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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
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涼子の奴

 食事が終わり、気まずさを払拭するように、絶妙なタイミングで清乃が泣いた。

 オレは早速、ベテランママを気取って授乳をする。涼子の目が昨夜と違い、安心していることを悟っていた。

「だいぶ慣れたみたいね」

「まあな。やってみれば動作もないことだ」

 ちょっと威張り気味でいう。清乃も、《中身がオレ》の涼子に慣れてきたんだと思う。なんの抵抗もなく、お乳を吸っていた。


「正人ったらね、あなたの実家でちやほやしてもらうのが楽しいみたい。映画の帰りにおもちゃ屋さんへ寄って、そのキャラの人形を買ってもらったり、ファミレスでご馳走にもなったらしい。ちょっと恐縮しちゃった」

 涼子が食べ終わった皿を片づける。

「あまり甘やかされても困るな」

「そうでしょ。一応、あなたの口からそう言ったけど、お義母さんったら、正人が喜ぶからってなんでも言うことを聞いちゃいそうな感じなの」


 あの年齢は賢いから、親がダメと言ってもお祖母ちゃんならいいとわかると使い分けるようになる。それを知ってしたたかになってもらいたくはない。

「二人目が生まれると、気をつけていてもどうしても下の子に関心が集まるから、上の子が嫉妬するのよね。正人だってまだ三歳なのよ。三歳なのに、最初に生まれたからってお兄ちゃんなんだからっていうことでいろいろ言いたくないし」

「そうだな、そうだけど仕方がない時もある。そうやって兄としての自覚を持つこともあるだろう。お兄ちゃんだからこその利点もあるだろうし。でも理不尽なことを言うのはやめような」

 涼子は、オレを見直したような表情になった。

 オレもわかっている。涼子の体に入るとちょっと違った考え方ができること。母性本能がそうさせるのか、すごく親らしいことが言えるんだ。

 清乃はお乳を飲んだ後、少し起きていたが、再び眠くなったようだ。そっと寝室のベビーベッドへ寝かしつけてきた。これで二時間くらいは寝るだろう。


 手早く皿を片づけた《オレの体》の涼子が、オレの前に座った。なんとなく、さっきと違う雰囲気を持っている。なんだ、なんだ。

「ねえ、相談があるの。ちゃんと怒らないで聞いてくれる?」

 《オレの顔》が、まるでアイドルの営業スマイルのように微笑んだ。つまり、それはフェイク(偽物)だ。

「なんだよ」

 オレは構えていた。何かを言われるとわかっていた。まさか、会社で何かやらかしたとか。


「ねえ、育児休暇を取る気、ない?」

「へっ」

 突然の問いかけに、その言葉の意味に思考がついていかない。

「半年、ううん、三か月くらいでいいから、育児休暇を取ってほしいの」

 三か月って、いったい何のことだ。育児休暇? 誰がだ。

 オレがそれらを理解するまで、脳がフル回転で活動していた。理解する前にその波紋に心が乱されている。

「聞けば、他の課で三人ほど育児休暇を取っている男性社員がいるらしいわね。それならあなたもって思ったの」

 

 他の課で育児休暇を取っている奴。知っている。そいつらは当時、会社でかなり噂になったからだ。一人は奥さんが外国人で、一年間の育児休暇を申し出ていた。他の二人は二か月、三か月程度。いずれも若手だった。

「まっまさか。お前、もう届けを出したなんていうんじゃないだろうなっ」

 やりかねない、涼子なら。オレはいきり立つ。

「まだよ。話を聞いただけ。上司の長岡さんに相談したの。三か月くらいなら、他の人があなたのクライエント、受け持ってくれるって。なにしろ、大口の「クマの手」クリニックの契約を取ってきたあなただからって」

「えっ、そんなこと、長岡さんに言ったのかっ。ホントに、言ったのかっ」

 オレは、涼子につかみかからんばかりになっていた。

 冗談じゃない。育児休暇、しかも三か月もだ。男のオレが育児休暇なんて・・・・。

 頭の中をその文字がぐるぐるとまわっていた。


 オレ達、男性社員の中で、妻の出産に合わせて育児休暇を取るなんて、日本男児のやることじゃないという陰口を言っていたのだ。育児じゃなくて、意気地のないモノが取る休暇だっていうジョークまで生まれていた。日本の男も変わったもんだと上司の長岡さんがそう言っていたんだ。その時、オレもそう思っていた。オレは絶対にそんなことしないと心に誓った瞬間だった。

 そんなオレが育児休暇だと? 猛烈に腹がたっていた。

「涼子っ、お前、また自分勝手にかき回そうとしてっ。オレが育児休暇なんてとるわけないだろっ。男のオレが? 嘆かわしい。冗談じゃない。もうオレは金輪際、身代わり地蔵も使わねえぞっ」

 久しぶりに激昂していた。

 しかし、《オレの体》の涼子は怯まない。それどころかギロリと睨んできた。

「なによっ、その言いぐさは。まだ男が台所に立つことを否定するような時代錯誤なこと、言ってんじゃないでしょうねっ」

 男の、《オレの体》で涼子がおかまっぽく怒鳴っていた。どうも迫力にかける。しかし、涼子は構わずまくしたてる。

「育児は女の仕事だなんて、誰が決めたのよ。恥ずかしいとか思っているから大きくなって子供に愛想付かされるのっ。子供らしい時ってその時しかないの。後で、なんて言ってたら間に合わない。子供は日々成長してるのよ。思春期になったらそれこそ、口もきいてもらえなくなるわ。だって、何もしてくれなかったんだから、あたりまえよね。大きくなってお互い、何を話していいかわからない、まだ他人の子供の方がまし。そうなりたいの? 共通の話題で笑いあったり、遊んだりできるのって、今だけなのよ。男の人ももっと育児に参加するべきなの。そのために男性の育児休暇が認められているんでしょ。それを否定することは、それを定めてくれた政府を否定すること」

 ぴしゃりと言われた。確かにそれに反論する言葉はない。

「・・・・・・」

 しかし、いやだ。まだ、恥ずかしいと思っていた。


「あなたと正人を見て思ったの。男の人って童心に返って、子供と正面から向き合えるんだって思ったの。女親はだめ。いつだって母親なのよ。あぶないとか、気をつけてとか言っちゃう。あなたのように泥だらけになって一緒に笑えない。この泥を落とすのには下洗いが必要とか考えちゃうの。そういう事ができるのは父親なのよ。育児休暇をとればお義母さんに頼らなくてもいいじゃない。清乃のためにも三か月でいいから育児休暇を取ってほしいの。お願い」

 ものすごく真剣な顔をしたオレの顔があった。他人のようにそれを見ていた。

 どうすればこんなにキリッとした顔が作れるんだろう、と全く関係ないことを考えていた。



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