第5話 ナニカ
仲間になったオークのガロン(元将軍・現料理番)を加え、俺たちのパーティは3人になった。
ガロンは目立つため、ボロボロのローブですっぽりと全身を覆い、大柄な荷物持ちを装っている。
俺たちは、村から少し離れた街道沿いの交易所へ向かっていた。
目的は、ガロンが作る料理のための香辛料と、アテナの新しい靴を買うことだ。
「楽しみですね、ダイチさん! 3人でお買い物なんて!」
「ブモ(肉も買うブモ)」
「ああ、そうだな(平和だ……最高だ)」
俺は能天気に歩いていた。
魔物ならガロンが追い払ってくれるし、村の近くだから安心だと思っていた。
だが、この世界の「敵」は、魔物だけではなかった。
***
峠道に差し掛かった時だ。
突如、道脇の岩陰から数本の矢が放たれた。
「――っ!?」
ヒュンッ! 矢は俺の足元に突き刺さる。
ガロンが即座に俺とアテナの前に立ち塞がったが、その時には既に、俺たちは十数人の武装集団に包囲されていた。
ゴブリンではない。オークでもない。
汚れた革鎧をまとい、ニタニタと卑しい笑みを浮かべる**「人間」**たちだ。
「へへっ、上玉じゃねぇか」
「女は聖職者崩れか? 高く売れそうだなぁ」
「デカい図体のは労働力になるな。真ん中の貧相な男は……殺していいか?」
男たちの目が、値踏みするように俺たちを舐め回す。
明確な悪意。食欲ではなく、金銭欲と加虐心に満ちたドス黒い視線。
俺は震え上がった。言葉が通じる相手の方が、時には魔物より恐ろしい。
「ま、待て! 我々はただの旅人だ!」
俺は声を張り上げた。いつもの「賢者ムーブ」で切り抜けるしかない。
「俺は賢者ダイチ。この地を治める領主とは旧知の仲だ(大嘘)。手を出せば、ただでは済まんぞ!」
精一杯のハッタリ。魔物相手ならこれで「得体の知れない強者」として警戒された。
だが、盗賊のリーダーらしき眼帯の男は、鼻で笑った。
「賢者ぁ? そのジャージとかいう薄汚い服でか? 杖も持ってねぇ、魔力も感じねぇ。……ナメてんのか、ガキが」
ドカッ!!
眼帯男が俺の腹を蹴り上げた。
「がはっ……!?」
「ダイチさん!!」
俺は無様に地面を転がった。痛い。息ができない。 通じない。こいつらは「雰囲気」なんかで見逃してくれない。俺が物理的に弱いことを、暴力のプロとして見抜いている。
「ブモォォッ!!(貴様らァァ!!)」
ガロンが激昂し、ローブを脱ぎ捨てて咆哮した。 隠していた緑色の巨体と筋肉が露わになる。
しかし、盗賊たちは驚くどころか、網のようなものを構えて嘲笑った。
「おっと、オークかよ! こいつはラッキーだ、闘技場に売り飛ばせば金貨になるぞ!」
「『魔封じの鎖』を使え!」
盗賊たちが手慣れた動きで鎖を投げつける。
ガロンが腕を振り回すが、鎖が絡みつき、さらに電撃のような魔法効果が発動して動きを封じられた。
「グゥ、オォォ……ッ!?」
「ガロンさん!!」
アテナが杖を構えるが、別の男が彼女の背後に回り込み、ナイフを喉元に突きつけた。
「動くなよ姉ちゃん。綺麗な顔に傷がつくぜ?」
「ひっ……!」
詰んだ。 一瞬で制圧された。
俺は泥に顔を押し付けられながら、絶望した。
これが現実だ。賢者でもなんでもない、無力な俺の末路だ。
「さて、この貧相な男は見せしめに首を跳ねとくか」
眼帯男がサーベルを抜き、俺の首筋に冷たい刃を当てた。
「や、やめ……助け……」
「あばよ、自称賢者サマ」
男が腕を振り上げる。
アテナの悲鳴が聞こえた。 俺は目を閉じた。ああ、4度目の死因は「斬首」か。痛いのは嫌だなぁ……。
――ヒュン。
風を切る音がした。
首に衝撃は来なかった。
代わりに、生温かい液体が俺の頬にドチャッと降り注いだ。
「……え?」
「あ、が……?」
目を開けると、俺を見下ろしていた眼帯男が、目を剥いたまま立ち尽くしていた。
その首から上が、無い。
ドサリ。 首のない死体が、俺の横に崩れ落ちた。
「なっ……!?」
「頭!? 何が起き……ぎゃああっ!?」
盗賊たちが反応する間もなかった。
黒い影のようなものが、戦場を疾走した。
それは風のように速く、死神のように正確だった。
一閃。
アテナを取り押さえていた男の腕が宙を舞う。
二閃。
ガロンを縛っていた鎖が豆腐のように寸断される。 三閃。
逃げようとした男たちの背中が、十字に切り裂かれる。
悲鳴すら上げる暇もなく、十数人の盗賊たちが「肉塊」へと変わっていった。
血の海の中で、俺たち3人だけが立ち尽くしていた。
そして、その中心に**「誰か」**が立っていた。
全身を漆黒のコートで覆い、顔をフードで隠した人物。
手には、血濡れた刀身を持たない、奇妙な形状の「黒い剣」が握られている。
「あ……」
俺が声を絞り出した瞬間。
その人物が、ゆっくりとこちらを振り返った。
フードの奥。金色の瞳が、冷徹に俺を見据える。
『――不確定要素。まだ生きているのか』
男とも女ともつかない、機械的な声が響いた気がした。
「あなたは……誰です……?」
アテナが震える声で尋ねる。
謎の人物は何も答えない。
ただ、黒い剣を一振りして血を払うと、足元の影に溶け込むようにして、姿を消した。
フッ、と気配が完全に消滅する。
後には、静寂と、盗賊たちの無残な死体だけが残された。
「……」
俺は震えが止まらなかった。
助かった。確かに助かった。
だが、あの人物から感じたのは「正義」ではない。 もっと無機質で、恐ろしい……まるで「事務処理」をするかのような冷酷さだった。
「ダイチさん……大丈夫ですか……?」
アテナが俺の肩を抱く。彼女も青ざめている。
ガロンも鎖が解けた腕をさすりながら、怯えたように周囲を警戒している。
俺は眼帯男の死体を見つめ、確信した。
この世界には、魔物よりも醜悪な人間がいる。
そして、それらを塵のように掃除する、規格外の「怪物」がいる。
俺の「理想のスローライフ」は、薄氷の上に成り立っているのかもしれない。
頬についた誰かの血を拭いながら、俺は初めて、この世界の「底知れぬ深淵」を覗いた気がした。




