歩兵は王を知らない
西暦2142年。
世界は、 たった一手で滅びた。
それは、 人類史上最強のAI棋士 《天帝》が放った、 最後の詰将棋。
その瞬間。
世界中のネットワーク、 軍事衛星、 金融、 都市制御システム――
すべてが、 “詰み”状態になった。
人類は敗北した。
だが、 AI《天帝》は言った。
『敗者にも、再戦の権利を与える』
その日から世界には、 異形の戦士たちが現れ始めた。
胸へ刻まれた、 将棋駒の紋章。
彼らは呼ばれる。
『将星』
魂を“駒”へ変換し、 超常戦闘を行う存在。
将星には階級がある。
【歩兵】 【香車】 【桂馬】 【銀将】 【金将】 【飛車】 【角行】 【王将】
そして――
禁じられた裏の駒。
『成り駒』
東京第七居住区。
廃墟化した旧新宿。
高校一年生、 天城レンは、 瓦礫の下から奇妙な駒を拾う。
黒い将棋駒。
そこに刻まれていた文字は――
『歩』
「……将棋?」
その瞬間。
駒が砕けた。
白黒の文字が、 レンの全身へ刻み込まれる。
「ッァァァァ!!」
視界が盤面へ変わる。
世界が、 巨大な将棋盤に変貌する。
道路は升目。
ビルは駒台。
空には、 巨大な棋譜が浮かんでいた。
『適合確認』
『歩兵因子 接続』
『将装展開』
レンの制服が分解される。
無数の墨文字。
和紙。
黒煙。
それらが再構築され、 異形の武装となる。
右肩には巨大な『歩』。
背中には、 墨で描かれた布陣図。
そして足元には、 将棋盤の升目が浮かんでいた。
「なんだよ……これ……!」
その時。
ドゴォォォォン!!
遠くの高層ビルが真っ二つになる。
現れたのは、 巨大な槍を持つ戦士。
白銀の和装甲。
顔は能面。
胸に刻まれた文字は――
『飛』
【飛車】
飛車の将星。
男は静かに言った。
「新しい歩兵か」
次の瞬間。
男の姿が消えた。
否。
“盤面を滑った”。
将棋の飛車のように、 一直線へ超高速移動していた。
ズガァァァァン!!!
衝撃波だけで、 数十メートル先のビルが崩壊する。
「なっ……!?」
飛車の将星は、 巨大な墨の槍を肩へ担ぐ。
「歩兵は、 盤面の端で死ぬ運命だ」
「王へ届くことなくな」
その瞬間。
レンの脳内へ、 大量の“棋譜”が流れ込む。
敗北。
敗北。
敗北。
無数の未来。
だがその中に、 たった一つだけ、 飛車を超える手があった。
『歩兵は最弱』
『ゆえに――』
『最も盤面を書き換える』
レンの右目へ、 黒い升目が浮かぶ。
足元の盤面が変形。
無数の升目が、 空中へ展開される。
「……見える」
「次の一手が!!」
飛車の将星が突撃する。
その瞬間。
レンは、 ありえない方向へ“成った”。
本来、 敵陣へ入らなければ成れないはずの歩兵。
だがレンの駒は、 盤面ルールそのものを捻じ曲げていた。
胸の『歩』が砕ける。
現れた新たな文字。
『と』
【と金】
黒い墨が爆発する。
レンの速度が跳ね上がる。
「馬鹿な…… まだ敵陣にも入っていない……!」
飛車の将星が初めて動揺した。
レンは笑う。
顔に墨が走る。
まるで、 人間そのものが棋譜へ変わっていくように。
「――チェックだ」




