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第四章 消えた記録

四人が集まったのは、キャンパスの外れにある古い喫茶店だった。

夜の九時を回っていた。葵も呼ぶことになったのは、彼女が持っている資料がなければ話が始まらないからで、文乃がそれを勧めた。三上は最初、「他学部の子を混ぜるのは」と言いかけたが、文乃に「それで何が困るの」と言われ、黙った。

葵はノートと文書のコピーを持ってきた。蒼が経緯を説明し、台帳の七番の話と、資料室で見つかった被験者番号七番の話を繋げた。

「研究の正式記録がない」と三上が言った。

「それだけ聞くと、倫理的に問題のある研究だった可能性がある」

「どういう研究が問題になるの」と葵が聞いた。

「患者の同意を得ない実験とか、当時の倫理基準を無視した臨床試験とか。昭和四十年代はまだ、患者の権利という概念が今ほど確立されていなかった。悲しいことだけど、そういうことが起きていた時代はある」

「でも、証拠がない」と文乃が言った。「今あるのは、台帳の記載漏れと、タイトルのない研究報告書の下書きと、橘という名前だけ」

「そうだね」と蒼は言った。「だから、もう少し調べたい」

「どこを?」

「大学の古いアーカイブ。附属病院の昭和四十年代の文書が残っているとしたら、医学部の書庫か、病院の管理部門かのどちらかだと思う」

三上が腕を組んだ。その顔が少し固かった。

「三上、どう思う」と蒼は聞いた。

「……気をつけた方がいいと思う」と三上は言った。「これが本当に、倫理的に問題のある過去の研究に関係していたとしたら、大学側としては表に出したくないはずだ。永田教授が台帳を見て顔色を変えたとしたら、何かを知っているかもしれない」

「だから怖い?」

「怖いというより、慎重にすべきだと言いたい」

蒼は三上を見た。彼の目の奥に、何か別のものがあるような気がした。それが何かは、まだわからなかった。

葵は黙ってノートに何かを書いていた。

「一つ提案があります」と葵は言った。「私の展示の資料調査という名目で、資料室や書庫へのアクセスを正式に申請できます。文学部の指導教員が協力してくれると言っているので、学内の許可は取りやすい。そういう形で進めるのが一番穏当だと思う」

「賢い」と文乃が言った。

「ただし」と葵は続けた。「これは探偵ごっこじゃない。出てきたものが何であれ、それを適切に扱う覚悟が必要だと思います。どこかの人が関わっていた話かもしれないし、誰かが傷つくかもしれない」

その言葉で、テーブルの空気が少し変わった。

蒼は頷いた。「そうだね。それは忘れない」


葵の手続きは早かった。一週間後には書庫の閲覧許可が下り、四人は正式なルートで医学部の古い記録室に入ることができた。

記録室は医学部棟の四階にあった。使われていない旧棟の一角で、窓から見えるのは中庭の木々だけだった。棚には昭和から平成にかけての医局会議録、研究報告書、外来統計など、大量の文書が保管されていた。

四人は手分けして昭和四十年代の文書を探した。

三時間後、文乃が一つの封筒を見つけた。

「これ」と文乃は言った。声が普段より低かった。

封筒には「自主管理資料・要注意」と鉛筆書きがされていた。封は開いていたが、テープで留め直された形跡があった。

中に入っていたのは、四十枚ほどの文書だった。

内容を読み進めるにつれ、四人の間の沈黙が深まった。

それは、昭和四十六年から四十八年にかけて行われた臨床研究の記録だった。ある新薬の投与試験で、対象は附属病院の入院患者十二名。問題は、その研究の同意書が簡素なもので、「研究の詳細な内容が患者に開示されていたかどうか不明」という注記が内部文書に付されていたことだった。

さらに、十二名のうち三名が研究期間中に亡くなっており、その死因と投与薬との関連について「検討中」とだけ書かれたメモが挟んであった。

被験者番号七番の欄には、橘ハルコの頭文字と、「研究中途退出(本人意思)」という記載があった。

「退出、か」と蒼は言った。「途中でやめたんだ」

「だとすれば、亡くなった三人の中には入っていない」と文乃は言った。

「でも、関わっていたことは確かだ」

葵はその一枚一枚を丁寧に写真に撮った。手が少し震えていた。

「これは……」と葵は呟いた。「大学の歴史の中で、なかったことにされてきた話だ」

四人はしばらく、その記録室の中で黙って座っていた。

窓の外で、風が木の葉を揺らした。

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