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身代わり地蔵  作者: 五十嵐。
第二章
16/45

気になるマンションの住人たち

 降りて来たエレベーターに乗り込む。

 既にスーツ姿の男性が一人乗っていた。やはり、その人の手にもゴミの袋があった。

 同じマンションの住人だから、皆、同じ状況のようだ。朝、夫が出勤の時、ごみ収集所へおいていく。


 いつものように伏し目がちで、会釈をしながら乗り込んだ。そしてエレベーターの一番奥の壁にピタリと張り付いた。

 オレはエレベーターが苦手だ。ここほど気まずい密室はないからだ。全く知らない人なら特に気にすることもないのだが、中途半端に顔を知っている者同士が一番気を使う。

 親しければ話もできるが、オレにそんな存在がいるはずもない。だから、人の顔を見ずに会釈だけして、一番奥へ立つ。後は目を閉じるか下を向いて、《話しかけないでくれオーラ》をひたすら出すのだ。

 だが、エレベーターのドアが閉まるかどうかの時に、それが打ち破られた。


「あ、待ってください。乗ります」

という声がして、走ってくる人がいた。

 ドアの開閉ボタンの近くに立っていた男が、慌てて開ボタンを押した。再びドアが開く。


「ありがとうございます」

 ハアハアと息を切らしている。エレベーターの中へ駈け込んできた。

 その人もゴミ袋を下げていたから、オレは思わず吹きだした。もう一人の男もその笑いの意味がわかったのだろう。失笑していた。駈け込んできた男は、なぜ自分が笑われたのか気づいていないようで、きょとんとしていた。

 オレが持っていたゴミ袋を見せる。もう一人も前に突き出して袋を見せた。それでやっとオレ達が笑った理由がわかったみたいだった。

 さっきまで重苦しいエレベーターの空気が一変していた。笑いって、すごいと思う。このオレが笑うことによって、他人の顔をやっとまともに見たのだから。


 先に乗っていた男性と目があう。向こうも笑顔を向けていた。

 ものすごいクッキリとした眉、でかい目、ハーフのような高い鼻で濃い顔、イケメンだ。まるで中世の貴族のような高貴な感じがする。こんな人までゴミ袋を持たされるのかと感心した。庶民的な貴族という感じで親しみが持てる。


「おはようございます。井上さん。お二人目、おめでとうございます。清乃ちゃん、いかがですか」

 オレはそのイケメンにそう言われて驚いた。

 なんだ、なんだ。どうしてこの人は、オレのことをそんなに知っているんだ。清乃の名前まで、一体どこから洩れた情報なのだ。

 今までのオレなら、そんな予期せぬ出来事に茫然としてしまっただろう。だが、涼子の体に入って少しは柔軟になったようだ。

 一応、動揺を隠し、

「はあ、どうもありがとうございます。おかげさまで、まあ、新生児は大変ですけどね」

と返した。


 顔は見たことはある。きっと何度かエレベーターで一緒になったのだろう。けど、オレはこの人のことを全く知らない。

 ここで困るのは、向こうがこっちのことを知りすぎていることだ。オレは話をうまく交わさなければならない。うちの娘の名前まで知っている人に、どなたでしたか、なんて聞けるはずがなかった。

「正人くん。また今日もお祖母ちゃんのところですか。最近、留美がブーブー言ってるんです。全然、正人くんと遊べないって」


 その留美という名前が、オレの記憶のドアをピンポ~ンと鳴らせた。

 聞いたことがあるぞ。そうだ、確か正人がいつも一緒に遊んでいる留美ちゃんだ。おませで、いろんなことを教えてくれるらしい。


 そうそう。五階の松田さんだ。涼子がそう言っていた。よし、わずかなキーワードで答えにありつけた。

 正人が、留美ちゃんのお母さんはお父さんと喧嘩をすると、彼の洋服を雑巾と一緒に洗うと言っていた。極めつけはトイレマットと一緒に洗ったんだ。その衝撃的なことを鮮明に覚えていた。


 改めて、この松田の顔を見る。

 こんなにすごいイケメンなのに、とちょっと気の毒に思ったが、喧嘩をするたびに、洋服をトイレマットと一緒に洗濯されるんだと考えたら、吹きだしそうになった。

 世の中、案外公平なのだ。いつもイケメンばかりがいい思いをしているわけではない。ちょっと嬉しい気分になっていた。オレ、かなり性格、悪いかもしれない。


 笑いを押し隠して、わざと眉間にしわを寄せる。

「今朝、正人が大騒ぎをしまして、今日はおふくろがこっちへ来ることになったんです。涼子が外へ遊びに連れて行けるかもしれません」

と言った。


「そうですか。それはよかった。それなら今日は機嫌がいいかも。留美は正人くんと気が合うらしくて、遊んだときはうれしそうになんでも報告してくれるんです。最近、全然遊べないから、ぷりぷりしてて参っちゃいます」

「へえ、機嫌が悪くなるんですか」

「はい、うちのによく似て、性格がきつくて。気に入らないとプイって横を向くし、口はきかないしで」


 松田も苦労しているらしい。そうか、奥さんはそんなにキツイのか。そうだろうな。雑巾、トイレマットだし。

 オレはふともう一人を見た。オレ達が話していることも気にせず、ぼうっとしていて自分の世界に浸っている、そんな表情をしていた。

 今度は松田がその人に声をかけた。




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