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幸せのかけら

作者: hana

私は寝付けない夜、布団の中で決まって思い出す事がある。

それは、ちょうど三年前に寂しさから始まったちっぽけな恋愛だ。

決して恋人だったわけではない。

お酒の席で出会い、身体の関係を持った。

彼とはそれだけの関係が3ヶ月ほど続いた。

彼は私の容姿が好みだと褒めた。

私も彼の容姿は好みのタイプであった。

しかし、そんな事は口に出したりはしなかった。

常に私は毅然とした態度を取り続けた。

彼はいつも深夜に私のマンションへ突然やって来る。

私はいつもそれを受け入れた。

身体の相性が良かったわけではない。

ただ、恋心を抱いてしまっていた。

今思えば、一人の寂しさが恋心に変わっただけだと思える。

でも、当時の私は違った。

空しくなるぐらいに彼を好きになっていた。

彼には恋人がいる。

私は彼にとって恋愛の対象ではなかった。

今となっては嘘か本当かはわからないが

私との関係が初めての裏切りだったそうだ。

その頃の私はその程度の喜びしかなかった。

気持ちは募る一方で、身体だけの関係がより私を惨めにさせた。

ある日、私は酔っ払った勢いで彼に電話をした。

そして恋人と過ごしている様子の彼は

私の言葉を聞かずに電話を切ろうとした。

だから私は言ってやった。

「私の事、好きじゃないならもう会いに来ないで。」

その電話が彼との最後だ。

彼はそれから、電話すらかけてこなくなった。

私はひどく傷ついた。

バカなのはわかっている。

でも、その時の私を思い出すと今でも心が痛む。

彼を今でも好きなわけではない。

だからといって憎んでるわけでもない。

ただ、もう思い出したくないだけだ。

それからの恋愛は全て長続きしない。

そして今も私はまた一人ぼっちだ。

そんな事を考えているうちに気が付けばいつも朝になっている。


時計は9:40を指している。

昨夜、寝付けなかったせいで目覚ましの音に気付かなかった。

「あちゃー寝坊した。」

今日は10:30からカフェの面接が入っている。

かわいいカフェで働くのが私の夢である。

もちろん働くだけじゃない。

将来は自分の店だって持ちたいと思っている。

だから今はカフェで働いて経験を積みたいのだ。

そんな大事な店の面接で私は遅刻なんてできない。

慌てて準備を整えた。

店の場所は把握していたのだが、10分ほど遅刻した。

「すみません。遅刻しました。萩谷です。」

「こちらで少々お待ちください。」

店の女の子が出てきてソファ席へ案内してくれた。

店内はとてもかわいかった。

白を基調にしていて、大きな窓から光が射し込んでいる。

カウンター席とソファー席があるだけのこじんまりした店だ。

白いソファーは大き目でゆったりしていて

テーブルはガラステーブルと家具もとてもセンスが良い。

私には雰囲気の良さがとても魅力的だったので

遅刻してしまった事がたまらなく悔しかった。

「オーナーの榊です。」

そう言って私の前に名刺を差し出してきた。

「・・・・・・。」

私は絶句した。

彼は間違いなく私の寝坊の原因の彼だ。

こんな所で会うなんて思ってもみなかった。

でも、3年前と声も表情も何も変わっていない。

「あっ、春だろ?」

私は多分、顔が引きつっているだろうと感じた。

「友紀也・・・。ここのオーナーなの?」

「おう。なかなか出世してるだろう。」

友紀也は笑顔で言った。

私はその懐かしい笑顔に一瞬だけ惑わされそうになった。

「春ここで働きたいんだろう?」

「まぁね。」

今更、その気がなくなったとは言えない。

「じゃぁ、決まり。明日から来て。一緒に楽しく働こうぜ!」

友紀也はまるで何もなかった様に笑って私の肩をポンっと叩いた。

私も何もなかったと思えば一緒に働く時間なんて

何でもなく思えるかもしれない。

とりあえずは自分にそう言い聞かせた。

「よろしく。」

そして私もとりあえず笑顔で答えた。

「あっ、遅刻は禁止ね。」

友紀也はそう言って手を振って去っていた。

私は一瞬で起こった事に少し疲れてソファに腰を降ろした。


私は店内の掃除をしながら考えていた。

今、私は自分の描く理想的な店で働いている。

ただしオーナーを除いてだ。

それ以外は全て私好みと言えるのじゃないだろうか?

私は一人で彼を意識してしまっている。

今も彼に思いを寄せているわけではないが

あまりにも普通に接してくる彼に戸惑っている。

彼は3年前と全く変わらない屈託のない笑顔で接してくる。

ふざけたり、優しくしたり、時には真剣に店の話をする。

でも、私は彼のようには笑えない。

明らかに私の態度は以前と違うはずなのに

彼はまるで気にしていない様子である。

またそれが私にはたまらなく空しくなる。

私、一人の中に起こった出来事みたいで

彼にとっては本当に他愛のないことだったんだと実感する。

「おはよーっっ」

いつもの調子で彼は店にやってくる。

「おはようございます。」

私は彼に接する時は常に距離を置いていた。

「春、ちゃんと掃除してる?」

彼はこうしてすぐに私をちゃかしてくる。

私にはそれがたまらなく嫌だった。

いっその事、忘れていてくれる方が良かった。

「してます。」

「そんな恐い顔してたら、お客さん逃げちゃうよ。」

「あぁ・・・。」

「はい。スマイルは!春の笑顔は最高なんだから!」

彼はそう言って私の頭をポンっと軽く叩いた。

私の心は彼の言動に一喜一憂してしまう。

情けないがこれが今でも変わらない現実だった。

悔しいが、彼にそう言われるのは嬉しかった。

ただ私にはその気持ちを受け入れる器量はなかったが。

「春さんってオーナーの事、嫌いなんですか?」

突拍子もない質問を店のスタッフの加奈子がしてきた。

「えっ・・・どうして?」

「なんか、いつもは春さん笑ってるのにオーナーには冷たいから。」

加奈子は私よりも2つ年下のいかにもモテそうなかわいい学生だ。

彼女はこの1ヶ月で私にとてもなついてくれている。

だからといってあんな情けない話をできるはずもない。

「そんなつもりはないんだけどね・・・。」

「何だ、私てっきり元カノかと思いましたよ。」

私はややこしいのは嫌だなと思った。

「今日、春さんも来ますよね?」

今日は店のスタッフで閉店後に飲み会をするらしい。

私はなるべくなら行かなくて済むようにしたかった。

「あぁ、私ねちょっと・・・・」

そう言いかけてるにも関わらず、彼は二人の前に来て言った。

「全員出席!オーナー命令。」

友紀也は得意気に笑って言った。

加奈子も友紀也も楽しそうに笑っていた。

私はまた悔しくなった。

「春、返事は?」

友紀也が偉そうにちゃかすようにそう言った。

「・・・・わかったわよ。」

満足そうに彼はその場を離れた。

「オーナーって絶対、春さん狙ってますよ。」

加奈子が私に冷やかすように言ってきた。

「ハハ、まさか。」

私は苦笑いをした。

もうとっくに振られているとは言えずに。


「乾杯っっ」

閉店後の店内でみんなの声が響いている。

スタッフ全員といっても小さい店なので人数6名ほどだ。

「春ちゃんの歓迎もしないと。」

そう言ってきたのはスタッフの一人の洋人だった。

「あ、良いよ。そんなの・・・。」

私はなるべく自分の事には触れられずにさっさと退散したかった。

「ダメ、ダメ、ねぇオーナー?」

「そうだな、じゃぁ春の歓迎も合わせて乾杯っっ!」

友紀也は再度、大きな声を出した。

「春ちゃんって彼氏いるの?」

また洋人が私に声をかけてきた。

しかも、余計な事ばかり言ってくる。

「・・・・いないわ。」

私は少し質問に呆れたように言葉を返した。

「そっか、じゃ今フリーなんだ。」

洋人にはまるで通じてなかった。

私の様子を見て友紀也が大笑いをしている。

友紀也には私が呆れた様子で接しているのがわかったからだ。

時間が経ちお酒の減るペースもかなり早くなっていた。

私はお酒は飲める方だか酔うと人格が変わる。

そんな大げさなものではない。

ただ、普段から私は毅然とした態度をとる自分を作っていた。

しかし、酔うと本当の自分に戻ってしまう。

人には甘えたくなるし、優しくして欲しくなる。

泣いたりだってしてしまうし、怒ったりもする。

普通の女になってしまうのだ。

私にはそれがたまらなく嫌だった。

でも、私は友紀也の前ではよくお酒を飲んだ。

二人ともお酒が大好きだった。

私は飲むと決まってよく甘え、彼を求めたりした。

そしてたった一度だけ電話で泣いてしまった。

私にとって彼と過ごした時間は人生最大の汚点だ。

「春さん飲まないんですか?」

加奈子がグラスがなかなか空かない私に聞いてきた。

「あぁ、うん。あんまりね。」

私は適当に答えた。

「えっ、飲めないの?」

洋人が驚いた様子で聞き返した。

「飲めないわけじゃないけど・・・。」

「じゃ、もっと飲んで!」

私はみんなに急かされ少し、飲み始めた。

心の中では不安も感じながら。

友紀也は横目で私を見ながら笑っていた。

多分、彼も昔の私を思い出し笑っているのだろう。

あんなにも酒好きが飲めないわけがない。

そんな時間が深夜遅くまで続いた。

もう既に飲みすぎで潰れてしまってる人もいれば

まだ友紀也と飲み続けている人、

そして私を口説いている洋人。

決して彼が嫌というわけではないが

友紀也がこちらを横目で見ているのがわかる。

時折、彼の視線を感じる。

かといって、同じ職場の洋人を拒否する事もできない。

でも、彼は相当酔っているので記憶はないかもしれない。

「俺、ちょっと気持ち悪いかも・・・。」

そう言って洋人は私の手を引っ張りトイレに駆け込んだ。

私は少し心配になり洗面台に顔を埋める彼の後ろに立ち

彼の背中をさすってあげた。

「大丈夫?」

「春ちゃんって優しいね。」

洋人はこちらを向きそう言った瞬間、私を抱き寄せた。

「ちょっと、吐くんじゃなかったの?」

「こうしたくて、嘘ついちゃった。」

彼はそう言って強引に私の唇に自分の唇を押し付けてきた。

その時、トイレの扉が開けられた。

「何やってんだよっ!」

呆れた口調で洋人の頭を叩いたのは友紀也だった。

「酔っ払いは帰れっ!」

初めて見る友紀也の厳しい顔。

私は少し驚いてしまった。

洋人は友紀也により私から引き離された。

そして何も知らない他のスタッフの元へ行った。

「お前も、嫌だったら拒否すればいいだろう!」

私まで友紀也に強く言われた。

確かに、確かに私にも隙はあった。

しかし友紀也に怒られる筋合いはない。

それどころ、助けを呼んだ覚えもない。

私はあまりに腹立たしくなり

「友紀也に関係ないからっ。」

そう言って店を飛び出した。

子供じみてる。

私は怒って店を飛び出してしまった。

なんとも子供っぽい事をしてしまった。

かばんも上着も置きっぱなしだ。

店の前の道で気付いたが今更、店に戻るのも

格好が悪すぎる。

「バカかお前はっ」

友紀也が私を追いかけてきた。

私はひどく動揺した。

今更、振り返るわけにもいかずただ早足で歩き続けた。

「ほっといてよ。」

「おいっ」

そう言って友紀也が私の腕を掴んだ。

私は驚いて足を止めた。

彼は私を引っ張り振り返らせた。

「えっ・・・」

友紀也は振り返った私をそのまま抱き寄せて口づけをしてきた。

私は抵抗しようとしたが、彼の力にはかなわず

彼の優しい、懐かしい口づけに力が抜けてしまった。

「かばんも持たずにどうやって帰るの?」

私は恥しくて顔を真っ赤にして目の前に出されたかばんを取った。

「お酒が入っても甘えなくなったんだね。」

友紀也は私の顔を覗き込み冷やかすように言ってきた。

そして私の言い返す言葉も聞かず激しい口づけをしてきた。

私も自然と彼の口づけに答えていた。

彼は私の喜ぶ口づけを知っている。

彼の唇は私の唇にそっとくちづけされ、額へ頬へ首筋へと移動された。

3年経っても彼は変わらず私を覚えていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 文章のテンポがよくて、するすると読めました。カフェのオーナーが元カレの友紀也だったという伏線、よかったです。洋人さんは、これからのお仕事が少し、気まずそうですね(←そこかよ)これからも執筆、…
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