王侯貴族のために働け? 嫌ですけど
急に酷い耳鳴りがして、私は駅のコンコースでうずくまった。船酔いのような気持ち悪さだ。
ぐらんぐらんと脳みそが揺れる。
それらが不意に治まった時、男の声がはっきり聞こえた。
「聖女様、どうか我々をお救いください」
不思議な紋様の上に突然招かれた私は、白いローブを着た男に懇願された。
「嫌ですけど」
私は男を見上げた。男は予想外のことを言われたというように、戸惑いを顔に浮かべた。男の後ろにいる黒いローブ姿の男たちも、お互いに顔を見合わせている。
「なぜでございますか」
「なぜ? なぜと聞きたいのは私の方なんだけど」
石の床に這いつくばる私と、立ったままの白いローブの男の視線がぶつかった。背より高い杖を持っている。あれで魔法を撃つのだとしたら、逆らうのは得策ではない。だからといって、言いなりになるのも業腹だ。
「なぜ、私が見も知らぬあなた方の願いを聞かなければならないのですか」
「それは、貴方が聖女様だからです」
「聖女って、何ですか」
「慈悲の心をもって、あまねく世の人々の安寧のために、癒しと浄化の力を使う存在です」
男は、道理の分からない子どもに教え諭すように、ゆっくりと区切って話した。
「私がいないと、この世界は困るのですか」
「さようでございます」
「つまり、すごく尊い存在ということ?」
「その通りでございます」
「じゃあ、どうしてその尊い存在の私が石の上にうずくまっていて、救いを求めているあなたが偉そうに立ったまま見下ろしているの?」
男は、はっとしたようにしゃがみこんで、
「これは失礼いたしました」
と、頭を下げた。
「つまり、その程度の存在ということですね。口先で持ち上げておけば、気持ち良く言うことを聞いてくれる都合の良い存在と」
「いえ、決してそのようなことは」
「あるいは、私は複数いる聖女のひとりに過ぎないとか。いったい聖女は何人いるのですか」
後ろの集団を見ると、彼らは目を逸らせた。なるほど。唯一でないのなら、ありがたみも薄れるというものか。
「あなた方のお願いに返事をする前に、説明を求めます」
今日の私はいつもより冷静だ。冷静というより捨て鉢だ。普段なら、知らない相手にこんな不遜な受け答えはしない。まして頼るものがない異世界で。
◇
遡ること二時間前、私は遠距離恋愛をしていた男の心変わりを知った。本人の口からではなく。
彼とは大学時代から交際していて、就職を機に新幹線の距離に離れて暮らすことになった。
私はいずれ結婚するものと思っていたが、彼は地元で幼馴染と新しい恋を育んでいた。よくある話だ。共通の友人から、彼が結婚することを聞かされた。
「びっくりしたよう、あなたと付き合ってると思ってたから。いつ別れたの? それとも、寝耳に水?」
教えてくれた友人は、好奇心を隠しもしないで私の気持ちを聞きたがった。こんな子だったっけ?
私は自分の、人を見る目がないことにガッカリした。それとも、人は変わってしまうものなのか。
友人と別れ、とりあえず北に向かう電車に乗ることにした。明日明後日と休みだから、どこかに行って気持ちを整理しよう。そう思って新宿駅の構内を歩いていたのだ。
誰かに八つ当たりしたい。叫びたい。暴れたい。文句を言いたい。だけど、泣くことだけはしたくない。あんな男のために、泣いてたまるか。
そんな気持ちでいたせいか、いきなり私を拉致した見知らぬ人たちに、敵意100%で挑んでしまった。そもそも私は悪くないのだから、当然とも言える。
◇
「つまり私に聖女として、お金と権力をたっぷり持っている王侯貴族の健康と若さの維持のために、光の魔力を捧げろということですか」
「そうだ」
偉そうな男は苦し気に答えた。
「魔力を捧げた私の身体はどうなりますか」
「失った魔力の分だけ、寿命は削られる」
答えまいと抗うが、男の口は閉じられない。
「回復はしませんか」
「するが、ゆっくりだ」
「では、使い続けると枯渇しますか」
「・・・そうだ」
「枯渇するとどうなりますか」
「・・・し、死ぬことになる」
男のこめかみに脂汗が流れた。絶対に明かしたくなかったことだろう。
室内に沈黙が訪れた。
「正直にお答えいただいて感謝します。これまでのお話をまとめますと、聖女は王侯貴族のために使い潰される家畜のようなものだということですね。それを尊い存在などと、よく言えたものですね。そういうことは、自分たちの世界で完結させてもらえませんか。異世界にまで迷惑をかけないでください」
少し前に、私は召喚された石造りの部屋から、落ち着いた設えの部屋に通された。それから聖女について教えを受けた後、私の方から質問を繰り出した。そして得た答えが、これだった。
男がこれほどあっさりと内情を話したのには訳がある。
聖女の力は思った以上に有能だった。
怪我を治す。清潔を保つ。痛みや病気を癒す。若さを蘇らせる。成長を促す。魅了して相手に嘘をつかせない。相手と目を合わせるか、体の一部に触れれば魅了できる。魅了すれば本心を聞き出せる。
ただし、腕力や膂力といった物理的な力はないし、魅了と言っても、相手を自由に操ることはできない。呪術も使えない。人の考えを変えさせることもできない。
つまりは、優しくこの世を慰撫するような能力しかない。戦闘能力はゼロだ。
さて、どうしよう。状況は理解した。このままでは、死ぬまで搾取されるということだ。
「ちなみに、聖女の魔力を無理やり吸い上げることはできますか」
「いや、聖女様が自ら与えようとしない限り、魔力は放出されない」
「そもそも、この国に聖女は生まれないの?」
「いつの時代も、聖女は三十人前後はいた。しかし今は、皆、・・・死んでしまった」
「なぜですか。そんな急に、おかしくないですか」
「聖女が普通の治癒や浄化をしていた頃は何ともなかったんだ。それを、貴族の連中が若返りを求め出してからおかしくなった。すぐに魔力を使い尽くして死んでしまうようになった」
「それで異世界から聖女を調達し始めたということですね。ちなみに私で何人目ですか?」
「三人目だ」
「この世界で生まれた聖女と、異世界から来た聖女に違いはありますか」
「相手に嘘をつかせないのは、異世界人の聖女だけだ」
「そのことを、王や貴族たちは知っている?」
「・・・いや。聖女たちは貴族たちに質問することはなかったから」
「それは良いことを聞きました。さて、ここから取引です。私はあなたたちのことを、殺すことができると思う。即死でなく、じわじわと。だから、協力してくれませんか?」
男たちは私を疑いの目で見た。
私は花瓶からバラの花を一本引き抜いた。さっき教わった通りに、指先から魔力を流してみる。糸のように細くした魔力を茎に注ぎ込む。すると、まだ開ききっていなかった白薔薇は、ほわりとほころび刹那に咲き誇ったが、みるみる萎びていった。かさついて茶色くなった薔薇の亡骸を、男たちに見せつける。
「こんな風になりたいですか?」
「なぜだ、聖女の力は相手を若返らせるのではないのか」
「さあ、なぜでしょう。それより、協力してくれますか」
これまでの聖女が、どうやって貴族たちを若返らせたり美貌を保たせたりしたのか知らない。理屈も分からず若返らせたとしたら、対象物の時間を巻き戻したのかもしれない。自然の流れに逆らって。だとしたら膨大なエネルギーなり魔力なりが必要だっただろう。本来の聖女の能力を超えていたとしたら、力の使い過ぎで干乾びて死ぬのも無理はない。
ならば時間に逆らわず、新しい細胞に生まれ変わるサイクルを短くしたらどうだろう。
皮膚の細胞は約一ヶ月で生まれ変わる。どんどん新しくして瑞々しい肌を保ち、駆け足で死に向かわせよう。人間の細胞は五十~六十回しか分裂・増殖できず、その限界を迎えると死ぬらしい。「ヘイフリックの限界」とかいうやつだ。聖女から搾取していた貴族婦人たちを、美しく儚く散らせてあげましょう。
このやり方なら、時間に逆らわず成長の背中を押すだけで良い。時間を戻すよりよほど省エネでいけそうだ。それがダメでも、全力で魔力を使わなければ良いのだ。バカ正直に使い潰されてたまるものか。
聞けばローブ姿の魔術師たちも、国王直々に聖女召喚をせっつかれていたらしい。成功させないとどうなるか分かっているなと、あの手この手で脅されていたようだ。
だからこそ、最初の『我々をお救い下さい』だったのだ。
聖女として国を救ってくれというより、王に脅されている我々を救ってくれという意味合いの方が切実だったのだ。だがそれはつまり、私を聖女という贄になれということに等しい。冗談じゃない。
ボスらしき白いローブの男が協力を約束してくれたので、私は彼らと策を練った。
決めたのは、次の通り。
王侯貴族の機嫌を損ねるより早く、王国民を癒す聖女として目立ってしまうこと。王宮の奥でやんごとなき方々のために癒しの力を使うのではなく、教会で一般市民のために力を使おう。そしてそれを王の慈悲だと大袈裟に触れ回ってもらうのだ。聖女ではなく王家への感謝の言葉と共に。王は、民の感謝に気を良くするだろう。
同時に、王宮に召し上げられたかつての聖女たちの死にざまを、『聞いた話なんだけどな』と、貴族のために力を搾り取られて密かに葬り去られた事実を、噂の種としてばら撒こう。
そういう噂は瞬く間に広まるものだ。貴族の悪口など庶民の大好物のはずだから。
聖女として娘を召し上げられた平民の家では、我が子の死を噂で知ることになる。これまで、王宮の騎士団の療養所で働いているとか、貴族の屋敷に召し抱えられたとか、そんな話を聞かされて安心していたのに、娘の最期を聞いて絶望するだろう。知り合いの者も、そうでない者も、その残酷な仕打ちに怒りを燃やすに違いない。
王家への、貴族への憎しみを募らせよう。くべる薪には事欠かないはずだ。王侯貴族だけが、聖女の恩恵にあずかっていたのだ。たかが若作りのために、たかが失った頭髪を取り戻すために。
国内で生まれた聖女は死に絶えた。そこで、異世界から召喚してまで王家は聖女から搾取するつもりらしい。そんなやつらが国を治めていて良いのか? そんな声が巷に満ち始めた。
◇
教会で働く私の元に、白いローブの男ゼノがやってきた。
「王宮の夜会への招待状を持ってきた。出席は王命だ。断ることはできない」
「いよいよですね」
「王家や貴族がこれまでやってきたことは、しっかり広まっている。今さら火元を探し出そうとしたところで、王家への不信は消えないところまで来た。生きている聖女の姿を一人も見せられないのだから、言い訳もできまい」
「私を懐柔するしかないでしょうね」
「王家が国民のために召喚した聖女を、正式にお披露目するそうだ」
「私が健気に、王国の皆さんのために働きます、と言えば王家の面目も保てて満足するのでしょう」
愚かなことだ。
翌日。
私は、教会で半年過ごすうちに仲良くなった人たちに心配されながら、王宮が寄越した馬車に乗った。聖女の衣装も何もかも向こうに用意があるという。
「じゃあ、行ってくるね」
窓から手を振ると、
「気をつけて」「絶対帰って来て」「帰らなかったらお城に殴り込むよ」
そんな言葉が返ってきた。ありがとう、がんばるよ。
王宮の立派な控室で、いかにも上品な侍女が私の支度を整えてくれた。純白の衣装で、装飾はほぼ無し。高潔な聖女のイメージを強調したいのだろう。
私は彼女の目を見て礼を言った。
「ありがとう。私のことで何か聞いている?」
噓のつけない彼女は答えた。
「王家に逆らうつもりなら、生かして帰すつもりはないと」
喋りながら彼女の顔が引き攣った。
「大丈夫? そんな物騒な話を聞かされていれば怖いわよね。それから?」
「・・・、会場に入る前に、そこのお茶を勧めろと」
「ふうん、何のお茶なの?」
「気持ちを、リラックスさせる、お茶です」
「効果はそれだけ?」
「遅効性の睡眠効果があるので、夜会の後は眠ってしまうから城に留め置けば良いと」
侍女は真っ青だ。
「そうなのね。毒じゃなくて安心したわ」
「申し訳ありません!」
「お城勤めも辛いわね。そのお茶、飲んでないと叱られるんでしょう。ただの睡眠薬なら、あなたが飲んでおいて。今日はお疲れ様。ゆっくり休んでね」
涙目の彼女が今後どうなるか分からないが、私が気に掛ける理由はない。
控室に迎えに来たのは、いつもより上等の白いローブを着たゼノだった。私はゼノについて、王宮の廊下を歩いた。
「睡眠薬を盛られるところでした」
「眠ってしまった女性を抱え上げて連れ帰るわけにいかないから助かったな」
そんなことを話しながら、夜会の会場の入り口に着いた。ここは一般の招待客が入るところではなく、特別に招待され、夜会で紹介をされる者の待機場所だ。
私はこれから、異世界から召喚した聖女としてお披露目され、隣に立つゼノは、召喚を成功させた筆頭魔術師だと紹介されることになっている。半年も前に召喚されたのに、今さら過ぎると思うのだが。
呼ばれて登場した先で、私はあたかも自分の意思で、聖女召喚に応えたというように紹介された。召喚後今日まで市井で王国民を癒してくれたことを感謝された。聞きようによっては、国王がそれを指示したように聞こえただろう。
今回の夜会は、失墜しそうな王家の威信を取り戻すために開かれた。王家は聖女と手を取り合って王国を発展させるのだと広く確実に知らしめるために、国内の貴族だけでなく、外国の要人、有力な商会の者なども招いていた。
王家としては、聖女の機嫌を損ねるわけにいかないが、何としても聖女の手柄を王家主導のものと印象付けたいのだ。
国王は物わかりの良さそうな為政者の顔で言った。
「聖女殿はこの数か月、教会で暮らし、人々を癒してきた。今後はしばらく王宮に滞在して、市井で見聞きしたことなどを、儂に聞かせてくれぬか」
なるほど、あくまで自分たちの美容と健康のためとは言わないのだな。私は国王の目をじっと見る。もう嘘はつけないからね。
「王宮に住まうなど、畏れ多いことでございます。私は生まれも育ちも平民ゆえ、市井の教会にいてこそ心の平安が保たれ、聖女としての力を発揮できるものと存じます。それに、王宮で寝泊まりしたら、帰ってこれなくなるのでは、と、皆が言っておりました。どういう意味でしょう」
際どい嫌味も忘れない。王や周りの者の顔色が悪い。
「そのようなことは・・・」
王は言い淀んだ。死ぬまで酷使するつもりだなどと真実を明かすわけにいかない。かろうじて言い留まった。王は、自分の口が何を言おうとしたのか気付いたのだ。流石の判断である。嘘をつけないなら、口を閉ざすしかない。
「きっと私が贅沢に慣れて、教会なんて質素なところに暮らすなんて嫌、とでも言うと思ったのでしょうね。そんな心配いらないのに」
私はわざとらしくクスクス笑った。
「陛下も、私が教会にいた方が、安心して聖女としての日々を過ごせると思いますよね」
「・・・そうだな」
そう答えるしかないだろう。私の身の安全は王宮にはないのだから。
「ですから私は、これからも教会でお世話になって皆を癒したいと思います。それに、私は植物を成長させることもできますから、すでに教会付属の植物園で稀少な薬草の育成に取り組んでいます。放っておくわけにいきません。この薬草がたくさん収穫できれば、より多くの人々を救うことになると思いませんか?」
私は笑顔で王に確認する。
「そうだな、今後も、聖女の活躍に期待している」
王はそう言うしかなかった。
こうして夜会は、表面上は穏やかな雰囲気で始まった。
ダンスをする者、料理を食べる者、酒を片手に談笑する者、様々である。
私はゼノとその部下以外に知り合いがいない上、一人になるのは危険なので、常に彼の傍にいた。ゼノは念のため、私の周りにベールのような防御結界を張ってくれた。おかげで少し周りを見渡す余裕があった。
向こうから王妃を先頭に、扇を手にした豪奢な衣装の貴婦人たちが近づいてきた。
言われることは予想がついた。王宮に留まらないなら、この夜会で聖女の力を見せてほしいと言うのだろう。ええ、お望み通り、成長を促進すべく細胞分裂を促しましょうか。肌が生まれ変わったようになることでしょう。それは老化がどんどん近づくということですけれど。
「聖女様」
柔らかくも威厳のある声で王妃から呼びかけられた。私はまっすぐ王妃を見つめる。頭は下げない。この国の民ではないからだ。傅く理由がない。むしろお前が頭を垂れろ、と心の中で思う。
「いかがなさいました」
「あなたの力で、私の肌を若返らせなさい」
いきなりの要求に、言い出した王妃本人が驚いている。自分は今、何を口にした?
私はその隣の貴婦人と目を合わせる。
「あなたのご希望は?」
「私を誰よりも美しくしてほしい」
続く女性たちも、小皺を取りたいだの、シミをなくしたいだの、たるんだ腹をへこませたいだの、およそ自分の美容に関することだらけだ。そして口を閉じた後、自分の希望がいかにはしたないものであるか気付いて、顔の前に広げた扇をどかすことができなくなった。
彼女たちは、普段、思うことを何重にもベールで包んで遠回しに語ることを上品としているのだろう。ここまで明け透けに話をするなど、部屋着で人前に出るくらい恥ずかしいことなのかもしれない。
「ずいぶんとご自身の欲望に忠実な方たちですね。ええ、民のためなどと建前ばかりの殿方より、ずっと素直で気持ちが良いです」
婦人たちは自分の発言がいまだに信じられず、扇を盾に沈黙している。周りの人たちも、貴婦人たちの正直すぎる発言に引いている。
思った以上に王妃たちが自分の発言でダメージを受けてしまったので、ここはこれ以上追い詰めるべきではない。施術はまたの機会にしよう。
「せっかくですが、今宵は私のお披露目のために皆さま集まってくださっています。私が控室に行って皆様のお顔のメンテナンスに時間をかけてしまうのは、夜会の趣旨に反すると思うのです。ですから皆様、今後は教会に視察や寄付に訪れた際に、お声がけいただければ、聖女としてしかるべき処置をして差し上げたいと存じます」
私は恭しく提案した。
王妃は、広げた扇の陰から、
「分かりました。後日、教会に伺いましょう」
そう言って、取り巻きの貴婦人たちとそそくさと去っていった。
周りで見守っていた人々は、高貴な方々のあり得ない言動に面食らっていた。
―あれほど欲望まみれの不躾な願望を
―このような場で臆面もなく口にするなど
―まさかあの奥床しい王妃様方が
ヒソヒソと今の様子が口伝で静かに広まっていった。王妃たちの面目は丸潰れである。
こうして無事、お披露目の夜会を乗り切った私は、ゼノに送られて教会まで帰ってきた。
「お帰り」
「よく帰ってきた」
「ここが聖女様の家だからね」
待っていてくれた皆の優しい言葉が身に染みる。
けれど、私の本当の家はここではない。この国にはない。この世界にもない。
優しい人はたくさんいるけれど、地に足がついた気がしない。
「ゼノ」
私は送ってきてくれたゼノを振り返って言う。
「私はここで生きるしかないなら、そうする。だけど、帰る方法があるなら帰りたい。帰る方法、帰るための術式、研究してくれるよね。魔術師全員で」
ゼノの目をじっと見る。
「分かった。残りの人生をかけて努力する」
ゼノは本心からそう言った。
そう言う以外ないだろう。私は人を癒すだけでなく、簡単に死に向かわせることができる。その脅しがどこまで利くか分からないが、とりあえず、私を元の世界に帰すべく、死ぬ気で頑張りやがれ。
読んでいただき、ありがとうございました。




