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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
18/45

中野の相談

 その日の夕方、オレは、帰宅を急いでいた。

 今夜、身代わり地蔵を使うから、涼子に早く帰れと言われていた。

 いつもの電車から降り、改札口を出ると中野が立っていた。

 浮かない顔をしていたが、オレの顔を見た途端、救われたような顔をした。ずっとオレを待っていたらしい。面喰ったのは言うまでもないが、中野の中にそれを打ち消す必死さがあった。


「あのう、今朝、お会いしましたよね。ええと・・・・・・」

 思わず笑う。

 中野はオレの顔は覚えていたが、名前までは記憶していなかったらしい。

「ええ、井上秀成いのうえひでなりです。同じ三階の」

「あ、井上さん。僕は中野と言います。中野智史なかのさとし

 ぺこりと子供のようにお辞儀をした。


「たぶん、僕たちは今朝が初対面ではないんでしょうね。今朝、会ったあの人、え~と・・・・」

 中野は松田の名前も憶えていなかった。これも笑える。

「松田さんですか」

「あ、そうです。松田さんのように、何度もエレベーターとかで会っていたんでしょう。僕、あまり人の顔を見ないから」

 やっぱりそうだ。

「わかります。オレもそうだから」


 そういうと、中野ははっとしたようにオレの顔を見て、うれしそうに無邪気な顔で笑った。

「そうなんですか。だからなのかな。なんとなく、井上さんならわかってくれる気がしたんです」

「え? なにを・・・・」

「お願いします。ちょっとつきあってください。ちょっとでいいんです。話を聞いてもらいたいんです」

 そうオレに訴える中野。

 ちょっと戸惑ったが、今までオレの人生の中で、こんなに誰かに必死で頼みごとをされたことがあっただろうかと思いかえした。あるわけない。

 じゃあ、ちょっとだけということで、話を聞くことにした。


 そのまま、すぐ駅前の居酒屋に入った。中野の知り合いの店なのだそうだ。

 確かに知り合いだけあって、注文もしないのに、次々と小皿に盛られた料理が出てきた。

 中野は意外にも酒に強いらしい。席に座り、それほど時間がたっていないのに、ビールのジョッキーをおかわりした。何かを話したいらしかった。しかし、それにはアルコールの力が必要なのだろう。


「遠慮しないでください。今夜は僕が誘ったんだし、さあ」

 中野は何度となしにその言葉を繰り返した。

「はあ」

 じゃあ、というわけで、オレも半分ほど残っていたビールを飲み干した。それを見た中野はすぐさま、もう一杯というジェスチャーをすると、店員がすぐにおかわりを持ってきてくれた。


「ここって中野さんの行きつけの店ですか」

 唐突に聞いていた。きょとんとした顔をしている。

「あ、何も言わないのにどんどん持ってきてくれるから。普通、知り合いって言ってもここまでやってくれないでしょう」


「僕、以前、ここでバイトしてたんです。元々店長と友達だったし、料理を頼まなくても適当に他の注文と一緒に作ってくれるんです」

「へえ」

 なるほど、それなら納得する。

「あ、もちろん、他にも井上さんの好きな物を注文してください」

と、慌ててメニューを差し出す。

「いえ、これで充分です」

 小皿に二人前づつ、から揚げや、お浸しなど十皿くらい並んでいた。


 涼子には食べてくると電話しておいた。

 突然、誰かと飲んで帰るということがなかったから、涼子がものすごく驚いていた。

 いいけど、その交友関係も後で教えておいてね、と言われ、十二時までには帰ってくるのよと釘を刺された。わかってるっていうのに。


 昼休みにあの「お助け女神」のところへ行ってきた。

 真っ昼間から、あの易者がいるだろうかと懸念していたが、ちゃんといた。意味不明な赤い蝋燭をたてていて、オレの顔を見ると、皮肉っぽくニヤリと笑った。

「また来ると思ったよ」と言われ、「時間がないんだろ」と説明もしないで、いきなりオレの髪の毛を引き抜いて地蔵に入れやがった。

 オレに似た人違いだったらどうするんだと怒鳴りたかったが、事実、本当に時間がなく、三千円を支払い、すぐに会社へとんぼ返りしたのだ。

 紫の袱紗にくるまれた水晶地蔵はオレのポケットで眠っている。


 オレと中野は似た者同士だ。しかし、それと心が通じ合うかどうかは別だ。飲んで食べる以外、口をきかない。

 ここにあの松田がいれば、オレ達の何倍もしゃべり、お互いを繋げてくれて会話が弾むのにと思う。けれど、中野はこの沈黙を苦痛に思っていないと感じていた。オレも割とそういうのは耐えられる。自分があまりしゃべらないからな。

 それでも余所から見えば、オレ達のテーブルは異様だろうと思う。まわりのテーブルはひたすら、上司の悪口、スポーツのこと、映画のうんちくなどを話し込んでいた。そんな中、オレ達はお互いボーっとしていた。中野は明らかに自分の世界にどっぷりとつかっている。


 まあ、こうしていても仕方がない。話題を振ることにした。

 いつものオレなら絶対にやらないことを、この中野相手だからやるのだ。


「中野さんはなんのお仕事をされているんですか」

 一般的な会話だった。そう尋ねるとパッと中野の顔が輝いた。

 好きな仕事についていることがそれだけでわかった。これを語ることがどれだけうれしいかを示していた。

「広告代理店のデザイナー、やってます。ポスターや広告の絵を描いたり、あ、時には写真も撮ったり、模型なんかも作ったりします」

 なるほど、一人コツコツとできる仕事、中野には天職なんだろう。ほうっておけば、誰かがやめさせるまで寝食を忘れて没頭していそうだ。


「大変でしょう。残業があったりするんじゃないんですか」

 広告代理店は忙しい時、時間通りに終わらないと聞いたことがあった。

「あ、僕はそういうの苦にならないし、個人の担当の仕事が終われば帰れます。自宅でも他の仕事を請け負ったりしているので、手早く確実に仕上げます」


 中野は普段、冴えない感じで何を考えているのかわからない人だと言われていると思う。けど、自分の好きなことを語ると、男のオレが見ても自信に満ちたその顔は魅力的にみえた。

 うらやましいと思った。好きなことができる喜び、オレも感じてみたい。

 オレは今、営業だ。だいぶ慣れてきているが、好きじゃない。涼子はそういうふうに思っているから、その感情が顔に現れているという。そうかもしれない。でも好きじゃないんだから仕方ないだろう。




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