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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
20/45

身代わりの反則だろう

「奥さんが中野さんになっていて、体が入れ替わったって言うんですね」

「はい、そうです」


「奥さんは入れ替わったことをなにもいわなかったんですか。彼女も慌ててたとか」

 ここが肝心なところだ。

「いえ、翔子ちゃんは至って落ち着いていました。むしろ、ウキウキしていた感じでいました。そのまま、外に連れ出され、僕たちが行く予定だったところを観光しました」

「へえ、そのまま何も言わずに観光ですか」


 奥さんが確信犯だ。


「女性のヒールの靴、ものすごく痛いんです。歩きにくくて何度も足を挫くかと思いました。坂道なんて何かにしがみついていないとそのまま転がり落ちるかと・・・・。拷問器具です、あれは」

 涼子は妊婦だったから、ヒールのあるものは履かなかった。けど、スカートは足元がスースーして落ち着かなかった。

「奥さんは何も言ってくれなかったんですね」

 中野はちょっと考えた。

「はい、妻は当然のようにしていました。でも外出した時は男っぽく振る舞っていましたが、ホテルの部屋へ帰るといつもの妻の口調になっていました。それよりも僕に対しての注意がものすごくて・・・・ガニ股で歩くな、大あくびをするな、脚を開いたまま座るなとか、そんなこと知りませんよ。僕がなにかするたびに注意されてました」

 そうだ、オレも正人に指摘されたんだ。いつものママじゃないって。そりゃあ、中身が違うんだから当然だ。


 ここでの問題点は、中野がその身代わり地蔵のことを知っていたのかどうかだった。いくら奥さんでも勝手に入れ替わりはできないはず。

「新婚旅行の前に、さびれた易者のところに連れて行かれませんでしたか。小さい水晶でできた地蔵を見せられて、そこで髪の毛、引き抜かれて」

 身代わり地蔵を使うのなら、一度はあの「お助け女神」の所へいかなければならないはずだった。

「さびれた易者・・・・ですか」


 中野は少し考えていた。

「あ、行きました。妻の実家に行った帰りにわざわざ遠回りして寄ったところ、怪しそうな・・・・赤い蝋燭の」

「あ、それだ。その時、いろいろ説明されたでしょう」


「妻がその人と話をしていて、僕はあまり話を聞いていなかったんです。僕には関係ないと思っていたので。でも最後に髪の毛を引き抜かれて、何が何だかわからないまま、妻が大丈夫だっていって・・・・・」

 そうか、奥さんはこの中野のボーっとした性格を利用したんだろう。

 ハワイで入れ替わりか、考えたな。知り合いに会う危険性も少なく、いつもと違う視線で楽しめるかもしれない。たぶん、奥さんもそう思っていた。しかし、きちんと説明をしてやらないとだめだろう。


「井上さんは何か知ってるんですか」

 

 ボーっとしている割には鋭い質問を返してきた。

「あ、そういう不思議なことがあるんだなと思っただけです」

 中野はちょっと期待していたらしい。すぐにがっかりした様子も見せた。


 これは家に帰って、涼子に相談してみようと思った。今、ここですべてを話したら、まずいかもしれない。奥さんが、中野を騙したようにもとれるから。


 中野はその後、ぼそぼそと口ごもって言った。

 オレには聞こえなかった。

「はい?」

 彼はそんなことを二度も言わせるのかという目で見てきた。


「ハワイの最後の夜、僕、自分の体に襲われたんです」


 それを聞いた時、一瞬だけ、オレ達の周りの空気が止まった。頭が真っ白になった、そんな感覚。

 自分の体に襲われたって・・・・。 えっ、そんなことって・・・・。

 想像できない絵が浮かんできていた。冗談じゃない。でも、そういうことだろう。

 絶句だった。その意味の恐ろしさに何も言えないでいた。


 オレは思い出していた。涼子の体に入り、寝たふりをしていた時のこと。あの時、オレの体に入った涼子がキスしてきたんだ。それも衝撃的だった。中野はそれ以上の事をされたと訴えていた。冗談じゃない。

 そうか、入れ替わりってことは、そういう危険性があるんだ。オレは改めて認識した。


 中野はオレが黙ってしまったから、疑っていると思ったらしい。必死に訴えていた。

「本当なんです。ホントに・・・・。あの時、僕は女の体で、受け身でした」

 それを思い出すだけでも恐怖、といった様子だ。

「いえ、信じていないわけではないんですが、ちょっと内容が衝撃的で受け入れられなくって」

 こんなこと、他の誰が信じるんだ。オレは当事者だったからわかる。けど、他の人はまず笑って、夢でも見たんだろうとしか言わないだろう。


「抵抗はしなかったんですか」

 恐る恐る聞いてみた。

 そうだ、いやだったら抵抗するだろう。


「あ、あの時は酒がかなり入っていて、あまり僕の体とか翔子ちゃんの体とかって意識がなかったんです。しかもあの時は入れ替わってもう三日目だったし、妻の体にも慣れてきていたんでしょうね。最初は違和感がなかった。僕がそのことを実感し、事の重大さに気づいた時は全てが終わったあとでした。恐ろしくなり、近親相姦のような、とんでもない罪を犯したように体が震えてきたんです。その直後、意識が遠のいて、朝になったら自分の体に戻っていました」

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