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第5話

「サインください!」

 海に行った翌日の学校で、俺は着いた早々知らない奴にそう声をかけられた。


「はっ?」

 最敬礼で俺に色紙を差し出す男に俺はそう答えるしかなかった。バカか?そう思った時、そいつに触発されたのか我も我もと俺にサインを求めてくる奴が相次いだ。男だけじゃない。女の子の姿も見える。なんなんだ。


「ま、待って。どういうこと?」

 なんで俺がサインを書かなきゃならんのだ?すると、男の一人が答えた。それによると、昨日俺が海の家でサインを書いてたのをたまたま誰かが見ていたらしいのだ。だからって、俺のサインなんかもらってもしゃーないだろ。


「そんなことないっす。あなたはこの学校のいやこの村のアイドルっす。顔踏まれたいっす」

 アイドル?ふっ、冗談(てんごう)はやめなはれ。それより、顔を踏まれたいってなんだ?変態か?俺にそんな趣味はねーよ。


「悪いけどサインは勘弁してもらえないかな」

 俺はそんな身分ではない。後顧の憂いを断つためにもここではっきりとノーを突きつけるべきだろう。これで皆あきらめてくれるだろう。


「あー、そうっすか。そうっすよね」

 うむ、わかってくれたか。


「色紙だけじゃサイン書けないっすよね。はい、サインペン」

「えっ、ちが…」

 全然わかってなかった。そして、俺は差し出されたサインペンを反射的に受け取ってしまった。しまった、これじゃあもう断れない。しょうがない。俺はサインペンのふたを取って色紙に自分の名前を書いて渡した。


「ありがとうっす。一生大事にするっす」

 そんな大層な。そして、当然こいつだけというわけにはいかぬ。我も我もと押しかける生徒たちの分も書いてやるしかあるまい。中には教科書やノートに書いてくれって奴もいたが、さすがにそれは断った。とりあえず書くのは色紙を持っている奴だけにしてもらった。


「ふーっ疲れた…」

 ようやく臨時のサイン会から解放されて教室に着いた俺は少し寝ることにした。Zzz…。


 qbqbqbqb


「起きて…ほら起きて…」

 むにゃむにゃ…。


「もう先生来てるよ」

 先生…?しまった、寝過ごした!顔を上げると皆が起立していた。慌てて俺も起立した。その時だった。


「あっ……」

 急激な眩暈がした。見えてるものがすべてグルグル回る。立ってられなくなった俺は椅子に座ってしまった。


「着席!」

 学級委員の合図で皆が着席したのとほぼ同時だったので目立つことはなかった。だが、グルグルは続いている。駄目だな、授業は無理だ。


「すいません先生、気分が悪いので保健室行っていいですか?」

「わかった行って来い。誰か、付き添ってやれ」

 俺が体弱いのは教師も知っているのであっさり了承された。


「はい、私が行きます」

 あやせが付き添いに立候補して、俺は彼女に付き添われて保健所に行くことにした。だが、立ち上がった途端に激しいグルグルに襲われ、俺は整形までしてなりすました憧れの歌姫を凶弾から守ろうとして自分が被弾してしまった偽物みたいにクルクル回って倒れた。


「きゃーっ、大丈夫!?」

「医者だ!早く!」

「しっかりして!」

 教室中が騒然となる。俺は「大丈夫」と起き上がろうとするが、意識が朦朧としていて体を動かすどころか喋ることもできない。それどころか瞼が重たくなってきた……がくっ。


 qbqbqbqb


 気が付くと俺はベッドに寝かされていた。どこかわからない。天井が見知らぬものだからだ。…保健室ではないな。どっかの病院か。


「これで一学期は終了だな」

 やはり無理があったのか。家で一人でいるのも何だなと思い、学校へ通ってみたもののあまり変わらない感じだった。友達と言えばあやめだけ。勿論、俺から声をかけるような事なんてしなかったから原因は俺にもある。女になったことで男友達は作りにくくなったし、女友達を作る方法なんて(おら)ぁ知らねーよ。彼女と女友達は違うだろうからな。


「眩暈は治まったか……」

 上半身を起こす。何時だ?時計を見る。正午か。…暑い。ここ多分病院だろうけど扇風機しか置いてない。


「クーラーを置いてもバチはあたらないだろうによ」

 早く家に帰ろう。えーと、医者はどこだ?病室を出る。


「あ、起きたか」

「兄貴?」

 待合の椅子に兄貴が座っていた。学校はどうしたんだ?


「お前が倒れたって聞いて早退してきたんだ」

 そうか。悪いな。


「いや、それより体はどうなんだ?」

「だいぶマシになった。家に帰ろう。ここは暑すぎる」

「待て、一応医者の許可が無いと」

 そうだな。医者んとこ行く。医者はもう少し安静にしておいた方がいいと言ったが安静なら家でもできる。


「でも、どうやって帰る?横木田の親父さんはいま仕事中だから来てもらえないぞ」

「歩けばいい。遠いのか?」

「いや、学校よりかは近い」

「じゃあ歩こう。とにかくここは暑い」

 ってなわけで家まで歩くことに。自動販売機でアクエリオン買って水分補給。よし、行こう。と、思ったが途中でバテた。


「だから言っただろ。お前には酷だって」

「あと、どのくらい?」

「だいたい半分くらいか」

 じゃ休憩して…って休める場所無いじゃん。


「しょうがねえな。ほら」

 なんのつもりだ?


「家までおぶってやるよ」

 やだよ、格好悪い。


「でも、家まで歩けないんだろ。それとも、あそこのあれ借りるか?」

 兄貴が指差したのは工事現場とかで運搬用に使われる手押しの搬送用一輪車だった。あれに乗せられて運ばれるのは辛い。


「おんぶでいい……」

 俺は兄貴の背中におぶさった。


「よっと」

 ちょっとふらつきながらも兄貴は立ち上がって歩き出した。


「本当に大丈夫か?」

 この兄貴も決して体力派では無い。


「平気さ、これくらい」

 無理しちゃって。しかし、根性だけはあるようですぐにバテるかと思ったら結構がんばるではないか。


「すまないね。負担ばっかかけちまって」

「体が弱いんだからしょうがないだろ」

「でもさ、何から何まで兄貴に押し付けて。悪いと思ってんだぜ」

「その気持ちだけでいいさ。それよりも暑いな」

「ああ、暑い」

 やっぱ歩くわ。ただでさえ暑いのに俺なんかおんぶして歩いてるんだから兄貴の疲労は激しいだろう。


「大丈夫だ。俺は毎日これよりも長い道のりを往復してんだぞ。心配はいらないよ」

「そうかい……」

 この村に来てから兄貴が頼もしく見えてくる。俺は兄貴の背中にもたれかかった。


「…なあ、お前ってさ。そのなんだ、お前にもやっぱあるんだな」

「なんのことだ?」

「思ってたよりも大きいというか……」

 大きい?重たいの間違いじゃないのか?女の子に「お前って意外と重いよな」は禁句だが、俺にそんな配慮はいらないだろ。


「なあ、お前って友達いないんだってな」

 話をすり替えたな。


「まあな」

 それは事実だ。


「あやめちゃんから聞いたんだが、お前ってクールなイメージでそれが周囲から壁を作っている風に思われてるらしいぞ」

「別に壁なんか作っているつもりはない」

 現にあやめが話しかけてきた時はすぐに友達になったじゃないか。


「それでも他の連中からしたらお前は近寄りがたいんだよ。もっと自分から友達を作りにいったらどうだ?」

「考えておく」

 近寄りがたい、か。だとしたら今朝のサイン騒動は俺に近づく口実か。家が見えてきた。俺は兄貴から降りると先に家に入った。もう汗びっしょり。早く、シャワーが浴びたい。制服を脱ぎ捨てて、ブラとパンツも脱ぎ去る。


「お、お前、ちゃんと脱衣所で脱げよ」

「わかってるよ。脱ぎっぱなしはしないでちゃんと洗濯機に入れるよ」

「ち、違う。俺は言いたいのはな…と、とととにかくシャワー浴びて来い。洗濯物は俺が片しておくから」

 何をそんなに慌ててるんだ?俺はシャワーを浴びてさっぱりした後、寝る事にした。ただ、安静しているだけのつもりだったんだが、いつの間にか寝てしまったのが正解だ。


 qbqbqbqb


 起きた時はもう真っ暗だった。腹が減った。今日は昼も食べてなかったからな。兄貴に何か作ってもらおう。台所に行ってみる。誰もいない。食堂のテーブルにおにぎりがおいてある。今日はこれですまそう。おにぎりをほおばる。ごっそさん。さて、兄貴はどこ行った? 昼間の礼もしてないしな。電気が全部消えてる。自分の部屋にでもいるのかな?兄貴の部屋は離れみたいなところにある。電気がついてるから中にいるみたいだ。


「兄貴いる?」

 ドア越しに声をかける。すると、ひどく慌てた声が返ってきた。


「ど、どうした?」

 お前がどうしたんだよ。


「いや、昼の礼が言いたくてさ。開けるよ?」

「あ、ああ」

 ドアを開けて中に入る。そこでまず目に入ったのは胡坐をかいている兄貴のズボンのポケットに無理矢理詰め込められた感のある物だった。あれってパンツだよな。しかも、女物の。


「……」

「……」

 沈黙が流れる。兄貴は平静を装っているが、先ほどの会話でもわかるように動揺しているのは明らかだ。そういや、俺がこの部屋に来たのは初めてだな。


「もしかしてお取込み中だった?」

「何のことだ?別に本読んでただけだが?」

 そう言う割には手元に本が見当たらないが。深くは追及しないでおこう。


「えっと、昼間はサンキュな」

「ああ、いいって事よ。あ、お前おにぎり作ったのをわかったか?」

「食べたよ。ありがとな」

 俺はそう言って部屋を出た。長居は無用だと直感が訴えたからだ。それにしても、あのパンツ誰のだ?兄貴のあの慌てぶりからして何をしてたかは容易に想像できる。兄貴も年ごろだからそれについてどうこう言うつもりはない。問題はあのパンツが誰のかだ。有坂さん?兄貴に一番近い女性だ。まあまあ美人だし、俺よりかはグラマーだ。でも、どうやって入手した?犯罪的行為?兄貴にそんな度胸があるとは。それとも俺の知らない女友達?と、とにかく見なかった事にしよう。その時だった。自分の部屋に戻ろうとした俺に直感がとんでもない推測をもたらした。


"俺のパンツかも……"

 はははっ、何を言っているのかね?そんなわけないだろ。妹のそれもついこないだまで弟だった奴のパンツをこっそり拝借して……なんて、そんな奴おらんやろ。


「バカバカしい」

 でも、もしそうなら?どうする?確かめるか?下手をすればいまの生活が崩壊してしまう危険がある。でも、疑惑が生じた以上真偽を確かめないと気になって体に悪い。


「何を怖気づく事がある。常識から考えて兄貴が俺のパンツで自分を慰めるなんてあるはずがない」

 意を決して窓から覗き込む。俺がもういなくなったと安心してか、思ったとおり兄貴は例のパンツで××××していた。そして、そのパンツは紛れもなく俺のだった。


「ま、まじかよ…」

 俺は兄貴に気付かれないように離れから離れて自分の部屋にもどった。まだ、自分の見たものが信じられない。そんな…兄貴に限ってそんな事あるはずがない。でも、現実に見てきた。まさか、知らぬ間にこんな事になっていたなんて。


「そうか、兄貴からしたらいきなり女の子と同居したみたいなものだもんな」

 もうちょっとその事に気を配るべきだった。いきなり同居となった女を妹と思えと言う方が無理だったのだ。問題は兄貴の俺への想いが秘めたままで終わるかどうかだ。もし、想いが暴走したら……。背筋が凍りつく。下手な怪談よりもゾーッとする。鏡を見ると目が赤くなってる。怯えている証拠だ。初めての相手が兄貴なんて有り得なさすぎる…。その時、携帯が鳴り響いて俺はビクッとなった。


「だ、誰?あやめか…もしもし?」

「もしもし?どうしたのよ。何回も電話したんだよ」

「ごめん、寝てたから」

「そう、体大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫」

「よかった。学校来れる?」

「しばらく休もうと思う。また皆に迷惑かけるかもしんないから」

「その方がいいかもね。プリントとか連絡事項は私が持っていくから」

「ありがとう。感謝する」

「どうしたの?声が震えてるけど」

「えっ?そ、そう?」

「何かあったの?」

「うん、あ、あのね……やっぱいい」

「どうしたのよ。気になるじゃない」

「大した事ないよ。うん、大丈夫だから、じゃね」

 電話が切れた。言えるわけない。兄貴が俺のパンツでハァハァ言ってたなんて言えるわけないだろ。


「兄貴…どうしちまったんだよ……」

 俺は未だに自分の見たものが信じられなかった。

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