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第8話

 俺が兄貴に襲われそうになって一ヶ月近くが経過した。兄貴の行方は依然として不明のままだ。最初は恐怖しか頭になかったが、時が経つにつれ兄貴の事が心配になってきた。俺はいまもあやめの家に厄介になっている。


「おはよう、朝ごはん持ってきたよ」

 ドアをコンコンしてからあやめが朝食をもって入ってきた。あれ以来、寝たきりになっている俺はこうして食事を持ってきてもらっている。


「ごめん。いつも…」

「いいよ。気にしないでって言ってるでしょ」

 あやめはそう言うものの、俺としてはやはり申し訳ない気持ちになる。しかも、この居候状態がいつまで続くかわからないのだ。せめて何かお手伝いでもと思うがこの体ではそれすらもできない。リクライニングを起こして食事を取る。その時、ふと思う。兄貴も何かを食べているだろうかと。どこかで野垂れ死にしてないだろうか。人はいなくなった時にその存在の大きさを知るという。両親が亡くなった後、兄貴は一人で俺を支えてくれていた。俺の事を好きになったのも家族を大事にする気持ちが大きくなりすぎたのだろう。そして、俺から発せられるフェロモンによって狂わされて暴走してしまった。もう、いままでの兄貴ではなくなっているかもしれない。俺に拒絶された事で俺への愛情が憎悪に変わり殺意が芽生えているかもしれない。それでも、俺は兄貴に会いたかった。会って話がしたかった。話をしてどうかなるのかなんてわからない。それでも話をしてみたかった。いつまでもこのままではいけない。


 ∧∨∧∨∧∨∧∨


 それから数日がして、この日は地元の花火大会だった。俺も浴衣を着せてもらって車椅子であやめたちと会場に向かった。会場はすでに人がいっぱいだった。


「毎年、こんなに人がいっぱいなの?」

「県外からも来ているからね。はるは花火大会とか初めて?」

「小さいころに行ったきりかな」

 近くでそういう催しがないので遠出をしなければならない。暑いのを遠出するのは家族全員避けたいところだったのでここ10年は行っていない。しかし、こう人が多いと車椅子での移動は厄介だな。


「大丈夫。横木田先輩のお父さんが席を確保してくれてるって」

 ふーん。地元じゃけっこう影響力あるんだな。その確保された席に行ってみると、横木田さんと親父さんがすでに来ていました。


「すみません、今日はお世話になります」

「いやいや、たまたま席が空いてただけでさぁ。今日は楽しく行きましょうや」

 双方の親の挨拶が終わって俺たちは花火を見物した。海岸から打ち上げられる花火は壮大で美しかった。大きく花開く空の芸術に俺たちは魅了された。


「きれいね」

「うん、そうだね…」

 あやめはすっかり魅了されているようだ。俺といえばそうは言ってられない状況にあった。ありていに言えばトイレに行きたい。


「すいません、ちょっとトイレに」

「一人で大丈夫か?」

「身障者用のを使いますから」

 あやめパパに断りを入れてトイレに行く。手すりを使って車椅子から便座へ移動する。そして用を足す。リラックス。その時、ドアをコンコンされた。


「入ってまぁす」

 見りゃわかんだろ。だが、直後に発せられた言葉に俺は「!」となった。


「俺だ」

「兄貴!?」

 汗がどっと流れる。まさか、こんな人ごみの多いところに現れるなんて。そういや江戸時代に存在したとされる金で恨みを晴らす闇の稼業を営んでいた人たちも、あえてこんな人が多い場所で仕事をしていたらしい。周りには他に人の気配は無い。こんなトイレのカギなんて壊そうと思えば壊せる。いきなりのピンチ。とりあえずパンツ穿いとこ。さて、どうする?出口は塞がれた。携帯で助けを呼ぶか?


「ちょっとそのままで聞いてくれ」

 ?なんだろう。


「こないだはすまなかった。自分で自分を抑えきれなかったんだ」

「……」

「お前と離れて少しは落ち着いたが、やはりダメだ。お前が近くにいるだけで衝動を抑えきれなくなる」

「……」

「だから、この村を出る事にした」

「!」

「金は家に残しておく。お前の自由にしろ」

「待って!」

 俺は慌ててドアを解錠しようとした。が、慌てているせいかなかなか開かない。ようやく、開けてトイレから出ると兄貴の姿はなかった。急いで外に出て兄貴を探すもどこにもいない。俺は車椅子を走らせた。車輪を目いっぱい回して。兄貴を見つけてどうするかは考えていなかった。とにかく慌てていたのと急いでいたのとでがむしゃらだった。だからだろうか。車椅子が何かに躓いて俺は車椅子から放り出された。


「痛てててて……」

 車椅子は大丈夫だろうか。これがないと俺は移動できないからな。大丈夫、壊れてはいないようだ。起こして乗ろう。そこへ、3人組の若い男が現れた。


「あれ?どうしたの?」

「うひょ、めっちゃかわいいじゃん」

「あ、おれ知ってる。この()、噂の銀髪碧眼の美少女だ」

「マジで?俺、本物初めて見たよ」

「どしたの?こんなところで」

 見りゃわかんだろ。いかにもアホそうな3人組を無視して俺は車椅子を起こしにかかった。


「俺達が手伝ってやるよ」

「いえ、結構です」

「遠慮しなくていいからさ」

 頼みもしないのに男たちは車椅子を起こした。


「もう結構です。あとは一人で乗りますから」

「そんなこと言わずにさ。最後までやらせてよ」

「えっ?ちょっ」

 男たちは俺を抱きかかえると車椅子に座らせた。


「……ありがとうございます」

 ムスッとしながらも一応助けてもらった礼は言う。もう兄貴を追いかけるのは無理だ。「そんじゃ」とあやめたちのところへ戻ろうとすると男の一人にハンドグリップを握られた。


「なっ」

 驚く間もなく俺は車椅子ごと男たちに連れ去られた。


「な、なんのつもりだっ!?」

「どうせ一人なんでしょ?だったら俺達と楽しもうよ」

「一人じゃない。ちゃんと友達と来ている!」

「いいからいいから俺達と一緒の方が絶対楽しいから」

 お前らだけが楽しいんだろうが。もう我慢ならねぇ。俺は大声を出して助けを呼ぼうとしたが、男の一人に口を塞がれた。こいつら、本気か?どうやら本気のようだ。連中は俺を人気の無い場所に連れて行った。


「こんなところにつれてきて何のつもりだ」

 怖いという気持ちを抑えて気丈に振舞う。


「そんな怖い顔しないでよ。別に取って食べるわけじゃないんだからさ。あれ?どったの。目が赤いけど」

「うるさい。関係ないだろ」

「つれないなあ。そんな悪い子にはえい!」

 車椅子のハンドグリップを握っていた男が、いきなりグリップを持ち上げた。


「わっ!?」

 当然、俺は車椅子から放り出される。


「くっ」

 這いずりながらも男たちから距離を取る。そんな俺を無駄な足掻きだと言わんばかりにニヤニヤと見下ろす男たち。やはりここは悲鳴をあげるべきか?まて、悲鳴って「きゃーっ」か?


「……」

 きゃーっはやめとこう。そうだ、「誰かぁ」はどうだろう。あと「助けてぇ」もいいな。でも、数ヶ月前まで男だった俺としては男に襲われて悲鳴をあげるってのはどうも。って、そんな悠長な事言ってる場合じゃない。貞操が危機にさらされているのにプライドなんて小さい問題だ。よし、大声を出そう。が、遅かった。その前に男たちは俺を押さえつけ口をふさいだ。俺は必死に手足をバタつかせて抵抗を試みるが、両手と両足を二人の男に拘束されてはそれすらも満足にできない。


「お前ら、しっかり押さえてろよ。ええと、帯が邪魔だな。まあいいや。まずはおっぱいを拝ませてもらおうか」

「!」

 ウーッウーッ唸るも口を塞がれてはどうにもならない。


「あれ?ノーブラじゃん。もしかして最初からそのつもりだった?」

 バカ野郎。和装の時は下着は着けないって聞いたから着けてないだけだ。さすがにノーパンにはしなかったが。そんな事より誰か助けてくれ。誰でもいい。兄貴っ!!


「何をしているんですか?」

 誰だ?


「やばっ、誰か来たみたいだ。逃げるぞ」

「お、おう」

 男たちは慌てた様子で逃げて行った。助かった…のか?


「大丈夫ですか?」

 そう手を差し伸べた男はどこかで見たような…。そうだ、前に学校で俺をナンパした…ええと名前なんだっけ?


「あ、ありがとうございます」

 兎にも角にも助かったようだ。安堵したからか急に眠たく……。


 ∧∨∧∨∧∨∧∨


 気が付くと俺はベッドに寝かされていた。あやめの家の俺の部屋だ。助かったみたいだな。


「……」

本当に大丈夫か?あの後、俺はすぐに気を失って、その後の事は何があったか知らない。あの先輩は以前に俺に振られたという因縁がある。あの時の腹いせとばかりに何かしたとしても不思議はアルマーニ。見た目は紳士なイケメン優等生だけど、逆にああいうのが影の番長だったりする。乱暴なことはされてないと思う。思いたい。流血の事態にはなっていないと信じたい。だって、初めては想いの人に捧げたいじゃん?アホな事言ってる場合じゃない。もし、俺が気絶している間に裸を見られていたら、今後あの先輩に会う度に「こいつ、俺の裸見やがって」と思わなければならない。いや、まさかとは思うが、俺の裸を撮られていたらそれをネタに「俺と付き合え。さもないとお前の恥ずかしい写真ばら撒くぞ」と脅迫されるかもしれない。どうしよう。はっきし言ってあの先輩はタイプじゃない。あの先輩どころか男全体が俺のタイプじゃない。俺は好きでもない男と嫌々付き合わなければならないのか?そんなのヤダ。将来に悲観してると不意にドアが開いたので俺はビクッとなってしまった。


「あ、起きてたんだ」

 あやめだ。様子を見に来てくれたようだ。


「大丈夫?本当に大変だったんだから」

 あやめが言うには、俺が戻らない事に心配したあやめたちが探しに出かけたところ俺を車椅子に乗せたあの先輩と出くわしたらしい。先輩から事情を聞いたあやめたちは花火見物もそこそこに家に帰ったそうだ。


「お父さんなんかあなたが襲われたと聞いて激怒しちゃって襲った奴ら全員殺してやるって大騒ぎだったのよ」

 それはそれは。


「まあ、あなたが無事でよかったわ」

 悪いね、心配かけて。


「ううん、あなたはもう私たちにとったら家族の一員みたいなものだから」

「えっ?」

 いきなり家族と言われて俺は困惑した。俺はただの居候だ。


「ねえ、皆で話し合ったんだけど、あなたさえ良かったら家族になってもらおっかな、て。どう?」

 どう?って言われても。


「いいの?」

「私は大歓迎。両親もあなたさえ良かったらって」

「お兄さんは?」

「滅多に帰ってこないんだから放っておいていいわよ」

 ひどい言われようだ。しかし、家族か……。俺は別にいまの居候でも構わない。それに……。


「ごめん、ちょっと一人で考えさせて」

「…わかった。結論は焦らないでいいからね」

 あやめが出ていって、俺は一人で考えた。俺が正式にこの家の一員になったら、誰があの家で兄貴を待つんだ?いつ帰ってくるかも、そもそも帰ってくる気があるかどうかもわからない。しかし、もし帰ってきた時にあの家で待ってる人が誰もいなかったら。


「そうだ、家に帰ってみよう」

 兄貴は家に金を置いておくと言っていた。他にも何か置いてあるかも。俺は早速あやめに頼んで家まで連れてってもらった。


「ちょっと、ここで待ってて」

 あやめと車椅子を玄関で待たせて俺は杖で家の中を移動した。金庫を開けてみると現金の他に手紙が置いてあった。


『お前がこれを読んでいる時は恐らく俺はこの村から出て行ってるだろう。お前を最後まで面倒みると言っておきながら勝手な兄を許せ。でも、お前を守るにはこうするしかなかったんだ。勿論、お前を一人残しておくことは後ろめたいが、ここ何日かお前の様子を見ていたがなかなかいい人たちじゃないか。あの人たちなら俺も安心してお前を預けることができる。俺はこの村に帰ってくるつもりはない。だから、お前も俺の事を忘れてお前だけの人生を歩んでほしい。それと、もう男だった事は忘れろ。お前が女になったのは運命だ。運命には逆らえない。運命に刃向うのではなく、運命とどう向き合うかが大事だと俺は思う。お前ももう大人だろ。いい女になるのだな』

 手紙にはこう書いてあった。


「兄貴……」

 運命は俺のいままでの人生を否定し、たった一人の家族をも引き離した。その残酷な運命に抗議するため俺は声も無く泣いた。


 ∧∨∧∨∧∨∧∨


 気分を落ち着かせた俺は現金を持ってあやめと一緒にあやめの家に戻った。そして、現金をあやめの両親に渡した。これから世話になるための礼金と生活費だ。あやめの両親は最初は拒んだが、俺がどうしてもと言うと半分だけ受け取って半分は貯金するよう言ってくれた。

 それから数週間後、俺は車椅子無しでも歩けるぐらいまで回復して学校にも通えるようになった。いろんな事があったせいか、皆俺の事を心配してくれる。大事な物をいっぱい失ったけど、それでも俺は生きている。こんな体だからどこまで生きられるかわからないけど、生きられるところまで精一杯生きようと思う。辛い時があっても、あのとある夏の出来事を思い出して乗り切れる。あれより辛い時は無いのだから。

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