ティーンエイジャーの時は自分のことだけを考えて生きていた。学校が世の中のすべてで、その狭いところで繰り広げられるドラマに左右されていた。


 卒業したらしたで、いきなり社会に放りだされ、父親と同じような年齢の人たちとうまくやっていかなければならない。仕事を覚えるよりも大変なのは、その上下関係などの人間関係だった。

 それでもなんとかして、会社に溶け込み、やっと好きな人と結婚した。けど、今度は家庭もうまくやっていかなければならない。そして子育て。

 すべてがこの年代に集中している。三十までに人間としての常識、考えを深めておけば、この大きな人生の山場がらくらく乗り越えられるのかもしれない。けど、それができなくて苦しい思いをしている人も多い。

 人とは、こうやって自分にはないところ、自分では絶対に気づかないところを他の人から教えてもらって補っていくのかもしれないな。


 松田が留美ちゃんを抱っこして、気の強い奥さんがニコニコ顔で帰っていった。その顔で、こちらの女子会もかなりたのしかったとわかる。どうせ、オレ達の悪口を言ってたんだろうけどな。

 中野の翔子ちゃんも爽やかな笑顔で帰っていった。


 涼子が使ったグラスを洗っている。

「楽しかったか?」 

 そういうと、もちろんでしょ、という返事。

「そっちはどうだったの?」

「こっちも楽しかったっていうか、参考になった」


「参考? なに、それ」

「中野さんが母の日のプレゼントのことで、オレ達は女心がわかっていないって教えてくれたんだ。あの、ぼうっとしている中野さんが女性のことをよく把握していて、あの、社交的な松田さんがカクレ天然キャラで毎年奥さんに返品されてるってわかって、おもしろかった」

 松田の行動に、オレもかなり近かったことは伏せておく。


 涼子は松田のことに心当たりがあるのだろう。声をたてて笑った。やはり、妻たちは自分の夫の不平不満を言い合っているらしい。

「そうよね。楽しいわね」


「楽しい? そりゃ涼子たちはどうせオレ達の悪口オンパレードだったんだろう。日頃の行動の気になるところとか」

「うん、そうね。悪口を言う時もある。でも誰かが旦那さんのことを言う時って、その人だけじゃなく、うちも同じっていうと、ほとんどの人がそれで満足するの。ああ、うちだけじゃなかった。なんだ、それほど大きな問題じゃなかったんだって気づく」


「おいおい、だからってオレのこといろいろ言うなよ」

「もちろん、そのことに賛同できることをちょこっと言うだけ。あからさまに全部は言わない。だって、家のことなんだから。あまりにも深刻なことには口出ししないようにしているし」

 涼子が皿を洗い、まだグラスを洗おうと手を伸ばしていた。それを見てオレはすっくと立ち上がり、涼子の手からスポンジを取り上げる。


「もういい。後はオレが片づける。涼子はもう寝ろ。どうせ、夜中に起こされるんだろう」

 清乃のおっぱいの間隔はあいてきたが、まだ夜一度は起きる。

 オレはさっさとグラスを洗い、ごみをまとめる。


「ありがと」

「うん、いい。もう寝ろ」


「本当にありがとう」

 涼子の声にかなり強い感謝の気持ちが込められていると感じ、振り向いた。

 涼子がオレに抱きついてきた。ゴミ袋から手を放し、腕だけで涼子を受け止める。手だけはごみを触っていたから宙を浮いている。

「こうして一緒に子育てしてくれる人がいて、本当に心強いよ」


 そのお言葉は、育休をとっているオレへの賛辞だろう。

「けど、失敗もすんげえしてる。そんな子育てでいいのか?」

 涼子はオレの顔を覗き込む。

「この世の中に、完璧に子育てしている人なんているの? その完璧ってなに? それが子供に必要なこと? 違うでしょ」


「え、違うのか」

 オレは子供に見せる親の姿として、完璧にあるべき、すごい大人であるべきだと考えている。だから、毎日自己嫌悪に陥るのだ。


「親と子供だけど、その間には人間と人間っていう関係も存在する。人間は完璧じゃないからこの世に生まれてくるのよ。それを誰かと係わって教えてもらったり、諭してもらい、誰かの失敗を目にして教訓にしたりして学ぶの」

「へえ」

 そんなこと、なんて返事をしていいかわからない。けど、人間は完璧じゃないのが当たり前なら、それは気が楽になる。

「厳格で完璧な親に育てられた子供は、たぶん毎日ものすごいプレッシャーに悩まされると思う。そしてそういう親も自分と同じように完璧であれと、子供の求めるでしょ」

「ああ、そりゃあ、地獄だ」


「そうかといって、すべてがちゃらんぽらんでいいわけでもない。人間は一応完璧を求めて努力して、その姿勢を子供に見せればいいと思わない? 家族ってそれを一緒にやっていく、一緒に悩み、怒って、笑うそんな学びの場所」

 それって、以前にもオレにはいいところはないけど、そこがいいって言われたことがあった。思い出していた。


「あなたが毎日が失敗ばかりっていうけど、正人もそんなあなたを見て、一緒に学んでいると思うの。失敗しても起き上がって次には頑張ろうっていうそういう姿勢を見せてくれているのよ」

「二人で涼子に叱られることもあるけどな」

 風呂掃除のことを言っていた。

「いいじゃない。一人で叱られるより、二人の方が二分されて。それに同じことで叱られるってことは、同じ釜の飯を食う同士って感じでしょ。もっとお互いが親密になる感じしない? 自分の子供が自分の選んだ好きな人を参考にしているって大事だと思う」


 えっ、なにげなく涼子がオレのこと、好きな人って言ったのか。だから結婚したんだけど、久々にそういうことを言われるとうれしいというか、恥ずかしい。


 さらに涼子が、何かを待っていた。

 オレの腕の中でじっとみつめてきていた。あ、キスか。ここでキスシーン。やっとそんなことに気づいたオレだった。


 ゴミ袋が足元に置いてある色気のない台所で、オレ達はくちびるを重ねたのだった。


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