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第7話

 俺から漂うフェロモンの香りで兄貴は俺の事が好きで堪らなくなり、俺の下着でその想いを紛らわそうとした。ところが、それを俺に暴露されやめさせられた事によって兄貴の俺への想いが発散する事無く蓄積されていき、やがては兄貴の理性の限界を超え溢れ出す。俺への想いを抑えきれなくなった兄貴は、理性が体への制御を失い暴走する。俺が兄貴を受け入れたら特に問題は無いが、受け入れない場合は……。俺から出るフェロモンは微量で毎日直に接している人間でないと影響は受けないらしいが。


「どうしたものか」

 思えば、あれ以来どうも兄貴の様子がおかしいと思ったんだ。しかし、今更俺の下着を自由に使っていいよなんて言えないよな。


「……そうだ、あきらめさせたらいいんだ」

 俺に彼氏でもできたら兄貴も諦めるだろう。でも、誰に?この村の人間なんてほとんど知らないし、それに本気で彼氏を作る気もない。恋人ごっこですませられる相手っていないものか……。あれこれ候補を考えたが誰も該当しない。本気で恋人になられては元も子もない。だって、意識の上ではまだ俺は男のままだ。男と付き合うなんて想像しただけで背筋が凍りつく。


「待てよ…何も愛情とかって一つとはかぎらないよな」

 人が人に向ける愛情って恋人に対してのものだけじゃなく、家族に対しての愛情もある。俺と兄貴は兄妹だ。兄貴が俺を女としてではなく、妹として愛情を注ぐ。これならどうだ?妹想いの兄と、兄思いの妹。これなら健全だ。よし、これで行こう。


「ただいま」

 数時間後、兄貴が帰ってきた。作戦開始。


「お兄ちゃん、おかえりなさーい」

「お、お兄ちゃん?」

 戸惑う兄貴に抱きつく。


「えへへっ待ってたんだよ」

「お、お前、頭でも打ったか?」

 やかましい。こっちは自分の身を守るために必死なんだ。


「頭なんて打ってないよ。それより、晩御飯できてるから早く着替えてきて」

「あ、ああ……」

 何が何だかわからないといった様子で兄貴は自分の部屋に向かった。思ったより疲れるな。精神的に。でも、兄貴が俺を可愛い妹と強く認識できたら万が一にも可愛い妹を泣かせるような真似はしないだろう。兄貴が着替えてきたのでお食事。


「どう、おいしい?」

「うん、美味しい……」

「良かった。お兄ちゃんのために一生懸命作ったんだよ」

「そ、そうか…それはありがとうな」

「えへへっ」

 無理して笑顔になるのってきついな。でも、耐えるんだ。可愛い妹を演じきれば兄貴は俺を性的な対象として見なくなるはずだ。そういった点では兄貴でよかったよ。赤の他人ならこの手は使えんからな。食事が終わり、食器の洗浄・片付けを終えると俺は居間のソファに座っている兄貴の隣に座った。


「な、なんだよ」

「お兄ちゃんの隣に座りたくて…ダメ?」

 上目づかいで訴える。


「べ、別にいいけど……」

「やったぁ」

「お、おい、あんましひっつくなよ」

「いいじゃん、兄妹なんだから」

 兄妹を強調する。甘えん坊の妹なら兄貴も変な気は起こさないだろう。よし、もっとやろう。すりすりすりすり……ふらっ。


「あり?」

 頭がふらっとした。調子に乗って張り切りすぎたようだ。


「おい、大丈夫か?」

「う、うん……」

「慣れない事するからだ。部屋で休め」

「お兄ちゃん、つれてって」

 ここでも兄貴に甘える事にする。やるからには徹底的にだ。


「しょうがないな。ほら」

 兄貴は俺を抱きかかえると俺の部屋まで運んだ。


「ありがとう、お兄ちゃん」

「今日はもう休め」

 ベッドに寝かしつけ兄貴は俺の頭をなでる。


「なあ、兄ちゃんの事好きか?」

「うん、大好き」

 どうやら作戦は成功のようだ。兄貴は「兄ちゃんの…」と言った。もし、俺に惚れた異性に対するような情があれば「俺の…」になるはずだ。つまり、兄貴は俺を可愛い妹として認識した事になる。これで、世間を賑わすような事にはならないだろう。安心した俺はそのまま眠りについた。


「そうか…お前も……」

 兄貴が何か呟いているがよくは聞こえなかった。


 69696969


 翌日。俺は朝から体調が悪くて寝ていた。昨日、柄にでも無い事を無理やりしたからだろう。でも、後悔はしていない。努力の甲斐あって兄貴の俺への情を異性のから妹のにすることに成功したからだ。兄貴は帰りに土産を買ってくると言ってた。想像するにそれは人形かぬいぐるみだろう。あいつ、完全に俺の事を妹扱いしてるな。もう今更何も言わんがな。


「ただいま」

 お、帰ってきた。


「どうだ?体の具合は」

「安静にしてたから大丈夫。もう起きられる」

「そうか。それはよかった」

 兄貴はポケットから小さい箱を取り出した。


「ほらよ」

「なに、これ?」

「朝、言ってたプレゼント」

 ああ、土産か。しかし、この小ささから想定して人形やぬいぐるみではない。ブローチか?


「開けてみ」

 うむ。箱を開けるともひとつ箱が。


「……」

 それは宝石とかが入れられてそうな箱だった。宝石は有りえないから、やはりブローチか?しかし、何もこんな大層な物に入れなくても。とりあえず開けてみる。


「こ、こりは…?」

 箱の中は指輪だった。なぜに指輪?兄貴が妹にプレゼントするもんではないよな。


「受け取って…くれるか?」

 ひいぃぃぃぃぃっ!!!いや、落ち着け。落ち着け、俺。いいじゃないか。兄が妹に指輪をプレゼントしても。したらダメという法は無い。


「あ、ありがたく受け取っておくよ。は、は、はははっ…」

 顔が引きつってるのが自分でもわかる。落ち着いて。落ち着いて対応しないと地雷を踏む事になる。


「あ、ありがとうね。お兄ちゃん」

 精一杯の笑顔を兄貴に向ける。あえて、お兄ちゃんを強調する。すると、兄貴は真摯な顔を俺に向けてきた。


「なあ、俺の事"お兄ちゃん"って呼ぶのやめてくれないか」

 じゃ、兄貴。


「違う。そういう意味じゃない。名前で呼んでくれって事だ」

「……」

 全身から汗が滝のように流れ出てきた。名前で呼べ?どういう意味だ?いやいや最近は兄を名前やあだ名で呼ぶ妹も珍しくは無い。


「じゃ…はる…はるくん?」

 それとも、はるやんが良いだろうか。でも、どうして呼ばれ方なんて気にするんだろう。本人が希望するならそれでいいけどさ。……勇気を出して聞いてみるか。


「どうして、兄貴やお兄ちゃんがダメなんだ?」

「?」

 なんでそんな事訊かれるかわからないって顔をしやがったぞ。


「もう俺達好きあってるから名前で呼び合うのが普通だろ?」

「はっ?」

 すまない、よく聞き取れなかった。


「だから、好きあってるんだから名前で呼び合うのが普通だろ」

 空耳であってほしいという俺のささやかな願いは踏みつけられた。


「……で、この指輪は?」

 聞きたくはないが、確認はしておかないと。


「結婚しよう」

 いま、俺は間違って敵陣に迷い込んだ兵隊みたいな気分だ。絶体絶命の窮地。どこで間違えた?


"なあ、兄ちゃんの事好きか?"

"うん、大好き"


 昨日の会話。これか?確かに兄貴の事を大好きと言った。しかし、それは兄に対しての家族としての情だ。決して男女の仲という意味ではない。いかん、急いで誤解を解かないと。


「あのね兄貴、よおく聞いて。俺が兄貴を好きと言ったのは家族としてであって、その結婚とか言われても困るんだよ」

 だいいち、俺たちは兄妹だ。結婚なんてできないだろ。


「なっ!?」

 いや、そんなに驚く事じゃないだろ。


「じゃ、俺の事を大好きって言ったのは嘘だったのか?」

「さっき言っただろ。それは家族としての情であってだな」

「俺はお前が好きだ。好きで好きで堪らないんだ」

 だったら妹として愛してくれ。


「いや、俺にはもうお前は妹ではないんだ。なあ、わかってくれるよな?」

 わかるか、ボケ。いかんな、完全にフェロモンにやられている。そうだ、フェロモンの事を教えてやれば。


「いい?俺の話を聞いてくれ。兄貴が俺の事を気になるのは俺から放出されるフェロモンのせいなんだ。だから、落ち着いて、冷静になって…」

 どう、説明すれば…。俺への想いは嘘だと言えばいいのか?


「フェロモンとかそんなのどうでもいい。俺にはもうお前しかいないんだ…」

 ベッドに寝ている俺に兄貴は覆いかぶさるようにしている。布団を両手で押さえられて俺は逃げられない状態。最初は上半身だけ起こしていたんだが、兄貴がだんだん迫ってきたのでそれから逃げようとして寝ちゃったというわけ。兄貴が俺の頬に手を当てる。


「!」

 思わずビクッとなった。


「目が赤いな。怯えてるのか?」

 かなりマジなレベルで怯えてる。


「可愛そうに…初めてだからな」

 待て、何を言ってる?


「お、おちつけ、兄貴。俺が本当は男だって忘れたのか?」

「いまは女だ」

「それでも妹だろうが」

「でも、女だ」

「世間が黙ってはいないぞ」

「愛さえあれば何でも乗り越えられる」

「愛だけじゃ何にもならないぞ」

「いいや、愛さえあれば何もいらない」

 愛さえあれば何も要らないなんて~全部ウソさ♪って歌あったよね。つまり、嘘なのさ。


「嘘じゃない。俺は本気だ」

 余計、悪いわ!


「なぜ、俺を拒む。俺の事が嫌いか?」

「嫌いじゃない」

「じゃ、問題は無い」

「そういう問題じゃない!」

 いい加減、目を覚ませバカ野郎。このままじゃやられてしまう。かといって下手に拒絶したら激昂して何をしでかすかわからない。殺人事件になった例もあるらしいしな。考えろ。何か手はあるはずだ。兄貴の顔が迫ってくる。よせ、それ以上近づけるな。女になっての初キスの相手が兄貴?それが許されるのは小学生までだ。キスぐらいでガタガタぬかすな?バカ野郎、キスだけで済むか。やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ……。


「うあああああああっ!!!」

 ご近所に俺の悲鳴が響き渡った。


 69696969


 悲鳴を聞きつけてやってきたご近所さんたちによって俺は間一髪貞操を死守する事ができた。俺はいまあやめの家で保護されている。兄貴はご近所さんたちによって取り押さえられたが、隙を見てどこかに逃亡したらしい。


「大丈夫?」

 あやめがそっと俺の頬に手をやる。俺は東京に行っているという彼女の兄のベッドを使わせてもらっている。ショックが大きすぎたせいか、俺は体調を崩してほとんど寝たきりの状態になっていた。


「だ、大丈夫…」

 そう答えるも大丈夫ではない。未だに体がガクガクしている。兄貴はもう止める事はできないだろう。俺に完全に拒絶された以上、今度は俺を殺しに来るやもしれん。俺が兄貴を受け入れたら問題は解決するのであろうが、そんなのとても無理だ。二親等という血縁の近さからくる社会的・道義的理由、はっきし言って恋愛の対象ではない、そもそも男と付き合う気はさらさらない生理的理由からして無理だ。


「こうなったら()られる前に()るか?」

 このまま奴に殺されるぐらいなら返り討ちにしちゃる。くっくっくっ……。


「ど、どうしたの?」

 いきなり笑い出した俺にあやめが心配そうに訊いてきた。さっきのは小声だったので聞こえなかったようだ。


「なんでもないよ」

 天井を仰ぎながら俺は答えた。さっきのも冗談だ。いまの俺じゃどうする事もできんさ。

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