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デストロイクリミナル!  作者: さよなライオン


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第1話 毒と粘液と、勘違いの楽園

「――って、痛ああああああっ!! 刺された! 俺、今刺されたよな!?」


 ガバッ! と大智は跳ね起きた。 心臓を貫かれた激痛の記憶に胸を強く抑える。だが、指先に触れるのは汗ばんだTシャツだけで、そこにナイフは突き刺さっていない。血も出ていない。


「はぁ、はぁ……ゆ、夢? いや、確かに死ぬ感覚があった……。あの雪の冷たさも、笑えないくらいリアルだったし……」


 大智は混乱する頭を振りながら、額の汗を拭った。  そこでようやく、周囲の異変に気づく。    むっとするような熱気。肌にまとわりつく湿気。 聞こえてくるのは、聞いたこともない極彩色の鳥の鳴き声と、鬱蒼と茂る木々が風に揺れる音。 雪景色は跡形もなく消え去り、そこは深いジャングルだった。


「……なるほど。理解した」


 大智はパンパンと頬を叩き、瞬時に思考を切り替えた。


「リスポーン地点変更、あるいはチュートリアル失敗による再スタートってわけか」


 ポジティブである。  異常な事態を「ゲーム的解釈」で強引に納得することで、精神の均衡を保っているのだ。


「雪国はハードすぎたもんな。運営も『あ、これ無理ゲーだわ』って気づいて、難易度調整してくれたんだな。サンキュー神様!」


 大智は立ち上がり、ジャージについた土を払った。  暑いのは苦手だが、凍死するよりはマシだ。それにこの植生の豊かさを見ろ。ここなら食料に困ることはないだろう。  今度こそ、スローライフの始まりだ。


 そう確信して歩き出した大智の目に、木に実る紫色の果実が飛び込んできた。  ソフトボールほどの大きさで、表面には唐草模様のような奇妙な紋様がある。


「おっと、いきなりレアアイテム発見か?」


 大智の脳内データベース(妄想)が高速検索を開始する。  形状からして、これはファンタジー作品によくある『魔力の実』か、あるいは食べると特殊能力が得られる『悪魔的な果実』に違いない。


「いただきます!」


 警戒心ゼロ。彼は迷わず果実をもぎ取り、大きく一口かじった。  ジュワリと広がる濃厚な甘み。


「うまっ! これ当た――」


 言いかけた言葉は、続く激痛にかき消された。


「――ぶぐっ!?」


 食道が焼ける。  胃袋の中で爆弾が炸裂したような衝撃。  大智はその場に倒れ込み、腐葉土の上をのたうち回った。


「が、はっ……! な、んだ……これ……!」


 視界がぐにゃぐにゃと歪み、ジャングルの緑色が毒々しい紫色に反転していく。  全身の筋肉が勝手に収縮し、自分の意思とは無関係に手足がビクンビクンと跳ねる。口の端から白い泡が溢れ出した。


(おかしい……毒? いや、転生特典の『毒耐性』は? 初期スキルじゃないのかよ!?)


 ない。そんなものはない。  あるのは、未開のジャングルに生息する植物が、害虫から身を守るために生成した致死性の神経毒だけだ。


 ――死ぬ。また死ぬのか。  雪山で刺殺されてから、体感時間で十分も経っていない。  今度は毒殺か。俺の前世の行いが一体何だったというのか。燃えるゴミの日に燃えないゴミを出したことくらいしか心当たりがないぞ。


 意識がブラックアウトしかけた、その時だった。


 《――個体名:スギタ・ダイチの生命活動低下を確認。緊急措置として、体内の毒素を中和します》


 脳内に、無機質な女性のアナウンスが響いた。


「……え?」


 次の瞬間、嘘のように痛みが引いた。  締め付けられていた喉が開き、肺に酸素が流れ込む。


「は、ははっ……! きた……! ついにきたぞ、ナビゲーションシステム!」


 大智は泥だらけの顔でガッツポーズをした。  これだ。これこそが異世界転生の醍醐味。ピンチの時に覚醒する隠しチート。  やはり俺は特別だったのだ! さっきの毒は、このシステムを起動するための鍵だったに違いない。


「ありがとうナビちゃん! 遅いよ待ってたぜ! さあ、次のクエストを表示してくれ!」


 意気揚々と立ち上がる大智。  死の淵から生還した高揚感が、彼の判断力をさらに鈍らせていく。    すると、少し開けた場所に、一際目を引く巨大な植物があるのに気づいた。  直径三メートルはあろうかという、真っ赤なラフレシアのような花だ。花弁の中央には、たっぷりと透明な液体が溜まっている。


「……あれは!」


 大智はニヤリと笑った。ナビゲーション覚醒後の初イベントだ。    推測1:飲むと全ステータスが回復する奇跡の霊薬エリクサー。  推測2:美しい花の精霊(ヒロイン候補)の住居。  推測3:転移ポータル。


 どれであっても「当たり」だ。  もしモンスターだとしても、今の俺にはナビちゃんがついている。


 花の前に立つ。甘い、どこか腐臭の混じった香りが漂ってくるが、大智の鼻には「冒険の香り」にしか感じられない。  中央の液体が、たぷん、と揺れた。


「やあ、こんにちは。僕は敵じゃないよ。この世界を救う予定の杉田大智だ」


 大智はアイドルに握手を求めるファンのように、そっと花弁に手を伸ばした。


 その瞬間。


 ズリュンッ!!


「へ?」


 花弁だと思っていたものが、凄まじい粘着力と筋力で大智の腕に吸い付いた。  いや、これは花弁じゃない。筋肉質の「舌」だ。


「うおっ!? ちょ、まっ、タイム! 話せばわかる!」


 抗議も虚しく、巨大花は花弁をイソギンチャクのように蠢かせ、大智の体を中央の液体溜まりへと引きずり込み始めた。  圧倒的な力だ。地球の柔道家どころの話ではない。


「ぎゃああああ! 離せ! 俺は美味しくないぞ! さっき毒食ったばっかりだし!」


 必死に足を突っ張るが、ズリズリと引き寄せられる。  そして、大智の頭が透明な液体――どう見ても強力な消化液――に突っ込まれる直前。


 脳内のナビゲーションシステムが、再び無機質な声で告げた。


 《――補足説明。先ほどの毒素中和は、この世界の捕食者である『デッドリー・ラフレシア』が、獲物を新鮮な状態で捕食するために放った『中和酵素』によるものです》


「…………は?」


 《あなたは現在、デッドリー・ラフレシアの捕食対象として処理されています。消化開始まで、あと3秒》


 時が止まった。  ナビだと思っていた声は、ただの「死の宣告」だった。  毒が治ったのは、俺を助けるためじゃなく、「毒入りの肉を食べたくない」という植物側のグルメな都合だったのだ。


「ふ、ふざけんなああああ! おナビ、敵側かよおおおおお!?」


 ジュワァァァァァ……。


 断末魔の叫びは、強酸性の消化液の中にゴボゴボと消えていった。  俺のジャージが溶け、皮膚が焼けただれ、肉がドロドロのスープへと変わっていく激痛。    薄れゆく意識の中で、大智は確信した。  この世界も、クソゲーだ。


 ***


 死んだ、と思った次の瞬間。  俺の魂は、世界の裏側にある「排水溝」のような穴へと引きずり込まれていた。


 暗い。寒い。痛い。  もはや肉体はないはずなのに、魂そのものを雑巾のように絞り上げられる感覚。  自我が、記憶が、恐怖という感情ごとミキサーにかけられ、再構築されていく。


(……ぐ、ぅ……おぇ……!)


 あまりの気持ち悪さに、魂だけで嘔吐する。  深淵の闇の中で、俺は必死に正気を繋ぎ止めた。


(これは……ロード画面だ……! サーバー移動に伴う、データの読み込み処理……! 絶対にそうだ……!)


 そう思い込まなければ、狂ってしまう。  永遠にも感じる回転の果てに、遠くに針の穴のような光が見えた。


(きた……! 今度こそ、ちゃんとした世界にリスポーンさせてくれ……!)


 俺はその光へ向かって、見えない手を伸ばした。


 ***


「――っ、ぶはっ!!」


 空気を求める本能と共に、俺は新たな肉体で息を吸い込んだ。  強烈な塩辛さが口いっぱいに広がる。


 目を開けると、視界一面が青かった。  空ではない。水だ。


「ぶくぶくぶく……!?(ここは!?)」


 慌てて口を塞ぐ。  どうやら今度は、海中のようだ。  見上げれば遥か頭上に太陽の光が揺らめき、眼下には海底神殿のような荘厳な遺跡が広がっている。


(なるほど、海中都市か! 人魚姫的な展開だな!)


 大智は三度目のポジティブシンキングを発動し、水面を目指して手足をバタつかせた。  だが、体が浮かない。  右足首に、強烈な違和感と重みを感じる。


 視線を下に向ける。  そこには、漬物石よりも遥かに巨大なコンクリートブロックのような重りが、錆びた鎖で俺の足首にガッチリと繋がれていた。


(……は?)


 どう見ても、マフィア映画の「沈める」やつだった。


(ちょ、待て。これは無理だ。物理的に無理だ)


 酸素が尽きるのが先か、水圧で潰れるのが先か。    杉田大智、三度目の異世界生活。  開始五秒で、溺死確定チェックメイト

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