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共に  作者: 真弘
6/7

共に、……

 結局昨夜は、復習と予習で終わってしまった。

 無意識で書いていた手書きのノートを見ながら復習していくと、確かに既視感のようなものがあってすんなりと知識として受け入れられた。

 満更手書きも無駄ではない、と嘆息する。


 それでも、少しでも気を抜けば、向き合わなければならない案件を思い出してしまう。


 逃げるように、秋春は勉強に打ち込んだ。

 そして今朝も「今日こそ音々さんたちに自分から挨拶を」と気合を入れて登校する。


 挨拶以外、冬夏との会話を避けるように。

 無意識の裡に、彼女以外のことを考え続けた。


 結局教室のドアを開けた瞬間に音々と出くわし、不意打ちに吃る秋春はまたも後手に回ってしまった。

 ユナの言う通り人は慣れるものなのか、彼女同様音々と会話していた二人の女子が秋春に挨拶の声をかけてきた。


 サツキ・オハラとクレア・バレット。

 部活の時に言ってた二人であることを思いだしながら、秋春は軽い会話もそこそこに席へ向かう。

 口実に使ってしまった罪悪感も、なんとかしなければいけない案件だった。


  ※※※ 


 蓮華の第二層、南々東の区画にはレギオンコア研究機関が集中している。

 そのうちの一社の運び込まれるコンテナ。

 その中には、コア摘出前のレギオンの死体が積み込まれていた。


  ※※※


 教壇に立つのは、担任の男性教官。

 茶色の髪と瞳。爽やかさと大人の落ち着きが同居した容姿が女子に好評。歳も若く、男子にとっては兄貴分のような人物である。


「今日は能力戦についての説明ですね。これはその名の通り、特定の能力を競う競技です。

 速さを競うもの、力の強さを競うもの、破壊力を競うもの……大別すればこんなところでしょう。

 速さを競う競技は模擬戦のように様々な状況が設定されています。空中高くに通過ポイントを設けて上昇・下降速度を競ったり、その水中版があったり。

 力の強さはより重いものを持ち上げて運んだり、遠くに飛ばしたりします。単純なようで、腕力と能力の発動タイミングを合わせたり、力を維持しなくちゃいけないので奥が深いんですよ。

 破壊力を競う競技は、どれだけ速く・正確に破壊するか。それとどれだけの量を破壊できるか。それとその両方を掛け合わせたものですね。

 詳しく見ていきましょう。

 まずは陸上で走る速さを競う競技が――」


 秋春はしっかりディスプレイや資料を見つめ、教師の話を聞いた。


  ※※※


 大抵の死体は、まず初めに解剖される。

 特に、幼生体から成長体になりかけのものが重宝され、原型を大きく留めているものが望ましい。


  ※※※


 教壇に椅子を設け、淡々と話す男性講師。

 ジーンズにシャツという出で立ちがラフ過ぎる。サラサラの茶髪と青い瞳はどこか果敢無げで、青白い肌が不健康そうだった。


「種族または何々型なんて言われる体系ですが別段特殊なことはありません。

 犬や猫や馬みたいな四足歩行の守護者は獣類種の犬型猫型馬型と言われます。

 結局陸上でも生活できますから両生種には鯱やエイのような魚型と蛙のような両生型が含まれます。

 鳥の有翼種は猛禽型以外に特に型はありません少数ですし。

 有鱗種は蛇型や蜥蜴型に大別されますし、蟹やザリガニのような甲殻種にはカメなんかも含まれるあたりいい加減なもんですよ。

 二足歩行をしていれば亜人種でより人間に近ければ亜人型で獣に近ければ獣人型なんていい加減の極みですよね。

 次は能力の系統についてよく世間一般では火水雷氷風土なんて言われてますが勿論誤りです。

 対象物を振動、或いは――」


 のべつ幕なしに語る平淡な口調が、秋春を眠りへと誘う。

 しかし、そこは何とか耐え忍ぶことができた。


  ※※※


 コンテナは施設内を流れていく。

 十を一グループにAからアルファベット順に割り振り、既にその数はDにまで達している。

 だが、中身の死体の殆どは全身が焼け爛れたようなものばかりで、研究は思うようには進まなかった。

 そして、コンテナのグループはEに流れる。


  ※※※


 三時間目の授業は、金髪碧眼、小肥りの男性が教壇に立つ。

 忙しない動きや鼻の詰まった喋り方が、まるで子豚のようだった。


「戦闘時、生成者は守護者の五百メートル圏内に居ることが望ましいとされています。

 それ以上は生成者からの指示が届かなくなり、他の守護者と連携がとれなくなること、そして、守護者の能力が低下してしまうからです。

 確かな原因は分かっていませんが、生成者の脳波が関係しているという説や、生成者を守護するという本来の目的が――」


(だ、ダメかも……)


 教科書を支えに突っ伏すのを我慢していた秋春だったが、得も言われぬ睡魔が手を伸ばし、



 遠く離れた研究所で、

 E―4と書かれたコンテナが弾けた。



「!!」


 秋春は跳ねるように顔を上げ、勢いのまま空を見る。

 教室が、否。

 学園全体がざわついたのはその少し後。

 クラスメイトたちは、全守護者が一世に外へ顔を向けたことを訝しんでいるようだった。

 少し遅れて、黒板に問題文を書いていた教師が振り返る。


「ん? どうしました?」


 そして、その直後。蓮華内に警報が響いた。

 そして少しズレて、学園の警報。


 学園の警報が途切れ、放送の声がコロニーの警報に重なる。


『只今、政府管理局より第三種緊急特令が発動されました』


 更にざわめきだす教室。


『全生徒は、職員の誘導に従い、速やかにシェルターへ移動してください』

「ど、どうしたんだろ」


 振り返り、そう尋ねた音々は、不安そうな顔をしていた。


「……わかんない」


 胸の内に生じた蟠りが何なのか、秋春は的確に表現する言葉が見当たらない。

 繰り返しますというそれ以後のアナウンスは、雑談を始めたクラスメイトの声で掻き消された。



  ※※※



 生徒たちは学園の外、上層へ繋がるライフラインを束ねたケーブルを囲う防壁の間を歩いていた。


 第三種緊急特令。

 所謂一般市民優先の避難警報では、学園など設備の整っているシェルターは一般市民で埋まってしまい、生徒たちは学園外のシェルターへ向かわなければならない。

 ただ、大量破壊兵器等を警戒した戦争時の第一、レギオン戦を想定した第二と比べ、コロニーの不具合等で一時的に避難させる第三種は市民にとって予定外のイベント気分でしかない。


 横を抜ける生徒の表情も、どこか楽しんでいるように秋春には思えた。


「……何があったんだろうな」


 冬夏の顔を伺う。

 とはいえ、仮面を着けているのでその表情を知ることはできない。


「レギオンが入り込んでいます」

「……え?」


 あまりに自然体のまま言い切ったため、理解するのが遅れてしまった。


「マジで……?」

「はい」


 事もなげに冬夏は頷く。

 が、秋春は直後に気付いた。

 仮面に遮られて気付きづらかったが、その口調は、何時もより硬い。


「今は敵対していますが、かつては同じ」


 秋春は息を呑んだ。


 かつては同じ存在だった者を、敵と言い切るように変えてしまう。

 それが、守護者生成。

 そして、だからこそ分かる、その言葉の信憑性。


 秋春の抱いている、不安に似た“しこり”とはまるで比べものにならない。


「私たちは、彼らを感じることができます。レギオンにしても同じです。ただこのコロニーはそれを遮断する技術があるのですが、内側に入ればそれもごっ……!?」


 仮面の下に手を突っ込み、無理矢理口を抑える。

 少し仮面をずらし、顔を近づけて小声で伝える。


「(今そんなことを知ったら大混乱になる)」


 政府の思惑は分からないが、おそらく何事も無かったように処理したいのだろう。

 そのための第三種。市民優先。情報規制。


「は、はい……」


 理解を得られたことを確認し、秋春は冬夏から手を離して顔を上げ、周囲の状況を伺う。


「他の守護者は言葉、喋れないんだっけ……?」


 談笑し、和気藹々と歩く生徒たち。


「はい。脳の構造がよほど人に酷似していなければ」


 さりげなく周囲を伺い、どこか張り詰めた空気の守護者たち。

 列の流れに合わせて歩きながら思案すること数秒。


「こっち」

「?」


 同層を繋ぐ貨物列車のレールとケーブルが上空で十字に交わる交差地点に差し掛かったのを見計らい、冬夏の手を引いて列から外れる。

 列から離れ、レールの支柱に隠れて人目を避ける。


「間違いないのか?」


「はい」


 話の切り出しであって、勿論彼女が嘘を吐くとは考えていない。


「近いのか?」


 冬夏は顔を僅かに下げたのも一瞬。すぐに戻し、首を振る。


「いえ。存在を感じられるだけで、距離、方向は不明です」

「数も、わかんないよな……」


 焦るように頭を掻く秋春を見、


「御安心下さい」

「?」


 冬夏は告げる。


「秋春様は、私がお守りします。この命にかけて」


 意思を表すような、固く握り締められた手を胸元に掲げて。


「…………」


 彼の不安を、払拭させるつもりだった。

 しかし、その表情は晴れない。

 それどころか、より濁らせてしまったことに、冬夏は戸惑いを覚えた。


「それ……本気で言ってる?」

「え……?」


 疑われたのだろうか。

 だが、これ以上の言葉を、彼女は知らない。


「冬夏……」


 秋春は、僅かに顔を俯かせる。

 俯かせるのは、脳裏を過ぎる言葉。


 守護者というもの。

 その価値。

 常識。


 積み重なって、重さを増していく。

 彼の思考を鈍らせる。


「俺は」


 無理矢理にでも顔を上げる。

 しかし、鈍ったままの思考は、


 耳に届いた轟音。



 その正体が、防壁を破壊して現れたレギオンだと理解するのを妨げた。



 視界に流れる大小様々な灰色の塊は、防壁の成れの果て。

 破壊したのは、その奥から迫る、虫のような身体をした化け物。


 その、甲冑の籠手を思わせ――

 ――太く

 ――鈍く光る左脚と

 ――その先

 ――猛禽類のように鋭利で

 ――大きく

 ――禍禍しい爪。


 見えている。

 まるでスローモーションのように。或いは走馬灯か。


 しかし、捉えてから理解するまでのズレ。


 その僅かな判断の遅れが、迫る凶刃を避けるには致命的な隙となり、避けられないと思考は判断する。


 防御の為の硬直に入り、無駄を理解しても筋肉は強張る。

 それが、さらに動きを妨げる。


 迫る凶刃。


「!!」


 端から視界を埋めていく一色。

 それは青。

 視界がぶれて、身体が傾く。


 傾き、少し距離が離れたところでそれが服の青だと知る。

 校色の青。

 制服の青。カーディガンの青。


 また少し離れて、視界を覆ったのは冬夏の腕だと気付く。

 ――視界がぶれたのは、冬夏が身体をぶつけてきたから。

 ――そうすることでしか、爪の軌道からずらすことができなかったから。


 しかしそれは、自らが軌道に入ったということ。


 鈍い音がして、何かが弾ける。

 開けていく視界。

 崩れ落ちる青、そして、もたれ掛かる赤。


 弾き飛ばされたのは、仮面。

 顕にされた顔。

 その右目付近は、血の赤で塗れて――


「――!!」


 秋春は正気に帰る。


「「う」」


 まるで、制止していた時が動き出したようだった。


「「うわぁあぁあぁああああああああ!!」」


 防壁をいとも簡単に破壊し、姿を現した、恐怖の具現……レギオン。

 それまでの静寂が嘘のように、生徒たちの混乱と恐怖の悲鳴、土砂降りの雨のような逃げ纏う足音が耳を劈く。


「かずな!!」


 そんなものには目もくれず、膝を着き、更に崩れ落ちかけた少女の身体を抱える。


「は……」


 持ち上げようとしている右手は、軌道をずらそうとしたのだろう。当て身の際の衝撃で、折れてしまっているようだった。

 その右手で、支える秋春の腕に触れる。


「早く、お逃げ……くだ、さい……」

「っ」


 離しても構わないと。

 否。離れてくれと言わんばかりに。


「今の、私では……」


 無事な左目は、秋春の目を見つめている。


「貴方を……守れ、ませ……」


 何も求めず、何も訴えない、何時もと同じ眼差しで。


「何……言ってんだよ……」


 秋春は、冬夏の身体を引き寄せる。

 お前の言う通りにはしない。

 無意識にそう伝えようとしていた。

 現状を受け入れ、自分の意思を体に反映させることに必死で、彼は気付かない。


 生徒たちの悲鳴、その音量が増したことに。


「う、動き出した!!」「な、何!?」「いてっ! なんだてめぇ!」

「に、逃げろっ!!」「速く、早く逃げて!」

「邪魔だよくそっ!!」「や、やばいって! なんで警備来ないんだよ!」

「どうしてここにアレがいるのっ!?」


 レギオンが再び動き出したことで、生徒たちはさらに混乱していた。

 そんな雑音は、彼の耳には届かない。



 誰かと日常を楽しんだのは、初めてだった。


『――使えない』


(俺は……)


 テレビで、他人が営む光景で補っていた寂しさを、忘れるくらいに。



 問題だらけで、悩んで、疲れることばかりだった。


『――それも、一つの答えではあるわ。間違ってない』


(冬夏と……)


 でも、独りでいるより、全然苦しくなかった。



 疎まれるより、悲しませることのほうが、断然辛いことなのだと知った。


『――守護者は、生成者を守ることが――』


(……俺は)


 そして、喜んでもらえる喜びも。



(―――――――俺は!!)



 風の悲鳴。

 迫る凶刃。


 秋春は振り向きざまに左手で打ち落とし、引き裂こうとした勢いそのままに迫る、無防備の頭部を捉える。

 振りかぶった右手、渾身の力で振り貫く。


「「!?」」


 レールの支柱に突っ込んだ筈のレギオンが、跳ね返るように防壁に弾き飛ばされた。

 理解の範疇を超えたのだろう。それを認めて、誰も彼もが知らず逃げる足を緩めていた。


「どいつもこいつも……勝手なことばっかり言いやがって……」


 ゆらりと支柱の影から現れたのは、少年。

 上着を脱いで、袖を捲っているその姿は臨戦体制。

 ぶらりと下げられた右手が、ゆっくりと持ち上がる。


「守るために戦うのが守護者なら……」


 持ち上げられる間に握られ、拳となる。


「人が弱いから……代わりに戦うっていうんなら……!!」


 視線の高さに掲げられた拳。込められたのは、意思。

 そして、叫ぶ。



「俺が戦えば……! 俺が強けりゃいいんだろ!!」



 その思いを。

 そして、高らかに言い切られた彼の姿とその言葉を聞いた生徒たちは、ただ呆然とその姿を見つめ……やがて思う。



((んな無茶な……!!))



 と。


「と、秋春くん……!?」

「あの馬鹿……!!」


 ちょうど彼が見える位置にいた音々とリヒターが声を発したのとほぼ同時。


「!」


 防壁の瓦礫を押し退け、再びレギオンが身を擡げる。


 全体的なイメージは甲虫。

 秋春の上半身とほぼ同じ大きさの頭部は、少なく見積もっても全体の一割に満たない程の巨躯。

 その全身を覆う甲殻は、確かな質量と堅さを顕現したような漆黒。

 地を掴む脚は六。

 前脚は攻撃に特化したように太く鋭角な造りだが、他の四本はバランスをとることを重視しているのか、細く長い。前脚と中間の脚の間には、中心が空洞の楕円。

 威嚇する目のようにも見えるが、用途は知れない。

 腹は四角錐をまげたように内側に弧を描き、先端の鋭利な様子は釣り針のようにも見える。

 頭部は菱形に近く、上下左右に開く顎からは体液が爛れ、落ちた地面から上る煙りで強い酸性であることを知る。

 縦に二列並んだ六つの複眼。

 しかしそこだけは昆虫のそれではなく、中央に瞳孔が見てとれ、一つ一つが別々に忙しなく動き続ける様はカメレオンのようだった。

 ただし、うち右下の目は秋春の殴打で拉げてしまっている。


「!」


 右前脚が持ち上がり、一閃。

 引き裂くのではなく、貫き潰すような突き。


(こんだけでかいなら!!)


 前へ。


(懐に入れば!!)


 擦過するように潜り抜けて右脚をやり過ごし、


「上っ……!!」

「!!」


 背後からの声で、解れる楕円の部位に気付く。

 間接があるのは脚と同じ。

 だが、曲線の内側は鋭利な爪が列び、先端が針のように尖った様はまるで、鎌。


(やっ)


 間接を使い、鞭のようにしならせた加速は、容易く音速を越え、


(べぇ!!)


 躱す、ずらす、受け止める。

 全て適わぬ不可避の斬撃。


「っ……!!」


 秋春の脇腹を裂いて、再び楕円へと戻る。


「ぐ、ぁっ……!!」


 膝を着く振動で骨が痛む。

 皮と肉を裂いたらしいが、骨は断たれていないようだった。


「や、やめて……!!」


 再び冬夏の声が再び聞こえて、反射的に上げた視線の先。

 動く左前脚と、その奥で解れ始める楕円を捉える。


「っそ、が!!」


 立ち上がろうと右足を踏み出し。

 目前に迫った爪が視界を覆う。


(やられっ――)


 目を瞑って歯を食いしばり、


「るかぁ!!」


 せめて一矢報いろうと拳を振り払う。

 が、


「…………?」


 切り裂かれる痛みは、何時までも来なかった。

 そして、拳が当たる感覚も。


 目を恐る恐る開くと、


「!」


 視界一杯に空が広がり、突き出した拳は太陽に向けられていた。


「何をボケッとしている!」


 声のした方向……振り向く形で地面を見下ろす。

 秋春は自身が浮いていることを知覚した。

 そして、その視線に映る影は二つ。


「リヒター!?」


 とその守護者。

 見れば、守護者の尻尾が伸びて、秋春に巻き付いているようだった。

 吊り上げられることで、レギオンの鎌を躱したらしい。

 生成者の意向でなければ守護者はここにいない。


 ならば、危険を侵してまで助けにきてくれたのだろうか。


「お前ら……ありが」


 感謝の言葉を紡ごうとした秋春は、


「構えろ馬鹿力!!」


 ぐん、と慣性が働くのを感じた直後。


「どうっ――――!?」


 景色が輪郭を消す。

 強制的に方向を変えられ、正面に迫るのはレギオン。

 否。

 迫っているのは自分。


(あんにゃろう!?)


 投げられた。


 そう理解すると同時に思考は切り替わっていた。

 レギオンの脚に動きが見られる。

 だが、こちらのほうが断然速い。


「俺は……」


 着弾、もとい、着地したのはレギオン正面。

 その頭部真下。

 身体を捻って右腕を振りかぶる。


「弾丸じゃ……!!」


 地を這うように振り上げられる拳。

 顎と喉元の甲殻の合間を縫い、剥き出しの皮膚へ。


「ねーんだ――――」


 硬さと柔らかさの混じった反発。


「ぞ!!」


 天まで届けと繰り出された拳はものともせずに振り抜かれる。


 衝撃は肉を潰し、骨格を割り、内部気管へ達し、やがて頭頂部へ突き抜ける。

 弾かれるように頭部が跳ねて、首に相当する幾つもの間接も衝撃を殺せず、背甲殻に衝突。

 反動で返された頭部はだらりと落ちて、振り子のように僅かに揺れる。

 揺れが止まるのと同時。


 統率を失い四肢の支えを無くした巨躯が、轟音を発てて地に付した。


「うっわ。あっぶねー……」


 秋春は空かさず一歩退き、巻き込まれるのを防いでいた。


「…………」


 僅かに痺れの残る右手を握り、振り返る。


「…………」


 茫然というより愕然と、眺めるというよりもただ捉えるように秋春と死骸を視界に収める二つの陰を認める。

 狼に似た頭部を持つ亜人型の守護者と、それからズレるように二歩ほど下がった所にいるクラスメイト。

 秋春は歩みを進める。

 腹部の切り傷以外に不調は無いらしい、と歩きながらでも確認出来たのは幸いだった。


 これならば問題はない。


「投げるなら先に言え馬鹿!!」


 本気で文句を言うことができる。


「なっ……!」


 死線をくぐり抜けたばかりだというのに、既にこの少年の思考は切り替わっている。

 先の行動を鑑みても、リヒターの思惑を察したことは間違いない。

 別段称賛しろというつもりも無かったが、非難ばかりされる謂れはない。


「馬鹿は貴様だ!! 幼生体とはいえレギオンだぞ!? 一人で勝てるつもりだったのか!!」

「それは……! そうだけど……」


 改めて問うまでも無い。

 理由が有ったとしても違え様のない自身の非を認めて、言葉尻は萎んでいく。


「チッ……!」


 リヒターは内心に生じた不快感に、堪らず舌打ちを零す。

 一度は恐怖さえ感じた男が簡単に折れ、剰え煮え切らない態度でいる――ことではない。

 レギオンに立ち向かう剛の心と、他者の言葉を受け入れる柔の心。

 卑怯を嫌う自身の卑屈さを見せられるようで、


(調子が狂う……!!)


 どうしようもなく、不快だった。


「……?」


 その時、風の音に混じる涼しげな音色を秋春は聞いた。


「二人とも、無事!?」


 直後、空から現れたのは、自身の守護者に跨がった音々だった。

 守護者から降りて、二人の下へ駆け寄る。


「ああ。俺達は無事だ。そこの馬鹿は知らん」


 リヒターは憮然とした態度でそう言い、


「秋春くんは?」


 と問う音々の姿を見て、秋春は己の愚かさを呪った。


「冬夏っ!!」


 周囲を見、鉄柱にもたれ掛かる姿を認めて直ぐさま駆け寄る。


「冬夏……!」

「……あ、……秋春さ、ま……」


 気絶か、或いは回復を計っていたのか、失していた意識を取り戻し、冬夏は秋春を見上げた。

 両目を開いてはいるが、傷口から流れる血で右目は赤く染まっている。


「ごめん……。俺が鈍臭いせいで……」


 頬に固まった血は、触るとパリパリと剥がれていく。


「……」


 自己嫌悪に表情を歪ませる生成者は顔を俯かせ、それを悲しげに見つめ、何かを言いたげに口を動かしては直ぐに結ぶ守護者の表情に気付くことはなかった。


「秋春くん……」


 後ろから声がして、それが音々の物だと気付くのに手間取ることは無かった。


「あ、式敷さん、すいません。さっきは返事もしないで……」

「う、ううん。それはいいんだけど……ね……?」


 振り返り、見上げた音々は、酷く当惑していた。

 冬夏のケガに当てられたのだろうか、と自らの守護者を見る。


「……」


 平静としているが、どこか辛そうな冬夏。


「えっと……」


 振り返ると、自らの頬に手を当て、当惑しつつも受け入れようとしている音々がいる。


「……――     」


 やがて秋春は目を泳がせ、全身から吹き出す冷や汗に不快感を覚えながら、現状を打破する術を考えていた。

 が、時既に遅し。



「……それ……私…………?」



 秋春の(社会的な)死刑が確定した。

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