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共に  作者: 真弘
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「隕石の衝突」


 集音機が拾った音声が、拡声器を通って式場中に響き渡る。


「内紛と、それに伴う内線」


 壇上に立つのは、燕尾服に身を包んだ初老の男性。微笑みかけるその柔らかな表情と口調は、衰えるばかりか益々血気盛んな印象を受ける。


「レギオン」


 その背後には、異形の生命。

 顔は牛に似て、天を衝く二本の捻れた角が生えている。六本の腕は霊長類。上段の一組は腕を組み、中段は祈るように、下段は座禅のように手を組んでいる。四足歩行の獣が座るように佇む脚は黒の体毛。手入れが行き届いているのだろう、艶が照明に照り返している。

 そんな存在が背後に居ても、式場の誰も反応しない。

 それが、居て当たり前の存在だと皆見知っているからだ。


「渦中に在って、何故先人達が歩みを止めることなく紡ぐことができたのか、それが今、私にも分かります」


 男性は式場に整然と並んだ、白と青を基調とした制服に身を包む、総勢400名の男女……新入生を見渡す。


「未来。そう。貴方達という希望です」


 見返す視線の硬さと爽やかさに、男性――校長は笑みを濃くする。


「学び、鍛え、切磋琢磨する。それが、君達がこの学園で行う全てです」


 一度言葉を句切り、再び生徒達を見渡して一拍。


「入学おめでとう!」



  ※※※



 入学式は何事もなく閉式。

 式場として利用された第二アリーナから、各クラスごとに生徒達が教室へ向かう廊下は騒然としていた。

 皆、どこか興奮覚めやらぬといった表情を浮かべている者がほとんどだった。


 そんな中、期待と不安が綯い交ぜになった面持ちで、まだ名も知らぬクラスメイトたちと廊下を歩く少年が一人。

 左の揉み上げと襟足が若干長めの左右非対称な黒髪。ほんの僅かに吊り眼よりの目はくっきりとした二重瞼で、東洋人の童顔というよりは中性的な西洋人のような目鼻立ちのすっきりとした容姿。

 温和が似合いそうな表情は、緊張のせいか、硬い。


(これから始まるんだ……)


 拳を握る力を強める。


(新しい生活……俺の夢……)


 高鳴る心臓は、収まってくれそうにない。それだけ、彼は意気込んでいたのだろう。


(友達百人……いや、せめて十人できるかな!?)


 その割に、志は低めだった。


 

  ※※※



「ネオン・シキジキです。よろしくお願いします」


 前の席の女子生徒が座り、少年が立ち上がる。

 これから勉学の中心となる一年Dクラスの教室に辿り着き、担任教師は挨拶もそこそこに退出。その間に生徒たちの自己紹介をさせた。


「トキハル・ニスエです。よろシくおねがいします……」


 ざわつく教室。


(……噛んだ……!!)


 噛んでしまったことに恥じ入り、尻窄みになってしまった。

 僅かに聞こえる含み笑いが彼の心を抉っていく。

 一方窓際では、ショートボブの女子が後ろの席に座るウェーブのかかった長髪の女子に声をかけていた。


「あの人なんかどう?」


 少年を品定めするように眺める。


「うーん……微妙」


「そうかなぁ」


 不満そうな声に、長髪の女子は笑う。


「ああ。あんたあーいう可愛い系好きだもんね」


 うなだれるように席に座る少年を見、彼の名がふと彼女の記憶を過ぎる。


「あれ……? もしかして、ニスエって、ニスエ博士かな。守護者生成の」


 その言葉に、彼の話題が波紋のように教室を巡る。


「え……でも、博士の息子って、何か問題起こさなかったっけ」

「ああ……あれでしょ? 守護者相手に大乱闘ってやつ」

「え!? あれって守護者同士の乱闘じゃなかったの!?」


 自己紹介は進んでいるにも関わらず、話題が収束する気配は全くない。


「あ」


 そして、一人の男子が彼の裾から覗いたものに気付く。

 それは、鈍く黒色に光を翻す金属製の腕輪。

 当然、アクセサリーは校則で禁じられている。だとすれば。


「あれって……管理対象者の……!?」


 さらに教室がざわつく。

 第二階層(セカンドレイヤー)と呼ばれる者が義務付けられた、常時位置の特定が可能な腕輪。

 その実態は公開されておらず、その腕輪の存在と管理対象という険呑とした響きから、重犯罪者や中央区要人など、あらゆる説が真しやかに噂されている。


 クラスメイトたちが導きだしたのは、大乱闘事件から連想するのが容易な重犯罪者説だった。


「ちょ、大丈夫なの……!? ここで暴れたりしたら……!」

「こ、怖いこと言わないでよ……」


 不安は伝染する。

 教室中が険呑とした雰囲気に包まれるのも、そう時間はかからなかった。


「……」


 そんな中、少年は一人宙を仰ぎ、


(ダメかぁーー……)


 机に突っ伏した。

 失意の中でも言いたいことは山ほどあった。


 大乱闘の件。

 そして腕輪の件。


 信用の無い状態では何を言っても信じて貰うことはできないことを、彼は身に染みて理解していた。件の、大乱闘の際に。

 しかし、溜め息が出るのは止められない。


(情報規制……意味ないじゃん……)


 事件については、人の口にかける戸は無いことを思い知った。腕輪に関しては、流言蜚語の温床でしかない気がする。

 何にせよ、これでは別区画で過ごした中等部と同じ。


 彼の夢は、初日から挫折した。


 ……かに思えた。


「トキハル君」

「……はえ?」


 呼び掛ける声がして、間抜けな声が出てしまった。


「ふふっ」


 それを見て笑う前の席に座る女子、ネオンにトキハルは目を瞬かせる。

 席をずらし、改めて二人は正対する。

 二重瞼の大きな目は茶色。肌は透き通るように白く、重さを感じさせないふんわりとした髪は肩まで伸びた赤毛。まるで人形のような端整な顔立ちだが、ふっくらとした唇は健康的で、長い睫毛が瞬きの度に揺れて、瑞瑞しい輝きを湛える瞳を守っている。


「トキハル君って名前、日系だよね? どんな漢字なの?」

「あ、えっと」


 吃る少年には、周囲のざわめきはもはや届かない。


「季節の秋と春。それで秋春って読むんだ」


 へぇ、と感嘆の表情を浮かべる少女は、本心から感心しているように見える。


「日本の秋と春っていいよね。すごしやすいし、綺麗だし」

「う、うん……」


 まずいと思いながらも、嘘を吐いてしまったことに罪悪感を覚える。

 秋春は日本という国が在った場所に行ったことが無かった。

 それでも、目の前で微笑む少女の笑顔を、濁したくなかった。


 というのは建前で、何とか話を繋げたい一心から出たしょうもない嘘だ。


「ネオンさんも……シキジキって、日系、だよね」

「うん。音を重ねて音々。シキジキは入学式の式に、カーペットを敷くの敷で式敷」


 ニスエの漢字表記、弐季の弐と式が似ていることに気づいて嬉しくなったが、秋春は口に出さなかった。


(さすがにキモい)


 自覚すれば自制できる男。それが秋春だった。

 被害意識が強いこととは紙一重である。


「自己紹介は一通り終わったみたいだね」


 主体性を重んじ、退出していた担任教師が見計らったように入室する。


「よろしくね」


 笑顔のまま席を戻し、音々は教壇へと向き直る。

 その姿を、秋春は茫然と見詰めていた。


「授業を始めます」


 教師の声に引き戻され、比較的若い男性教師へと視線を向ける。

 先の喧騒が嘘のように静まり返り、固唾をのんで見返す生徒たちの視線を受けて教師は微笑む。


「といっても、今日は授業というよりオリエンテーションです」


 最前列の男子が、堪え切れなくなったように拳を振り上げる。


「守護者っすね!?」


 そう、と教師は微笑みのまま頷く。

 彼らの興奮が解らないでもなかったからだ。


「今日は、まず守護者の何たるかを知り、生成の心構えと方法を学び、規則と規約の遵守を誓約して貰い、最後に」


 教師は一拍置いて右腕を掲げる。

 その手の平には、灰色が光を照り返す拳大の球体。


「レギオンコアを配布します」


 俄かにざわめき出す教室を見下ろす教壇から降り、最前列の席に座る生徒たちへプリントと冊子を配っていく。


「ではまず、守護者の何たるか学びましょう」


 再び教壇に立ち、教師は冊子を掲げる。


「2ページ目を、そうですね。アリスさん。読んで下さい」

「は、はい」


 窓側の最前列、フルフレームの眼鏡にポニーテールの女子生徒が冊子を丁寧に開き、読みやすいよう目の前に掲げる。

 それに合わせたように、教室に紙の擦れる音が重なり、予想外の大きな音となって響いた。


「守護者とは、その名のとおり人を守る者である。現在では労働力や技術開発などにも運用されるが、その最たる役割がレギオンから人を守ることは第一生成から変わっていない」


 第一生成。

 その言葉に、再び秋春へと視線が集中する。


 守護者生成の第一人者にして、人類初の生成者、弐季博士。

 冊子3ページ目中段には、弐季博士と第一守護者、と注釈された写真が載せられていた。

 巨大な筒状の水槽の中心には、上下に配線の繋げられたレギオンコア。その水槽の前で研究員に何かを言っている様子の女性がいる。


 その背中には、まだ生まれて間もない赤子。


(……母さん)


 秋春は内心で呟く。

 哀惜半分、嫌悪半分といったところだろうか。

 最後に会ったのがいつ頃か、正確に思い出せない。それ程の間、彼はこの母親と顔を合わせていなければ、連絡も来ていない。

 それでも、思い出すのは優しげに微笑む表情なのだから、嫌いなわけではないのかもしれない。


 ページをめくる音で我に帰り、慌ててページをめくる。

 目の前に入ってきたのは、三枚の写真。


 歪な体躯や対称物で判るその大きさは、まるで空想上の動物を合成して造られたような写真だった。

 しかし、それが現実であることを、誰もが理解している。

 思い知らされている。


(これが……)

「レギオン。近年見られるようになった、大型害与動植物の総称。鳥類、哺乳類、爬虫類、昆虫等、様々な部位の混合が見られ、体型が一定していない。隕石衝突の混乱時から見られ、その詳しい発生時や原因は解明されていない。絶命時に残る核を、レギオンコアという」


 写真として載っている球体は、当然教師の持っているものと同じ。


「レギオンコアに固有の信号を与えると、核内の組織が活性化。生成環境に適応するため、周囲の様々な情報を読み取り、その状況に適した形を成す形成段階に入る」


 それが、レギオンの一定しない体型を生み出すという。

 足場の悪い沼地や足場の少ない高山地域等では空を飛び、海等では海中を泳げるよう変化する。


 そしてそれは、守護者も同様。


「その際、ヒトの脳波を送信、核に受信させることで、その脳波を送った人物に因ったレギオンと成る。脳波を送った者の命令に従い、付き従い、外敵から守ろうとする性質から、生成されたレギオンを守護者、生み出した者を生成者と呼称する」


 その養成機関、三大学校の一つが、彼の通うジル・セヴウェ第三学園だった。

 他の二校に比べ一般市民と交流が深く、自由な校風が特徴で唯一男女共学ということもあり、年々志願者は増えつづけている。


 ただ、秋春がこの学園を志望したのは、校風や教師、設備の充実等を鑑みて決めたことではない。

 管理対象者として、中央区からの通達に従ったにすぎなかった。

 彼としては孤立していた中等部を知る者のいない学区に来れるなら、と二つ返事で承諾した。


 勿論そんなことを口外できる筈もなく、入学の難しさ、生徒たちの意識の高さを知り、予期しなかった居心地の悪さを感じていた。


 意識の高さ。

 自分が他者を守る力を得る、という自覚。

 難関をくぐり抜けた、というエリート思考。


 当然、彼には縁の無い言葉でしかなかった。


「では、渡されたプリント……誓約書をよく読んでサインをし、提出した人からレギオンコアを渡します。受け取った者から帰宅して構いません」


 いつの間にか冊子を読み終え、説明も終了していたらしい。

 そもそも冊子に書いてある、守護者とは何か、レギオンとは、生成者とは、など所謂一般常識のようなものに過ぎない。

 より深い事情や技術を学ぶための学園であり、まず守護者がいなければ話にならないのだから、入学直後の説明などオリエンテーションどころか単なる通過儀礼だった。


 それでも、守護者生成が一年最大のイベントであることは論を待たない。

 誓約書にサインし、今か今かと自身の順番を待つ生徒たちの表情は、それまで以上に期待と希望に満ちていた。


 引け目を感じている秋春が最後になってしまうのも、無理からぬことだろう。


「君が最後だな。これが、君のレギオンコアだ」

「あ、ありがとうございます」


 受け取った拳程の球体は、見た目以上の重量を感じた。

 それは寒色であるせいかもしれない。

 或いは、無意識でも、手にしているモノが一個の生命なのだと感じたせいかもしれない。


「なんか、ドキドキするね」


 顔を上げると、音々が立っていた。帰宅するのだろう、手には鞄が下げられている。


「そうだね」


 視線を下ろし、再び球体を見つめる。握ると、滑らかな肌触りが金属に似て、しかし断然暖かいのだと分かる。


「ネオンー、早くいこー」


 ドアから声がして、二人は顔を見合わせる。


「じゃあ、また明日」

「うん」


 女生徒に駆け寄る姿を少しだけ見送って、席に戻る。

 既に他のクラスメイトも教師もいない教室に、秋春は一人帰宅の準備を進めた。

 周囲に人がいないことには慣れていて、今更それを悲しむことはない。

 訓練中の先輩だろうか。遠くに聞こえる喧騒が、やけにはっきりと聞こえた。



  ※※※



 空中国家、蓮華。


 その名の由来となっているのは、花弁を広げたように配置された楕円の区画群。

 上下に五層。層が下層に行くに連れ区画が増えていき、一つ一つの区画が数十万規模の人口を抱える都市となっている。

 花弁より下、最下層は自然区画となり、演習場や一次産業、研究や保全のための自然環境が広がっている。

 空を仰ぐと、上層とを繋ぐライフラインのケーブル、さらにより高度には全天防衛機構の幕が、本物の空と国家内の空を隔てている。

 中心から伸びるのは、軌道エレベーター。

 当初の予定とは異なり宇宙への往来に使われるわけではなく、今は太陽光発電とを繋ぐケーブルに過ぎない。


 対レギオン技術の粋と完全自給自足可能なコロニーを形成していることから、国家名を踏まえ“エデン”と他の国家からは揶揄されている。


 自然災害、戦争、レギオン。

 それらに蹂躙され、壊滅した都市、地獄と化した地上を見下ろす楽園。


 だが、そこに住まう人々は、決して幸福に満たされているわけではない。


「はぁ……」


 ここにも、溜め息を零しつつ、とぼとぼと歩く少年が一人。

 第三層。

 南東の中程に位置する区画、日系都市レイファ。その住宅街から商業区へと伸びる大通りをひたすら歩く。

 横をモノレールが通って、より一層肩を落とした。

 既に着衣は制服にローファーではなく、薄手のパーカーにジーンズ、そしてスニーカーという至って平凡な私服に着替えられている。

 制服は堅苦しいため着替えて外出、というわけではない。

 帰宅して部屋着に着替え、守護者生成の前に夕飯を食べてしまおうと思い準備にとりかかったら、主食が何も無かったことに気付いたので、再び外出できる服装に着替えただけ。

 二度手間である。


(朝気付いてればなぁ……)


 別段体力的に苦ではないのだが、なまじ商業区と学園が近いため、同じ道を往復するような状況が精神的にきつい。

 知っていたら、学校帰りに買えていたのに、と。


(せめてモノレール使えればなぁ……)


 彼は公共運用施設が使えない。

 以前乗車しようとした際、警報と共に補導された。

 説明によると、手にしている腕輪が金属探知機に反応してしまうせいだった。


 管理対象者。

 様々な憶測が流れているが、何のことはない。彼の場合は母親が原因である。

 世界初の生成者にして、レギオン研究の第一人者。その唯一の肉親を保護する目的で着用が義務付けられている、保護管理用だった。

 時刻表示に防水機能が付いて、物心ついた頃から着けている彼にとって、すでに身体の一部のような腕時計感覚である。


 ただ、先の事件。

 管理局の守護者を相手取っての大立ち回りからは、監視の用途が追加された気がしないでもない。

 見た目に変化は無く、それは秋春の気のせいかもしれないが。


 そうこうしているうちに、大規模施設内に様々な店舗が集約された、所謂ショッピングモールにたどり着いていた。

 娯楽関係に目を奪われつつ、生鮮食品を取り扱うスーパーマーケットへ向かう。

 時間も時間であることから、レストラン街は人で一杯だった。

 誰もが笑顔で、連れ添う相手や家族と楽しい時間を過ごしているのだから当然というべきか、スーパーも人で賑わっていた。

 タイムセール中のコーナーは人でごった返し、惣菜のコーナーでは主婦だけでなくお年寄りや仕事帰りの社会人が多く見られた。


 世代の違う秋春には知る由も無いが、モール内の風景は、世界が混乱する以前の日常と何ら変わらない人の逞しさを思い知る風景だった。


 秋春は米とパスタ、パンをカゴに入れてレジカウンターに並ぶ。


「お母さんこれもー」


 前に並んでいた女性に駆け寄る子供の手には、スナック菓子が握られていた。それを一瞥し、母親は突っぱねるように請け合わない。


「ダメです。お菓子を買うと、あなたそれしか食べないでしょう」

「ちゃんとごはんも食べるからー!!」

「ダメです」

「やだー!!」


 我知らず、秋春は苦笑を零していた。



  ※※※



 住宅街の最上部。広大な敷地をもつ邸宅が立ち並ぶ高級住宅街に弐季家はある。

 血流、網膜、暗証番号。

 何重もの鍵を開け、出迎えるのは生態反応を感知して点灯する照明。


「ただいまー……」


 返答のないまま靴を脱ぎ、吹き抜けのリビングを抜けてシステムキッチンへと買い物袋を運ぶ。

 米を磨ぎ、炊飯器にセットして二階の自室に戻ってから部屋着に着替える。空調の調えられた家の中では、外気にはちょうどいい長袖が少し暑いくらいだった。


 リビングに戻り、テレビを点けてチャンネルを回す。


(なんもないなぁ……)


 夕方は情報番組ばかりで、あまり見る気がしない。

 テレビと正対するソファーに腰掛け、政治関連の報道を眺めていると、思いの外体力を消耗していたのだろう。秋春は眠りに落ちた。


 電子音で目が醒めて、ご飯が炊けたのだと気付く。

 出掛ける前に用意出来ていたおかずをレンジで温めてリビングに運び、ご飯をよそって定食の呈を整える。


「いただきます」


 手を合わせ、一礼。

 つけたままのテレビでは、どこかの都市の家庭を映していた。

 秋春が初めて聞いた国の伝統の料理らしく、それを8人の大家族が囲む食卓の風景だった。

 画面の端に映ったのは守護者だろうか。ただ警備員のように不動で佇む姿は、どこか置物のようにも思えた。

 チャンネルを変えると、複数のコメディアンによるバラエティー番組が放送されていた。


「あはは」


 秋春の笑い声は、テレビの音声よりも大きく、しかし広い部屋でこだますることなく消えた。



  ※※※



 食事を終え、食器洗い機に入れている間に入浴。

 さっぱりとしたところで生成の準備を始めることにした。

 レギオンコアを取り出した際、もう一度目を通しておこうと思い立って鞄から冊子を手にとると、自然と写真に目が留まってしまう。


(母さん……か……)


 家には、家族写真に類する画像は残されていない。

 秋春が見ることができるのは、資料や教科書。

 情報量は他人と変わらない。


(……)


 最近は何も思わなかった。

 独りでいることを、寂しくとも悲しいとも。

 それなのに、こんなふうに再び意識してしまったのは久しく見なかった母の顔を見たせいだ。

 そう分かるから、分かってしまうから、一層自身の弱さを情けなく思う。


「あんなんより、守護者守護者!」


 振り払うように頭を横に振り、コアを掴んで立ち上がる。


(できるだけ広いところで、だよな)


 守護者の体躯は、体型、大きさ共にレギオン同様一定しない。

 故に生成にはある程度の広さを確保する必要がある。

 公共施設や野外、学校で行う者もいるが、雑念を伴う状況は好ましくはないとされるのはそのためだ。


 その点、教室程はあろうかという弐季家のリビングは問題ない。


(んで、学習装置っと)


 倉庫から引っ張り出した鞄程の筐体をテーブルに置き、コンセントを繋いで電源を入れる。

 学習装置は、生成を促す信号に電気信号を加え、予め一般常識等の知識を取得させるための代物。

 使用の有無は生成者次第で、本来公共施設に行けば無料で貸し出されている。

 しかし、そこは博士の自宅といったところだろうか。

 自作の学習装置が所狭しと倉庫に叩き込まれていた。


 コアには、学習装置のコードとは別に、カチューシャ型の受信装置から延びるコードが繋がっている。

 これは装着した者の脳波をコアに直接送り込む役割を担うものだ。


(んで、イメージイメージっと……)


 受信装置の進歩で、より純粋なイメージを拾い取ることができるようにはなった。

 しかし、得てして人は周囲に影響されやすいため、前述のとおり集中できる環境であることが望ましかった。


 そして、思い浮かべるものは生成者次第。


 強大な力。

 人にはない力。

 守る手段、強さの形は千差万別。

 敵を叩きのめす力を。

 何者にも屈せぬ堅さを。

 逃げることもまた生きる術。


 そんな中、秋春は、


(守る……守る……かぁ)


 此処に至って初めて考え始めたようだった。

 意識の低さがなせる業とも言える。

 或いは、単に考えなしか。或いはというか、言ってしまうと後者だ。


(やっぱ、守るってんなら強くなきゃいけないよなぁ……)


 彼は漠然と、そんなことを考えた。


(強い……)


 ぼんやりと浮かぶ、対話のためのガン○ム。


(あぶねぇ! 著作権が……)


 守護者生成に於いて、著作権は適合される。

 その理由は推して知るべし。未だ議論は続いているが、否定派の意見は結局のところイメージが損なわれる、という一言に尽きるだろう。


 イメージを掻き消し、改めて思索。


(つよい……)


 敵を丸呑みにし、その能力を我が物にするに留まらず、味方として生み出す星のカー○ィ。


(あれ、リアルでみたら結構グロいよな……)


 著作権を含め却下。振り払う。


(つよい……つよい……)


 ふと浮かぶ、輝くような笑顔。

 遠巻きに嫌悪、或いは恐怖していた周囲の空気をものともせずに、話し掛けてくれた少女。


(強いよな……)


 いや、と思い直す。

 それだけでは、決してない。


(優しい……かな……)


 確かな像を結んで、あの笑顔と対面した時の気持ちが再燃して笑みが零れてしまう。

 胸が高鳴り、けれど気持ちが安らかでいられる、あの――


「あの……」


 聞き覚えのある声が、秋春の思考を遮る。


「……?」


 顔を上げると、前の前には目を瞬かせる少女がペたりと座り込んでいた。


「……」


 二重瞼の大きな目は茶色。肌は透き通るように白く、重さを感じさせないふんわりとした髪は肩まで伸びた赤毛。まるで人形のような端整な顔立ちだが、ふっくらとした唇は健康的で、長い睫毛が瞬きの度に揺れて、瑞瑞しい輝きを湛える瞳を守っている。


 式敷音々が、そこにいた。


「あの……」

「ちょ、ま、動かないで!!」


 ――――全裸で。

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