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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
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土曜日の公園から待望の日曜日

「あらあ、残念。あんなにすごいの、壊しちゃいましたね」


 砂場に巨大なジョーズを作った。正人がそれを壊すと、他の子供たちも集まって一緒に砂のジョーズを壊していた。皆、楽しそうだった。本来、子供はそういう事が大好きなのだ。

 しかし、それとは裏腹に、見ていた大人たちは実に残念そうな顔をし、ため息交じりで何か言っている。その写真を撮る前に壊していたからだろう。


 オレが作ったものだ。それに対して何か言われる筋合いはない。集まっていた人たちは諦めて散らばっていた。帰る家族もいれば、他の遊具に移る子供たちの後を追って行く。


 そんな時、オレにそう声をかけてきたのは、かわいらしい赤ちゃんを連れた小柄の女性だった。人懐っこい笑顔、子供を連れていなければ、女子大生だと思うところだ。


「評判を聞いてきたんです。凄かった、あのジョーズ。もうお作りにならないんですか」

「あ、はい。ここは子供たちの遊び場ですから・・・・」

 その評判とやらが重荷なんです、と言いそうになる。


「じゃ、また、気が向いたら、またなにか作ってくださいね。お願いします」

 その女性はにっこり笑ってベビーカーを押し、去っていった。オレは曖昧な笑顔を向けただけだった。


「あの人が中野さんの奥さんです」

 松田が、その後姿を目で追っていたオレにそう教えてくれた。

「えっ、あの人が中野さんの・・・・」

 驚きだった。


「ずいぶん若い奥さんなんですね」

 中野はオレとほとんど変わらない。しかし、松田は笑って否定した。

「若く見えますが、あの人、確か僕たちよりも年上です。中野さんより三つ、上って言ってたかな」

 オレは絶句していた。

 確かに赤ちゃんを連れているから化粧もそれほどしていない。しかし、その舌ったらずの口調と言い、首を傾げて笑うその仕草といい、とても三十を超えた女性には見えなかった。


 中野は、あの奥さんを翔子ちゃんと呼び、「翔子ちゃんにホテルに連れ込まれた」とか「翔子ちゃんに襲われた」と言ったのだ。

 う~ん、女は魔性。その姿からは想像できない、予想もつかないことをする。オレにはあの人が中野にそんなことをするようには見えなかった。


「あ~あ、まさか、写真を撮る前に壊してしまうとは思っていなかったな。作っている途中を撮っておけばよかった」

 松田がブツブツ言っていた。

「しかし、見事でしたよ。あのジョーズ。留美に教えてやったんです。あの鮫の意味を。そしたら、今日、あの昔の映画を見たいって言いだして。ちょっとあれは刺激的だからな」

「あ、あれは留美ちゃんにはまだ、早いでしょうね」


 松田はやっぱりね、と言っていた。あれは面白いが、小さな子供が見る映画じゃない。 

 松田たちはそのまま遊園地へ行くと言って、公園を出て行った。


 公園での恒例イベントも終わり、正人も充分遊んだので、オレ達もいつものように買い物をして帰った。正人がオレンジを買いたいと言うので、食べごろの物を四つ買った。

 そのまま食べてもいいが、今日はちょっと手をかけようと思う。

「ジュースにしようか」


「ジュース?」

 正人がいろいろ考えていることがわかった。正人にとってのジュースは、店で売られている缶や瓶に入った甘い飲み物のイメージ。そもそもジュースは百パーセントの果汁のこと。


 手で搾ろうかと思ったが、ジューサーミキサーに皮をむいたオレンジを入れた。この機械がいろいろなジュースを作り出してくれることを教えたかった。それにバナナを入れてもいいが、今日はオレンジだけでやってみようと思う。スイッチ一つですぐに出来上がる。正人はその中を食い入るように見つめていった。その出来上がったジュースを涼し気なグラスに入れて、アイスクリームをのせた。喫茶店のように、細長いスプーンとストローを添える。

「わあ~」

 好奇心いっぱいの顔に、笑顔の花が咲く。正人は、オレにこんなものが作れるのかと、かなり見直したらしい。

 オレもオレンジ・フロートを口にした。我ながら上出来だと思う。


「ねえ、パパ。もし、イチゴを入れたらイチゴジュースになる?」

 正人にとって、ジューサーは魔法の機械になっているようだ。

「そうだな。イチゴジュースになる」


「じゃあ、メロンを入れたらメロンジュース?」

「うん、そうだ」


 正人は一生懸命に他のフルーツを考えているみたいだった。黒目が上を向き、クルクル動いている。

「じゃあ、ブドウは」

 オレも正人と一緒にその答えを言う。

「ブドウジュース」


 正人は満足している様子だ。

「すごいっ。あのね、あのね、じゃあ、牛乳は? 牛乳は牛?」

 オレはついそう、と言いそうになった。なんだ、これはひっかけ問題か。


「牛乳は、牛の乳を搾ったもんだから、違う。ジューサーには入れないぞ」

というと、正人は納得したようにうなづいた。


「そうだね、牛は大きすぎてジューサーには入らないもんね」


 ちょっと違うが、まあいいだろう。牛をジューサーにいれたとしたら、血みどろ牛肉ジュースだ。うへえ、と思う。想像しないことにする。

 オレ達は、今度バナナやりんごも一緒に入れて、どれが一番おいしいか試してみようという話になった。その分量も考えると、これはまるで理科の実験のようなもの。楽しい。


 待望の日曜日。

 やっと待ち望んだ休みがきた。ここまで長かったと思う。これも一生懸命にやったからだ。

 涼子は朝から二人を連れて出かけて、オレの実家へ行った。少しの間、おふくろに清乃を預けて、正人と二人で買い物を楽しむと言った。


 オレは三人を見送ると、すぐにゲームの世界に入り込んでいた。久々に大音響で繰り出されるバトル。この日をずっと待っていたんだ。ゲームに疲れると冷蔵庫の中の残り物を食べ、今度は映画を見た。最新版の映画で、あまりにもバイオレンスなので、正人がいたら見ることができない代物だった。


 そうだ、これをやりたかったんだ。充分、満足・・・・しているはずだった。


 ふと、家の中が異様にシーンと静まり返っていることに気づいた。このところ、いつもそばに正人がいた。新聞を読んでいても話しかけてくるし、ちゃんと顔を見て構ってもらいたがった。一人でじっくりと読むのは正人が寝入ったあとだった。ゲームも映画も見たかったが、そんな時間はない。

 それらはすべて、この休みの日にやろうと楽しみにとっておいたのに。それなのに、なんとなく思っていたよりおもしろくなかった。


 そう、以前よりそれは楽しく感じない。こんなもんだったか。あれほど憧れていた一日だらだらの日だったのに。なんとなく、物足りない気がした。

 ゲームは予測できるが、人と人との関わり合いは難しい。毎日正人はその日の気分で行動を変えていた。単調に同じことをしているようでも、翌日にはそれには見向きもしないこともあるのだ。子供とは日々、毎時常に成長していく。その成長ぶりを見ることが面白く、すごいことだと気づいたのだ。

 そうか、ゲームがつまらなくなったんじゃない。オレが変わったんだ。


 次の休みには正人と一緒にできるゲームを楽しんで、アニメを借りて来ようと思う。一日の中の数時間を一人でゲームに没頭するくらいの方がいいのかもしれない。

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