第6話 英雄の凱旋
血の海と化した峠道から、俺たちは這う這うの体で村へと帰還した。
心身ともにボロボロだ。あんな殺戮ショーを見せつけられた後だ、俺の豆腐メンタルは限界を迎えていた。
「もうダメだ……布団に入って三日は震えていたい……」
俺はガロンの背中に担がれながら、うわ言のように呟いた。
村の入り口が見えてくる。きっと村人たちは、血まみれの俺たちを見て悲鳴を上げるだろう。
しかし。
「――おお! 帰ってきたぞ! 賢者ダイチ様の一行だ!!」
村の入り口には、なぜか松明を持った村人たちが大勢待ち構えていた。
そして、俺たちの姿を見るなり、ワァァァッ!! と爆発的な歓声が上がった。
「えっ? 何? 俺、なんかした?」
状況が飲み込めない俺の前に、村長が涙を流して駆け寄ってきた。
「連絡が入ったのです! 街道を荒らしていた凶悪盗賊団『黒蛇』が、峠で全滅していたと! 現場を見た商人によれば、凄まじい魔法と剣技で一瞬にして葬り去られていたとか!」
村長は俺の手(震えている)をガシッと握りしめた。
「間違いありません! あそこを通ったのは貴方様たちだけ! つまり、賢者様が我々の長年の脅威を排除してくださったのですね!」
「い、いや、あれは謎の……」
言いかけた俺の横で、アテナが誇らしげに胸を張った。
「はいっ! ダイチさんが、目にも止まらぬ速さで悪党たちを成敗しました! 私、感動して腰が抜けちゃいました!」
「ブモォ! シショウ、サイキョウ!(師匠、最強!)」
二人の証言により、外堀は完全に埋まった。
俺は「盗賊団を単騎で壊滅させた伝説の英雄」に昇格してしまったのだ。
「う……うむ。まあ、手加減はしたんだがね(気絶してただけだけど)」
俺が引きつった笑みで頷くと、村人たちは再び歓声を上げ、俺を胴上げし始めた。
***
その夜、村では盛大な「英雄歓迎の宴」が開かれた。
広場には焚き火が焚かれ、樽酒が振る舞われ、村中の食料が集められた。
そして、その調理を担当するのは、我がパーティが誇る鉄鍋の将軍、ガロンだ。
「ブモォォォッ!!(食らえ愚民ども! 俺のフルコースを!)」
ガロンは盗賊から奪還した(ことになっている)高級スパイスと、村の新鮮な野菜を使い、神がかった手際で料理を量産していく。
メインディッシュは『特大猪のハーブロースト・蜂蜜ソースがけ』。 香ばしい匂いが夜空に立ち上る。
「う、美味すぎるぅぅぅ!」
「なんだこの柔らかさは! 口の中で溶けるぞ!」
「ガロン様! 一生ついていきます!」
最初はオークを怖がっていた村人たちも、一口食べた瞬間にガロンの信者と化した。ガロンは「ブモフフ(照れるぜ)」と鼻を鳴らしながら、子供たちに追加のスープを配っている。幸せそうだ。
そして、主役の俺はというと。
村長によって用意された特等席(ふかふかのクッション付き)で、大量の金貨が入った革袋を抱えていた。
「こ、これが報奨金……!」
重い。金貨50枚。
日本円にして数千万円はあるだろうか。
これがあれば、一生遊んで暮らせる。もう危険な冒険に出る必要もない。
「ダイチさん、あーんしてくださぁい」
横から甘い声がした。
アテナだ。彼女は村娘たちが用意してくれた新しいドレス――清楚な白のワンピースに着替え、顔をほんのりと赤らめている。
手には、切り分けられた肉。
「え、いや、自分で食べるよ」
「だーめーでーす。英雄様は疲れてるんですから、私が尽くさせてください。……ほら、あーん」
周囲の冷やかしの視線を浴びながら、俺はアテナの手から肉を食べた。
美味い。ガロンの料理の腕もさることながら、美少女に食べさせてもらうというシチュエーションが、味を百倍に引き上げている。
「……幸せだ」
俺は思わず呟いた。
酒が回り、恐怖は薄れ、心地よい多幸感だけが脳を満たしている。
金がある。美味い飯がある。仲間がいる。そして、俺を慕ってくれる可愛い女の子がいる。
(これだよ……俺が求めていた異世界転生は!)
前世では、こんな扱いを受けたことは一度もなかった。
いつも端っこで、誰かの顔色を窺って、空気のように生きてきた。
でも今は違う。俺は世界の中心にいる。
「ダイチさん……私、ダイチさんと出会えて本当によかったです」
アテナが俺の肩に頭を預けてきた。
シャンプーのような、花の香りがする。
「私、ずっと『役立たず』だって言われてきて……自分でもそう思ってました。でも、ダイチさんは私を必要としてくれた。魔法を褒めてくれた。……私、ダイチさんのためなら何でもできます」
潤んだ瞳が俺を見上げる。
そこにあるのは、100%の信頼と、好意。
「アテナ……」
俺は自然と、彼女の腰に手を回していた。
彼女は拒まない。むしろ、体を寄せてくる。
焚き火の温かさと、彼女の体温が、俺の心にある「死の恐怖」を完全に溶かしていった。
***
宴の後。
俺たちには、村長のはからいで村一番の立派な空き家――かつての村長の隠居所だった豪邸が与えられた。
広いリビング。暖炉。そして、なんと石造りの風呂までついている。
ガロンが沸かしてくれた適温の湯に浸かりながら、俺は天井を見上げた。
「はぁぁぁ……極楽……」
手足を伸ばす。
ジャングルでの毒、海底での窒息、盗賊のナイフ。それら全ての記憶が、湯気と共に消えていくようだ。
風呂から上がると、ふかふかのベッドが待っていた。
清潔なシーツ。羽毛の布団。
俺はそこに大の字にダイブした。
「もう、ここから出ないぞ。絶対に」
俺はこの村の英雄として、ガロンの飯を食い、アテナとイチャイチャして、老衰で死ぬまでダラダラ過ごすんだ。
誰にも文句は言わせない。神様、ありがとう。最初の3回死んだのは、このSSR級の人生を引くための布石だったんだな。
コンコン。
控えめなノックの音がした。
「……ダイチさん。入っても、いいですか?」
ドアの隙間から、アテナが顔を覗かせる。
湯上がりの彼女は、髪を下ろし、少し大きめのシャツをパジャマ代わりに着ていた。
その姿は反則級に可愛かった。
「一人だと、ちょっと怖くて……あの盗賊のことを思い出しちゃって……。その、一緒に寝ても、いいですか?」
上目遣いでの爆撃。
俺の理性の砦は、音を立てて崩壊した。
「も、もちろん。おいで」
アテナが嬉しそうに駆け寄り、俺のベッドに潜り込んでくる。
隣から伝わる温もり。
彼女は安心したように、すぐにスースーと寝息を立て始めた。俺の服の裾をギュッと握りしめて。
(守らなきゃな……)
俺は彼女の寝顔を見ながら誓った。
勘違いでも、ハッタリでもいい。この幸せを守り抜く。それが俺の新しい人生だ。
窓の外には満月が輝いている。
不気味な赤い月ではなく、優しく輝く金色の月だ。
杉田大智、四度目の人生。
現在、幸福度MAX。 死亡フラグ、完全消滅。
俺はアテナの髪を撫でながら、これ以上ないほど深く、安らかな眠りについた。




