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第0話

 それは、突然だった。グラウンドでサッカーをしていた俺は急に立ちくらみがして倒れた。周りにいた友達があわてて駆けつけて先生を呼んできてくれたが、保険医の判断で病院に搬送されることになった。体温が尋常ならざるくらい高かったのだ。まだ、春だというのに真夏みたいに暑かった。汗はだくだく、体の中まで熱くて息も苦しい。医者も懸命に診察してくれたが、原因はわからなかった。三日三晩うなされて四日目の朝、前日までの高熱が嘘みたいにおさまっていた。


「助かった…のか?」

 マジでもうダメかと思っていた。体内の血液や体液とった水分がすべて蒸発しちまうんじゃないかってほどの高熱だった。それが、まるで嘘だったみたいにおさまってるのだ。とりあえず、上半身を起こした俺は部屋着の袖が余っているのに気付いた。俺はクラスでも平均的な身長でそんなに体格が小さいというわけではない。合うサイズの服がなかったとは思えない。緊急を要する状態だったので新米の看護士が慌てていたのだろう。それはまだいい。それより気になるのはさっきから風邪で靡いている銀色の髪の毛についてだ。試しに頭に手をやると、短髪だったはずの俺の髪が女みたいに長いサラサラヘアになっているのだ。しかも、銀色。俺も両親も祖父母も曾祖父母も兄貴も親類縁者含めて全員黒髪のはずだ。じゃ、この銀色の長い髪はなんなんだ?病気の後遺症か?とにかくトイレに行きたい。でも、なんか体がだるい。病み上がりだからだろうか。見たところこの病室は個室で中にトイレもある。すぐそこなので、がんばって行く。と、思ったらベッドから立ち上がった瞬間、俺は転んでしまった。想像以上に体が弱っている。


「なんか杖になりそうなものはないか」

 病室を見まわしたが杖になりそうなものは見当たらなかった。ナースコールするにもトイレはすぐそこだ。お忙しい看護士さんの手間を取らせるのは気が引ける。何とか這ってトイレにたどり着く。とても立って用をたせないので便座に座ってする。ズボンとパンツを下ろしてゾウさんパオーン。


「……」

 俺はいったん股間から目を離してパチパチと瞬きしてからもう一度股間に目をやった。どういうわけか、ゾウさんがどっかに消えていた。


「えええええええっ!!?」

 ここ数年出したことない悲鳴が病院中に響いた。慌てて看護士がやってくる。


「どうしましたっ!?」

 トイレのドアを開けた看護士は俺を見ると唖然となった。


「あなた、誰?」

 誰って自分とこの患者だろうが。俺は自分の名前を言ったが、看護士は信じていないようだ。俺は何度も本人だと訴えたが聞き入れてくれない。それどころか、なんでそんな見え透いた嘘をつくのかって顔をしている。嘘じゃないって。


「あなた、鏡で自分の顔を見て言ってるの?」

 鏡?うんにゃ?看護士が鏡を渡してくれたので自分の顔を確認する。


「…誰?」

 鏡に映ったのは美少年ではなく、銀色の長い髪の美少女だった。


「もう一度聞くけど、あなた誰なの?」

 ……誰なんでしょう。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺は高校一年生の男子だったはず。そこだけは絶対的な自信があった。その自信が跡形もなく崩れ去ろうとしていた。両親と兄貴がやって来て俺と面会したが、誰も俺が俺であることを信じようとしない。兄貴が俺と家族しか知らないことをいくつか質問してきてそれに全部答えたが、それでも信じられないようだ。でも、俺は俺だ。


「でも、君鏡を見てまだそんなこと言うのか?」

 兄貴の指摘に俺は言葉を詰まらせる。ブルマがブルー将軍に俺は男だと言って「そんなチチのはれた男がおるか!」と激昂させたのと同じだ。チチこそそんなにはれていないが、他はどこからどうみても男ですらなかった。


「なあ、信じてくれよ。俺は俺なんだって」

「そんなこと言われても…ねえあなた」

「ああ、信じろという方が無茶だ」

 だったら、あんたらの息子はどこに行ったんだ!?


「それを君に聞きたいんだ」

 だから、目の前にいるのがあんたらの息子だよ。


「そんなこと言われてもねえ」

 ダメだ。このままでは堂々巡りだ。何か打開策は無いのか?その時だった。一人の見知らぬ男が入ってきた。


「あー、ちょっといいですかね」

「はあ、どちら様でしょうか?」

 母親が応対する。


「申し遅れました。私、こういう者です」

 男が名刺を渡したので母親が読み上げる。


「国立難病研究センター?」

 男によると現代医学でもまだ解明されていない難病の治療法などを研究しているという。


「それで何か御用ですか?」

「はい、実はさきほど看護士の方が話されているのを偶然聞きましてもしかしたらTS症候群ではないかと」

「TS症候群?」

 俺たちは顔を見合わせたが誰も聞いたこともないようだ。


「正式には突発性性転換症候群といいますが、簡潔に申せばTSウイルスに感染して性転換したということです」

「そんな病気があるんですか?」

「非常に稀な病気で世界でも数例しか報告されていません。日本では恐らく初めてでしょう」

 またしても俺たちは顔を見合わせた。


「それで治療法とかは…?」

 親父が恐る恐る尋ねる。男の難病センター研究員という肩書が気になる。


「現在のところ治療法及び特効薬は開発されていません」

「それは……」

「残念ながら息子さんは一生娘さんのままです」

 ガーンと頭をハンマーで叩かれた気分だ。


「もちろん、将来特効薬なり治療法が開発される可能性はあります。しかし、実現は望み薄でしょうな。なにしろ世界でも数例で、しかも他のウイルスと違って感染が拡大する危険もないからどこの国も研究者も本腰を入れて研究していないのが現状です」

「自然に治癒する可能性は?」

「100%ありません」

 俺たちは三度顔を見合わせた。一生、女の子?冗談じゃない。俺にはサッカー選手になる夢があるんだ。あ、そうか、いまは女子サッカーも注目を集めてるんだ。別に女でもサッカー選手になれる時代なんだから問題ないか。この部分だけは……。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 サッカー選手になるという夢はどうやら完全に打ち砕かれてしまったようだ。体がえらく病弱になってるのだ。多分、TS症候群のせいだろうと思うが、おかげで一ヶ月も入院する羽目になってしまった。家族が代わる代わる交代で毎日見舞いに来てくれるし、学校のクラスメートも休日や放課後に来てくれる。仲の良い友達はもちろん、普段接点のないクラスメート(女子も含めて)も見舞いに来るのだ。クラスメート思いというわけではないだろう。女になった俺を見たいという物珍しさからだ。


「お前、本当にお前か?」

「うっそぉ本当に女の子になってる」

「うわっ本当だ。マジでかわいいじゃん」

「やだぁ私よりかわいい」

「俺と結婚してくれ!」

 誰も体調はどうだ?とは聞いてくれない。髪の毛や手を触ってくる。特に女子。


「まあ、髪ツヤツヤ」

「お肌もスベスベ~」

「いいなぁ手入れしてないんでしょ?」

 そりゃ、女になったばっかだからな。思えば、こんな風に女子に囲まれた事はなかったな。人生のモテ期が来たようだ。嬉しいような嬉しくないような。そうそう、担任も来てくれた。女子用制服を持って。


「なんすか?それ」

「お前の制服だ」

 それ、女物っすよね?


「ああ、そうだお前もう女の子なんだろ?退院したらこれで登校してもらう」

 待って、俺にスカート穿けってこと?ありえないよ。


「女子が男子の制服を着て登校する方がありえないだろ」

 もっともだ。けど、スカートって。一気に憂鬱になってきた。制服を置くと担任はさっさと出て行った。相変わらず生徒には関心がない教師だ。どうしよう…学校に行きたくなくなった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 結果から言うと、俺は女子用制服で登校するのは免れた。ようやく体調が自力歩行ができるまでに回復してあと数日で退院という時に両親が事故死したという知らせが届いたのだ。どちらか片方が生きていればまだよかったのだが、二人とも死んでしまったら残された俺と兄貴は路頭に迷うことになる。面倒見てくれる親戚はいない。祖父は2年前に他界、祖母は施設で暮らしていてとても俺らの面倒は見れない。事故を聞かされた俺はショックでまた倒れてしまった。

 気が付くと俺はベッドに寝かされていた。


「気が付いたか」

 連絡が行ったのだろう兄貴が来ていた。かなり疲れているようだ。そりゃそうだろう。突然、両親が死んで弟…妹もこんな状態だもんな。運動派の俺とは対照的に兄貴は勉強派で比較的温厚な性格だ。控えめな性格の兄貴ではこれからの事は荷が重すぎるだろう。俺がこんなじゃなかったら、少しは助けになれるのに。 


「葬式は近所の人たちと集会所でやることにしたよ」

 そうかい。俺も行かなくちゃならんけどこれじゃあな。


「お前は寝てろよ」

 すまないね。


「そうだ、父さんと母さんがいなくなって寂しいだろうからこれを買ってきた」

 兄貴が袋から出したのはレッサーパンダのぬいぐるみだった。


「さ、さんきゅ……」

 一応、礼は言ったがはっきし言って嬉しくない。


「じゃあな」

 兄貴が帰った後、何もすることないので寝ることにした。せっかくなので、ぬいぐるみを抱いて寝よう。そんな趣味は持ち合わせてはなかったが、不安な気持ちを落ち着かせるには有効だ。


「これからどうなるんだろうね、俺たち……」

 ぬいぐるみに話しかけるも返事はない。そりゃそうだろうと自嘲しつつ俺は眠りに入った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 数日後、見舞いに来た兄貴がこんなこと言い出した。


「なあ、俺たち田舎で暮らさないか?」

「はっ?」

 いきなり何を言いだすんだ?田舎も何も両親は二人とも地元の出身で俺たちに田舎とよべる場所はない。ましてや、双方の祖父母が死亡あるいは施設暮らしで俺たちの面倒を見てくれる人はいない。


「いや、実は父さんの知り合いが田舎に家を持っていてよかったらその家で暮らさないかと言ってくれているんだ。生命保険の金があるからしばらくは食っていけるけど、家のローンとか考えるとさ。家賃はいらないそうだ。きれいにしておいてくれたらそれでいいって」

 ずいぶんと気前のいい人もいるんだな。これも親父の人徳か。


「どうする?」

 どうするって特に反対する理由はない。そうなると転校となるな。チラッと架けてある制服を見る。あれが無駄になるわけか。まあいいけど。


「じゃ、決まりだな。向こうに家具類は一通り揃っているそうだから持っていくのは個々の私物だけでいいな。お前の荷物はどうする?」

「そんなにないよ。服は母さんが買ってくれた女物のだけでいいし、漫画とかもそんなに読まねえかんな。適当に処分しといて」

 担任が女子用制服を持ってきた日、俺が「スカート穿くの嫌だな」と言ったら母親が女物のパンツを買ってきたのだ。


「今日から下はこれを穿きなさい」

 俺は耳を疑った。冗談にしては笑えない。


「冗談じゃないわよ。あんたはもう女の子なんだからいつまでもトランクスってわけにはいかないでしょ」

 そりゃそうだけど。でも…ねえ。


「恥ずかしいのは最初のうちだけよ。嫌ならそれでいいけど、その時は同じトランクスをずっと穿いておくことね。洗濯はしないわよ」

「…それもやだ」

「だったら、おとなしくこれを穿きなさい」

 こうして渋々女物のパンツに足を通すことになったのだが、穿き終えてズボンを上げようとした瞬間、兄貴が入ってきて俺と目があった直後、顔を真っ赤にしてあわてて外に出た。そういうリアクションされるのが一番困るのだが、それ以来下着は女物を穿いている。よって、もう男物は必要ないから売るなどしてくれたらいい。


「わかった。引っ越しの準備は俺がやっておくからお前は養生に専念しろ。引っ越しはお前の退院に合わせる」

 任せるよ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 そして、退院の日。俺は兄貴に車いすを押されて病院を後にした。医者が言うには自宅療養でも歩けるぐらいには回復できるらしい。ただし、体が男の時よりもはるかに弱くなっているため無理は厳禁だそうだ。


「荷物は父さんの知り合いが軽トラックで運んでくれるから俺たちは電車とバスで行こう」

 そだね。電車とバスで3時間ほどで俺たちは引っ越し先に到着した。


「文字通りの田舎だな」

 インターネットできるかな?親父の知り合いが言うには大丈夫らしいけど。バス停から家まで兄貴に車いすを押してもらいながら移動する。いつかは自分でも歩けるようにはなるだろうけど……。俺は一抹の不安を抱きつつもそれを兄貴には言えなかった。

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