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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
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オレの体は誰のモノ?

 ベッドルームに誰かが入ってくる気配がした。もうかなり暗かった。

 そのシルエットでオレの体が帰ってきたことがわかる。

「おかえり」

と言うと、部屋の明かりがつく。

「起きてた」

「うん」

 《オレの体》の涼子がベビーベッドの中の清乃を見る。

「どうだった、清乃は。良く寝てるから大丈夫だったみたいだけど」

 そう言いながら、オレを覗き込むようにしてベッドのふちに腰掛けてきた。


「うん、おっぱいはよく飲んでたぞ。清乃が寝たら、オレもすぐに寝るようにしてた」

 目の前のオレの顔がいたずらっぽく笑う。

「ほんと? ゲームとかしていなかったかな」

 涼子にオレの企みがばれた気がした。そりゃあ、そんな気力があればやりたかったが、残念ながら涼子の体は疲れていた。できるだけ寝たかった。

「そんな暇、あるかっ」

 わざとつっけんどんにそう言って目をそらした。

 しかし、《オレの体》の涼子は、じっとオレの顔を見つめる。顔が近づいてくる。

 これは自分の顔のはずなのに、全然オレじゃないと実感した。

 そんなに見つめられると、こっちも恥ずかしくなってくる。それに中野のことが一瞬、頭をよぎった。自分の体に襲われたってこと。

 そう思い、肩に力が入った。冗談じゃない。オレはぜったいに抵抗するぞ、と身構える。

「ん、目の充血もかなりとれたみたい。上出来、上出来」

と、髪の毛に触れ、さっさと乱れを直してくれた。そんなふうに触られるとゾクリとする。なんていう反応。女の体はかなり敏感なのだと思った。

 オレは照れ隠しにボリボリと頭をかいて、整えたばかりの髪を乱す。

 涼子に顔をしかめられた。

「ちょっと、なによ」

「よせよ。自分でやる」

 オレは起き上がる。やばい、この体制。それに涼子は実に不満そうだ。

「なによ、私の体なのよ。そんなにぼさぼさの髪、許せない。私じゃないみたい」


「今はオレが入っているんだから、オレの体なんだ。勝手に触るな」

 そうだ、涼子の体であっても今はオレの体なんだ。かゆみも痛みもオレが感じる。

 《オレの体》を押しのけて、ベッドから出て洗面所へ向かった。


 《オレの体》が追いかけてきた。

「なによ。その反応」

「気安いぞ。オレにやたらと触ってくんなってこと」

 洗面所で顔を洗う。バシャバシャと顔をはたくように、かなり派手に水を飛ばした。目を覚ますため、そして自分の意識をはっきりさせるためだ。

 しっかりしろよ。そう自分に言い聞かせた。涼子の体に入ると、男の自分とは違った反応、考えが浮かぶことに気づいていた。それに惑わされないためにわざと荒々しく顔を洗ったのだ。。


「ああ、そんなままで、まったくもう」

 水が床にもしたたり落ちる。すぐさま、タオルが差し出された。

「髪の毛がびしょびしょ。普通、女性が顔を洗う時は髪をまとめてからするのよ」

 再び文句だった。

「っるせぇ。ほっとけよ」

 オレは、それを振り切るようにして台所へ入る。腹が減っていた。猛烈に腹が減っている。我慢できない空腹感だ。これは授乳中だからなのか。だから、イライラもつのるのかもしれない。


 冷蔵庫からプリンを出す。

「あ、そんなのご飯前に食べちゃったら・・・・もう、子供じゃないんだから」

 《オレの体》の涼子がプリンをオレから取り上げた。その代りにスライスチーズを取り出し、クラッカーに乗せてくれた。

 まあ、仕方がない。プリンの代りにクラッカーにかぶりついた。なんでもいい。

 涼子もホッとした様子で、スーパーの袋から野菜やらを取り出して冷蔵庫にいれていた。

「すぐに夕飯のしたくするから。あっちのソファで寝転んでてもいいわよ」

「あ、うん」

 オレはそう返事をしたが、そのまま椅子に座った。空腹からのがれると少しは余裕ができた。

 手際よく食材を取り出し、夕食の準備をしている《オレ》の後ろ姿をながめていた。

「清乃がおっぱいを飲みながらウトウトするだろっ、時々、ニタ~って笑うんだよ。あんなに小さいのに何を考えて笑うんだろうな」

 オレは、そう話し始めていた。

「そうね、産まれたばかりの赤ちゃんも微笑むのよね。それって天使の微笑みって言うんだって。生まれてくる前のことを思い出しているのかもしれないわね」


 涼子が帰ってきてくれてうれしかった。同じ空間に、共に喜べる話ができる人がいるってことがこんなにうれしいんだと実感していた。

 そりゃ、涼子は帰ってくるなり、いろいろと言ってきた。初めはうるさいとも思ったが、主婦って人恋しいんだなって、しみじみと実感していた。

 これが昼間、子供と二人きりでいる主婦の心理なのか、と思った。涼子も正人が小さかった頃、オレが帰ってくるなり、あれこれ言ってきたな。疲れているのに、ちょっとだけでも一人にしてほしかったのに、寝室で着替えているそんなときも涼子のおしゃべりはとまらなかった。それで喧嘩になった。仕事で疲れて帰ってきたのに、そんな暇な主婦の愚痴、聞きたくないって言っちまったから。

 

 そこで初めて気づいた。いつもの、がいない。

「あ、おい。正人は?」

 ずいぶん静かだと思ったんだ。いつもなら正人が帰ってくれば、涼子にまとわりつき、今日、何をして遊んだかまくしたてる。

「やだ、今頃気づいたの。今日はあなたの実家にお泊り。昨日はあんなに行くのを嫌がっていたのにね。昼間、お義母さんに映画に連れていってもらったんだって。その帰りにアニメのDVDとか借りて、それを全部見るまで帰らないって言うの。三本も借りてきたのよ」

「そんなの、ここへ持ってきて家で見ればいいのに」

 見たら、明日返しにいけばいいだけだ。

「それがね、お祖母ちゃんと一緒に見たいんだって」

「へえ、いつのまにそんなになついたんだろうな」

「さあ、でもお義母さん、すごくうれしそうだった。明日、昼過ぎに連れてきてくれるって」

「そうか」

 まあ、おふくろも頼りにされてうれしいだろうし、こっちも静かでいい。

 今夜は生姜焼きらしい。実にうまそうだった。


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