私の職務はぼっちゃまの影となりお仕えする事です。
今レストランにはにかむ女性をエスコートして入って行った凛々しい少年、それが私のお仕えするぼっちゃまです。
気付かれない十分な距離を開けて追い掛けると、女性にイスを引いて差し上げているところでした。
ご立派になられて。私は胸がいっぱいです。
歓談の様子は愉しげながら穏やかで微笑ましく…胸が痛くなりました。
姉弟の様に過ごして来た時間が、ぼっちゃまの恋心を伝わり難くしているのです。
ぼっちゃま、頑張って!
食事の終わりに、ぼっちゃまはあかい薔薇を一輪、女性に差し出しました。
赤薔薇にも色々あります。
ぼっちゃまの選んだのは深い深い紅。
品の良いアプローチは回りくどくて伝わらないので、今回は陳腐でもストレートに、確実に伝える事にしたのです。
慣例通りの百本の花束ではなく一輪。
微笑みながら、目は真剣で。まるで、フェンシングでレイピアでも構えている様。
「――ありがとう」
短くは無い間の後、女性はそう呟きました。
彼女を最後までエスコートして、ぼっちゃまはお屋敷に戻っていらっしゃいました。
――ごめんなさい。嬉しいけれど、応える事は出来ないわ。
気持ちだけ受け取るわね、と彼女は大事そうに薔薇を胸に抱きました。
ぼっちゃまの落胆は量り知れません。
胸が潰れる様な思いで気を揉みながら、閉ざされた扉を見ます。
使用人でしかない私には、私室に勝手に入る権限がありません。
「サアヤ……其処に居る?」
小さく開いた扉から、ぼっちゃまが顔を覗かせました。
「は、ハイ! いつでもお側に控えております!」
私は駆け寄って跪きました。
「心配しなくても、大丈夫だよ。カオル姉様に縁談があるのは承知していたもの」
ぼっちゃまは健気にも微笑んでおられます。
「それに、僕にはサアヤがいるものね。だから大丈夫――」
「ぼっちゃま!」
私はみなまで聞かず、大丈夫です、と声を上げました。
キョトンと瞬いてから、ぼっちゃまは「解ってくれた?」とにっこり微笑まれました。
「ええ、このサアヤ、必ずやぼっちゃまに相応しい素敵なご令嬢を見付けて参ります!」
「………サアヤ」
「待っていて下さいね!」
使命感で一杯になりながら私は踵を返した。
使用人間でやり取りする情報網は伊達ではない。今こそ主の役に立つ時! と荒ぶる私は、ぼっちゃまが大きく息を吐いた事を知らない。
「――僕が好きになる相手はどうしてみんな天然なのかな。ストレートで挑むと逃げられたし……今度は絡め手で行こうかな?」
ぼっちゃまの中で恐ろしげな企みが始まった事も、知る由も無かったのでした――。