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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
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気になるマンションの住人たち 2



「中野さんのとこはもう・・・・六か月くらいでしたっけ。琴美ちゃん、でしたよね」

 この松田の情報豊富さに呻り声をあげそうになった。本当にこの人はすごい。このマンションの全住人の家族構成と名前を知っているのかもしれない。


 そして、この中野と言われた人は、オレの反応以上にぼうっとしていた。

 初めは自分が話しかけられたとは思っていなかったのだろう。再度、松田が「中野さん」と繰り返して、やっと気づいた。オレと同じようにきょとんとしていた。なんでこの人はそんなことを知っているんだろうという表情がうかがえた。

 そして、オレでさえ、聞いたら悪いだろうと思ったことを口にしていた。


「えっ、なんでそんなことを知ってるんですか。どこかでお会いしましたっけ」

とオドオドした態度で言った。


 マンションの住人だから、この同じエレベーターに乗っているんだ。オレもぼうっとしていて、人の顔など見ないが、普通はそう判断するだろう。


 松田はそう言い返されて驚いていた。

「えっ、知ってるも何も、昨日もエレベーターで会ったし、一緒に駅まで歩いて行きましたよね。確かに話はしませんでしたけど、横に並んで・・・・あれ? まあ、いいか。僕、五階に住む松田です。留美という四歳の子供がいます」


 笑える。オレはそこまでぼうっとしてはいない。たぶん。中野はそんなこと、全く覚えていない様子だった。ぼうっとしている上に、さらに不器用な奴だった。

 しかし、このオレ以上にぼうっとしている同類を見つけてうれしくなっていた。おまけにこの社交性のある華やかな松田にそんな失礼なことを言ってしまう中野、オレはこの男を記憶に深く刻み込んでいた。


 エレベーターを降りた。 

オレ達は、持っていたゴミ袋をゴミ収集所に置き、駅まで横に並んで歩いた。

 もちろん、もっぱらしゃべるのは松田。うなづきの合いの手を入れるのがオレ。中野は一言もしゃべらない。絶対に自分の世界に入り込んでいる。この人は宙を見ていた。


 松田という男は、積極的に母親たちがいる公園にも戸惑わずに行くことができるタイプだろう。

 あの、ずらりと並び、子供を遊ばせながら、ペチャクチャしゃべっている集団の前に立つのは普通、勇気がいる。たぶん、自分がイケメンだとわかっているし、他の母親たちも一目、おいているにちがいない。見られることに快感を覚えるようなタイプ。オレなんかが行ってもたぶん無視される。見られることが苦痛だし。中野は、そういう雰囲気にも気づかないタイプ。


 しかし、このオレもそんなことを考えていたから、松田に咄嗟に言われたことを聞いていなかった。

「えっ」

と聞き返すと、松田はため息をついた。オレ達の会話はなかなかスムーズにいかないからな、と申し訳なくなる。

「井上さんは新婚旅行、どちらへ行かれたんですかって聞いたんです」

「あ、ああ。ハワイですけど」


「うちもです。あそこは気軽に行かれる外国ですからね。日本語も通じるし」

 そして松田が中野に言う。

「中野さんたちもハワイ、行かれたんでしょ」

 また、中野は聞いていないかと思ったが、意外に反応した。

「えっ、ハワイっ」

 異常なほど敏捷な反応かもしれない。なんだ、やればできるんだ。


「結婚された時、奥さんがもう身重だったから、つい最近、新婚旅行に行ったって聞きました」

「あ、はあ」

 中野の表情が曇った。口をつぐむ。

 中野はあまりその話はしたくなさそうだった。松田も何かありそうな歯切れの悪さを感じて、黙った。

 なんとなく、気まずい雰囲気のまま、オレ達は駅に到着し、それぞれの行先の電車に乗り込んだ。


 オレは中野の関心をむけていた。

 できちゃった結婚で子供が生まれ、もう半年たっているのなら落ち着いた頃だろう。それで新婚旅行に出かけたのなら、楽しいはずだ。旅行のことを言われて、なぜこんなに浮かない顔をするんだろう。

 いや、他人の家庭はわからない。オレ達だって、清乃が生まれる前までは表面上、普通の家族だったけど、家庭内離婚だった。ただ、一緒に住んでいる同居人でしかなかった。


 まさか、この中野もそうなのか。何があったんだろう。



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