第2話 女神は麦畑に舞い降りる
ぶくぶくぶく……。(さようなら、俺の海中都市ライフ……)
杉田大智の三度目の異世界生活は、予想通り、開始七秒で物理的な終了を迎えた。 海は綺麗だったが、肺の中が海水で満たされる感覚は二度と御免だ。
そして、例の「ロード画面(魂のミキサー)」を経て、四度目の目覚めが訪れる。
***
「……ん、ぅ……」
柔らかい。 背中に感じるのは、冷たい雪でも、湿った腐葉土でも、硬い海底の岩でもない。 天日干しされた藁の香りと、温かい布の感触。
大智は恐る恐る目を開けた。 木造の天井。窓から差し込む穏やかな木漏れ日。どこか遠くで、鶏の鳴き声が聞こえる。
「生きて……る?」
飛び起きることもなく、大智は呆然と天井を見つめた。 即死していない。開幕の理不尽な罠がない。
「あ、気がつきましたか?」
鈴を転がすような、優しい声が降ってきた。 横を向くと、ベッドの脇に一人の少女が座っていた。
年齢は十代後半だろうか。 栗色の髪を緩く三つ編みにし、少し古びた修道服のようなワンピースを着ている。 整った顔立ちだが、どこか頼りなげで、小動物を思わせる愛嬌があった。
「あの……村外れの麦畑で倒れていたので、運ばせてもらったんです。お水、飲みますか?」
彼女は心配そうに、素焼きのカップを差し出してきた。 大智はそのカップを受け取りながら、手が震えるのを止められなかった。
(……これだ)
大智の直感が告げている。 毒々しい花も、謎のナイフもない。 目の前にいるのは、テンプレ通りの心優しき村娘。
「あ、ありがとうございます……! うっ、ううっ……!」
水を一口飲んだ瞬間、大智の目から涙が噴き出した。 ただの水だ。毒も入っていなければ、消化液でもない。ただの、美味しい水だ。
「ええっ!? ど、どうしたんですか!? お水、腐ってました!? ごめんなさい、私またドジを……!」
少女が慌ててタオルを取り出し、大智の顔を拭こうとして、手を滑らせてタオルを大智の顔面にバサッと落とした。
「あわわわ! すみません、前が見えませんよね!?」 「いや、いいんだ……。ありがとう。君は、女神様か何かか?」
大智がタオル越しに呟くと、少女は顔を真っ赤にして首を振った。
「め、女神様だなんて……! 私はアテナです。何の力もない、教会を追い出されたただの……役立たずです」
アテナと名乗った少女は、寂しげに目を伏せた。 その表情を見て、大智の中で何かがカチリとハマった。
――間違いない。ここが「本番」だ。 これまでの三回(雪山、ジャングル、海)は、この世界に辿り着くための適性検査か、あるいは悪質なバグだったのだ。 俺はこの子のために、この世界に来たんだ。
「俺は杉田大智。遠いところから来た旅人だ」
大智は精一杯のキメ顔で(パジャマのような服のまま)言った。
「アテナさん。君が役立たずなんてことはない。だって君は、俺の命を救ってくれたんだから」
「え……?」
「ここが俺の新しいスタート地点だ。……よかったら、少しの間、ここに置いてもらえないかな?」
アテナは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、それから花が咲くようにパァッと破顔した。
「は、はいっ! こんなボロ小屋でよければ! ……あ、でも私、料理とかすぐ焦がしちゃうんですけど……」
「大丈夫。俺が教えるよ(コンビニ弁当温めるくらいしかできないけど)」
窓の外には、黄金色に輝く麦畑が広がっている。 風が吹き抜ける音は優しく、世界は平和そのものだった。
ともあれ、杉田大智の四度目の人生。
死亡までの猶予、測定不能。 ついに、穏やかな日常が幕を開けた。
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