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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
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中野たちのことを涼子に打ち明ける

「なあ」

 思い切って中野のことを聞くことにした。涼子は、手際よく出来上がった生姜焼きを皿に盛り付けていた。こっちを見る。

「涼子、身代わり地蔵のこと、このマンションの人にしゃべったか」


 意外な言葉だったらしく、一瞬涼子の手が止まった。

「え、どういうこと」

「涼子の他に身代わり地蔵のこと、知ってる人、周りにいるのかなって思ったんだ」

「もちろん、いるわよ」

 涼子はあっけらかんとして答えた。

「え・・・・」


「地蔵はね、身代わりを必要としている人を導くの。皆に教えるわけじゃないけど、そういう情報を欲しいと思っている人にはつい、話しちゃう。まるでお地蔵さんがしゃべってもいいよ、って言ってくれてるみたいにね」

 オレの前に、まだジュージューと音をたてている生姜焼きが置かれた。炊き立てのご飯とキュウリの漬物、野菜サラダ、コンソメスープつき。

「さあ、食べよっ。私もお腹すいた」

「うん」

 がつがつと食べると涼子が顔をしかめるが、かまわず食った。うまかった。正人がいないから、涼子のふりをしなくていい。文句を言われるかと思ったが、こっちを一瞥しただけでなにも言わなかった。涼子もいろいろと言いすぎたと反省している様子。

「ゆっくり食べてね。よく噛んで」

と、小さい子供に言うように諭された。


「同じ階の中野さん、知ってるだろ。あの人にしゃべったのか」

 そう言うと、涼子が驚いた目でみる。

「中野さん?」

「うん、半年くらいの女の子がいる」

 《オレの体》の涼子は、ぐるりと目を泳がせ、考えている。

「ああ、あの中野さんね。教えたわよ、それがどうかしたの」

「どうかしたって・・・・・・」

 やっぱり涼子が教えたんだ。その結果、中野は襲われた。ってことは涼子にも責任がある、今はオレの責任か?

 

 そう一人でいろいろと考えていたら、目の前の涼子がいぶかしげな顔をしていた。

「夕べ、飲んでたのが中野さんなんだ。その話の中に身代わり地蔵を使ったようなことを言ってたから」

 オレがそういうと、涼子は納得した様子だった。

「中野さんの奥さん、たまにマンション内の公園とかで一緒になるんだけど、明るくてかわいい人よ。でもね彼女、旦那さんが何を考えているのか、時々わからなくなるって言ってたの。私は最初、女性が男の人の考えなんてわからないのが当然よって言ってたの。だけどかなり深刻らしくって、それでつい・・・・」

「旦那さんと入れ替わってみたらどうか、って言ったんだな」


「そう。中野さんたちって、できちゃった結婚だったから、あれよという間に式を挙げて、子供が生まれてたらしいの。気づいたら赤ちゃんももう半年、かわいい盛りだけどね。二人で将来のこととか、ゆっくり話し合う時間がなかったって言ってた。少し落ち着いた今、旦那さんと意見が食い違っているって気づいたみたい」

 オレは先に中野の話を聞いていたから、ちょっとイライラしていた。それは中野の奥さん、翔子ちゃんの言い分だろう。翔子ちゃんが中野をうまくコントロールして、勝手に婚前妊娠しちゃったんじゃないか。将来のことを話し合う時間がなかったって? それは違うと言いたかった。あいつは自分がつきあっているっていう実感もなかったんだ。


「それに・・・・」

「それに、なんだ」

 涼子は、ここにはオレ達の他、誰もいないのに、少し声をひそめた。

「中野さんたちってずっとセックスレスなんだって」

 オレはちょうどお茶を飲もうとしていたところだった。むせそうになる。お茶をこぼし、睨まれた。

「セ・・・・、えっ」


 再び中野の言葉が頭を巡った。

 つきあっている時、翔子ちゃんにホテルに連れ込まれたって言ってたぞ。その後、彼女が妊娠、出産。それってセックスレスって言えるのか。

「奥さんが誘っても、仕事が忙しいって拒否されるらしいの。そういう日は旦那さん、仕事部屋で寝ちゃうんだって。避けてるみたいに」

 うん、実に中野らしい行動だ。避けてるみたいにじゃなく、避けてるんだ。きっと襲われたら、強く抵抗できないんだろうな。

「遅い新婚旅行へ行くのを渋ってたみたい。やっと承諾させたんだって。ハワイへ行くんなら、その時に身代わり地蔵を試してみたらって勧めたけど。中野さん、なんて言ったの?」

 涼子も気になってきたみたいだった。


「あの二人、ハワイで入れ替わったらしい。しかもあの奥さん、中野さんにろくな説明もなく、入れ替わったんだぞ」

「えっ」

「中野さん、朝起きてびっくりしたって言ってた。なにがなんだかわからないまま、奥さんの体に入って三日間過ごしたらしい」

 涼子が驚いていた。

「それっておかしくない? 普通の身代わりじゃないのよ。入れ替わりだったら、旦那さんもその説明を受けて承諾してから、自分の魂の入ったお地蔵さんを渡されるはず。説明を聞いていたけどまったく信じていなかっただけじゃないのかな」


 そう言われると確かにそうだ。あの易者のところで髪の毛を引き抜かれるし、すごく横柄な態度だったが、一応、一通りの説明をしてくれたっけ。わけもわからず入れ替わるってことはあり得ない。

 中野のことだから、ぼうっとしていてよく聞きもせずにそうさせられたのかもしれないと考えた。

「それに、わけがわからなかったら、奥さんに聞けばいいじゃない。騙されたみたいなこと、言わないでよ」

「ん、そうだな」

 あれ、体制が悪くなってきたみたいだ。オレは中野の味方のはず。

 そこで思い切って言う。

「けどな、問題はそこじゃない。あの奥さんはやっちゃいけないことをやっちまったんだ」

「なに・・・・それ」

 涼子も少し怖じ気づいていた。

「あの人、旦那の体で奥さんを襲ったらしい」

 少し間があった。

「自分の体を襲ったんだぞ。信じられるか、こんなこと。だから、中野さんはそれがトラウマになってるって言ってた。一緒に寝ていて、また体が入れ替わり、襲われたらどうしようって、それがこわいってさ」

 ついに言ってやった。オレは涼子がなんていうか、その反応を待った。



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